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オーガ討伐戦 3

 ブラックパンサーはすぐに動き出した。

 獣人族特有の高い身体能力で山中を飛ぶように駆け抜けると、ある異変に気付いた。

「ジュード、止まれ!」

 狼獣人のワンダが先頭を行くジュードを止めた。

「どうやらオーガの奴らも山の中を移動している。臭い匂いが漂っている。慎重に進んだ方がいい」

 鼻をひくつかせると「あっちに向かっている。数は20から30って所だ」と東を指さした。

 ワンダの鼻を頼りに進めば確かに山中の地面に足跡が残っていた。

「連中の匂いがまだ空気中に残っている。そう離れてはいないぞ。急ごう」

 無事将軍を助ければ王国軍に大きな恩を売れる。

 恩を売ってどうするかはまでは考えていないが、きっと何か良い事があるだろう位な感覚でオーガの匂いを追いかけ始めた。


 そして、辿り着いた先で敗走軍に躍り込むオーガ兵を見た。

「いた!状況がヤバイ。てめえら、突っ込むぞ!」

 ジュードを先頭にクーロ、グリーズ、ワンダ、ジュジュ、シュシュが一斉に斜面を駆け下った。

「ドリャー!」

 オーガの側面に飛びかかる形でジュードとクーロが殴り掛かる。

 ジュードは素手だがクーロはアームガードと拳にアイアンナックルを装着している。

 ワンダはダガー、グリーズが盾と斧を振り回し、ジュジュシュシュは弓、投げナイフ、目つぶし粉を駆使して攪乱を図る。


 イライザは突然の戦況の変化に驚いた。

 オーガの突破力は凄まじかった。

 味方が次々屠られる中、イライザは護衛のため将軍の傍を離れられず戦闘に加われない。

 オーガが目前に迫り、この数を相手に将軍を護れるのか?ここが我の死に場所か?と覚悟を決めたところだったのだ。


 そこに横合いから現れた獣人族は瞬く間にオーガを蹴散らし始めた。

 状況が一気に覆った。獣人族が敵の勢いを削ぎ、こちらも反撃に転ずるチャンスが生じた。

 殴り倒され瀕死のオーガに兵達が止めを刺して行く。イライザも途中から攻撃に加わった。

 色違いの豹人族はイライザの目から見ても群を抜いて強い。

 我とどちらが強いか・・機会があれば手合わせを願いたいとこんな状況でも考える余裕があった。

 戦闘は優位に進み、最後にオーガが逃げ出すと喚声が上がった。

 そして、将軍の命が救われたことに心から感謝した。

 彼らと話すまでは。


「あんたが将軍様か?弱兵共の大将とはいえみっともなく逃げ出してんじゃねえ!だが、俺達が来たからには安心しろ。俺様がキングの首を獲ってきてやる。あんたは俺達の後ろで隠れてりゃいいんだ。任せとけ!」

