初陣
ビストハイゼ伯爵領に移って4年。
赤獅子傭兵団の陣容は大きく変化していた。
人数が増えたのだ。もともと猛者ばかり30~40人の傭兵を抱えていた。
それが、ビストハイゼ伯爵から支援を受け、傭兵団の強化に取り組むことになったのだ。
ちょうどドリス領から流れてきた傭兵も多く集まってきていた為、ドミークは使えそうな者を取り込むことにした。
戦闘奴隷も伯爵から資金提供を受け増員した。将来的に500人体制を取るよう要請されてのことだった。
急に規模が大きくなり始めたことから、ドミークは新たにデールを副長に、その後の増員でダンクも副長となった。
副長をゲイドとデール、ダンクの3人体制とし、各副長に100名ずつを預けた。
また、シモンを魔法と弓隊の部隊長に抜擢し50人を指揮させている。
更にベックに斥候部隊長と後方部隊長を兼任させた。10名の斥候・伝令要員と50名の補充部隊兼後方支援だ。器用なベックは斥候をしながら、新人を後方部隊に入れ教育を施している。
組織的に編成したことで新たな問題が一つ生じた。
ゲイドがデールの抜擢を不服に思い対立するのだ。
さすがにエバの死について責め立てることはしなくなったが、些細なことでデールを呼び怒鳴りつけている。
デールはむすっとした表情で受け流しているため大きな問題にはならないが、いつ殺し合いを始めてもおかしくはない。そんな状況が続いた。
ドミークはその度に二人を取りなしてきたが頭の痛い思いをしている。
4年前、スタンベール男爵領に続きドリス伯爵領が陥落して一気に王国軍が優勢となった。
反乱軍はこれで鎮圧されるのかと誰もが思ったがそうはならなかった。ビストハイゼ伯爵は生き残りの傭兵団をまとめ大規模な支援を行ったことで戦局が膠着したのだ。
その裏には隣接するモルビア王国とシャーリア聖公国がビストハイゼに多額の戦費と傭兵団の斡旋を始めたことが切っ掛けとなった。
バルバドール王の統治は多くの難民と盗賊の類を生み出す。その対策に頭を抱えてきた両国はドリス領陥落の報を知るとともにビストハイゼへの本格的な軍事支援を決定したのだ。
今、その支援の妨げとなっている街がある。ロックウェル侯爵家の領都ジャンカの街だ。位置的に流通の要衝であるその街を確保すれば多くの地域に反乱軍の支援を行き届かせることが容易になる。
次の作戦としてジャンカの街の攻略が決まった。
赤獅子傭兵団にはリブラル要塞への攻撃が命じられた。リブラル要塞は親王国派貴族領とジャンカの街を繋ぐ街道にある。
作戦の要約は、反乱軍の主力がジャンカの街を攻略中に要塞から救援の兵を出させないようにすること。要塞は可能ならば奪い、奪わずも可。敵兵数凡そ800。作戦開始日某月某日早朝。
ドミークはこの作戦に当たり3人の副長とシモン・ベック部隊長を前に軽く打ち合わせた。
敵兵を要塞にくぎ付けておくだけの簡単な作戦だ。味方の危険も少ない。
であれば遠距離からの攻撃で時間を稼ごうという判断となった。
ミルケ隊で鍛錬をしていたある日、俺はドミークに呼び出された。
「次の戦いはお前も参加だ。シモンの下に就ける。報酬も出してやる。気張れよ」
簡単に言い渡され否応なく作戦に組み込まれてしまった。
俺の仕事は、敵の砦兵に向けて魔法を打ちまくれという事だ。
俺の初陣が決まるとリファーヌは心配してドミークに文句を言っていた。結局受け入れられず、不貞腐れて延々と父親の悪口を聞かされることになってしまったが、いつものことだ。
出立の日、ミルケットお手製の皮鎧に身を包み、父様の短剣と母様の魔法杖を腰に差してミルケット母子の前に立った。
「じゃあ行ってくるよ。何もないと思うけどミルケット達も気を付けて」
「あぁ。活躍なんてしなくていいからとにかく生きて戻るんだよ」
ミルケットは普段より優しい眼差しで見送ってくれた。
「うぅ。キース絶対に帰ってきてね。私毎日神様にキースの無事祈るから。絶対に帰ってきてね!」
リファーヌが感極まった様に俺に抱き着き泣き出してしまった。
そんなやり取りをドミークに見られて後から延々文句を言われ辟易することになる。こういう所は父娘で似ている。
「俺には気を付けての一言もないのにどういうことだ!」って。知るか!
