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オーガ討伐戦 2

 俺とリファが平穏な学院生活を送っている頃、王国軍は深い魔境を西へ西へと進んでいた。

 魔境の山岳地帯を抜ける事から騎馬は使えない。

 兜と胴鎧のみという軽量化重視の装備であっても軍兵の疲労は濃く足取りは重い。

 連日魔境に潜む手強い魔物の襲撃があるから、大規模討伐を前に戦闘経験の積み上げには事欠かない。

 しかし、若干の死者と負傷者も出しており順調とは言えない行軍となっていた。


 ディグリーム将軍は、今回の討伐隊遠征については最初から困難を予想していた。

 その為、王家の誇るファルコンの称号を与えられた騎士を国王から借り受けてきた。


 ファルコンの騎士は3名。

 王家直属の近衛騎士でゼットン、ギャラン、イライザという。

 ファルコンの名は、まだ王国統一以前に隼を従えた騎士が常人離れした強さで大戦果を遂げたことに由来する。

 ジルベリア王国騎士の頂点、武の象徴であり最高の称号になる。

 その3人を以てキングオーガに当たらせれば必ず勝機はあると将軍は考えていた。


 風の旅団に依頼したポーション類も各種中級、低級が送られてきている。

 当初100本程度と予想していたが、この分だと作戦日までに500本は届きそうだった。

 加えて、メタルアントの外殻から頑丈な軽鎧が大量に確保できたことも大きかった。

 まだ加工が進まず、極一部にしか行き届いてはいないが各部隊の精鋭に装備させている。


 最低でもキングの討伐と大集落の壊滅は必須、できれば軍の損耗を小さく抑えたい。

 しかし、オーガ800匹は絶大な脅威だった。

 一匹殺すのに3人の兵を損耗すると参謀始め軍幹部は想定していた。

「果たしてその程度で済むだろうか・・」

 将軍の眉間に深いしわが刻まれた。



 3砦制圧が完了して、現在王国軍は3方に分かれて進軍している。

 大集落に向けて主力第一軍は左手から、第二軍は右周りで前方の山や谷を避けて進み、更に別動隊を大きく左側面を迂回させている。


 別動隊は側面攻撃、或いは背面攻撃を前提にファルコンの騎士ゼットンが率いている。

 選抜騎士300人に、ギルド討伐隊から高ランカーも加わり少数精鋭の奇襲部隊とも特攻部隊とも使えるよう先行させているのだ。

 三隊の連絡や進軍経路はアリアが連絡役をしているため、位置取りは把握されている。

 まさにアリアは連日飛び回って八面六臂の貢献をしていた。


 可能であれば、大集落を襲撃する形に持ち込みたいというのが王国軍の目論見だった。

 魔境の奥地では切り立った崖や激しい起伏と密林地帯ばかりで、戦場に相応しい場所がない。

 大集落はその中でも比較的緩やかな丘陵地にあり、拓けていて戦い易いと判断された。

 しかし、集落に踏み込むまで敵に察知されないという事は考えられない。

 そこで、第二案として集落傍の河原への布陣を目標としていた。

 河原全体に布陣すれば5千の兵を終結させることができる。

 そこから山岳地帯へ押し出し、敵を迎え撃ちつつ最終的に敵大集落へと雪崩れ込みたい。


 その目標とする河原に到着する直前、将軍の元へアリアが飛んできた。

「将軍!布陣予定地にオーガが集結しています!」

「なんだと!先を越されたか!で、数は!?」

「およそ500。側面の山にも潜んでいる気配があります」

「メイジに潜まれ魔法を放たれると厄介だ。アリアよ、伝令を頼む。ゼットンの別動隊に明朝までに山越えするよう伝えてくれ。明日、合図を送り次第左斜面の敵を殲滅、その後敵本軍を左翼から奇襲せよと伝令を頼む。第二軍にも伝令を!右斜面へ同様の奇襲部隊を送らせろ。第二軍本隊はそのまま前進、山を迂回して敵の後背をつく様に。同時に敵援軍の合流を阻止するようにと、以上だ!」