 ジュードからしたら恩を売りつけたくて口にした言葉だった。

 しかしイライザには我慢がならない侮蔑の言葉に聞こえた。

 ブチ切れたイライザはその場で剣を抜き、黒い豹人族の男を叩き斬ろうとした。

 それを将軍に止められて「何故だー!」と怒りを隠さず叫んだ。

 獣人族のどこまでも不遜で不敬な態度に怒りを抑える事ができないイライザだった。



 王国軍に突撃を掛けたオーガ軍は、幾手にも分かれて伸びきった軍列に仕掛けていた。

 狭い河原では逃げる王国兵も渋滞するが、それは追うオーガ軍も同じだ。

 だから急流に飛び込み、山中を走って前進しては側面から躍り込んで戦闘を仕掛ける。

 結果分断が起き、挟撃の形となって多くの兵が凶刃に倒れることとなった。

 将軍を襲ったオーガ軍もその一つだったわけだが、幸いブラックパンサーの介入で難を乗り切った後は敵軍と遭遇することなく逃げ延びることができた。


 その日、将軍は軍を20キロル後方の補給拠点まで下げ、そこでやっと一息つくことができた。

 ただ、怪我人は多く同時に帰還する兵はまばらだった。



 襲撃直後、アリアは状況を知らせるために別動隊の元へと飛び立った。

 しかし、夜明け前の森は暗くゼットンの部隊はどこにも見えない。

 探し回って漸く敵本陣に向かっていた冒険者からゼットンの作戦を聞きだすと、

 すぐに第二軍の元へ飛んだ。


 第二軍の指揮を任されていたサルファス指令はディグリーム将軍の敗走に絶句していた。

 駆け付けるにも敵本陣を攻めるにも都合の悪い位置にいるため、第二軍はそのまま待機と決まった。

 第二軍から出発した奇襲部隊を探して指令の指示を伝え、アリアはやっと第一軍の後を辿れば悲惨な光景を目にすることになった。


 算を乱した兵は山中へ逃れた者も多く、軍列は既に瓦解している。

 あちこちに王国兵のミンチ状の死体が転がり、この敗走の過酷さを物語っていた。

 東へ進むとやがて、ゼットンの部隊がオーガ軍十数匹と戦闘している場面に出くわした。

 ゼットンは的確な指示を出しつつ、自身も先頭に立って敵を斬り裂いて行く。

 騎士隊の連携はオーガの非ではなく、着実に確実に敵を屠っていた。

 アリアも上空から魔法を飛ばして援護を始めた。

 一隊を全滅させるとまた東へ進軍を始め、戦闘を繰り返す。


 何度目かの戦闘でもゼットンの騎士隊は痛手もなく勝ち続け、徐々にオーガ軍を押し込んで行った。

 そして、途中からピーキー率いるギルド討伐隊が追い付きゼットンの部隊に再び加わった。

 そこからは蹴散らすような快進撃が始まったのだった。



 ピーキー率いるギルド討伐隊は、朝靄漂う森に潜み夜明けを待った。

 明るくなって、河原へ降りると敵軍と正面から向かい合った。

 後方の王国軍の陣跡には大勢の死体が転がり、河原は赤く染まっている。


 敵は王国軍を圧倒したオーガ軍。ジェネラルが率いる上位種多数で総勢100匹以上だ。

 100名に届かない人数で攻め込むには無謀と意見も出たが、ピーキーは全く問題がないと考えていた。


 作戦は真正面から攻めこむ。ただし、これは囮だ。

 本命のピーキーは一人、背後へ回り込むと8本のミスリルワイヤーを操り、振り回してオーガの集団に突撃していった。

 既に冒険者たちも戦闘に入っている。

 剣戟と咆哮が響き、怒号が飛ぶ。

 その喧噪の中、ピーキーのワイヤーが一匹のオーガを肉片に変えると、その先にいたジェネラルが振り返った。

 ピーキーはワイヤーを飛ばし、ジェネラルは2枚刃の大斧を横薙ぎで弾いた。

 ピーキーがシスイ(死錘)と呼ぶ先端についた三角錐の重りが、弾かれた先にいたオーガに突き刺さった。

 そのオーガを引っ張ると弾丸のようにジェネラルにぶつかる。

 その直前ジェネラルはそのオーガを両断した。

 しかし、その時にはミスリルワイヤーが一本ジェネラルの足に絡みついていた。

 足を取られて転ぶジェネラル。

 そのままジェネラルを絡め取り、高く持ちあげ更に四肢と首にワイヤーを巻き付けた。


「GWOOOO!」


 ジェネラルの叫びが響くと、前方を向いていた多くのオーガが振り向く。