数日移動し、大量の矢と食料の支給を受けると傭兵団は目に見えて活気づいてきた。
特に意気込む理由もないが、周りの活気が俺のやる気まで高揚させる。
移動は途中まで黒豹傭兵団と同行した。黒豹はその先にある別の砦を抑えに行くらしい。
武骨な傭兵どもの中に9歳児が一人紛れていればそりゃ皆不思議に思うだろうさ。俺だって思う。
「ガキは帰れ」とか「おっぱい飲んで寝てろ」とか。
その度にシモンが庇ってくれたけど、頭にきて何度魔法を放って彼方まで弾き飛ばしてやろうと思ったことか。
そんなこんなでとうとう要塞に布陣した。
布陣してから三日目。その間、要塞上空に伝令鳥が何度も飛来し飛び立って行く。
ジャンカの街の攻略が始まったのだろう。
要塞の前門が押し開かれ敵騎馬が押し出してきた。
騎馬隊の出撃を援護するように城壁から無数の矢が放たれる。
「作戦通りいくぞ!弓隊放て!魔法放て!」
ドミークの駆け声で先端が切られた。こちらも矢を放ち城壁を超えて要塞へと降り注ぐ。
逆茂木と馬防柵を敷いている為、騎馬は突破が出来ない。
押し合い圧し合いの中ドミーク達が切り込み一気に門前の広場は混沌と化した。
前門にはゲイド隊とダンク隊、それにシモン隊が布陣している。
後門をデール隊が囲み裏からの回り込めないよう警戒している。
俺はシモンと共に前門の城壁に向けて風魔法を連発した。
敵の矢の勢いを削ぎ、味方の矢に威力の後押しをする。
時々、魔法師を見つけてはバレット弾で打ち抜いた。
魔法師は最優先の警戒対象だが、俺が魔法師を倒すたびに大歓声が上がる。
自分がその歓声を引き起こしたのかと思うとそれはそれで快感だった。
初日は幾度かの攻防があり、日暮れ前に敵は要塞へ引っ込んでいった。
一時、激しい攻防はあったが互いに兵の消耗は少なくまずは様子見程度かな、と思っていたら違った。
ベック曰く「ばか。今日はうちの快勝に決まってるだろ。一騎たりとも外に逃さずその上で魔法師を5人も殺ったんだ。敵からしたら大損害だ」だそうだ。
ご褒美にベック特製の干し肉スープを振舞ってくれた。ま、昨晩も食べたんだが。
翌日、更にその翌日と似たような戦況が続いた。
味方にとっては思惑通り。敵方にはさぞ焦りが生じていることだろう。
4日目、敵は首環を付けた300人程の戦闘奴隷を押し出してきた。
狙いは俺を含むシモンの部隊。一直線にこちらへ突っ込んでくる。それをゲイド・ダンクの両隊が殲滅した。力量が違い過ぎる。戦いというより殺戮だった。
俺たちは囮役としても貢献したらしい。
その翌日、前門の敵兵の動きが鈍いと思っていたら、後門のデールから救援依頼が来た。
ダンクの隊を半分割いて俺も一緒について行く。
後門に着くと乱戦の最中だった。
敵甲冑兵がひしめいている。ぱっと見、20人弱、あちこちに人が転がっている。
それも味方ばかりだ。
前門を囮に後門に主力を回したという感じだ。
俺はファイヤーボールを複数作り出し次々と甲冑兵にぶつける。予想通り熱された金属に耐えきれず、戦闘中であろうと大きく体勢を崩して転げまわる者が続出する。
その隙を見逃すデールではない。
「今だ!押し返せ!」
味方が吠えた。
俺は立っている甲冑兵すべて倒すつもりでファイヤーボールを飛ばしまくった。
混戦だろうと関係ない。軌道を操作し確実にぶつけることに集中した。
どれほど放ったか、敵の姿を見失い魔法を打ち止めた。
甲冑兵はすべてデールたちが倒し尽くし、立っている者は味方ばかりだ。
気づけば俺の周囲は長盾を抱えた数名の傭兵に囲まれていた。
俺の邪魔をしないように、且つ完璧に防御する態勢だ。
全然気づかなかった・・
呆けっとしているとデールがやってきて、バシンと背中を叩かれた。
「おい、戦場で気を抜くな。今から中に攻め込む。お前も付いて来い」
そのまま後門を潜り、出会う敵兵をなぎ倒しデールはどんどん奥へと進む。
高層の物見櫓を含めた城塞の一部を分捕ったところで敵兵が奥へと引いていった。
石壁一枚先は敵陣だが、その一角の作りから見て立て籠もれる様に築いたのだろう。
寝所や食糧庫、井戸広場があり、そこを高い石壁が囲っている。
完全に安全地帯となっている。
要塞奪取は予定にない行動だったが、まだ数日この要塞を封じ込めなければならない。そう考えると事態は大きく好転したとも言えた。
