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トルティア山の戦い 2

 向かう先は兜におっ立つ鳥の羽。ふざけてるのかと思うほど派手な戦闘服を着たビルゲードとかいう男だ。


 こんな奴の仕掛けた罠に苦労させられたかと思うと腹立たしかった。

 雑兵はともかく、このビルゲードとかいう指揮官だけは逃す気はない。


 ドミークは敗走する敵兵を後ろから斬り飛ばしながらビルゲードを追った。

 ビルゲードは愚鈍そうな見た目に違えてやたら足が速かった。


 “逃げ足のビルゲード“


 それが王国軍の中での彼の二つ名だった。

 そもそも騎士にあるまじき二つ名なのだが、今回の作戦だけはうってつけの役どころとゼオス将軍に大抜擢された。

 何しろ死なれても痛くも痒くもない男だ。


 ビルゲードはこの抜擢に奮起していた。

 勿論、傭兵団を殲滅(せんめつ)し栄光を手にするチャンスだからなのだが、本人の意に反してその見事な逃げっぷりと予定通りドミークを釣り上げたことは作戦の成功に大きく近づくものであった。


「待てこら!羽頭野郎!お前それでも騎士か?堂々と戦いやがれ!」


 ドミークが一人深追いすることは常の事であったから、団員は誰も気にしない。例え待ち伏せを受けても生きて帰ってくるその実力を皆認めているからだ。


 完全に自身の部隊兵を置き去りにしてビルゲードは死に物狂いで走った。

 赤獅子が牙を剥いて追いかけて来るのだ。


「逃げるより他にどうしようもないじゃないか!」

 心の中で思いっきり言い訳をしながらひたすら足を動かした。


 ドミークはこの男に増々怒りが込み上げてきた。中々追いつけないこともある。だがそれよりも戦いに生きる者としてあまりに軟弱な態度に腹が立った。


(ガキのキースですら正々堂々と勝負したのに、何だ?この馬鹿は!)

 業を煮やしたドミークは束の間のタイミングを計り、その背後に向けて必殺の斬撃を飛ばした。


「赤の咆哮!」


 斬撃の刃が空気を切り裂き、ビルゲードの背を割った。

「ギャッ!」

 ビルゲードは一言の断末魔と共に倒れた。


「あーすっきりしたぜ!」


 一応確認のため、死体を見た。確かに死んでいる。

 兜の羽飾りをむしり取ると、「ったく。ふざけやがって」と悪態をついた。


「お前が赤獅子のドミーク・ザビオンか?」

 不意に聞こえた声に聞き覚えはなかった。


 咄嗟に振り向くと全身黒ずくめの男が一人立っていた。黒のコート、黒の皮鎧、ブーツも手袋も黒だ。目以外を黒布で覆っている。

 全く気配がない。空気のような存在感だ。それがドミークの警戒心を最大限に引き上げた。


「お前誰だ?」


「死にゆく者に教える名を持たぬ」

 男の両手に巨大な鎌の刃のように曲がった武器が逆手で握られていた。


 少し男の身体がブレたように見えた時、首筋に斬撃が飛んできた。


(速い!)

 辛うじて剣で(かわ)したが、逆側からも来ていた。

 左腕の籠手で防いで後ろへ飛んで距離を取った。


 が、ドミークの体を追うように前進し、黒ずくめの男は斬撃を繰り出してきた。


 キン、キンキン、キン

 攻撃が速すぎて反撃の糸口が掴めない。

 連続のバックステップで飛び下がるもまだついて来る。


 もう一歩下がろうとした(かかと)に木の根が当たり、そのまま背中から倒れ込んだ。

 その勢いを使って男の腹を蹴り上げ漸く脱出できた。

 しかし、頬を掠めたのか、血が滴った。


「よく今の攻撃を躱せたな。あの世で自慢していいぞ」

 息を乱している様子もない。


(こいつはヤバイ。強えぇ)

 背筋に冷たい汗が流れた。


「おい、シクトル。面白そうだから交代しろよ」

「は?こいつは俺の獲物だ。お前はさっき殺ったろ?大人しくそこで見ていろ」


 気づけば右手にもう一人似たような風体の男がいた。

 手にはクロウと呼ばれる両手の甲に取りつけた長い爪のような武器を備えている。


「お前らアサシンか?余程の腕だな。どこの者だ?」


「アガシ一族だ」

 後から出てきた男が応えた。声が若い。


「聞いたことがあるな。確かリステルかどっかの暗殺集団だよな。遥々俺を殺しに来たのか?

