分岐点
近くの草原でドミークと向かい合っている。
傍でミルケットとリファーヌ、それになぜか奴隷商人まで成り行きを見守っている。
「そういえばお前魔物を倒したとか言っていたな。ゴブリン如き倒せても俺には通用しないぜ。とにかく俺に全力で撃ち込んで来い」
「でもそしたら無事で済まないかも・・」
「はっ!笑わせるな!俺に傷一つでも付けたら褒めてやるよ。良いからかかって来い」
ドミークがそう言うのなら大丈夫なのだろう。魔力を思いっきり練った。
人を相手に魔法を放ったことはない。もしかしたら本当に殺してしまうかもしれない。けど、認めてもらえなければ奴隷になってしまう。
(今、奴隷になるかどうかの別れ目だ。全力を出してやる)
(ウインドカッター)(ファイヤーボール)(アイスボール)(ライトボール)(ファイヤーボール)(アイスボール)(ライトボール)(サンドカッター)(ストーンバレット)(ライトボール)(ストーンバレット)(ウインドカッター)(ファイヤーアロー)(サンドカッター)(ライトボール)(アイスボール)(サンドストーム・・)
目くらましの光球も混ぜ込み、次々に魔法を放った。完全無詠唱で。
単発ではなく一度に2発、3発と複数を生み出し全速で放つ。
ズガガガガガガ
爆音が響き砂塵が舞う。視界が悪くなったが気にしない。とにかく全力で打ちまくった。
ドミークは赤獅子の異名を持つ歴戦の戦士だ。
魔法攻撃など剣のひと振りで弾き飛ばすか搔き消してしまう。が、キースの実力を見誤っていた。
速い。しかも多彩な連撃を高精度で狙ってきた。
たちまち視界が悪くなった。
(ちょっと待て、ちょっと待てって、こんなの聞いてないぞ!)
剣を全力で振り回し続けても追いつかないほどの連撃。
まともに当たれば怪我で済まないレベルだ。
内心焦りまくっていた。
だがドミークも負けてやるわけにはいかない。
全弾弾き飛ばすか切り裂くか避けるかで何とか凌いだ。
砂塵の中から弾かれた魔法が光と共に次々と宙へ飛んで行った
キース自身も自分の実力に気づいていなかった。
本当の実力に今までただ気づいていなかったのか、それとも何度も死にかけたことで成長したのか。
とにかく、その攻撃は本人の思っていた以上の威力があった。
サンドーストームを放ったところで、横からミルケットが俺に飛びかかってきた。
「もうやめて!お願い!」
ミルケットの顔は青ざめていた。
普通であれば人など小間切れになるレベルの攻撃だったからだ。
しかし、最後に放ったサンドストームが到達すると砂塵の中から雄叫びが聞こえてきた。
「ウオオオオオオォー赤の咆哮!」
バシッと砂塵が割れ、サンドストームは切り裂かれ斬撃の余波がこっちに向かって走ってくる。すごい威力だ!
「まずい!」
咄嗟に防壁魔法を展開した。いやな予感がしてさらに追加する。
3枚のシールドを張ったところで斬撃がシールドを砕いた。
俺を抱きかかえるようにかばったミルケットの背中がざっくりと切れて鮮血が噴き出した。
「キャーッ」
「ママっ!!」
リファーヌが悲鳴をあげた。
ドミークの斬撃“赤の咆哮”は彼の持つ最高の技だった。それを出さねばならないほどドミークは追い詰められたのだ。
砂塵の中から顔や手足のあちこちに傷を負ったドミークが出てきた。目をギラつかせて息が荒い。
「パパ!、ママが大変!」
すぐに背中から血を流し倒れているミルケットに気づいた。
「あ!」やっちまったと言う驚きが顔に出た。
「ミルケット!」
ドミークはミルケットに駆け寄るとすぐに状態を確認した。
まだ息がある。間に合うと判断した。
「しっかりしろ!今助けてやるから死ぬな!頑張れ!」
ドミークはすぐにミルケットを抱き上げると疾風のように走り去っていった。
リファーヌもその後を追いかけるように走り出した。
俺はというと茫然としてその後ろ姿を見ている。
なぜミルケットが飛び出してきたのか?
ミルケットが大怪我をしたのは自分のせいだろうか?
結局俺は売られずに済むのか?
ミルケットは助かるのか?