 そこには宙に浮いてもがく自軍の将の姿があった。

 次の瞬間、ジェネラルの5体はバラバラに切り落とされた。


 ジェネラルの死で、オーガの統率力は無となり、連携がチグハグになった。

 次にピーキーは後方に立っていたオーガメイジに狙いをつけた。

 魔法を飛ばすメイジは厄介だ。早めに始末するに限る。

 後方からピーキーに襲われてオーガ軍は一気に混乱を極めた。

 数が多くとも、頭を殺された魔物の軍団はただの集団に成り下がった。

 ピーキーはワイヤーを振り回して秒単位で敵を殺して行く。

 そのあまりの強さに、オーガは元々青い顔を更に青くして逃げ始める個体が出た。

 ジェネラルがやられた時点で統制など瓦解している。

 そこからは逃げ散るオーガの殲滅戦の様な様相となった。


 逃したオーガの数は多い。それでも、ジェネラルは倒しオーガ軍本陣の壊滅を成し遂げた。

 最後の一匹を倒した時一面が青い血で染まり、それこそどこの地獄かと思う光景が広がっていた。

 ピーキー一人のずば抜けた活躍で一方的な虐殺ともいえる様な戦闘だった。

 同じランクSでも格の違いを見せつけられてフェアリーブルーの面々も顔が引きつる。

 ましてやランクの下の者達にとってその実力は畏怖を覚えるものであった。


「さて、急いでゼットン殿を追い掛けようじゃないか。飛ばせば昼前には追い付けるだろ」

 ピーキーが皆に向けた笑顔は爽やかで、周囲の地獄絵図と重なって魔王のように見えたという。

 その後、ピーキーの笑顔がトラウマになった者がいたとかいなかったとか・・



 ゼットン率いる別動隊が圧倒的な勢いで東進し、多数の敵を蹴散らしていることはアリアに依って本部の将軍へと伝えられた。

 その知らせに重苦しかった軍議の場が明るくなったが、将軍に笑顔をなかった。


 翌日もアリアはゼットンの部隊を援護しながら、周囲の山中に散った仲間の兵を探して飛び回った。

 しかし、あちこち散らばった兵を探すのは大変で、敵との遭遇戦も数度あり中々捗らない。

 そうこうしている内に、陽が沈む頃になってゼットンの別動隊はようやく本軍へ合流を果たしたのだった。


「疲れているところ済まないが、魔力に余裕があればアリア殿にも負傷者の治療に当たって欲しい」

 合流したばかりのアリアに治癒部隊の者から声が掛かった。

 魔力自体は問題ない。

 少し休みたい思いを抑えてアリアは治癒部隊の幕舎に向かった。

 すると、そこにはヒールを掛けるキースと薬湯を飲ませるリファーヌの姿があった。


「え?なんであんた達がここにいるのよ?」

 驚くアリアの声が幕舎内に静かに響いた。



 そう、俺達は将軍に呼ばれて急遽討伐隊に参加することになった。

 学院で授業を受けていたら、軍本部から使いの騎士がやって来たのだ。


「キース、リファーヌ。両名は直ちに王国軍統合本部まで出頭せよ!」

 その騎士が命令口調で言ったから、まるで俺達が悪いことをして捕まってしまうのか?みたいな雰囲気になってしまった。

 リリアティナがすかさず食ってかかった。

「待ちなさい!キースとリファーヌが何をしたというのですか!二人を連行する様に命じたのはどなたですか?父は、陛下はこのことをご存じなのですか?」

 キッと睨まれてもその兵士は動じない。

「軍令です。王族であろうとも説明することはできません。両名は急ぎ軍本部へ。外に馬車を待たせている」

 その騎士はそう言うと踵を返して去って行った。


「大丈夫。多分だけどただ呼ばれているだけだから。軍が俺達を呼び出すときはいつも出頭せよって言うんだ。だから心配はいらないよ」

 心配顔のリリアティナに説明をして教室を出ようとすると、彼女だけでなく皆が心配げに俺達を見ていた。

「なんだか大げさだね。ただ呼ばれただけなのに。でもさ、皆に心配されるのって新鮮だね!ちょっと得した感じ」

 なんて呆れたことをリファが言った。


 馬車に乗り込み連れて行かれた王国軍統合本部。

 司令官の執務室へ通されると、「早速だが、キースとリファーヌの両名を至急オーガ討伐軍本部へ参陣させるよう伝令があった。両名は討伐軍本部に行け。以後はディグリーム将軍の旗下に入る様に」と軍令を受けた。

