カタリア
俺とリファは学院に戻ってきた。
数日間の外泊かと思いきや、何週間も帰ってこなかったものだから寮母のマルサが怒っていた。
「とっくに退学したかと思ったじゃないか。あんたみたいな子の我儘を聞いてたらこの寮の規律は成り立たないのさ!次に同じ事をしたら叩きだすからね!」とすごい剣幕だった。
ただ、次もまた軍かギルドからこうした依頼は来る様な気がする。
便利屋扱いされるならもう協力したくないけど、俺達は王国に忠誠を誓った騎士だから断れるはずもない。
だから、学院長に面会を申し入れて事情を説明した。
学院長は柔軟な考え方をする紳士で、「そう言う事なら次に同じような問題が起きた場合、下級貴族の寮へ移っても良い」と承諾してくれた。
一応、下級貴族寮の寮母と面談だけはしておいた。
因みにリファのところは文句の一つもなく、無事に戻れて良かったと喜んでくれたそうだ。
王国軍が魔境深くでオーガ軍相手に敗走したという知らせは一般的に公開されていた。
だから、俺が参戦していたと察していたアレクセルとフォルタスが心配してくれていたようだ。
夕方寮に戻った二人が抱きつかんばかりに喜んでくれたのがちょっと照れ臭かったりもした。
翌朝、3週間ぶりに教室に顔を出すとすぐに取り囲まれてしまった。
「キース!リファーヌ!お帰りなさいませ。とても心配致しましたわ」
と、リリアティナが満面の笑みで喜んでくれた。
「お前達がくたばるとは思わなかったが、敗走の報せが流れた時にはさすがに心配したぞ」
デューイの言葉にチームメイトたちも頷いた。
俺達が参陣させられた後、しばらくして敗走の噂が流れ、街中の大型掲示板にも流れたらしい。すると、その敗戦した戦いに俺達も加わっていたのではないかと思い心配していたという事だった。
「実際は雑用ばかりやらされてたよ。朝から晩まで扱き使われ過ぎて過労死するかと思った」
と言っても、「戦場に出ていなかったのだからいいじゃないか」と誰も俺達の不満を理解してくれない。
そこが納得いかない俺とリファだった。
「お前達、席に着きなさい!」
気付けばハーニッシュ先生がいた。
「二人共、まずはご苦労だった」
学院長から俺達が帰ってきたことを知らされていたのか、先生は驚いていない。
「授業の遅れた分は放課後に補習を行うからそのつもりでいるように」
サクッと補習を宣言されてしまった。
午前の座学を終え、昼食の時間となった。
「ところで、キースとリファーヌは来週末の予定は決まっていますか?」
リリアティナに尋ねられてリファと顔を見合わせる。
「予定はないけど、ギルドの依頼を受けるか鍛錬をしているか何かしらすると思います」
「では、来週の感謝の日は空けておいてください。ルイスビークの10歳のお祝いを致しますの。ルイスがどうしてもあなた方にも来て欲しいと駄々を捏ねるものですから。お願いいたしますね」
「分かりました。アリアは聞かないと分かりませんが、私とリファーヌはぜひ伺わせていただきます」
と答えつつ、頭の中で何を贈ろうかと考える。
「王族のお祝いの席だ。お前達ちゃんとした服装でいけよ」
とデューイが要らないお節介を言うから睨んでやった。
その位分かってるよ!
