研究開発
研究開発
学院が始まり友人たちの顔を久しぶりに見た。
2ヵ月と10日間の長期休みだったけど、皆元気そうで何よりといった感じだ。
ウィスカルは姉の回復を願って治癒院へ通う日々を過ごしていたらしい。
ファナシアはそのお陰もあってか、無事回復して先日母親と共に領地へ戻って行ったそうだ。
俺達にお礼を言っていたとウィスカルから聞いた。
デューイは家の騎士達を連れて魔境へ狩りに何度か出たそうだ。やはり実戦で鍛えることが何より大事なのだと思う様になったとか。
野営訓練で魔境を体感して、浅い層であればそこそこ安全に魔物を狩れると気づいたと。
ただ、デューイが少し落ち込んでる様子が気になった。たまに苦し気な溜息を吐いている。
「あれは恋の悩みじゃないかな。きっとそうだよ。ね、キース聞いてみて!」とリファが興味津々になっている。
リファが言うなら間違いない気もするけど、そんな事に首を突っ込んでデューイを怒らせたくはない。
俺は温かい目で見守る事にした。
ナタリーゼは「リリアティナからシャボンとシャンプーの話を聞いたわ。私にも頂けないかしら。お願い!同じチーム、ううん、友人のよしみでお願い!ね、キース、リファーヌお願い!」と必死に訴えてきた。
何でもつい先日リリィとお茶会をした時に、髪の艶を自慢されたそうだ。
リリィを見れば気まずそうにそっと目を逸らされた。
シャボンの木は種を撒いて育てるところから始めるのだ。貰ってきた完成品の数は多くない。
どうする?と思いきやリファが「うん、良いよ。明日持って来るね!」と簡単に応えていた。
リファはそれ程美に執着していない。自分の物からを分けるつもりか?
オーガの里、改め魔境農園で栽培しているシャボンの木は収穫後に再び植えて数を増やすつもりでいる。
勿論一部はシャボンとシャンプーに加工するみたいだけど、ほぼ商業用に増やしまくる計画でいるのだ。だから余分はない筈なんだ。
因みに、リファは魔法で成長させるつもりはない。ゆっくりじっくり様子を見ながら行うつもりでいる。
場所も変わったし、ちゃんと育つか実験を兼ねているからだ。
「今畑を作って育てているけど、失敗するかもしれないから大事に使ってね。無くなっても次はいつになるか分からないからね?それと次からは有料だよ?」とリファはしっかり商売する気でいた。
いつか王家始め大勢の貴族女性相手にシャボンとシャンプーで儲ける日が来ることを願うばかりだ。
今年は軍組織概論、魔術理論、魔法陣概論、情勢考学、輜重理論の座学に、騎士院との合同演習、魔法実習、体力強化実習、基礎研究の授業、更に俺達には貴族の嗜みの補講がある。
この中で一番厄介なのは当然貴族の嗜みの補講だ。
今はまだ社交ダンスのみだけど、それですら手古摺っている。簡単なステップだけ一通り覚えればいいと思うのに、講師もリリィもハイレベルな事を要求してくるのだ。
姿勢とか目線とかはまだいい。ずっと笑顔で楽しく会話もしながら、リードだけで意思を伝えてターンも決めよと。何種類も曲があっていくつものステップがあって、それを一通り覚えなければならないとか。
そこまでしなくても良くなくね?時間の無駄過ぎる・・
この後、各種マナーやら貴族的思考法やら会話術やら王国貴族たる義務やら何やらかんやらを学ぶらしい。果ては腹の探り合いとかの応用編もあるとかないとか・・
勘弁してくれと言いたい。
でも、いずれ俺も貴族になる予定であればそうも言っていられないのか・・
ビアンカ教室初日、魔道具基礎研究の教室に見知らぬ少年がビアンカに伴われて入って来た。
「紹介しよう。このテリオは工学院の2年。平民だがとても優秀な生徒だ。君達なら仲良くやれると思ってこの特級組の授業に連れてきた。ほれ、挨拶せんか」
