ゴスベールの谷 3
また大きな歓声が上がった。
デールがついに片膝をついていた。
その歓声は収まらない。
最奥の広間には敵兵20人ほどが入り込んでいる。
自分たちの仲間の死体もあるのに見向きもしない。
殺戮劇に酔っているのか、興奮して気勢を上げて楽しんでいる。
それでもデールは膝をつきながらもまだ斧を振るっていた。
囃し立てる声はさらに大きくなるばかりだった。
その大きな歓声が徐々に近づいてくる。
ん?歓声というよりは怒号と悲鳴のような騒ぎだ。
この場で上がっている歓声ではない。入口の向こうからだ。
そこに敵兵も気づいて目を向けたとき、大量の血しぶきと共に人の首がいくつも宙を舞った。
何かが起きてる。
俺は何が起きているのか分からなかった。
ミルケットが隣で小さく呟く声が聞こえてきた。
「やっとお出ましだわ。遅い!」
「ミルケット!リファ!無事かっ!?」
そこに躍り込んできたのは金髪を血で赤く染めたドミークだった。
目の前の敵兵を次々と屠ってゆく。
少し遅れて見知った傭兵達が駆け込んできた。
ゲイドがいる。シモンも、ダンクにベックもいた。
「エバ!バルト!ビーク!」
「ベルナルデ!」
「ミラルダ!ケイパ!」
赤獅子の傭兵達はデールを弄っていた敵兵に躍りかかった。
強いと思った。
特にドミークの強さは圧倒的だった。
これがドミークを赤獅子と呼ばしめた“赤の咆哮“の威力か。
首が吹き飛ぶとその後を追うように真っ赤な血しぶきが逆流する滝のように吹きあがっている。
あまりにも現実味の無い凄惨な光景に敵兵も動くことを忘れた人形の様だ。
いや、ドミークの剣が派手すぎて独り孤高の舞台を舞う役者に見えた。
「凄い・・」
思わず見とれてしまった。
「ほんとよね。戦ってるときは素敵なのよ。他はダメダメなんだけど」
こんな時にミルケットは暢気なことを言う。
さっきまで恐怖に歪んでいた表情はもう無い。
瞬く間にその場にいた敵兵全員が倒された。
残るは俺たち人質の周りにいる数名だけになっていた。
「おい!ぶ、武器を捨てろ!こいつらを殺すぞ!」
一人がミルケットの首筋に剣を当てて脅した。
剣先が震えている。
ドミークは歯ぎしりをしてその敵兵を睨みつけている。
シモンがその間にデールの治療を施した。
「早く武器を捨てろ!本当に殺すぞ!」
今いる敵は、キース、ミルケット、ベルナルデの背中を踏みつけている3人と、子供たちを庇うミラルダの前に立つ2人の5人だ。皆剣を抜き人質に向けている。
恐ろしいのだろう。バルトもビークも歯をガチガチ鳴らせて泣き声が漏れている。
ドミーク達は10人。
しかし人質を取られていては手が出せない。
静かな睨み合いが続いた。
そしてドミークが無言で俺にじろりと視線を移した。
(俺に何かきっかけを作れと言ってるんだ)
そう理解した。
うつ伏せの状態で、右手になけなしの魔力を集めて、極小の光球を一つ作り出した。
その手をドミーク達にだけ見えるように少し持ち上げて意思を伝える。
わすかにドミークの口の端が緩んだのを確認すると、さらに限界まで魔力を振り絞ってその場で爆散させた。
昼間だから耐えきれないほどの眩しい光を生み出せない。
だが、それでも十分だった。
敵兵の注意がいきなり現れた発光体に逸れた瞬間、ドミーク達は動いていた。
俺とミルケットの頭上の二人をドミークが一振りで切り飛ばし、ベルナルデを踏みつける敵をゲイドが倒した。
少し奥にいた子供たちの前に立つ敵をシモンの氷の弾丸とダンクが投じた槍が打ち抜いた。
それぞれが自分の大事な者達の元へ駆け寄り、その無事を喜んだ。
「エバ!エバはどこだ?」
ゲイドの怒鳴り声が響いた。
「ごめんなさい。ここにはいないの。途中で動けなくなって・・殺されたのか掴まっているのかさえ分からない」
ミルケットが申し訳なさそうに謝罪した。
ゲイドは怒りを隠すことなく剣を地面に叩きつけた。
「ふざけるなぁ!なんでエバだけが見捨てられたんだ!?」
「私たちも逃げるのに必死でどうしようもなかったの!」
「ゲイド、気持ちは察するがあれは確かにどうしようもなかった。俺たちは本当にぎりぎりの状況だった。ミルケットを責めるな。守り切れなかった護衛の俺たちが悪いんだ」
デールがミルケットを庇った。
ガシッ!