週末、屋敷へ戻ると皆に随分と心配をかけていたらしく、またしてもマームに泣かれてしまった。
先にアリアが戻っているのにと呆れつつ、留守中の出来事の報告を受ける。
「主用、使用人用の馬車が出来上がりました。馬車用の馬を1頭購入しました。門衛を3名王国から派遣してもらいました。それから、カタリアが訪ねてまいりました」
「え?今なんて?カタリアが来たって言った?」
「はい」
詳しく聞けば、10日くらい前に突然訪ねてきたらしい。
老けたのと雰囲気が変わっていたことで、シュベールもマームも名乗られるまで分からなかったそうだ。
カタリアが来た。
やっとジュリアに会える。そうだ、母様の埋葬地も聞かなければ。
「今すぐ会いたい!」
「いえ、さすがにこの時間では・・明日の朝に呼び出しておきます」
学院で補習を受けて、図書館にも寄って来たからもう遅い時間だ。
仕方なく、急くような思いを抱えて翌日を待つ事にした。
そして翌日、カタリアが訪ねてきた。
「キース様・・」
屋敷の応接室に俺が入った途端、カタリアは眼を見開いたまま固まってしまった。
「久しぶりと言えばいいのか、カタリア。とにかく会いたかった」
カタリアのことは記憶に残ってはいるけど、顔などすっかり忘れてしまったから懐かしさも感じない。
ただ、痩せた人、疲れた顔の人という印象だった。
「とにかく座りなさい」
シュベールに促されても、立ちすくんだまま震えている。
どうしたのかと訝しんでいると、いきなり両膝を付き俺の手を握って頭を垂れた。
これは最大限の謝罪の作法だ。
何か俺に謝りたいらしいとは分かったけど、そんな事よりも早く話を聞きたい。
ここにはシュベールとリファにも同席してもらっている。
シュベールは当家の家宰として、リファは俺の家族として。
その二人もカタリアの態度に戸惑っていた。
「キース様。私はあなたの御母上に申し訳ない事を致しました。あの時の私はどうかしておりました。どうかお許しください・・どうか」
「カタリア、まず話をしよう。謝罪したいことがあるなら話の後にしてくれ」
シュベールに目配せをすると、「さぁ、これではお話ができません。まずは座りなさい」と席に着かせてくれた。
カタリアは俺の顔を見れない。俯いて視線を外しハンカチで涙を拭いている。
再会の喜びもなく、ジュリアの話もない。
ただ卑屈にしくしくと泣く姿に、嫌な予感がした。
「カタリア、まず話を聞きたい。ジュリアは今どこにいる?バートンが養ってくれているのか?」
「・・いえ、バートンとは昔に別れました」
「ではカタリアが育ててくれているのか?」
「いえ・・申し訳ございません。うぅぅ」
「泣いてばかりでは分からないではないか。きちんとキース様にお話ししなさい」
シュベールが見かねて口を挟んだ。
10日前に訪ねて来た時は詳細を聞けず、ただ住処を聞きだせただけだったらしい。
「カタリア。何があったか知らないけど、俺はジュリアのことを知りたいんだ。母様のことも。話を聞かせてくれないか」
「・・はい。ただあまりにひどい話でございます。どうかそのつもりでお聞きください」
涙を拭き、何度か言葉を飲み込んでやっとそう話してくれた。
「ビビア様はお亡くなりになられました。ジュリア様はその・・旅先の宿に」
ん?なんて言った?
「ジュリアは?旅先の宿でどうしたんだ?」
「ですから、その・・旅先の宿へ置いてきました」
・・・・・
・・・・・
「なんですと?ジュリア様を宿に置き去りにしてきたと?カタリア、お前は今そう言ったのか?」
言葉にならない俺の代わりにシュベールが聞く。
「はい。申し訳御座いません・・うぅぅ」
「泣いて許される話ではない!どういうことかきちんと説明しなさい!」
シュベールが怒鳴った。
びくっと肩を震わせ、再び謝るカタリア。
俺は頭の中で必死に話を整理する。
ジュリアはどこにいる?宿?バルバリー領の宿にいるのか?でも全て調べ尽くした。
だけどジュリアはいなかった。どういうことだ?