急かされてそのテリオと言う少年が「どうかよろしくお願いします」と一言挨拶をした。
なんというか、おどおどして怯えているみたいだ。
リリィが「先生、特級クラスに何故平民の生徒を連れてきたのですか?」と当然の質問をした。
久々に王女から話しかけられてビアンカが少したじろいだ。
「それはその、テリオが優秀過ぎて工学院の授業で浮いてしまったからだ、です。向こうは今基礎を教えているのだが、テリオは既に基礎はできている。故に、このクラスであれば自由に研究を進められるしテリオの為になると思った次第です。どのくらい優秀かと言うとキース、お前のリーフボードの魔法陣を理解できるレベルだ。きっと良きライバルになるだろう。だが、平民だからと言って虐めるなよ?」
と最後は俺に向けて話しかけていた。誰が虐めるか!俺もほぼ平民だよ!と答えておいた。
早速、テーマを決めて各自研究に入る。
今回はリファとリリィに照明魔道具を、俺とテリオで保冷庫を研究することにした。
本当は俺一人で作り込みたかったけど、皆が手伝いたいと言ってきたから仕方なく分担を決めた。ただし。
「先生。この二つの魔道具はクリフ商会が製作と販売を行うことになります。ビアンカ教室で開発されたからと言って先生に商業権がある訳ではないので勘違いしないでくださいね?万一横取りしたら怖い顔の元将軍に怒られますよ?陛下にも話が伝わって多分教師をクビになりますからね?」
と釘は差しておく。だって、ビアンカってなんとなく信用できないから。
一応テリオにも確認をしたけど、テリオは素直に頷いていた。
すぐに保冷庫のイメージ図を起こして、必要な魔法陣の検討に入った。
イメージは蓋つきの箱だ。
箱の内側に複数の魔法陣を張り付けて、内部温度を長時間一定に保つ。それも魔石の消費を極力抑えるように。
冷水を張るか、空気を冷やすか、氷を作るか。
必要な魔法陣は冷却、温度感知、起動のオンオフ、それを魔法回路で繋げてやればいい。
後は、果実の一番長持ちする温度を調べて・・
あ。果実水って凍らせたら美味しいのか?氷の果実水。シャクシャク?シャキシャキ?どうなんだろ。なんか金貨の匂いがする・・
気になって、その場でアリアのジョッキグラスを取り出してココナップルの果実水を注ぐ。
俺が変な事をやり始めたことにリファとアリアがすぐに気づいた。
「キース、それ何するの?」
「なんて綺麗なグラス・・どこで手に入れたのかしら?」
「うん、ちょっと閃いてさ。キトリ茶屋の新商品になるかもと思って」
言いながらグラスの中に風と氷結の魔法を同時に掛けた。
飛び散らない様に、ゆっくりかき混ぜる感じだ。
だんだんと果実水が凍り始めて砕かれて、粉々になるとシャリシャリ感が出てきた。
スプーンで掬うと何かイメージと違う。と言うかそこまで美味しそうじゃない。
うーんと悩んで、そこに再び果実水を注ぐと・・
「キース!それの味見はわたくしが致します!」
「え!ずるい!私も飲みたい!キース、私の分も作って!」
とだいぶ食いつきが良いみたいだ。
「ただの氷らせた果実水だよ?冷たいだけで味はココナップルで変わらないよ?」
「見た目が美味しそうなんですもの!ちょっと味見をさせて欲しいわ」
「キース、私の授業中に何をやっているのだ」と若干ビアンカが怒ってる。でも「私の分も作ると言うなら今回は見逃してやるがどうする?」と言ってきた。
仕方がないので、全員分を作ることにした。
ジョッキ足りないから、木製の器を取り出す。
せっかくだから、果肉も細かく切って凍らせてから混ぜ込んでみる。
そっちの方が美味しいに決まってるから。