 陣取りで不覚を取ってしまった。

 それに兵を休ませる時間も無く戦闘に入ってしまう。

 後数刻で陽も暮れる。

 魔物に軍略を理解できるとは思いたくはないが、敵の思惑に嵌められたのだろう。

 河原の東端に少数の兵力を配置できただけで、残りは長蛇の列の様な布陣となってしまった。

 圧倒的に不利な条件下で戦端が切られることになった。

 奇襲部隊到着まで本軍のみで凌がなければならい。

 将軍の背に冷たい汗が流れた。


 アリアが飛び去ってゆく姿を確認するとすぐに伝令を走らせ、第一軍旗下の大隊長、参謀将達を招集した。

 すぐに部隊の配置を指示する。

 盾部隊を前面に、次列に弓隊、短槍隊、歩兵隊、騎士隊、両端に魔法部隊で計2千の部隊が迅速に配置された。


 狭い山合ではそれだけの兵しか展開できないが、それでも陣形は整えた。

 オーガ軍はそれぞれ剣や斧、棍棒など統一性のない武器を手に待ち構えている。


 戦場は全長200メトル、幅50メトルに満たない河原の両端東西に分かれて布陣が成された。

 右に15メトルの急流河川。対岸は10メトルの河原があり、その向こうは山になる。

 左斜面は傾斜角20度~40度の森で足場は悪い。

 元々布陣予定地であったため、アリアの事前調査で地形は十全に知ることができていた。


 将軍から戦略的な指示を発しただけの手短かな軍議が終了すると同時に、オーガ軍からの一斉攻撃が始まった。


 まず、オーガ軍は山の斜面両サイドからメイジに依る魔法攻撃を仕掛けてきた。

 火球を中心に魔法弾が飛来した。

 それを盾隊と魔法部隊で防御しつつ、弓隊が一斉射撃を行う。

「耐えろー!」

「盾の隙間を無くせー!」

「弓隊放てー!」「次、放てー!」

「魔法部隊詠唱開始!・・シールド展開!」


 陣地の狭さから弓部隊は200人しか配置できなかったが、矢継ぎ早に射ることで正面敵本軍に集中的に浴びせかけた。

 同時に魔法部隊の一部が側面山側のメイジを狙う。


 何発か防御しきれず、メイジの火魔法で陣内で爆発が起きた。

 火だるまになった兵が暴れ苦しみ、混乱が起きる。

 そこに魔法師から水球が飛びサッと消化すると負傷者は運び出され、また攻撃が再開される。


 主力第一軍の兵力は6千強。

 盾部隊1000、弓隊1000、短槍部隊1000、魔法師300、騎士隊800、歩兵2000から成る。

 この内、河原に展開できた戦力はおよそ3割。

 残りは縦長に戦列を整えて後方待機。出番待ちの状態だった。


 将軍は左斜面のメイジ制圧の為に魔法師10、騎士50、歩兵100を向かわせた。

 明日の別動隊の奇襲を待っていられないのだ。

 そこを制圧しない限り、被害は増える一方となってしまう。


 そうこうする内に、正面敵本軍から河原の石が投げつけられてきた。

 剛速球の礫は盾をひしゃげさせて、弾き、砕く。

 王国軍からは弓隊が火矢を放って対抗した。

 しかし、オーガの強靭な肉体に致命的なダメージを与えることは叶わない。

 後方で岩の上に立ち指揮するオーガジェネラルが愚弄するように嗤っている。


 戦場に怒号と雄叫びと悲鳴と破砕音が響く。

 その様子を、後方の山の中腹からディグリーム将軍が見ていた。

 傍に参謀将、大隊長、女騎士イライザ、護衛騎士が見つめる。

「オーガがこれほど戦術を用いて来るとは意外だった。少し厳しいか・・」

「えぇ。これはもう立派に軍と呼べるものです。布陣で先手を取られたことも含め、悪い意味で全てが予想外でした」

