奴隷商
数日して、馬車が移動を始めた。
味方勢力の輜重部隊と合流するのだという。
その野営地は多くの兵がいて賑やかな所だった。
川辺近くの草原に大小様々の幕舎張られている。馬車や牛車も数多く、隙間を縫うようにたくさんの兵士達が動き回っていた。
こんなに大勢の人間が集まる賑やかな場所を見たことがなかった。
遠目から見ても分かる程に、正規騎士団の幕舎周辺は整然としているが、傭兵団と思しき者達のところは妙に雑然としている。
赤獅子傭兵団はそんな雑然とした幕舎が集まる場所の一角に陣取っていた。
酒を飲む者、髭をそる者、賭け事に興じる者、剣を研ぐ者。
皆体格がよく、髪がぼさぼさしていかにも荒くれ者の集団といった感じだ。
クリフロード家の騎士団と比べると、この連中は恰好も行動も統一性がなく何より少し怖い。盗賊団だと紹介されれば素直に信じてしまいそうだ。
リファーヌは慣れているのか笑顔で駆けだして行ってしまった。
僕は馬車から荷を下ろすのを手伝っていたが、太い声に呼ばれて振り返った。
一人の大男とその隣にリファーヌがいた。
「小僧、無事意識を取り戻したか。俺はドミークだ。この傭兵団をまとめている。お前を助けたのは俺だ。恩を返してもらうぜ。今日からあいつについて下働きをしろ。分かったな」
そう言って顎をしゃくる。
「おい!ベック!このガキ好きに使っていいぞ!」
ドミークはそれだけ言って去っていった。
ベックと呼ばれた男が寄ってきた。
「キースとかいう小僧だったな。俺はベックだ。早速だが働いてもらうぜ。付いてこい」
ベックは30歳くらいの小男だった。小男と言っても他の傭兵に比べればだが。
「はい。僕はキースといいます。よろしくお願いします」
挨拶は大事だと思って丁寧に名乗ると、
「俺はお前の名前を知っているのに何故また名乗った?それがお貴族様の作法ってやつか?面倒くせぇことすんじゃねぇ!」
と怒られてしまった。
「それと、自分のことを“僕”なんて言うんじゃねぇ。男なら“俺”と言え。次に俺の前で“僕”なんて軟弱な言い方しやがったら股間蹴り上げて一生忘れられねぇ位苦しませてやる。分かったか!」
「は、はい!」
そんな僕を、否、俺を見てリファーヌがクスクスと笑った。
俺なんて言い方自分には合わない気がするが、蹴られたくはない。
大人しく従おうと思った。
ベックは物資置き場の幕舎に入ると“背負子”を渡してきた。
「こいつは“しょいこ”っていう薪を一度に運ぶ背負い籠だ。あっちに森がある。落ちてる枯れ枝を拾ってこい。深くまで入らねぇと薪になる枝は落ちてない。魔物はいないはずだが一応警戒しとけよ。それと迷うなよ。集めたら俺のとこに持って来い」
それだけ言うとベックは出て行ってしまった。
それまで黙っていたリファーヌが
「最初大変だし私もついてくね」と言ってくれた。
背負子は重かった。大人用だろう、それに肩ひもの幅が広すぎて背負いたくても背負えない。仕方ないから肉体を魔力で強化して森まで引きずってゆく。
「ここで魔物とか出たらキースがやっつけてくれるんだよね?キースの戦うとこ見てみたい!」
リファーヌはなぜか嬉しそうにしている。
(魔物なんて冗談じゃない)
森の中では警戒していたが、意外に人がいっぱいいる。
薪を拾う者、木の実を拾う者が行き交っていた。
かなり奥まで来ないと枝は落ちていなかった。
二人でせっせと薪を集め、縄で括ると重さが半端ない。
仕方なく肉体強化をした上で風魔法で少し浮かせて何とか引っ張って帰ってきた。
「遅ぇ!もっと急いで行って来んか!もう3回行ってこい!」
またベックに怒られた。
もう一度重い背負子を引いて森に入っていった。