「国王の依頼でな。お前等の首に高値が付いた。がっぽり儲けさせてもらうぜ」

「お前ら?お前らってことは傭兵団全部の頭を相手にするつもりか?」

「は?馬鹿か?そんな面倒するか!爆炎のダリって奴はさっき片づけた。あとはお前だけだ」

「なんだと?ダリがやられた?」

「あぁ。俺が殺った。厄介な魔法を使うと聞いてたが、大した事なかったぜ。拍子抜けだ」

 クロウの男が応えた。


「おい!おしゃべりもそこ迄だ。そろそろそいつの仲間が来る」

 そう言うとシクトルと呼ばれた男は大鎌の曲剣を構えた。


 ドミークも剣を構えた。赤の咆哮を当てることができれば勝てる。最速の剣を出すために息を大きく吸い込みゆっくり吐き出した。

 空気が凍るような一瞬の時間。両者が同時に動き、同時に剣を振り切った。


 倒れたのはドミークだった。

 首筋をざっくりと裂かれ、血が噴き出している。


「行くぞ、セプタス」


「フン。こいつも大した事なかったな」

「いや、そうでもねぇ。肩を斬られた。久しぶりの良い獲物だったよ」


 見ればシクトルの袖口から血が滴っている

「へぇ。やっぱ無理やりでも俺が頂くべきだったぜ・・」


 そこに、赤獅子傭兵団数人が駆けてくるのが見えた。

 二人の暗殺者はすっとその姿を消した。

 ドミークの死体と、ほんのわずかな戦いの痕跡を残して。



 最初に駆け付けたのはデールとベックだった。

 ベックが抱え上げると千切れかけた首がブランと垂れ下がった。


「おい!ドミーク!誰にやられた!?」

 明らかに死んでいる。

 もう回復魔法も使えない。


 デールは周囲を睥睨(へいげい)して敵を探したが気配もない。

 ゲイドが駆け付け、シモンも駆け付けた。そして他の団員達も。


 応えが返ってこないと分かっていても、ベックはドミークに向かって叫んでいる。

 皆この受け入れがたい現実をどう理解すればよいのか、茫然と眺めているしかなかった。



 赤獅子傭兵団はトルティア山手前の本部に引き返した。

 そこで爆炎の異名を持つダリの死を聞き更に驚いた。


 この地に集結する傭兵の中で最も強い2人が殺されたのだ。

 傭兵団全体に動揺が走った。


 “誰が?“と誰もが考えたが答えが見つかるはずもなかった。


 傭兵団の連合部隊は王国軍をトルティア山から撤退させた。形式上は勝利した。

 しかし、大打撃を与えたわけでもなく、中核を失った損失を考えれば敗北と言える。

 尤も、国王軍からすれば戦略的撤退のため、敗北などと思ってもいないのだろうが。



 ダリ、ドミーク両人の暗殺成功の報告を受けると王国軍は即時、トルティア山の戦力をダミル平原に移動させた。


 傭兵団もすぐに現地へと向かったが、その途中でビストハイゼ領主騎士団は敗れ、現在敗走中の報告を聞いた。

 領主騎士団と傭兵団は一旦ビストハイゼ伯爵領の領都に近い要害の地まで退き、体制を整えることとなった。



 そして、慌ただしい退却指示と共にドミークの死がミルケットに伝えらえられた。

 ミルケットにドミークの死を伝えたのはゲイド副長だった。

 ミルケットとリファーヌを自分の幕舎に呼び出し、感情を押し殺して淡々と伝えた。


「ミルケット、落ち着いて聞けよ。ドミークが死んだ」

 ミルケットは絶句した。リファーヌは信じなかった。

「嘘よ!パパが死ぬ筈無いわ!だって、パパすごく強いもの!そんな事信じない!」

「そう‥なんか皆がすごく沈んでるし、ドミークは姿を見せないし、もしかしてと思ってはいたけど・・」

「ママ!そんな筈ない!ゲイドは私たちに嘘をついてるに決まってる!」

 リファーヌは精一杯の声を張り上げた。そうすればこの凶報が(くつがえ)ると信じているように。


「残念だが事実だ。俺たちもまだ信じられん思いだが、奴を埋めたのは俺たちだ。ドミークは確かに死んだ」


「詳しく聞かせて。あの人の最期を」

「・・・」


「5日前の事だ。トルティア山を進軍していた。多少罠があったり、待ち伏せがあったりしたが全体的には順調に攻め込んでた。敵の部隊長を見つけてドミークの奴は一人で深追いしたんだ。でも、そんな事はいつものことだ。だが、俺たちが追い付いたときには奴はもう既に・・。首をスパッと斬られてた。ほとんど繋がってなかったな。戦闘の跡があった。ドミーク以上の手練れに殺られたと思うんだが、結局そいつは姿を見せなかった。だから仇も討ってねぇ。同じ日、黒豹のダリも殺られた。それも誰の仕業か分かっちゃいねぇ。遺体は山裾に埋めた。ダリと共にな。これが形見だ」


 ゲイドはドミーク愛用の剣と一房の髪をミルケットの前に置いた。

 ミルケットはその遺品をそっと受け取り抱きしめた。


「そう。きっと余程の相手だったのね。戦場で死ねたならきっとあの人も本望だったんじゃないかしら・・」


「あぁ。そうであることを祈るよ・・・俺たちは今夜ここを発って要所の守りを固めに行く。お前たちは領都郊外で野営地を探してくれ。直に王国軍が攻めて来るんだ。悲しむ時間も与えられなくて済まんが、急いで支度してくれ」


「・・・わかったわ。教えてくれてありがとう」


 リファーヌはもう涙を隠していない。母親にしがみつく様にして泣いている。ミルケットは自分の幕舎に戻る迄はと必死で涙を堪えていた。


 幕舎に入ると同時に耐えきれず、膝を付きリファーヌを抱きしめて泣いた。


 失って初めて、どれほど自分があの男を愛していたかに気づかされた。

 


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