「キングが率いるとここまで精強になるのだな。見積もりをし直さねばならん。場合によっては想定の倍、いや3倍の兵が脱落するかもしれん」

「だが、我々は負けるわけにはゆかぬ。ファルコンの名に懸けて必ずわが剣にてキングを討ち取ってみせる」

 顔を曇らせる将軍と参謀将の会話に、イライザが歯ぎしりをしてオーガ軍を睨みつけた。


 視線の先で、投擲により兵がバタバタ倒れて行く。比喩でもなく、実際にバタバタとだ。

「河原で戦闘は分が悪すぎる。魔法よりも突貫よりも厄介ではないか?」

 これはまずい。ディグリーム将軍の顔に苦渋の色が見える。


 すると、その見下ろす先で、凡そオーガ100匹が躍り出てきて突貫してきた。

 新たな戦局に移ったことでほっとため息が漏れた。

 まだ、直接剣を交えて戦った方がマシだと思えたからだ。

「参謀将がサッと旗を掲げると、自軍から黒い丸い物体が飛んでいった。

「油壺です。火計にて分断し敵兵力を削ります」


 騎士隊と歩兵が迎え討ちに走り出した。ファルコン騎士のギャランの姿も見える。

 その頭上を火矢が飛び、突貫してきたオーガの背後で割れた壺の油に燃え広がった。

 黒煙が立ち昇り、まさに戦場と言った雰囲気に緊迫感が増す。

「ウオオオー」

「GRWOOO!」

 両軍がぶつかって血しぶきが舞った。


「我も出る」

 短く一言告げてイライザが山を駆け下りて行った。

 もうすぐ山の端に陽が沈もうとしていた。


 イライザが戦場へ躍り込むと、すぐに一匹の喉を割いて斬り捨てた。

 既に両軍とも死者がそこかしこに転がっている。

 敵の強さはずば抜けているけど、騎士であれば雑魚レベルにそうそう遅れをとることはない。

 それに兵数は王国軍に圧倒的な利がある。

 だから、冷静に戦えば押し込める筈なのだが、少し浮足だっているように見える。

「落ち着けー!訓練通り複数で囲んで牽制して隙を見て殺せ!」

 イライザは近くで闘っている歩兵を怒鳴りつけた。


 視界に宙を舞う人影が入った。

 どうやら強い個体がいるらしい。

 イライザはそこに向けて走った。

 そこにいたのは青黒い大きな個体だった。

 明らかに上位種。ウォリアーだ。

 騎士と歩兵10人で取り囲んでいるけど、まったく歯が立っていない。

 特に歩兵の動きが悪すぎて、連携も今一噛み合っていない。

「おい、こいつは我に譲れ。お前達は色の薄いのを倒すことに専念しろ」

 イライザは一声掛けるや飛びかかった。

 雑魚よりも少し体色の濃い2メトルを超す巨体。筋肉が張り裂けんばかりに盛り上がっている。

 スパイク付きのぶっとい鉄棍棒を軽々と振り回している。

 あれが直撃したら、そりゃ人も舞うだろうさ。さぞかし痛いに違いない。

 ニヤニヤ楽しそうに笑みを浮かべて魔物だというのに何を考えているのか分かってしまった。

「我が相手だ!この野郎!」


 二振り、三振りとイライザが自慢の愛剣を振り回す。

 ガキンと音がして一度その棍棒をまともに受けてみたが、衝撃が半端なかった。

 派手に吹き飛ばされて悟った。これは力勝負は止めた方がいいなと。

『イライザ様っ!』

 兵たちが悲鳴に近い叫び声を上げた。

「おいおい、この程度の相手に手古摺ってんじゃねーよ!俺が代わってやろうか?」

 口の悪いギャランがニコニコしながらイライザに話しかけてきた。

「馬鹿を言うな!こいつの膂力を知りたくてわざと受けたんだ。貴様の出番などない!」