 向こうの状況を尋ねると、詳細は現地で聞く様にと。ただ、思いの他敵が強く難航しているようだと伝えられた。


 今回の要請は将軍からライアンホークを使って伝令が届けられたらしい。

 俺達には学院を優先する様にと言っていたのは将軍本人だ。

 そこに嫌な予感と緊急性を感じた。

 アリアは無事なのだろうか?もしかしてアリアの身に何かあった?

 リファと顔を見合わせて急いで討伐隊の本部に行こうとしたけど、その前に買い物をしなければ。

 俺達はそのまま市場へ向かい、食料を買い漁った。

 そして学院の寮に戻り、寮母に事情を説明して外泊許可をもぎ取った。

 マルサは頑固で、何故王国軍が学院生を呼び出すのか全然理解してくれない。

 次からは書面で軍令を貰う様にしなければ、と反省しつつ、俺達は西の魔境へすっ飛んでいった。

 とにかく、アリアに何かあったのではないかと心配だったのだ。


 討伐軍本部へ到着した俺達を疲れ切った顔のディグリーム将軍が、幕舎の前まで出てきて出迎えてくれた。

「よく来た。お前達を呼び出すつもりではなかったのだが事情が変わってしまった。まぁ、中へ入れ」

 将軍の言葉はどこか覇気が無い。

「アリアは無事ですか?」

「あぁ、今朝は元気だったな。彼女には助けられている」

 その一言でほっとしている俺達に将軍は状況を説明してくれた。

「一昨日こっぴどくやられてな、ホウホウの体で逃げてきたところだ。大勢死んだ」

 付き人が入れてくれたお茶を啜って話を聞く。

「強烈な石弾投擲に暗闇の中での襲撃でしてやられた。敗走して多くの兵が散り散りになった。怪我人も多い。そこで魔境で彷徨っている兵をここへ導いて欲しい。それに兵の治療も頼みたい。やってくれるか?」