全員に行き渡って、皆が「うふ~!冷たい!美味しい!」とか「キーンとして虫歯に沁みるんだが・・」とか「氷のシャクシャクした食感がいい感じですわね」とか「こんなに美味しいもの初めて食べた・・」とか口々に感想を漏らした。
思い付きの割にかなりの好感触だ。うんうん。
であれば、「果実水を細かい氷にする魔道具も開発しようかな」と思わず呟いた一言をビアンカが聞いていた。
「魔道具とはこうした発想から生み出されるものなのか・・」と。
“目的もなく作りたいから作ってみた”では売れないと言うことにやっと気付いたらしい。
「先生、この開発をお願いしたら引き受けてくれますか?報酬は払いますよ?」と商談を持ち掛けた。ビアンカは魔道具開発のプロだ。人格はともかくそこだけは信用できる。
それに俺には余り時間がない。さっさと実用レベルの魔道具にして店で稼ぎたいのだ。
幸いにもホワイトエンペラーの件で大きな収入を得たばかりだ。
シュベールと話して屋敷用とキトリの茶屋用に空間収納鞄を買う事にしたけど、まだまだ余裕はある。
ここは溜め込むより、投資をして次に繋げたい。
こうして、ビアンカ先生も巻き込んでクリフ商会の魔道具開発が新たにスタートすることになった。
ひと月に一回行われる騎士院生との合同演習の日がやって来た。
大掛かりな全体演習ではなく、クラス単位での演習だ。
騎士院生の特級は一クラス50人で3クラスもある。対してこちらはたった25人と圧倒的なアウェー感の雰囲気だった。
甲冑を着込んで剣や槍を提げた上に、皆体がでかい。そんなのが150人もずらりと並んで俺達にぶしつけな視線を飛ばしてくる。
騎士院生って女っ気に飢えているのか?って視線だ。
こちらに王女がいるしリファがとても可愛いってのもあるけど、そんな視線を浴びれば怖気づく子も中には出て来る。
明らかに尻込みをしている女生徒が何人かいたし、ウィスカルもちょっとビビってるぽかった。
入り口に指導教師の姿が見えると「全員!五列縦隊!整列っ!」と騎士院の生徒が突然大声で叫び、騎士院生がザっと動いた。
俺達魔術学院生もその隣に並んだところで「なんか騎士院の方々の雰囲気が怖いわ」「えぇ、皆さんピリピリしてるわ」とヒソヒソ声がする。
すると「誰だ!今喋った奴は!私語は慎め!」と騎士院の先生が怒鳴った。
俺とリファをしつこく勧誘をしてきた教師だ。
前に居並ぶ教師は4人。一人はハーニッシュ先生なのだが、他の3人の先生に比べると威厳と言うか怖さが足らない。それに溶け込めてない気がする。
「魔術学院の生徒に告ぐ!この演習では無駄口を開くな!キビキビと最速で動け!返事!!」
『ハイ!』
「声が小さい!!」
「「ハイ!!」」
「まだ小さい!腹から声を出せ!」
「「「ハイ!!!」」」
魔術学院ではこうした軍隊式の教育はされてこなかった。だから怒鳴られたことのない生徒が怯え始めている。
それから、俺達にだけ並び方や姿勢に関して厳しい指導が入った。
「列を乱すな!背筋を伸ばせ!視線を動かすな!返事!」って感じに。
「今より合同演習を始める!ポイントD!五列縦隊!駆け足!」
「「「「「ハイ!!!!!」」」」」
闘技場の四方に立つ旗のポイントDめがけて、全員が全力でダッシュする。
整列の歪みを厳しくチェックされて次の指示ポイントAに向けてまたダッシュする。
AからDまでは100メトルは離れている。
騎士院生は甲冑に武器迄持って走るのだから大変だ。
5往復も全力ダッシュと整列を繰り返せば体力のない魔術学院生の方が疲労してくる。
汗にまみれでゼーハーゼーハーと肩で息をしている者がほとんどだ。
それでも、教師の指示は延々と続く。
10往復の頃には膝をつく生徒も出てきた。