頭が混乱して動けなかった。
リファーヌはキースがついてきていないことに気づいて、振り返った。
「キース!早く!」
「あ、うん」
俺も走り出して、赤獅子の野営地へ急いだ。
「シモン!シモンはどこだ!シモン!」
ドミークは赤獅子傭兵団の野営地へ戻るとシモンを大声で呼び立てた。
団員が何事かと顔を出す中にシモンの顔を見つけた。
「ミルケットがヤバイ。ヒールを頼む!」
「こりゃひでぇな。何があったんだ?」
「そんなことはいい!早くヒールを!」
シモンは慌ててヒールの詠唱を唱えるとその手に光の粒子が溢れた。
ミルケットの背中に手をかざすと粒子は傷口に吸い込まれて傷がふさがってゆく。
貴重なポーションを直接振りかけてもう一度ヒールで癒す。
何回目かのヒールでようやくきれいに傷が消えた。
「はあぁ~間に合ったー」
脱力するドミーク。
そのドミークも戦場にいたのかと思うほどの傷を負っている。
「おい、ドミーク。何があった?そのケガは誰にやられた?」
副長を務めるゲイドが訊ねた。
ゲイドは団員の中で一番の体格を誇る。
個の強さではドミークに劣るものの、一団を率いてもおかしくない実力を持つ男だ。
ドミークとミルケットを囲むように皆が集まってきた。
怒りを顕わにした表情の者ばかりだ。空気が否、殺気が張り詰める。
傭兵団は文字通り命を懸けて戦う運命共同体だ。連帯意識、仲間意識は異常に高い。
加えてミルケットは美しく、そのさばさばした性格で人気がある。ひそかに横恋慕している者も多いことだろう。
そのミルケットが死ぬほどの重傷を負わされたのだ。何者かに。
許せるはずもない。
「いや、なに・・そのだな・・俺だ。俺の斬撃をミルケットが受けちまったんだ」
「はあ?」
全員の頭に疑問符が浮かんだ。
大きくため息をつくと、ドミークはたった今起こったことを説明した。
「ってことは何だ?つまり、キースのガキがお前を追い詰めるほどの魔法で攻撃したと?で、たまらず“赤の咆哮”を出したらミルケットがキースを庇って斬撃を受けたと、そういう事か?」
ゲイドが驚きの表情で確認をした。
「あぁ、そういう事だ」
ドミークからぶっきらぼうな返事が返って来た。
「うーん・・」
ミルケットが目を覚ました。
「おいミルケット!大丈夫か?おい!」
「う、うるさいわねぇ。耳元で大声出さないでよ」
「いやしかし・・大丈夫なのか?」
「ちょっとくらくらする」
「血を流しすぎたんだ。しばらく安静にしてるといい」
シモンが淡々とした口調で言った。
「念のためだよ」と言って治癒ポーションを渡して飲ませた。
「シモンがヒールをかけてくれたのね、ありがとう。はぁ。生きてるのが不思議だわ」
ミルケットの声を聞いて心が落ち着いたのだろう。ドミークが疑問を口にした。
「おい、ミルケット。お前なんで飛び出してきたりしたんだ!危ないだろ!あのガキ庇って死ぬつもりだったのか?」
その言いぐさにミルケットがドミークを鋭く睨みつけた。
「はあ?何言ってるの?私が庇ったのは、ドミーク、あんたよ。あ・ん・た!」
「なに?一体どうゆう・・」
「だから、キースの魔法は尋常なレベルじゃなかったでしょう?あの威力とあの手数。いくらあんただって絶対死ぬと思ったわよ!だから、途中でキースに飛びついて攻撃をやめさせたのよ!そこにあんたから必殺の斬撃が飛んできたのさ!キースがシールドを張っていなかったら私は今頃死んでいたわ。だいたいねぇ、何が“全力で撃ち込んで来い”よ。何が”傷一つでもつけたら褒めてやる”よ。あんた傷だらけじゃないのさ!追い詰められたからって赤獅子が子供相手に必殺技出してるんじゃないわよ!情けないったらありゃしない。もう!約束通り、キース売るのは無しにしてもらうからね!!」
「キースってそれ程なのか?」
シモンが顔を引きつらせている。この魔法戦士は自分を強いと自負しているが、ドミークにここまで傷を負わせ“赤の咆哮”を放たせるほど追い詰めることができるかというと、そこ迄の自信はない。
目の前にいる傷だらけのドミークと、幼いキースの容姿、そして会話の中のキースの実力がシモンの頭の中で嚙み合わなかった。
そこにリファーヌとキースが駆け込んできた。
俺たちが幕舎へ駈け込むとミルケットは生きていた。
思わずしゃがみ込むほど脱力した。
(よかった~)
「ママ大丈夫!?」
リファーヌが母の胸元に飛び込んだ。
「心配かけたわね。リファ。もう大丈夫よ」
リファーヌが安心させるかのように優しく抱きしめた。
そんなミルケットにお母様の面影が重なる。胸がツキンと痛んだ。
傭兵団の面々はそんなキースを見ていた。
(こんなガキが本当にドミークを追い詰めたのか)と。
「キースは売らないことに決まったから安心しなさい」
ミルケットがリファーヌの頭を撫でながらやさしく告げた。
ドミークは無言で母子の感動の再会を見つめていた。
その内心は愚痴で満たされていたが。
(今回は空回った。このクソガキがこれほどとは・・俺の見る目がなかったのは確かだ。しかし、キースの野郎うちの女連中の心をがっちり掴んでやがる。あのリファがあんな必死になって俺に歯向かうなんて。俺よりなついているじゃねぇか!それが気に食わない・・あのガキに追い詰められたことも、ミルケットを危うく失うところだった事もだ。だがまあ、それならきっちり働いて貰うだけだがな!ミルケ隊の護衛をただで拾ったと思えばいいさ。だが、ショックだ。ミルケットに情けないなんて言われちまった。クソ!)
ドミークの苦々しい思いはともかく、キースの辛く忙しい日常が戻ってきた。
それでも、奴隷落ちになることに比べれば何でもないことだと思えた。
その日から傭兵団の態度が変わった。
特にベックが。
「キース良かったな!」と嬉しそうに真っ先に声を掛けてくれた。
あれほどきつい言葉で蹴り飛ばしてきた男と同じ人間とは思えないほど気安く接してくるようになった。
それに、他の人たちも気さくに話しかけてくれるようになった。
怖い風貌の男達から声を掛けられると思わずびくびくしてしまうが、向こうは気にする様子もない。
どこで魔法を覚えたのかとか、どんな魔物を倒したのかとか。そんなことを質問する者が多かった。
話をすれば気心も知れて来る。それまで疎外感を感じていた居心地の悪さも薄れてきた。
この傭兵団に少し馴染み始めているのを感じていた。