「勿論です。その、将軍も随分と顔色が悪いですよ?」

「あぁ。少し疲れているだけだ」

 目の下に隈が出来てる。それにいつもピンピン上を向いているカイゼル髭が垂れ下がっている。

 大丈夫だろうか・・


「早速だが今日のところは負傷者の治療に当たってくれ」

 そう言われて幕舎を出た。

「なんだか別人みたいに覇気が無かったね。おっかなくない将軍なんて初めて見た」

 リファの言葉に頷きつつ辺りを見れば皆暗い表情をしている。

 余程の激戦だったのか、ケガ人が溢れていた。


 治癒部隊の幕舎まで案内してもらうと、そこは重症者が入りきらず外まで溢れていた。

「これは・・」

 予想以上にひどい状況だったのだと一目で理解した。

 将軍の髭も垂れ下がるわけだ。納得した。


「あら、あなた達は・・」

 そこにいたのは懐かしのメイベルだった。

 ロゼム金山で治癒部隊を率いていたおばちゃんがそこにいた。


「俺達、手伝いに来ました」

「助かる!ロゼムもひどかったけど、ここはそれ以上よ。今すぐお願い!」

 目尻に涙を浮かべてメイベルが歓迎してくれた。

 すぐに助手が付けられて、俺達は治療に専念し始めた。

 ロゼムの時のよりも俺は成長している。

 幾らでも治癒できる。

 俺は重篤者をリファが比較的軽症者を、と割り振って次々と癒して行く。


 俺は片っ端からヒールをかけて行く。

 骨が折れているのはまだいい方だ。

 腕がない、足がない、腹を割かれて贓物がはみ出ている者までいた。

 手足を失ったものは仕方ないけど、はみ出ていようとそこにあるのであれば治せる。

 瀕死の患者から順番に命を繋ぐ程度のヒールを次々に掛けて行く。


 リファは持ち込んできたポーションや傷薬を全て出して治癒師に渡していた。

 飲ませる位は誰でもできる。

 けど、効率よく癒すためには順番や割り振りが必要だった。


 その時、怒鳴る兵がいた。

「おい!俺にはそっちのポーションを寄こせ!今までのヤツは効かねぇんだよ!」

 リファ特製ポーションを要求しているらしいけど、それはこっちが決めることだ。

「ダメです!このポーションは数が少ないですからより必要とされている方を優先しています」

 傍にいた治癒師の女性が拒否っているけど、その兵隊さんは怒鳴り返した。

「うるせぇ!俺はブリオネット家だ!叔父はロックレスト侯爵家だぞ!俺を優先しろ!」

「それは・・できません。そんな事をしていたら助けられる人も助けられなくなります!」

「やかましい!オーガ相手に命を賭けて戦った俺に治癒師如きが口答えするな!」


 その兵士はそこそこ元気なようだった。

 ただ、家名で脅すやり方はいただけない。リファが最も嫌う手法だ。

 案の定、「うっさーい!患者が治癒師に文句言うな!そんな奴は治癒を受ける資格なんてない!でていけー!!」

 リファが切れて怒鳴った。


「なんだと?小娘が俺様に盾突く気か!?」

「静かにしろって言ってるの!治療してほしいならそこの治癒師さんに謝って、渡されたポーションを大人しく飲みなさいよ!」

「あ?お前は見習いか?その新しいポーションはロックレスト家の許しを得ていないだろ。それを使うってことはロックレスト家に喧嘩を売っているのと同じことだ。それが分からないのか?」

「知らないわよ!あんた自身が今そのポーションでなきゃ嫌だって我儘言ってんじゃない。だいたい薬を使うのに何でその貴族の許可が欲しいの?意味わかんない」


「だから、ポーション販売はロックレスト家の許しが必要だと言ってるんだ!軍がそのポーションを使う事を叔父上は知らないはずだ。大問題だぞ!これは。だが、俺が黙っていれば問題はない。その代わりそのポーションを俺によこせと言ってるんだ!」


「なら、あんたはその叔父さんからよく効くポーションを貰えばいいじゃない!今は生死の境の人が大勢いるの!大勢の人が生きるための順番待ちをしてるの!必要な人から飲ませるしかないの!でもそれを決めるのは治癒師であって貴方なんかじゃない!それが喧嘩を売ってるって言うならいくらでも買ってやるわよ!」


 その負傷兵とリファがバチバチと火花を飛ばした。

 俺は、重篤者に集中しているから割り込めない。ただ、気が散るからその兵士を外へ追い出して欲しいと思っていた。


 そこにメイベルが兵士を連れて慌ててやってきた。

「いい加減にしなさい!この治癒部隊で治療の妨害する者は何人たりとも許しません!そこのあなた、確かカークス・ブリオネット様でしたね。あなたの治療は最後に回します。ベッドも空けてもらいます。今すぐ出て行きなさい!」

