襲来
暫くして、ドミークは傭兵団を率いて次の戦場へ出立して行った。
王国軍の新手がドリス伯爵領に展開を始めたらしく、その防衛に向かったのだ。
今いる野営地はドリス伯爵率いる反乱軍の後方拠点だ。
野営地から一気に人が減ったものの、軍の輜重部隊と治療部隊、その護衛の部隊が残っている。他の傭兵団の家族や居残りもいて総勢で500名以上はまだそこに留まっていた。
輜重部隊とは、食料や武器など戦争に必要な物資を前線へ送り届ける後方支援を任務とする部隊だ。護衛部隊や負傷兵も合わせるとドリス伯爵領正規の騎士団(反乱軍)は此処に300名がいる。他は傭兵団の関係者と商隊がいる。
赤獅子傭兵団も皆前線へ赴き、女子供とその護衛のアッガスとデールのみが此処に残っている。
アッガスは長剣、デールは戦斧を獲物としている。二人の印象は、アッガスは笑顔の爽やかなお兄さんという感じがした。デールは無口でぶっきらぼうの巨漢だ。筋肉が滅茶苦茶すごい。二人は居残りとはいえ、腕はいい。ミルケ隊の護衛は順番で決められている為、彼らの技量が他に劣っているわけではないのだ。
現在の戦況を、ベックが連絡役としてたまに来ては教えてくれることになっている。優勢か劣勢なのかを知っておくことは、後衛の者達にとっても非常に重要なことだ。
ベックの情報では、現在エルカシム峠の砦とその周辺で攻防戦をしているらしい。
その場所は此処から1日南へ行ったところにあるらしい。
赤獅子傭兵団は砦外の哨戒任務に当たっているという。
攻める王国軍に対し、反乱軍が砦一帯の防衛をしている。
砦を落とされるとドリス伯爵領の大勢が一気に覆るらしく、ドミークは長い滞陣になると予測していると言う。
反乱軍は数的に分が悪く、地の利的に優位にあるらしい。
傭兵達がいなくなった途端に仕事量が減った俺はまたリファーヌに魔法を教え始めた。
そのお礼にと言う訳でもないだろうが、ミルケットが文字の読み書きと算学を教えてくれることになった。
今の境遇で学ぶことができることは幸運なことだ。
だから、ミルケットの申し出には心から感謝した。
ちなみにバルト兄弟にもまだ魔法を教えている。生活魔法の発動に苦労しているからまったく進んでいないが。
魔法の修練は地道な個人の努力に尽きる。たまに見てアドバイスするくらいがちょうどいい。
仕事と魔法と修学に日々勤しんでいた。
そんなある日の朝。
俺達はいつものように薪を拾いに森の奥へ来ていた。
森の中は少し霧が出ていて見通しが悪い。
何かいつもと違う違和感がある。何か分からないが・・
薪を拾い終え、野営地に戻ると、幕舎の外でアッガスが眠そうに欠伸をしていた。
「おはようございます」
「おう!相変わらず早いな。お前ガキのくせに毎日規則正しいな。やることやってりゃ、もっと遅くまで寝てても誰も文句は言わないぞ。ここはそういう所なんだから。」
「えぇ、でも早く仕事終わらせないと、ミルケットに修学見てもらう時間が減ってしまうから」
「そんなもん・・剣を覚えた方がよっぽど為になると思うが・・」
アッガスはそう言いながら伸びをしつつ森を眺めた。
つられて、俺も森を見た。
「あ」
森の違和感が何だったのか閃いた。
「どうした?」
「いや、大したことじゃないんだけど、今朝の森がいつもと違っていた気がして。でも今分かったんだ。今朝は鳥の鳴き方がいつもより騒がしかったんだ。気のせいかもしれないけど」
「なに?本当か?」
「うん」
少しの間考え事をするように難しい顔をした後、アッガスはデールを伴って出かけて行った。
出掛けに、「今日は此処を離れるな。森には絶対に入るな」と言い残して。
昼前、警戒を告げる騎馬が軍部隊からやってきた。
「森の奥に敵影を確認した。戦闘になる可能性があるから備えるように!」
そう触れを発して騎馬は去っていった。
アッガスたちが戻ってくるとすぐに離脱の準備が始まった。
敵影を確認したのはアッガスとデールだった。
俺から森の違和感の話を聞いて、鳥が何かに警戒音を発していたのではないかと推測して見に行ったらしい。
二人は森のずっと奥に敵軍勢の野営地を見つけた。
報告に戻ると輜重部隊はすぐに撤退を決めたらしい。
アッガスに「よく気付いた。お手柄だったな」と頭をガシガシ撫でられた。
味方の撤退が始まった。
反乱軍の護衛騎士部隊を殿に残し、輜重部隊と治療部隊が移動をはじめた。
それに追従して傭兵団の後衛も続いて出発した。
敵がどうやって回り込んだのか、どれほどの軍勢なのか詳細は分からない。
が、味方の数は少ない。
今は少しでも早く離脱し、友軍と合流する必要があった。
ミルケ隊も2台の馬車に分かれ、出発した。
俺はミルケット親子とシモンの恋人のベルナルデと同じ馬車に乗った。
ベルナルデとはあまり話す機会がないが、人のよさそうな美少女だ
もう1台にゲイド副長の奥さんのエバとバルト・ビークの兄弟、ミラルダとその赤ちゃんのケイパが乗っている。