「カタリアっ!」
「シュベール落ち着いて」
俺はリファの顔を見て一度心を落ち着けた。
リファは信じられない、どういう事?と目で俺に訴えて来る。
「カタリア。怒らないからきちんと説明してほしい。最初から知っている事を全て話してくれ。俺は今もジュリアを探しているんだ。頼む」
「うぅ。お話いたします。その為にここに来たのですから。・・バルバリー領でのことでした」
7年前、ケシャルの街
ビビアは幼い娘と侍女のカタリア、護衛でカタリアの夫のバートンを連れて大領地バルバリー侯爵家を訪ねていた。
これまで、ガストール男爵、ファンスバード伯爵、ドックウェル伯爵を訪ね領地軍をクリフロードの地へ差し向けて欲しいと頼んできた。
しかし結果はどこの領地も首を縦に振ることはなかった。
最愛の息子キースを失い、悲しみに食事も喉を通らない日が続く。
加えて馬車で長い距離を移動し続けてもうすぐひと月になろうとしていた。
疲労と焦燥、失意と悔恨の念に苛まれてその細い体は更に細く、白い肌は青白くなっていた。
「奥様、控室をご用意いたしますので少し身体を休められてはいかがですか?」
「ありがとう存じます。ですがどうぞお気遣いなさらず」
ビビアの顔色は病人のそれだった。
頬はこけ、髪に艶もない。目は落ちくぼんで化粧をしても隈が消しきれない。
バルバリー家の執事が見かねて声を掛けたのだが、ビビアがその言葉に甘えることはなかった。
長い時間を待たされて侯爵が姿を見せた。
「クリフロード夫人。長らく待たせて済まなかった。騎士団長、家宰と様々な角度から検討をしたのだが・・当家の騎士団を貴領へ派遣する余裕はないと結論した。誠に済まぬが、協力はできない。だが、貴女はだいぶお疲れのようだ。しばらく休んでゆかれると良い」
「お気遣いありがとうございます。ですが、もう一度お考え直しを!何とか騎士団を派遣してもらえませんか?お願いいたします。まだ生き残っている者がきっとおります。皆救援を待っているのです。このままでは領民全て・・何千人も命を落としてしまいます!どうか、お願いします!どうか、お願い致します!」
侯爵はビビアの必死な眼差しから目を背けた。
「済まないが無理なのだ。領民を救いたい気持ちは分かる。だが、もう結論は出た。我が騎士団に他領のスタンピードを鎮めるだけの力はない。申し訳ないが諦めてくれ」
言い切る様に告げて侯爵は一人部屋を出て行ってしまった。
ビビアはその場に膝を付いた。
またダメだった・・
ごめんなさい、アッシュ。私の力が足らないばかりに。でももう少し待っていて。
もう少し・・
ズキンと頭に痛みを感じ、そこでビビアの意識が途切れた。
目覚めた時は侯爵家の客間のベッドの中だった。
ズキズキと痛む頭に手を当てる。
熱があるようだ。
カーテン越しに陽が射している。まだ陽は沈み切っていない。
すぐに発たなければ。半日でも早く移動すればそれだけ早く救援を送ることができる。
ビビアは部屋を出て行った。
引き止める執事に礼を言って、子犬を抱くジュリアとカタリアを馬車に乗せると、御者のバートンに出発を指示した。
向かう先は、アーシェル侯爵家。伯爵家では騎士団の規模が小さすぎる。
バルバリー侯爵家でやっと少しばかりの手ごたえがあった。
アーシェル侯爵家であればきっと手を差し伸べてくれるに違いないと信じるほかなかった。
南へ下る街道でビビアはまた倒れた。
近くの村の治療院で一晩休むと翌早朝、陽も昇らない内に馬車に乗り込んだ。
アーシェル侯爵家へはその先にある峠道を抜けなければならない。
もう時間がない。ビビアは焦っていた。
しかし、バートンは既にビビアも領も見限っていた。
馬車を繰りながら、領地へ戻らずに済む方法を考えていたのだ。
アーシェル侯爵が色よい返事をすればまた魔物が跋扈するおぞましい地獄へ逆戻りだ。