 ビシッと出口を指さしたメイベルは、とても迫力があった。

 気押されたカークスとかいう兵士はメイベルが呼んだ兵に無理やり連れて行かれてしまった。


「ふざけんな!お前達後悔するぞ!ロックレスト家に喧嘩を売ったんだからな!おい放しやがれ!」

 喚きながら連れて行かれるその男を患者達が黙って見送る。

 誰もあぁはなりたくないのだろう。


「ごめんなさいね。たまに我儘な兵士がいるのよ。リファーヌ、貴女が矢面に立ってはダメよ。そう言うのは私がやるから。ね?」

 言い聞かせられて、リファが頷いていた。



 アリアが治癒幕舎に入って来たのはそれから数分後のことだった。


「え?なんであんた達がここにいるのよ?」

 驚くアリアに、「アリア、久しぶり!」「よ!元気そうでよかった。俺達も呼ばれたんだ」と二人から明るい声が返って来た。


 予想していなかったことで驚いたというのもあったけど、いつもの二人の雰囲気が懐かしくて思わず涙が込み上げてきた。

「アリア!どうしたの?何で泣くの?」

「アリア、もしかして辛かったのか?なら将軍には悪いけどもう帰らせてもらおうか?」

「グス、ううん。平気。あんた達の顔を見たら気が抜けたというかなんだか嬉しくて・・もう大丈夫。ってゆうか、来るなら来るって言いなさいよ!」

 アリア自身にも何故涙が出たのかよく分かってない。

 ただ、二人の顔を見て、声を聞いて、すごくほっとしたのは間違いなかった。

 大勢の、それも悲惨極まりない死を見たせいで心が強張っていたのかもしれない。

 もしかしたら、酷い戦いに精神が疲れ切っていたのか。

 それをこの二人はただそこにいるというだけで、アリアの心に絶対的な安心感を沁み渡らせた。


(あぁ、やっぱりこの二人が私の居場所なのね)