「貴様ら!誰が休んでいいと言ったか!立てっ!」と教師が怒鳴る。
泣き出す生徒も出てきた。
「倒れた者に告ぐ!ここが戦場であれば貴様たちは部隊に置いて行かれ、魔物に喰われるのだ!生死が掛かっているのだ!立て!そして死ぬ気で走れ!死にたいのか!」
そんな言葉に思い出すのはオーガ戦で敗走した兵達の末路だ。
確かに生死が掛かっている。
今、騎士院生で半分弱。魔術学院生では俺とリファ、デューイとジクターヌがまだ余裕ありそうで、ウィスカル他数名がへばる寸前。他は地面に伏している。
リリィとナタリーゼが励まし合って立ちあがろうとしているけど、ちょっと無理そうだ。
あちこちに散らばる行き倒れはそのままに、ポイントAからBへダッシュ。若干距離は短くなったものの、まだ延々と指示が飛ぶ。
結局授業の終わりまでついて来られたのは、数名の騎士院生と俺とリファだけだった。
デューイとジクターヌは互いに負けん気を燃やして頑張っていた様だけど、途中で力尽きてしまった。
「今年の魔術学院生の中には根性のある者が少数いるようだ」
教師たちがデューイとジクターヌを見ている。
「毎年全員早々に脱落しているからな。今年は珍しい」と別の教師。
「しかし、やはり軟弱者が多過ぎる。これだから魔術師は情けないというのだ」
と厳しい意見で締めくくられた。
ハーニッシュ先生は何か言いたげな顔をしていたけど、結局一言も話すことなく授業は終わった。
王国軍では騎士と魔術師はあまり仲が良くなかった。その確執がここでも垣間見えた。
騎士院での合同演習は魔術学院生には風当たりの強い授業になるのかもしれない。
にしても、デューイはともかくジクターヌが身体を鍛えていたとは思わなかった。
我儘で高慢なボンボンと言うのが俺の知るジクターヌだ。リファ曰くそこに気持ち悪いがつく。
何かしら心境の変化でもあったか?リファに振られて本気でオーガの一匹でも倒そうとしてるとかか?でも、ちょっとだけ見直してやってもいいかもしれないと思った。
きつい合同演習は女生徒の心をへし折って終わった。
リリィはまだ気丈に振舞っているけど足がプルプル震えているし、ナタリーゼにいたっては「私には無理です。あんなに怒鳴らなくてもいいと思いませんか?私は軍の事務方希望なんです。こんなの辛すぎです」と言って泣き崩れてしまった。
「でも、事務方も戦場に出ることはあるんだよ?後方にいても、襲われるときは襲われるし。私ナタリーゼには死んで欲しくないよ。だから頑張ろ?ね?」
リファが優しく声を掛けると、恨めし気に見上げて涙を溢す。
「ナタリーゼ。わたくしも貴女と同じほどしか体力はありません。でも、わたくしは挫けたくありません。少しでも体力を付けなければならない様ですから、わたくし毎日夕方に走ろうと思います。ナタリーゼも一緒に走って下さいませんか?他の皆さんもいかがですか?」
今日は王女も皆と同じように怒鳴られていた。
それでもめげないリリィは偉いと思う。リリィに言われてナタリーゼは小さく頷いた。
翌日から授業が終わった時間帯にグラウンドには女生徒だけでなくデューイやウィスカル、ジクターヌ、いや、クラスの皆が走るようになった。
鍛錬場所が使え無くなった俺とリファは屋内の魔法練習場に移動する。いっそ新技でもつくろっかな。
週末に屋敷へ帰って来た。
アリアはまたダンジョンに潜りに行ったようだ。暫く帰らないとシュベールから報告があった。
リファは、雲海の谷で摘んできた薬草類の調合を始めた。この薬草で上級ポーションを作れないか試すのだと意気込んでいる。
一般に上級ポーションは魔物素材から作られているらしい。しかし、副作用が強くて弱った人が飲むと耐えきれず死ぬケースも多いのだとか。