バートンはそれだけは避けたかった。
峠道に差し掛かってすぐにビビアの体調が悪化した。
「バートン!このままではビビア様が死んでしまうわ。どこか落ち着ける宿か治療院へ向かって」
カタリアが夫に縋った。
「ここは峠道だ。そんな都合よく宿などあるか!それよりビビア様をしっかり看ていろ」
バートンは本道を外れ、旧道へと馬首を向けた。
旧道は高低が激しく、道も荒れて寂れているという。
現在の本道が通ってからは宿屋も少なくなって休息できる場所もほとんどないらしい。
病人にはとても耐えられる道ではない。
それを承知で旧道を進んでいった。
そしてビビアは勿論、看病をしていたカタリアも馬車が本道を外れたことに気付かなかった。
野営を二日。
やっとボロボロの小さな宿屋を見つけ、そこに泊まることになった。
ビビアを寝かせると、ジュリアも母にしがみつく様にして眠った。
幼いジュリアにも辛い旅なのだ。母の温もりを感じるとすぐに深い眠りに落ちた。
そして、ジュリアが目を覚ましてもビビアはまだ目覚めていなかった。
「カタリア。どうしておかぁさまは起きないの?」
「ビビア様はとてもお疲れなのです。無理をし過ぎてご病気になられてしまわれたのです。ジュリア様はビビア様がゆっくり休めるように静かにしていましょうね」
ジュリアは子犬のダグを連れて表へ出てじっと座っていた。
ビビアの衰弱は激しい。
バートンの目から見てもう長くないことは分かっていた。
ただ、本道沿いの宿で休ませれば、回復する可能性もあった。
万一、アーシェル家に辿り着けばそこで療養することにもなるし、騎士団の派遣が決まれば自分もクリフロード領へ帰還することになる。
だから、確実にビビアの死期を早めるため、そしてアーシェル家へ向かわせないために街道を外れたのだ。
その思惑通り、ビビアは日を追うごとに弱ってゆく。
「カタリア・・私はダメかもしれません。体が言う事をきかないのです」
熱に上気した腫れぼったい顔でビビアはすぐ傍に控える侍女に声を掛けた。
「何を弱気な。ビビア様がいなくなったらジュリア様が悲しみます。がんばってくださいまし。ジュリア様のためにも早く元気になってくださいませ」
カタリアにもビビアが尋常にない程衰弱していると分かっている。
しかし、病はビビアのヒールでは癒せない。それに過労と精神の安定に効く薬もない。
あるのは薄く固いベッドのみ。
「おかぁさま。大丈夫?はやく元気になって」
ジュリアの悲しそうな顔がビビアの心を締め付ける。
「えぇ。母様は大丈夫。もう少ししたら治りますからね」
とは言っても食事は喉を通らず更に体力は落ちてゆく。
遂に、意識が混濁してうわ言を漏らすようになった。
キース・・ごめんね、キース、キース
アッシュごめんなさい。許して・・許して
あぁ、ジュリア、ジュリア、私のジュリア!
それから数日後、ビビアは静かに息を引き取った。
冷たく横たわるビビアにジュリアが縋った。
「おかぁさま、目をあけて。おかぁさま、おかぁさま!」
「ジュリア様・・ビビア様は天に召されました。もう目を覚ますことはありません・・うぅ、ジュリア様、お労しい・・どうしてこんなことに・・」
形ばかりだがと、バートンがビビアの名を石に刻んだ。
土を被せられてゆく母の姿をジュリアはカタリアの腕の中で見守っていた。
草叢にしか見えない墓地の奥の方。
せめてもと石を多めに積み上げただけで、ビビアの埋葬は終わった。
その夜、バートンは妻に冷たく告げた。
「明日、ここを発つ。だが、ジュリア様は置いて行く。もう俺達に主はいない。足手まといは要らないからな」
「バートン!何を言ってるの!あなた正気?ジュリア様を置いていくなんて!」
「あの子は俺達の子じゃない。養う義理もないだろ」
「主家のお子じゃない!」