 アリアは治癒を掛けながら、しみじみとキースとリファーヌが掛替えのない仲間なのだと思いを強くしていた。


 翌日から、キースとアリアははぐれた兵を探しに出かけ、夜は治癒に専念した。

 リファーヌは人目に付かない幕舎の奥でポーションや傷薬を作っている。

 将軍は当面その場に止まり、兵の帰還を待ちながら第一軍の立て直しを図ることにしたようだ。


 たった二日間の戦闘で死者は2千人を超え、死者と怪我人を合わせた損耗数は3000人にまで上った。

 これは第一軍の半数を占め、本来ならば軍を引き上げる決断をすべき事態だ。

 キング率いるオーガ軍と戦うという事は、これ程の損耗を強いられることなのかと今更ながら思い知らされたのだった。


 しかし、敵の討伐数も確認できただけで300匹にまで上った。

 王国の脅威を取り払う、すなわちオーガキングと大集落の討伐を目的としてこの遠征は行われている。

 目的の達成無くして帰還はできない。

 いかなる犠牲を払おうとも必ず脅威を取り除く。

 将軍の覚悟はこれ程の犠牲を前にしても尚、微塵も失われることはなかった。



 連日、軍議が開かれた。

 補給、帰還兵の増加と損耗数の変動、王都への報告内容、遺体回収と負傷兵の送還方法等々。

 考え決めることはいくらでもある。

 何より、敵戦闘力の再分析と進軍ルート、攻略方法、人員配分を一から決めなければならなかった。


 深夜、軍議を終えてイライザは疲れた神経を癒すため見晴らしのいい場所へ向かった。

 すると、そこに先客がいる。

 左袖が風に揺られてヒラヒラ舞っていた。

「寝てなくていいのか?」

 イライザがギャランの背中に問いかけた。

「傷口の熱が籠ってな、ここの風が心地いいんだ」

「ギャラン、一度王都に戻れ。しっかり傷を癒すと良い」

「おい、俺をなめるな。左腕を無くしたくらいで俺が帰ると思うのか?俺はまだ戦える」

「そんなことは分かっている。だが無理する必要はないと言ってるんだ」

「無理などしないさ。右腕があれば剣は振れる。それで戦えるさ」

「頑固者め、人が心配してやっているのに」

 撤退戦でギャランは生き残った代償に左腕と多くの仲間を失った。

 その心中を想えばイライザはいつもの憎まれ口を叩けない。

 ギャランのヘラヘラした態度も鳴りを潜めて会話にいつもの調子が出ない。

 あのギャランと話をしているというのに、空気が重いと感じていた。


「なぁ・・ゼットンの旦那ってすげぇよな。同じファルコンなのに俺とは全然レベルが違うと思い知らされたよ」

「馬鹿言え、お前だって殿軍をまとめて生きて帰ってきたじゃないか。それは凄いことだぞ」

「いや・・ゼットンの旦那は選抜騎士とはいえ同じ騎士隊を率い勝って戻ってきた。それに対して俺は倍近い戦力で7割を失った。それでも逃がすべき者達を守れず、軍に大損害を与えてしまった。それに俺もこのざまだ・・俺にはファルコンの称号が重過ぎたようだ。今まで自惚れていた自分がバカに見えるぜ」


 ギャランも同じ思いを抱えていたようだとイライザは知った。

「それを言うなら我の方だ。あの時、閣下は小規模とはいえ陣形を整え一時的にも敵を怯ませたというのに、我は見ていただけだ。我は死を覚悟したし閣下の命すら諦めていた。我自身、これ程使えない奴だったのかと思い知らされた。ファルコンなど、我にこそその資格がない。我に比べれば貴様は良くやった。胸を張って良い筈だ。だが、我はこんな自分が嫌なのだ。このままでは終わらせない。我は次の戦いで命を賭して敵を討つ」


「お?奇遇だな。俺も命を賭して戦うと決めていたんだ。それなら次は共に戦うか。俺の左側をお前に預ける」


「馬鹿を言え!そんな必要なかろう。我が預かるとすれば貴様の背中だ。代わりに我の背中を貴様に預ける」


「ふ、俺にとっては生涯最後の戦闘になるかもしれん。お前と共に果てるならそれもいいかもな」


「我にはその気はない。だが、もし最期になるならばその黄泉路、我が付き合ってやろう」

 満天の星を眺めれば、己の命など塵芥ほどに小さいものだと思えた。

 それから数日後、二人の騎士は壮絶な戦いに挑むことになる。

 その戦いに闘志も命も燃やし尽くす覚悟を固めたのだった。



 そしていよいよ将軍は決断し、再びオーガ大集落に向けて進軍が決まった。

 第一軍は兵力を半分程にまで減らしての進撃になる。

 それに合わせて俺達風の旅団は更に仕事が激増することとなった。


 その任務を受けた軍議の後、将軍から居残りを命じられた。

「お前達、ポーションの使用をめぐってブリオネット家の者と揉めたらしいな」

 俺はリファを見た。

「はい、あのバカ兵士自分のことしか考えてないから怒れて怒鳴ってしまいました」

「軍規が行き届いていなかったことは済まなかった。だが、リファーヌ、お前にはポーションのことで目をつけられない様にと忠告したはずだったが?」

 相変わらず疲れて覇気のない顔で将軍がリファを睨んだ。

「えっと。私がポーションを作っていることは知られていません。あの時は私のポーションをそのバカ兵士に使うか使わないかで揉めたんです。ポーションの存在は元々知られていたけど、出所はまだ知られていないはずです。でも、ロゼムでポーションを作ったし、メタルアントの時もケガ人に渡してました。知っている人はとっくに知ってると思うんだけど」


 将軍は暫く考えに沈んで目を閉じた。

 短い沈黙の後、「ふむ。リファーヌのポーションの質が高いという話は治癒部隊では知られている。しかし、今軍内に出回っている新たなポーションが風の旅団によって持ち込まれたことは知られておらん。それが重要なのだ。絶対に出所を知られてはならん。私から治癒部隊へ渡しているから、私へ疑いが向くのは良い。何か聞かれたら、メイベルか私に聞けと言えばいい」とリファーヌを見た。