ゲイドはデールを殴り飛ばして剣を突き付けた。
「お前が悪いと言うならお前が死をもって償え!」
「ゲイドよせ!仲間割れしている時じゃない。エバを探す方が先だ!」
ドミークが仲介に入ってゲイドは苦々しい顔をしながらも怒りの矛を収めた。
そんなやり取りの最中、俺は魔力切れで意識を失くした。
ひとまず赤獅子の者達はエバと傭兵関係の生き残りを探すことになった。
ミルケットたちも場所を変えて休むために移動した。
目が覚めると、辺りは凄惨な光景だった。おびただしい数の敵兵が躯となって転がっている。
そして大勢の傭兵団がそこに集結していた。
数千人?数えきれない人数だ。
ベックが食事の支度をしてくれていた。
腹ペコのお腹にスープを流し込みつつベックからゴスベールの谷に着くまでの経緯を聞いた。
「俺たち傭兵団側には輜重部隊が全滅したことを知らされなかったんだ。それを知って偵察に出た時はもう死体の山しかなくてよ、慌てたぜ。すぐに人を割いて捜索に当たらせたんだ。そうこうしているうちに、砦に敵の援軍が来て離脱するとこも出始めてな、戦況が一気に悪化しちまった。俺たちも戦場を放棄すると決めたわけだ。負け戦に付き合うつもりはねぇからな。で、探し回ってやっとここに辿り着いた。遅くなって悪かったな。アッガスとエバのことは気にするな。他所はもっと悲惨なことになってる。うちはまだましな方だ。それに戦場で生きるってのはこういうことが付いて回るからな」
眠っている間に敵陣から何人かの生き残りが助け出されていた。
傭兵団の人質を取り、その戦意を挫く作戦だったらしい。
そしてエバは死体で見つかった。
今回の襲撃で輜重部隊は護衛騎士もろとも全滅した。
傭兵団の抱える家族は助かった者もいたがかなりの者達が殺されたらしい。
行方の分らぬ者も多く、この谷に逃げ込んだのではないかと複数の傭兵団が手を組み今回ゴスベールの谷での戦いが行われた。
結果は傭兵団の圧勝で終わったが、不明の者は見つからず落胆する者も多くいた。
ドミークはドリス伯爵領を離れ、別の反乱軍をまとめる領主の元へ向かうと決断した。
アッガスとエバの埋葬を終えて、赤獅子傭兵団は移動を開始した。
沈鬱な空気が一日中付きまとっていた。
その日の野営時、ミルケットのところで夕食を摂っていると、ドミークがやってきた。
「よぅ、ミルケットから聞いたが今回はお前に助けられっぱなしだったてな。デールの奴も“キースは俺たち護衛以上の働きだった”って感心してた。あの無口で無関心なデールがだ。驚いたよ。その、ありがとな。ミルケットとリファーヌはお前がいなきゃ今頃どうなっていたか。とにかく礼を言う」
照れくさそうにそっぽを向いたままそれだけ言うとすぐに立ち上がって去っていった。
去り際に、「あ、それとこの前は奴隷商に売ろうとして悪かった」と付け加えていた。
ミルケットがクスクス笑った。
リファーヌは頬を膨らませている。ついでの様にした謝罪が気に入らないようだ。
傭兵達はその夜、鎮魂の酒を飲んでいた。
ゲイドが酒に酔い、デールに突っかかった。
「なんでエバを見捨てたんだ!何のための護衛だ?そのでけぇ図体は見せかけか!?」
デールはただ黙っている。もう説明はした。あとはゲイドが自分の心に始末をつけるしかないと考えていた。ただ、今は何を言っても逆撫でするだけになると知って黙っている。
「おいゲイド、気持ちはわかるがデールだってどうしようもなかったって言ってるだろ。こいつは最後まであきらめる奴じゃねぇ。お前もデールがたった一人で奮戦していた姿を見たじゃねえか」