その日の夜、疲れ切った俺は飯も食べずに幕舎へ引っ込んで眠った。
だから、知らなかった。
軍議の席で、ゲイドがデールの予定にない行動に怒り、剣を抜いていたことを。
辛うじてドミークが抑えたという話を、翌朝干し肉スープを啜っている時にベックが教えてくれた。
ゲイドからすればデールは貴重な戦力を15名も失ったのだ。ヒールを掛けてもなお離脱した負傷兵が20を超える。
任された部隊の4割近くを損耗しておいて、予定にない手柄を立てたことが気に入らないらしい。
だが、そのお陰で優位に立てたことも事実だ。もともと要塞に守られた倍以上の戦力差を押しとどめる作戦だ。
多少の犠牲は覚悟の上で、敵援軍を外に出さなければこちらの勝利だ。
デールの働きはその勝利に大きく貢献した。誰もがそう思っているはずだ。
だからゲイドは気に入らない。もう、こうなると私怨以外の何物でもないのだが。
明らかに一線を越えかけた副長同士の確執にさすがのドミークも頭を抱えていた。
そのドミークの下に次の頭痛の種が飛び込んできた。
「伝令!王国領主軍と思われる軍勢を確認。騎馬100歩兵400。此処より20キロル北東より現在街道を南進中!」
その場にいた者は皆、挟撃の危機にある事を咄嗟に理解した。今夕にもこの付近に到達し、明朝には新たに戦端が開かれるかもしれない。
北部からの援軍の可能性を警戒して斥候を放っていた為、敵勢の動向を事前に知ることができた。とはいえ危機的状況だ。
ドミークはすぐに部隊長以上の招集をかけた。
その晩、ドミークは古くからの仲間を中心に50名の騎馬部隊を編成して要塞を出た。
叩くなら早い方がいい。移動に疲れ眠り込んでいるところを一気に襲い掛かり戦意を挫く作戦だ。
要塞包囲の指揮は一晩ゲイドが執ることになっている。
「さあ楽しい楽しい狩りの時間だ」
敵陣の篝火を望む位置に馬を進め、ドミークが不敵なツラで微笑んでいる。
そのドミークの前にはなぜか俺が跨っている。
「キース、突撃したら幕舎、馬、物資を優先して焼き尽くせ。燃やす物が無ければ敵兵を狙え。遠慮するなよ。じゃんじゃん燃やせ」
物騒なことを物騒な笑顔で軽く言う。
(この人に恐怖はないのか?奇襲とはいえ10倍の戦力差だぞ?)
俺の疑問をよそにドミークは馬をゆっくりと進める。
ある程度まで近づくと大声で「全軍突撃ぃー!」と叫んだ。
「ウヲォォーッ!!」
突如の雄叫びに見張りらしき兵が立ち上がったが無視して馬を駆る。
俺は視界に入る幕舎にファイヤーボールを飛ばすとすぐに爆散して辺りを照らし始めた。
視界が広がり更に連発した。
右往左往する混乱の敵陣を味方の騎馬が駆け巡る。人が弾き飛ばされ切り飛ばされて行く様を炎が照らし出している。
まさに地獄のような光景だ。
荷車を、馬を、幕舎をと注文通り焼き払いつつ、大声で喚く敵将らしき人物を遠目に見かけてそちらも攻撃しとく。
「あ!俺の獲物が!」
後ろでドミークが叫んだ。知らんし・・
「撤退!撤退!」
喚く敵指揮官の声を、撤退合図の銅鑼が鳴り響きかき消した。
気丈にも剣を抜き戦う構えを取る者もいるが、容易く屠られている。
散り散りに逃げまどう背中を追い剣振るう味方の騎馬が縦横無尽に駆け回っている。
断末魔の叫びがあちこちで響き、遂に静かになった。
パチパチと木の爆ぜる音と、そこかしこから聞こえるうめき声。
どれほどの敵が逃げ延びたのかは知らないが、夜明けの大地は視界一面夥しい死体が転がっていた。
その夜襲から数日後、ビストハイゼ軍がジャンカの街を占領したと連絡が来た。
更に数日して別の砦を落とした黒豹傭兵団がこのリブラル要塞へと合流してきた。
その日、凡そ半月に渡り包囲していたリブラル要塞城壁に白旗が上がり、ジャンカ攻略作戦が終了した。
俺は無事役目を果たして報酬に金貨1枚を貰った。
この金額が多いのか少ないのか良く分からない。
ただ、赤獅子傭兵団には命を救われてから居場所を与えてくれた事に恩を感じている。報酬などより役に立てたことが嬉しく、リファーヌの待つミルケ隊へ心を弾ませて帰った。
この勝利によりジャンカ地域一帯を手中にした反乱軍は優勢に転じた。
しかし、その裏で王国軍もまた反乱勢力を削ぎ落す為の策謀を着々と進めているのだった。