 だが、何故そこまで秘匿にするのかよく分からない。


「軍で使用するポーションは3種。治癒、体力回復、魔力回復だ。これは別にどこから買ってもいいし誰が作ってもいい。だが、今現在はそれぞれ特定の貴族家が独占している状態となっている。元々は調達元が複数あったらしい。ところがその調達には手間がかかる。そこで過去の将軍がポーション調達をその貴族家達に代理調達する様、免状を与えた。その結果、ポーション市場はその貴族家達により独占されることとなった。ポーションが無ければ兵が困る。現在、軍は高値で粗悪品を売りつけられているのだ。奴らに兵の命を質に取られているようなものだ。軍に寄生する害虫なのだよ、奴らは」

 吐き捨てるように将軍は言った。


「私のポーションを使うのにロックレストとかいう貴族の許可がないといけないとか言ってたけど、それはどうなんですか?」

「許可など必要ない。誰が作った物でも軍がどこのポーションを買おうとも問題はない。ただ、奴らの利益を損なうと敵対することになる。それがまずいのだ。問題は、奴らの力が強すぎることだ。敵対者や邪魔者に裏の勢力を使うことさえ厭わない。ただ証拠がないから捕らえられない。宮廷は元より軍内部も商会にすら奴らの勢力が蔓延っている。そこら中に奴らの目があり、盾突こうとすればその前に潰される。奴らは王国の除くに除けない癌なのだ」


 治癒ポーションはロックレスト侯爵家。

 体力回復ポーションはターナー大公爵家。

 魔力回復ポーションはネスフェルト大公爵家。

 この3家がポーション市場を独占的に支配し、それぞれが大きな派閥を有しているという。


 学院で学んでいるからこの3家のことは知っていた。

 どこも北の魔境沿いに広い領地を持つ大貴族だ。

 領地持ちの大公爵家は王都東に4家ある。

 マッキャン司令も前王弟の公爵家だが、こちらは王領直轄地にある街の領主に過ぎない。

 大公爵家とは初代王の兄弟を祖とする一族が統治する由緒正しき家柄なのだ。


 その大公爵家が初代王の意思を踏みにじり私欲に走り王国を蝕む害虫と成り果てている。

 嘆かわしいことだと将軍は長い溜息をついた。


「リファーヌ、いや、キースもアリアもだが、お前達は決して奴らに逆らうな。間違っても喧嘩するなよ。到底お前達の勝てる相手ではない」

 喧嘩を買うと啖呵を切ったリファが不安気に俺を見た。

「大丈夫。もしガチンコバトルになったら一族皆殺しにしてやればいい。薬草畑も灰にして、何なら領地毎消し飛ばしちゃえばいいんだ」

 リファは俺が守る!という思いを込めて鼻息荒く意気込んだ。

「えぇ、その時は私も協力するわよ。大暴れしてやるんだから!」

 アリアも意気込む。うん、良い団結力だ。


「おい!馬鹿を言うな!お前達の手に負えない相手だと言っているだろう。それに、畑を燃やされたらポーションが不足して軍が困る。奴らに依存しなければ困るという事がこの問題を余計厄介にしているのだ。勝手に暴走して軍を困らせるんじゃないぞ」

 焦った顔で将軍に釘を刺されてしまった。


 将軍の幕舎を出たところでリファが不満を口にした。

「まさかあのディグリーム将軍が不正を知って野放しにしてるなんて思わなかった。ちょっと幻滅。でも私、汚いことして儲けてる奴なんて許せない。もし私が作ってるってばれたらどうしよ。絶対我慢できなくて喧嘩になっちゃう」

「リファが何かされたら俺も絶対我慢できないな。その時は将軍に迷惑掛けない様に徹底的にやっちまおう」

「キース・・ありがと」

 リファがちょっとうっとりモードに入った。


「はいはい。相変わらずよね、あんた達は。まぁ、その時は私を仲間外れにしないでよね。どんなに危険でも私も協力するから」

「うん、アリアもありがと!」


 当たり前でしょと言うアリアに、リファが笑顔になった。

 

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