「だったら薬草で作ればいいじゃん!」と言うのがリファの発想だ。
どこまでの物ができるか分からないけど、完成したらきっと多くの人が喜ぶに違いない。
そして俺は、ヒトツバヌキのグリス研究をしている。
水に溶けないグリスをどう作るかを模索中だ。
北の魔境に出かけている最中に二つの打開策を考えていた。それを試したい。
まず、スライム核を摺り潰した粉末をグリスに混ぜる案だ。
核が液体のスライムを形状的に留める役割を果たしている。だから核を抜き取ってグリスに移植したらグリススライムが出来た。
でも核が邪魔だしスライムじゃ困る。だから粉末状にして混ぜてしまえ!と言う発想だ。
しかし、結果は失敗した。
核粉末入りのグリスが出来ただけで、水に溶けやすい性質と毒性は変わらなかった。
この方法は期待していただけに失望も大きかった。
だけど俺はめげない。そこで第二案だ。
前回、グリススライムはできている。
そのグリススライムをそのまま摺り潰してしまえ!と言う案だ。
核と体液が二つ揃って初めて形状を保つことができるのでは?という仮説だ。
可哀想だが、グリススライムを生きたまますり潰した。核も一緒にゴリゴリ摺り下ろす。
出来たベトベトのグリスに水を掛ける・・白濁しない!成功だ!
と思ったけど、こいつはまだダメだ。スライム毒が残っている。
毒入りグリスなんて物騒な物が商品になる訳がない・・
スライム毒を消さなければ。
そこで新たな壁に突き当たってしまった。
気分転換に俺は調理場へ向かった。
ベンジャムが仕込みを、ミゼッタが皿を拭いている。
「おや、キース様。ここへお出でとはお珍しい。何か御用で?」とベンジャム。
「あぁ。キトリの店で喜ばれそうな果実水を思いついたから本職に意見を聞きに来た」
キトリの店のメニューは全てベンジャムが考えたものだ。
軽食店だけに、果実を使ったサンドパンや焼き菓子やケーキを扱っている。
ベンジャムが売れると言えば大丈夫だろう。
二人の目の前でココナップルの果肉入り氷結果実水を作って、ジョッキグラスに注いだ。
二人が興味津々にジョッキを覗き込んでいる。
「ふむふむ。これは見た目にも実に綺麗な色合いです」とジョッキを明かりにかかげて、「これを売るなら同じようなガラス製のグラスが良いかと思います。しかしガラスは高級品でお高い上にここまで透明度が高いとなると入手は難しいかと」
と残念そうな顔をした。
「ジョッキは何とかする。今は味とか食感とか売れそうとかダメそうとかを聞きたいんだ」
「では・・」と一口。ウ~ンマイ!って感じで目を輝かせた。
「良いです!いけます!王都中で話題沸騰間違いありません!キース様、これは果実水をどう凍らせるかが問題でございます。それさえできれば・・あぁぁアイデアが湧き上がる!ああしてこうして・・キース様!魔道具を作ってください!安価で氷を作る魔道具です!」
「落ち着け。今開発を始めたところだよ。出来たら持ってくるから、落ち着けって」
ベンジャムが感動している間に、ミゼッタがスプーンでパクリ。
「ん~!!つめたーい!おいしー!キース様!他の果実でもできませんか?アッポーチェリーとかピーチフィズでも作って欲しいです!」
十分な感触を得て色々な果実水で試したりと、とても楽しい時間を過ごしたのだけど・・
リファを呼ぶのを忘れてた。
後からリファにプリプリむくれられて、その夜の食事に全種類の氷結果実水を作ることになってしまった。勿論、家人全員分だ。
「やはり、透明なガラス製のグラスが良いですな」とシュベール。
「それなら手配できる?屋敷用と店舗用で買い揃えよう。自分で作るから材料だけでも良いよ?」