ドミークが割って入った。
「はっ!お前はいいよな、女房子供みんな無事でよぉ。失って無い奴に俺の気持ちの何が分かるんだ?え?教えてくれよ!」
鎮魂の酒盛りだ。もともと良い雰囲気ではないが、それにしても空気が張り詰めている。
これまで団員の間に大きな衝突はなかった。
しょうも無いいざこざは多々あるが、ドミークが怒鳴るか、殴り合って良しにするのが暗黙のルールだった。
だが、今回はそれで終わりそうにない。ここまで険悪な雰囲気に皆が戸惑い気味だ。
「よ、ちょっといいか?」
ダンクが割って入った。
「俺んとこはミラルダも娘も助かってるからよ、ドミークと同じ立場だ。ミラルダが言ってたよ。“自分も力尽きて死を覚悟した”ってな。戦場じゃ弱い奴、運の悪い奴は死ぬんだ。自分が危うくなりゃ味方でも見捨てて逃げる。それが長生きのコツだ。今回のことはそれと同じだ。後ろに隠れていたってここが戦場であることに変わりはねぇ。女子供を失いたくなけりゃ安全な街に住まわせとけよ。戦場に呼ぶのなら最悪の覚悟だけは持っとけよ。俺にはあるぜ。ミラルダもだ。それに、多分エバにもあったはずだ。覚悟がないのはゲイドあんただけだよ」
「あぁ。ベルナルデにもその覚悟はある」
シモンが入ってきた。
「ミルケットとエバからいざという時どうするかを聞かされたことがあるらしい。傭兵の女房の覚悟に驚いていたからな。ゲイド、今回の事は気の毒に思うが、あんた間違っている。デールもミルケットも悪くない。俺はそう思うぜ」
ゲイドは沈黙した。
頭では理解している。ただ気持ちが受け入れられないだけだ。
「さ、飲みなおそう。こんな雰囲気じゃ死んだ奴らが浮かばれねぇ。ゲイド、早く吹っ切れよ」
ドミークはそう言って席に戻っていった。
それからゲイドは黙ったまま杯をあおった。
傭兵団にとって悲しい夜が更けていった。
今回の襲撃を境にキースは団員の一員として認められた。何を以てとかではない。
ただより馴染んだというか、皆の意識が“使える居候”から“生死を共にした仲間”に変わったのだ。
暫くしてドミークが戦闘奴隷を購入してきた。
護衛兼雑用係として2人だ。しかもミルケ隊の専属だ。
おかげで俺の仕事がかなり楽になった。というより、雑用から外された。ついでにベックも。
これからは傭兵見習いとして鍛えてくれることになった。
これまで寝床にしていた物置の幕舎も出ることになった。一人用の小さな幕舎をあてがわれた。
やっと認められたようで、雑用から解放されたことよりもこれが一番うれしかった。
「あの人よっぽどキースに感謝してるのね」と可笑しそうにミルケットが教えてくれた。
「私は毎日キースの幕舎に遊びに行くわ」
リファーヌは浮き浮きした瞳で宣言していた。
俺はいつか家族を探しに行くために強くならなければならない。弱い者はすぐに死んでしまうのだから。
それでも生き残れるかは分からない。
それを今回エバとアッガスの死から学んだ。
今回、誰が死んでいてもおかしくはなかった。
転んだのがエバでなく俺だったら?アッガスとデールの生死を分けたものは何だ?
ドミーク達の到着がもうほんの少し遅かったら、俺達は皆生き残れなかった筈だ。
ほんの些細な違い。紙一重でつなぎ止めた命。
生死を分けるような究極の場面では弱くてはダメ。強いだけでもダメ。生き残るには運も必要だ。そして最後まで諦めない気持ちと足掻くだけの力も。
色々と学ぶことはあったが、犠牲は大きかった。
明日から空いた時間にいっぱい鍛錬して、とにかく強くなろうと心に誓った。