 騎士たる者の品性に欠けるギャランの態度は鼻につく。

 ギャランの砕けた性格は好きではないが、同時に心配して駆け付けてきたことも理解している。

 言葉遣いがまともなら上手くやれるものを・・と余計な考えが頭をよぎっった。


 さて、と剣を構えて再び飛びかかった時にはギャランはもう立ち去っていた。

 “お前の強さを信頼している”と言いたげな分かり易い態度に思わず舌打ちをした。

「貴様程度で我に勝てると思うなよ!」

 オーガに言葉が通じないのは知っているが、騎士ゆえの律義さでつい一言言ってしまった。

 上位種となればそこそこ強い。

 だが我の方が強いとたったの数合で確信を得た。


 そこからイライザの怒涛の攻めにオーガウォリアーは対応できなかった。

 さっきまでの余裕の笑みは消え、牙を剥いて応戦するもイライザの速さについて来れない。

 固い肉体で凌いでいるようなものだった。

 連撃で筋を斬り、関節を壊す。膝立ちにさせてもまだイライザより上背があった。

「これが止めだ!死ね!」

 棍棒を杖のようにして立ち上がろうとするウォリアーの喉元に剣をつき入れた。

 その巨体が崩れ落ちると、歓声が上がった。

 歓声は戦場の味方の士気を底上げする。

 それはいいのだが、イライザは気に入らなかった。

「貴様ら!見ている暇があったら敵を倒せ!すぐに日が暮れるぞ!」

 暗くなる迄もう時間がない。

 一匹でも多く上位種を倒さなければとイライザは駆けだした。


 あたりが暗くなるとオーガ軍からブオーンという腹に響く音が鳴りだした。

 その音を聞いたオーガたちが火勢の薄い場所を越えて自陣へと戻ってゆく。

 こちらも深い追いをせずに、負傷者、死者を後方へ運んで戦闘は終了した。

 僅か二時間に満たない攻防だった。


「日暮れと同時にあっさりと引いたのは意外だったな」

 将軍のその一言で軍議が始まった。

 参謀将、大隊長、部隊長の面々が頷く。

「夜襲にどう備えますかな?」

 大隊長の一人の質問に参謀将が答える。

「もしここ本陣が夜襲を受けるとしたら正面からでしょう。現在、両翼斜面に味方部隊が展開中ですから」


 勿論、左翼右翼どこから攻め込まれるのかは分からない。

 しかし、側面からの奇襲であればこの本陣に届くまでに嫌でも気づくし、届くとしたら正面突破しかない。

 夜襲の警戒は正面に重点を置けば問題ないと結論が出た。


 議題は今日の兵の損耗と戦果に移った。

 治療部隊から報告が上がる。

 死者235名。負傷者852名。内、復帰可能は712名。

 損耗数375名。

 敵討伐数38匹。内上位種6匹。

 想定の以上の被害が出てしまった。このまま無策ではまずい。

 その検証と対応をどうするか、早急に決めて行動する必要があった。


「死者、負傷者の大半が石弾の投擲による被害でしょう」

「あのわずかな時間でそこまで被害が・・しかし、何故オーガ軍は投擲を止めて突貫してきたのでしょうな?」

「おそらく、遠距離攻撃では物足りなかったのでは?奴らは戦闘中喜々として嗤っていましたから」

「たしかに」

 参謀将と大隊長の会話にイライザが答え、ギャランが頷いた。

「ふむ、有効と判っていても突貫を選ぶか。所詮は魔物よ。しかし、あの投擲は厄介だな。どう防ぐか考えねばならん」

「防御壁を築くしかあるまい。前面に壁を作らせろ。足りない分は石を積み上げて身を隠せる場所を作るだけでいい。幸い今日出番のなかった兵は大勢いる。その者たちを動員して今晩中に壁を作らせるのだ」