「その主家はもう滅んだんだ。領も滅んだ。俺達はこれからどう生きて行くかを考えなければならない。あの子は邪魔なだけだ!」
「信じられない!」
「では、お前はここに残ってジュリア様を育てればいい。俺は行く。俺と来たいならあの子は置いて行け」
「そんな・・」
カタリアは悩んだ。
悩んだ末に、バートンと共に行くことに決めた。
バートンはビビアの金貨や宝石、ドレスに着替えに至るまでを全てを馬車に積み込んだ。
去り際に、宿の主に金貨数枚を握らせた。
「ここにあの子を置いて行く。それは養育費だ。面倒になったら人買いに売っても構わない。お前の好きにすればいい」
宿の主からすれば騎士など貴族と大して変わらない。
機嫌を損ねればどんな目にあわされるか分からない恐れ多い存在なのだ。
主は唯々恐縮してその無茶振りを受け入れるしかなかった。
それからバートンとカタリアは、主家の馬車でロレンスク領ソクラの街へと向かった。
ビビアとカタリアの故郷へ。
カタリアはずっとジュリアを置いてきたことを後悔していたが、バートンは上機嫌だった。
ビビアの持ち物を途中の街で金貨に換え、上等な剣と鎧を買った。
立ち寄る宿で良い部屋を取り、豪勢な料理を並べて酒を飲む。
それでも一向に減った気がしないほどの大金を手に入れたのだった。
「バートン、それはビビア様の遺産です。ジュリア様の受け継ぐべき財産です。今からでも返しに行きましょう」
突然ジュリアを置いて行くなどという薄情な選択をし、主の遺産に手を付け、金遣いの荒くなった夫にカタリアは不信感でいっぱいになっていた。
しかし、既にジュリアを置いてきた宿は遠く彼方だ。
荷物もほとんど持ち出せず領地を逃げ出した二人にはたいした財産もない。
生きて行くためにはビビアの遺産に手を付けるしかなかった。
「馬鹿な事を言うな。やっとせいせいした所じゃないか。これから王都に行って俺は王国軍入る。この鎧と剣があれば必ず雇ってもらえるさ。金もある。これから俺は輝かしく生きるんだ」
罪悪感で心が締め付けられているカタリアに対し、バートンは夢を語った。
そんな夫を見るたびにカタリアの心はさらに締め付けられてゆく。
何度も言い争ったが、カタリアにはバートンの心を入れ替えさせることができなかった。
故郷を訪ねた後、すぐに王都へと旅立った。
老いた母に、主家のお子を置き去りにし財産を奪ったなどと知られたくはなかったからだ。
そしてやっと辿り着いた王都で、バートンは王国騎士団への入団を認められなかった。
王立学院の騎士院を出ていないバートンは、王国騎士となれなかったのだ。
王都警邏隊なら入れるという。
「騎士になりたきゃ、大領地貴族の騎士になるしかない。一般の王国兵になら今すぐなれるぞ」
そう言われて随分と荒れていた。
「大領地の騎士なんてクリフロードにいた頃と変わらないじゃないか!一般兵だと?ふざけるな!俺様を誰だと思ってやがる!なめんじゃねーよ!」
毎晩、高級宿に泊まり、酒を飲んではくだを巻く。
かつての格好良かったバートンはもう軽蔑したくなるような人になってしまっていた。
ある日、酔ったバートンが口を滑らせた。
「やっとあの田舎領を出て念願の王都に来たのに何でこうなる。途中までは思い通り上手く行っていたのによぉ」
「バートン、上手くいったってどうゆう意味なの?」
「あぁ?あぁ、ビビア様の財産をくすねた計画のことだ」
「え?バートンはそんな計画を立てていたの?いつから?」
酔っぱらったバートンが気になる事を言いだしたから、カタリアはどうしてもその先を聞きだしたかった。
酌をしてご機嫌を取る。
「あーどこだったか、ビビア様が倒れた後だ。このまま死んでくれりゃ財産は俺の物になるって思った。だからわざと宿もない峠道を行ったんだ。ハハハ、ビビア様が死んだ時は笑いが止まらなかったぜ」
その時カタリアはやっと夫の本当の内面を知った。