学院の図書館に行けばガラスの作り方位調べられるはずだ。
それに、ビアンカなら絶対に知っている。
「畏まりました。すぐに手配致しましょう」と言った翌日。
「キース様、当家の御用商人が見えております。今回はご同席頂けないでしょうか」とシュベールに応接の間へ引っ張り出された。
「先代様の時代に長くお取引をさせていただいておりました。マーシャル商会の商流部門を担当しておりますジョルジオ・マーシャルと申します」と恭しい挨拶を受けた。
「キース様。マーシャル商会は以前より少々面倒事を抱えていたのですが、今後はお取引を見合わせるべきかもしれません」
シュベールの顔を見る限り深刻そうな表情はしていないけど、中々に深刻な話の様な気がする。
「ご迷惑をおかけすることになり、大変申し訳ございません」とマーシャルさんが深々と頭を下げた。
事情はこうだ。
マーシャル商会はマーシャル一族で運営される王都を拠点とする中規模商会だ。
王都ではブリオン大商会が幅を利かせる中、先代、マーシャルさんの祖父が商会を成長させて、2年前に死去。長男が新たな商会長となった。
その長男はマーシャルさんの叔父にあたる。
その新会長が方針を転換しブリオン大商会の傘下に入ると決めたのだそうだ。
新会長の方針に異を唱えたマーシャルさんの父は解雇され、マーシャルさんと弟も解雇通告を受けてしまったとか。
要するに新会長は弟とその息子達を商会から追い出したわけだ。
「いずれマーシャル商会はブリオン大商会に乗っ取られてしまうでしょう。それに現会長に商才はなかったようです。それがこの2年ではっきりしました」と悔しそうに語った。
「キース様。この方達を救って頂けませんか?有能な商人が親子揃って3人も路頭に迷おうとしているのです。ここはぜひクリフ商会に籍を移していただき、商会の、引いてはクリフロード領復興の為にご尽力頂けないかと思う訳でございます」
シレっと言ってるけど、これはシュベールの中で確定されているみたいだ。
「こんな良い縁は中々ございませんぞ?今すぐ色よい返事を!」と目が訴えてくる。
「だけど、クリフ商会はまだ小さいよ?マーシャルさんを引き入れても満足させるほどの仕事がないと思う」
「何を弱気な!グリスとかいう油があるではありませんか。固形燃料も良い物でした。今は氷を作る魔道具を開発中とも聞いておりますぞ?加えて珍しい魔物素材もあるではありませんか。ミーシャの作る調薬も規模を大きくすれば立派な主要商品になるのですぞ?そろそろ物件を決めて工房を立ち上げる時期と存じますぞ?」
「いやいや、それで開発に失敗したらどうすんのさ。物件だけあっても作れなかったら意味ないだろ」
「そんなものはどうとでもなります!魔物の解体でも固形燃料でも既にできる事はあるではないですか。それよりもキース様は早く開発を進めてください。それで問題は解決です。後々のことは私が責任を以て何とか致します」
シュベールが自信を以て言い切るならば任せて大丈夫なのだろう。
「分かった。万事任せる。マーシャルさん、クリフ商会はまだ小さな商会ですがいずれクリフロード領の経済を担う大商会にするつもりです。力を貸していただければありがたい」
「ほぼ一から始められるのですね?これは商人として腕が鳴ります。父もさぞ喜ぶことでしょう。ぜひお手伝いをさせて下さい。これでも王国全土を旅して各地に大勢の知り合いが居ります。必ずや立派な商会に育て上げて見せましょう。どうかよろしくお願いいたします」
再び深々とマーシャルさんが頭を下げた。
俺は、大きな利益をもたらすであろうジョルジオ・マーシャルと固く握手を交わした。
その光景をシュベールが非常に満足そうな顔で何度も頷いていた。