 その後、明日の戦術を詰めて軍議を終えた。


『GRWOOOooo!!』

 夜明け前、敵軍から何百という数の咆哮が上がった。

 昨晩、警戒していた奇襲はなかった。

 しかし、夜も明けきらぬ内からオーガ軍の喊声が轟いた。

 威圧も混じるその咆哮は戦意高揚のためと思われた。

 武器を打ち鳴らし、吼える声は山に響き木霊する。


 何事かと陣中が騒めきだし、後方では戦準備に兵が慌てふためく。

『WO!WO!WO!WO!WO!』

 と声を合わせた掛け声となり、オーガ軍がゆっくり押し出してきた。

 そして、駆け足となり、全速力で突っ込んで込んでくる。

 仕掛けた鳴子が一斉にカタカタと鳴りだした。


 僅か200メトルに満たない距離だ。

「敵襲!敵襲―っ!」

 まだこちらは迎撃の準備はできていない。

 陣形もまともに整っていない中での襲撃だった。

 それでも、夜襲に備えていた前衛は盾や槍を握って待ち構えていた。

 しかし、前衛後方にいる多くの兵は防壁を築くために動員されて僅かな休息しか取れていない。

 甲冑を脱いでくつろいでいた者も多く、この時間帯での襲撃は意表を突かれた形になってしまった。

 狭すぎたが故に、待機兵の休息を優先して工兵を軍列の後方へ下がらせることができなかった弊害だった。


 前衛にオーガ軍が体当たりのごとくぶつかって来た。

 鳴子音から僅か数秒後、築いた石壁など余裕で飛び越えて来る。

 元々投石に対する備えであって、侵入を阻止するためのものではない。

 あっという間に前衛は突破されて一気に押し込まれた。


「撤退だー!撤退しろー!」

 前衛が突破されるとその指揮官はすぐに決断を下した。


 魔法師が撤退を示す火球を打ち上げ、上空で弾け散った。

 その火花が一キロル後方の本陣に伝わった。

 側近がディグリーム将軍の休む幕舎に駆け込む。

「伝令!敵が動きました。前線は既に突破された模様、撤退の合図を確認しました!」

 ディグリームはすぐに表に出ると、離れている前線の気配が伝わってきた。

「これはまずい!すぐに迎撃準備を!各部隊に伝令!急げ!」

 伝令を待つまでもなく各部隊長は兵を叩き起こし、戦闘準備を始める。


 素早く陣形を整え終わった頃、前線から逃げて来る兵が現れた。

 しかしここは軍勢を展開するには余りに狭すぎる。

 10メトルにも満たない河原。すぐ横は急斜面の山際と急流の河川になっている。

 間延びした戦列に加え、暗闇の中、撤退してくる兵と前方で混み合う形となった。


「ええい!何をしとるか!そこを退け、馬鹿者!」

 前方で上官の激怒する声がする。

 逃げて来る兵は、取るものも取りあえず逃げ出したという感じだった。

 どうなっているのか詳細を聞きたかったが、混乱していて誰に聞いても話にならない。

 情報が不足する中ですぐに対応しなければならない事だけは分かっていた。


 この状況では戦闘どころではない。

 仮に、この場で迎え撃つとしたら勝機はあるのか?

 参謀将に聞けば「間違いなく敗北します」と答えが返って来た。

 一匹のオーガを相手にするならば最低でも5人の兵で囲みたい。

 そこに百匹のオーガを相手にするならば味方は5百人以上。

 この狭い河原ではそんな人数は配置できない。

 となると、どうしても少人数で対応しなければならなくなってしまう。

 それに退きたくとも自軍の兵で背後が混み合えば混乱するばかりでますます状況は不利になる。


 個体強者相手にこの狭い場所で戦闘することは圧倒的に不利だと馬鹿でも分かる。

 それでも、意気込みだけはある大隊長達からは決戦の声が上がった。

「ここで逃げ出すなどなんと弱気な!栄誉ある王国軍であればここは進むべきですぞ!」

「たかがオーガ如きに背中を見せるなど、恥ずかしい真似ができるか!撃退あるのみ!」

 その声を黙殺して、ディグリーム将軍は決断した。

「撤退だ。騎士隊を殿(しんがり)に前線の兵を援護しつつ補給地点まで撤退せよ!」

 露骨に「軟弱か!」と非難する声も飛んできたが、相手にせず各部隊へ伝令の指示を出す。

「撤退を急げ!後ろが詰まればそれだけ犠牲が増えるぞ。全軍駆け足で撤退!駆け足で退却せよ!」

 将軍自ら大声で指揮を執り、王国軍は急ぎ後方へと陣をさげることになった。


 軍幹部や上級騎士を先頭に魔法師、治癒師たちがまず戦場から離脱した。

 将軍は、軍の要と言える者達の撤退を見送ってから自らも撤退を始めた。

 将軍の周りには数名の護衛騎士がその身を護っている。その中にイライザもいた。

 イライザは殿軍に残ったギャランの身を案じていた。

 昼間戦闘した感触から殿の撤退戦が相当厳しくなると予感している。

「あのギャランが簡単にやられるとは思わないが・・」

 許されるならば自分も殿に残り、撤退の手助けをしたかったと恨めし気に将軍を見た。


 未だ壮健で覇気に満ち溢れているとはいえ、将軍は齢60を超えている。

 さすがに連日魔境を歩き、到着と同時の戦闘となれば随分疲労が溜まっている様だった。

 悪路に足取りは重く、後ろから多くの兵に抜かれて今は軍列の中ほどを歩いていた。

 そしてその頃、軍列と並行して山頂付近を一気に駆け抜ける集団がいた。

 その気配にイライザですら気づくことができなかった。


 もうすぐ河原から山に入るという所で、その襲撃は起きた。

 オーガ30匹ほどが急斜面から突如現れて行く手を塞いだのだ。

 護衛が即座に将軍を護る様に立ち塞がり、前方を歩いていた兵も抜剣して身構える。

 後続兵も異変に気付き駆け付けてきた。

 しかし、オーガは前後を囲まれても余裕を見せていた。

『GRWOO!』

 一斉に武器を振り上げ襲い掛かった。

 斧、棍、槌、剣とバラバラの獲物だがどれも武骨ででかい。

 ブゥン!と風音を唸らせて兵を吹き飛ばす。

 剣で受ければ折れるか大きく弾かれる。

 目の当たりにすると、オーガの膂力はずば抜けていて圧倒的だった。

 将軍はこの場所でオーガ軍が道を塞ぐ理由を考えた。

 我が大将首を獲りに来たのか?挟撃が目的か?