御者はミルケットとエバだ。
アッガスとデールは騎乗して側面を守っている。
しばらく進むと、伝令の騎馬が駆け抜けていった。
敵が進軍を開始したのかもしれない。
すぐに部隊の進軍速度を速めるよう別の伝令が走った。
と言っても、輜重車両は牛車のため大して速めることができない。
すぐに傭兵団の馬車が輜重部隊を追い抜き、我先に離脱し始めた。
何十台もの馬車がそれぞれの護衛を伴って四方に散ってゆく。
主力がいないのだ。戦えるわけがない。
ミルケットとエバの繰る馬車も輜重部隊を置き去りに速度を速めた。
全体を包むピリピリした緊迫感が、今味方が窮地に陥り掛けていることを伝えて来る。
ミルケットとエバは、前を走る10台ほどの他の傭兵団の後に続いてゆく。
先頭が急に街道を外れ、草原の真っただ中を駆け始めた。
こうしてひどい振動と揺れに耐えていると、ジュダーグの森での出来事をどうしても思い出してしまう。
(無事に済むのか)といたずらに不安な気持ちが押し寄せてきた。
遂に後方で喊声が上がった。
護衛隊を破った敵騎馬隊が輜重部隊に取りついたのだろう。
リファーヌは不安を隠さず、俺の手を握ってきた。
「キース・・大丈夫かなぁ」
怖いのだろう。少し震えている。
ジュリアも揺れる馬車の中で魔獣に震えていたことを思いだした。
ついリファーヌの頭を優しく撫でていた。
こんな状況になると、リファーヌにどうしてもジュリアの面影を見てしまう。
「きっと大丈夫だよ。いざとなったら俺も戦うよ」
俺も不安だけどリファーヌを安心させてあげたかった。
しかし、追手はすでに近くまで来ていた。
輜重部隊の襲撃に参加せず、真っ直ぐにこちらに向かってくる敵騎兵が30騎程迫っていた。
「来たぞ!もっと速度を上げろ!」
アッガスの怒鳴り声が聞こえてきた。
俺たちの乗る馬車は他の馬車より一回り大きい。速度が出ない分徐々に離されてゆく。
このままでは前を走る馬車のいい囮役になってしまいそうだ。
ミルケットは甲高い口笛を吹いて、エバに進路を変えることを指示した。
たった2台の馬車と2人の護衛。
その先には10台が連なっている。
こっちは見逃してくれそうに思えるのだが、なぜか10騎も追ってきた。
騎兵は長槍を抱えている。
「くそ!向こうへ行けってんだ!」
デールの悪態が聞こえた。
たったの2騎で10騎を相手にするのはかなり厳しい。
でも縦長に密集している今なら上手く倒せるかもしれない。
「デール!魔法打つから引き付けて!」
俺は半身を荷台後部から乗り出してデールに叫んだ。
それにデールが片手をあげて応えた。
デールとアッガスが上手く馬車後方に敵騎馬を引き付け、同時に左右に分かれた。
タイミングはばっちりだった。さすが猛者ぞろいの傭兵団だ。
大きめのファイヤーボールを爆散するよう調整して次々と射出してやった。
騎馬は驚いて伸びあがり転倒し砂埃が舞いあがる。
そこに後続の馬が突っ込み転倒していく。そこを狙ってまたファイヤーボールを何発も撃ち込んだ。
我ながら、すごく上手くいった。
そこで6騎が脱落したが、それでもまだ4騎が左右に分かれて追ってきた。
魔法攻撃を恐れているのか後方から中々近づいてこない。
そのうちの一騎が側面から大きく迂回して御者席のミルケットを狙ってきた。
デールが斧を振り上げて割って入り応戦している。
長槍で突きに来るところを斧を振り回して上手くいなしている。
長槍と斧ではかなり分が悪いはずだが、デールは難なく打ち倒してしまった。
これで残るは3騎になった。
デールはすぐに後方を走る一騎に向かって行く。
アッガスも同じように後方の敵へ向かった。
残りの騎馬はデールに挑んでいった。二人掛かりで倒そうとしている。
俺は何とか一騎だけでも倒して援護をしたかったが、デールに当たりそうで魔法が打てない。
しかし、デールが一人を倒したところで敵は離れて行った。
何とか逃げ切ることができた。
後ろを追ってくる敵はいない。
もう安全だと分かった時のリファーヌの喜びがすごかった。
「さすがキース!やっぱキースってすごいのね!わかってはいたけど本当にすごいのね!」
そう言うなり抱き着いてきた。
向かいに座っていたベルナルデもほっとした表情で「あらあら」と笑っていた。
馬車はそのままひたすら進み、とある森の中に入っていった。
枯草で入り口の轍を隠し、奥へと進んでゆく。
なんでも、有事の際の隠れ場所があるらしい。
そうしたポイントがドリス伯爵領各地に何か所かあるのだという。
木々の隙間を縫うように抜け、開けた場所でミルケットはやっと馬車を止めた。
「しばらくここで潜伏するわ。デールは周囲の確認を。アッガスは馬の世話をお願い。キースは薪拾いね。他の皆も野営の準備よ!」
一人も欠けることなく逃げ切ったという事が何より嬉しかった。
それは皆の表情にも表れている。
アッガスから「よくやったな」と頭を乱暴に撫でられたこともまた嬉しかった。