夕食は焚火の前で取った。何かの串肉とスープだった。
その日の夜から、一人で物置用の幕舎で寝ることになった。
翌朝。まだ陽の明けぬうちにベックに蹴られて起こされた。
傭兵団では人を起こすときは蹴り飛ばすものらしい。
「いつまでも寝てんじゃねぇ。仕事だ。ついてこい」
目の前の籠に衣類が大量に入っている。
竹を編んだ丸籠だ。
「あっちに行くと川がある。右手に沿って行くと洗濯場になってる。そこで洗ってこい。良いか、川に流すなよ」
言われた通り洗濯籠を背負って川へ向かった。朝早いからリファーヌはいない。籠は肩ひもの幅が広すぎて俺には背負えない。片方だけ肩に掛け、下から風で持ち上げてバランスを取ってなんとか背負った。
洗濯場はすぐに見つかり、他の傭兵に交じって見よう見まねで衣類の汚れを落とした。
クリーン魔法を使えば簡単だけど、ベックは川で洗えと言っていた。だからクリーン魔法はズルだと言われかねない。
どんな些細なことで怒られるか分からないし、結果追い出されるかもしれない。
だから、俺は魔法を使わなかった。
俺の手では絞っても水が滴る。仕方なく風魔法で1枚1枚乾かしていたら時間がかかってしまった。
やっと洗濯を終えて戻るころには陽はとっくに昇り、朝食の時間も終わっていた。
「遅え!次は水汲みだ。付いてこい」
またベックに叱られた。
ロバの背に片側2つの桶が括られている。小さな桶があり、ロバの背から桶を下ろさず交互にバランスを取りながら水を汲んでくるのが仕事だった。それを4往復。
水汲みも魔法で出せば簡単だけど、水汲みを命じられて魔法を使えば水汲みではない。
だから水魔法は使わない。
もしかしたら、魔法で洗濯物を綺麗にしようが、水魔法で桶を満たそうが構わないと言われたかもしれない。でも余分なことを聞いて怒られたり嫌われたりすることが怖くて聞けなかった。
昼食を挟み、水汲みを終えると、次は武器の整備だった。
血や泥のこびりついた鎧や盾をゴシゴシ磨いた。
翌日も日が昇る前に蹴り起こされた。
馬車の車輪を交換する作業をベックと一緒に行った。終わればまた水汲みをしてから武器の整備。
リファーヌも手伝えるところは手伝ってくれたが、仕事は大変でとにかく疲れた。
魔力も体力もフルに使って一日が終わるとその夜も倒れこむ様にして眠った。
それでも、すぐに眠れる日はまだいい。たまにどうしようもなく寂しくなるのだ。
もう皆死んでしまって実はとっくに一人ぼっちではないのか?みんな俺のことを忘れてしまったのではないか?と。
お父様とお母様とジュリアが恋しくてたまらなくなる。そしてどうしようもなく不安になるのだ。
泣くまいと思っても涙が零れてしまう。
そんな日々を毎日延々と過ごすことになった。
そしてある晩。
ドミークは団員と酒盛りをしていた。
「ベック、あのガキをずいぶん可愛がってるらしいじゃないか。気に入ったか?」
「あぁ、貴族のガキっていうからすぐに根を上げると思ったんだがな。文句一つ言やしねぇ。言いつけたこたぁきっちりやるし、手も抜かねぇ。しかもいちいち丁寧だ。ありゃ、普通のガキじゃねぇ。立場分からせるつもりでしごいたが十分理解してるぜ」
「そうか。ま、いいさ。明日ガキを売っ払う。いつもの奴隷商が来ててな」
「そうかい。楽させてもらえてたんだがな。そういう事なら仕方ない」
「あぁ。新しく戦闘奴隷を買うからそいつに色々仕込め。ガキよりは役に立つはずだ」
「おい、この前のみたいな奴ぁ勘弁だぜ。文句ばっか言った挙句すぐ死んじまった。あれならキースのほうが百倍マシだ」
「お前よっぽどあのガキが気に入ってるんだなぁ。ま、いい奴隷がいなきゃもう少し飼ってやるよ」