 いずれにしても敵の数が少ないとはいえ、ここでの戦闘は不利であった。


 その不利を分からせるかのように前方で闘う兵はバタバタと倒されて行く。

 護衛に引っ張られるようにして後ろへ退くが、背後も続々とやって来る兵で詰まり始めた。

「何をしている!退くな!前へ出て戦え!」

 圧倒的な暴力と惨劇の前に尻込みする兵をイライザが怒鳴った。


「うろたえるな!盾を持つ者は前列を固めよ!弓兵は矢をけしかけよ!短槍隊はいないか!歩兵と共に突撃の準備を取れ!急げ!」

 ディグリームは大喝した。

 その一言がバラバラの兵に陣形を取らせた。

 軍であれば陣形で闘う。

 小規模の陣形ではあるが、一気に安心感が増した。

「放てーっ!」

 イライザの号令で矢が飛び数体のオーガを傷つけた。

 死体を盾にして矢を避けるオーガ。

 至近距離という事もあって少し怯んだかのように思えた。

 しかし上位種が一声吠えると、それだけで士気が上がり矢の飛来をものともせず突撃をかましてきた。


『GWROOOO!』

 青黒い巨体が一気に迫り、並べた盾を人ごと踏み潰す。

 ベキ、グチャ

 果敢に槍を突き出すも一振りで圧し折られて頭蓋が砕かれる。

 血しぶきが舞い、恐怖に駆られた兵が背後へ逃げようとするも、そこは人が密集して退くこともできない。

 そして、そこに新たな一団が斜面を駆け下り飛び込んできた。



 第一軍が敗走を始めた夜明け前、ゼットン率いる別動隊は左翼山頂付近に潜んでいた。

 突然始まった咆哮に斥候を出せば、敗走中と報告を持って帰ってきた。

「嘘だろ?それでは押し込まれたと同時に敗走したというのか?」

 ゼットンは一瞬で事態の深刻さを理解した。


「ハッ!情けない。王国軍は弱兵しかいないのか?少しは根性を見せてもらいたいもんだ」

 ジュードの一言に部隊長が激高して席を蹴った。

 それをゼットンが宥め、「ジュード殿も我が軍への侮辱は慎め。協力を仰いでる立場で言いたくはないが、態度を改めねば侮辱罪で捕える」

 ギロリと睨まれてジュードはそっぽを向いた。


「で、オーガ軍の動きはどうなっている」

「ハッ、オーガ軍は追撃と残留する者とに分かれています。暗闇の中、遠目での確認ですから数の詳細は不明確ですが、追撃300~400、残留100~200程かと。それから左斜面に展開していたオーガは全ていなくなりました。現在、山を越えた斜面に敵はいません」

 斥候の報告が本当ならば、オーガ軍の陣地を攻め込むチャンスと考えられた。

 しかし気がかりもある。

 軍の大将はあくまで将軍。

 将軍を討ち取られればその時点で敗北が決まる。そして今将軍は敗走中なのだ。


 暫く考えてゼットンはジュードに命じた。

「ブラックパンサーに敗走中の将軍の護衛を命じる。将軍を討ち取られるわけにはいかん。何が何でも護り抜いてその後は将軍の指示に従う様に。今すぐ征け!」

「オウ!」

 ジュードは飛び出した。

 ゼットンからすると、何かにつけ言動が鼻につくジュードを追い出したかった。

 将軍護衛という大役を特別に命じることで、両者にとって最良の目的を果たせることができたのだった。


「さて、諸君。我々は敵の追撃兵を追い殲滅を行う。また同時に敵陣に襲撃を掛け敵将ジェネラルを討ち取る。追撃殲滅作戦は我ら王国軍が当たろう。敵将討伐はギルド討伐隊に任せたい。ジェネラルを殺せば敵の統率が一気に乱れる可能性がある。ピーキー殿、200前後の敵が予想されるがジェネラル討伐は可能だろうか」

 ゼットンは最大最強パーティー、ジョーカーズのリーダーに聞いた。

 ピーキーが他のパーティーから一目置かれていることが分かっているからだった。

「楽勝でしょう」

 ピーキーは他のリーダーたちを見ながら言ってのけた。

「ふ、ならば任せる。作戦開始は各自準備が整い次第すぐに。作戦終了後は第一軍へ速やかに合流すること。以上だ」


 こうして第一軍を救うべく、またオーガ軍を殲滅すべく別動隊は分散して動き始めることになった。


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