なんて腐った人・・
当時、ビビア様の想いを叶えるためにバートンも必死になっていると思っていた。
バートンが裏切ったのはビビア様だけではない。主家も領民も自分も含めすべてに対しての裏切り行為だと思った。
「ビビア様の想いを、ジュリア様の人生を、領民の命を、あなたって人は・・」
「そんなもの知るか!俺は金持ちになって栄誉を手に入れて、遊んで暮らしたいんだ」
「王国騎士になったって遊べないでしょうに」
「王国騎士は貴族がなるものだ。ってことは厳しい訓練なんてない。魔物退治もない。戦争もない。何しろ臆病貴族の騎士団なんて腑抜けの集まりに決まってるからな。だが威張れるんだよ。王国騎士になるってことは威張って遊んで給金を貰って楽しく生きるってことだ」
カタリアは呆れた。こんな男に惚れた自分を心底嫌になった。
それでも、カタリアはバートンの傍から離れられなかった。
独りで生きる術がないからだ。
しかし、遊び暮らす日々はそう長くは続かなかった。
さすがに金が心もとなくなってきた。
そこでバートンは決断した。
「カタリア、俺はノエリア王国に行く。そこで王国騎士を目指すことにした。こんな国こっちから見限ってやるよ。バカにしやがって!お前とはここでお別れだ。長い旅になるし資金も少ない。お前はお前で好きに生きろ。じゃあな」
じゃあなの一言で、銅貨の1枚も置いて行かずにカタリアは捨てられた。
バートンへの愛も未練ももう無かった。
幸いなことに子供ができなかった事だけが救いだった。
ただ、生きる術を失った。
途方に暮れて歩き回った先、見かけた教会へ行ってみた。
神様に縋りたいけど、神様はいないというのが人族の常識だ。
しかし、神の復活を願って祈る人々は大勢いる。
どうせ行く当てのない、帰る場所も住む場所さえない身の上だ。
神様はいないかもしれないけど、路上で寝るよりはましだと教会へ行ってみれば、気のいいシスターが話を聞いてくれた。
そして、職が決まるまでの宿を提供してくれた上に、食事も出してくれた。
その数日後、シスターの知り合いの服飾商会に住み込みで働くことが決まった。
そして今に至るが、心残りはジュリア様の事。
毎週、いない神様に祈るために教会へ行き、ジュリア様の無事と幸せを祈ってきた。
祈る相手がいなくても人とは祈る事を止められないものらしい。
(ジュリア様どうかご無事で・・)
「クリフロード家が再興されると聞いて驚きました。ご当主がキース様だと知りなおさらに。まさか生きておられるはずはないと思っておりましたから。でも、本当にご本人であるならば一度お会いしたいと思いました。どうしても謝罪したかったのです。心が苦しくてどうしようもないのです。私のことは警邏隊に突き出していただいて構いません。私はただ、謝罪がしたかったのです」
カタリアが話し終わると沈黙が訪れた。
要するに、ジュリアはガザレフ峠旧道にあるボロボロの宿にいることが分かった。
そして母様の亡骸もそこにある。
これ以上確かな情報はない。やっと見つけた。
二人は間違いなくそこにいるんだ。
ジュリアが王都にいると期待していただけにそこはがっかりした。
でも、俺にとっては二人の居場所が重要で、それ以外は些事だった。
「カタリア、カザレフ峠の旧道なんだな?宿の名は分からないのか?」
「宿名は分かりません。夫婦と男の子が3人おりました。本当に古くて汚い造りで宿とは気づかないかもしれません」
「分かった。カタリア、教えてくれてありがとう」
「いえ・・お礼など。その申し訳ありませんでした」
「キース良かったね!」
「あぁ、すぐ探しに行かなくちゃ」
「キース様。すぐと言われても学院の方は・・」
「休む!」
「あ、でも来週末は王子のお誕生日のお祝いに呼ばれてるよ?」
「なんですと!?それは行かねばなりませんぞ」