キースの知らないところでキースの奴隷落ちの話が決まった。
ベックも同情しないではないが戦場で孤児を養ってやるバカはいない。
小さなため息をつくとまた杯を飲み干すのだった。
「小僧、ついてこい」
翌朝、食事が終わるとドミークが呼びに来た。
リファーヌがすぐに気づいてついて来ようとしたがドミークに来るなと言われていた。
やって来たのは商人が集まって野営をしている場所だった。
その一角に荷台が檻になっている馬車が何台も止まっている。中には腰布のみまとった屈強な男たちが押し込められていた。
女ばかり入れられた檻もあった。
(奴隷だ)
その時点で嫌な予感がした。
檻の並んでいる傍の幕舎の中に入ると、少し太った商人風の男がもみ手で挨拶をしてきた。
「ドミーク様、おはようございます。この子ですか」
露骨に値踏みをするような目で見られると怖気が走る。
「あぁ。貴族のガキだ。魔法も使えるようだ。雑用もそれなりにできる。で、いくらだ?」
「う~ん・・金貨1枚ってとこですかね」
「おい!そんな安くねぇだろ」
「いや、ここまで小さい子供は売れないんですよ。大体うちは戦奴と情婦専門なんでね。子供押し付けられても商売にならないんですよ」
「奴隷商は横に繋がりがあるだろ。何とかしろよ」
「そう言われましてもねぇ。この国に孤児なんて腐る程いるんですよ。あ、じゃあ先に戦奴を見ましょうか」
二人は幕舎を出てゆこうとする。
俺はドミークの背中に叫んだ
「待って!俺を売るんですか?」
入り口でドミークが振り返った。とても冷めた目をしている。
「あぁ、使えないガキは俺はいらねぇ」
「でも、今日まで水汲みも洗濯も薪拾いだって・・」
「そんなもんは誰だってできるんだよ!今から買う奴隷でもな。だが、お前は戦場で戦えねぇ。お前を売るのはそれが理由だ」
「そんな・・お願いします!俺を売らないでください!奴隷に落ちたら一生浮かばれない。そんなのは嫌だ!」
「諦めろ。それがお前の運命だったんだ」
立っていられないほどショックだった。
両膝をついて呆然となり、どう言えば売られずに済むのか。何をすれば奴隷にならなくて済むのか、何も分からなかった。
そこに突然リファーヌが入ってきた
「ちょっと!パパ!キースを売らないで!そんな事したら一生口きいてあげない!」
「リファ・・お前ついてきたのか。ついて来るなって言ったろ!」
「パパが怪しかったからママに話したらきっと奴隷商に行ったって教えてくれたの。キースが売られるかもって」
リファーヌの背後にミルケットが困った顔をして立っていた。
「ドミーク、私もキースの事は気に入ってるのよ。何とかしてあげられない?」
「そうよ、キースいつもすごく頑張ってるんだよ!私に魔法教えてくれてるもん!ベックだって誉めてたのに。それなのに・・ひどい!パパなんて大っ嫌い!」
リファーヌの大きな瞳に涙が溜まって零れ落ちた。
「やれやれ、いいか、リファ。ここじゃ戦えない奴は金にならない。それに気に入ったからってだけで養ってやる義理もない。戦場では甘いこと言ってる奴は真っ先に死ぬもんだ。非情になれ。でないといつか足元を救われるぞ」
最後の方はミルケットに向けて話していた。
「キースは戦えるもん!キースの魔法すごいんだよ!パパ何も知らないくせに!キースの事もっとちゃんと見てよ!キースが本気になったらパパだってただじゃ済まないんだから!」
「ほう。そこまで言うならいいだろう。試してやる。おい、小僧。お前の魔法を見せて見ろ。俺に全力で攻撃してこい。俺を納得させることが出来たらこの話は引っ込めてやる。出来なきゃ奴隷だ。リファもそれでいいな?キース、外へ出ろ」
ドミークは表に向けて顎をしゃくった。