「いや、リリアティナに話せばわかってくれるんじゃないかな」
「ダメです!王族とは貴族にとっても騎士にとっても主同然。例え槍が降ろうとも決して不義理をしてはなりません!」
これが貴族のしきたりか?何と面倒な・・
「キース、お誕生会は行った方がいいよ。王女から誘われて断ったなんて知られたらすごく面倒くさいことになりそうだもん。リリアティナ絶対拗ねちゃうよ?あの子、本気で拗ねたらすごく厄介そうだし」
たしかに。でも王女が拗ねても別に構わない。
ただデューイもあり得ないって怒りそうだし、他の皆からも要らぬ誹りを受けそうな気がする。
それは確かに面倒だ。
うーんと悩む。けど、どうしてもジュリアを優先したい。
ムムムと考え込んでいると、「あ!」とリファが叫んだ。
「キース、行きは良いけど帰りはどうすんの?ジュリアがいるから飛べないよ!馬車使うしかないよ?すごく遠いから帰りは何ヵ月も掛かっちゃうよ。さすがにそんな長く学院を休んだら留年しちゃうよ」
「あー、忘れてた。あ、でも留年ぐらいいいんじゃないか?」
「ダメです!クリフロード家の当主たる者が留年など、絶対にダメです!であれば私が行ってまいります。私が命に代えましても必ずやジュリア様をお連れ致します」
「それこそ却下だ。まず往復で半年以上は掛かるんじゃないか?そんなに待てない。それにジュベールは齢なんだからそれこそ命に関わるよ」
「私はまだ若いですぞ!」
「でも却下だ!」
と騒いでいると、ノックがあってアリアが入って来た。
まだ接客中だというのにアリアってば自由過ぎる。
「なんか楽しそうな話だから私も混ぜてよ!」
ドアに耳でも当てて聞いてたのか?だが、入って来てしまったのはしょうがない。
かくかくしかじかと説明をすると、「じゃあ私が連れてきてあげるわ!私は学院ないし。大丈夫、任せて!」
でもアリアだけ行かせるわけにはいかない。
だって俺が行きたいからだ。
それに母様の亡骸を領墓に移したい。それは俺がやらなければならないことだ。
「うーん。困ったわね・・」
「キース様。やはりこのシュベールにお任せ頂きたく存じます」
「絶対ダメ!俺が行く」
なんて言い合いをしているとカタリアは困った顔をしていた。
「あの、キース様。その、私はどうすればよろしいですか?いかような罰も受ける覚悟でございます」
「ん?うーん。別にカタリアには怒ってないよ。でもバートンは見つけたら殺す。カタリアの元夫でもね」
「えぇ。バートンはまぁそれだけのことをしましたから。ですが私も同罪では?」
「だから、カタリアに罰なんて考えてないよ」
「キース様!カタリアはバートンと共謀して奥様の財産を盗み、何よりジュリア様を置き去りにしたのですぞ?何もお咎め無しなどあり得ません」
「だったら、ジュリアが決めればいい。ジュリアが許せないというならそれなりの罰を与えよう。でも、悪いのはバートンだ。カタリアはバートンから離れられなかっただけだろ?結果置き去りにしたかもしれないけど、カタリア自身はそうしたくなかったわけだし、その後もずっと苦しんでいる。もう十分だよ」
「しかし・・」
「もう、シュベール!キースがそれで良いって言ってるんだからいいじゃない。悪いのは全部バートンなの!」
「そうね。キースは間違った判断はあまりしないわよ。キースがいいならそれでいいんじゃない?」
「分かりました。それではジュリア様がお戻りになられてからの判断という事に致しましょう」
不承不承シュベールは納得したようだ。
その後、カタリアを帰して俺達はジュリアを連れ戻す方法を話し合った。だけどいい結論は出なかった。
さてどうしたものか。
今すぐ旅立ちたい気持ちを抑えて俺は考える。
しかし思考はすぐにジュリアへ想いが行ってしまう。
ジュリア、もう少しだ。もう少しだけ待っていてくれ・・と。




