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オーガ討伐戦 1

 月末の連休が終わると、アリアにオーガ討伐の指名依頼が入った。

 西ギルドの大会議室に王都近郊の高ランカー達が呼び集められた。

 アリアが会議室に入ると、見知った顔ぶれが並んでいる。


 ボトムスヘブンは当然として、フェアリーブルーのシューレイ、セリカ、クインズ。ジョーカーズのピーキーに黒鞭使いのレイゼンを始めとしたギルド本部地下で見かけた連中が座っている。

 憎っくきブラックパンサーも最前列中央に陣取っていた。

 後方にはセレントギルドでひと悶着あったあのアマゾネス集団もいた。

 アリアはブラックパンサーのクーロとジュードをひと睨みしてボトムスヘブンの隣の席に座った。


 そこにわざわざ席を立ってジュードが話しかけてきた。

「よう、エルフのねぇちゃん、お前一人か?あのクソ生意気な小僧はどうした」

「うっさいわね。私に話しかけないでくれる?」

 露骨に顔をそむけるアリアにジュードがせせら笑う。

「そう邪険にすんなよ。キースってガキだ。あいつには借りがある。しっかり返さねえとって思ってるんだ」

 豹紋の黒い尻尾がアリアを挑発するようにゆらゆら揺れている。

「はぁ?あんたまだやられ足りないの?懲りないわね!」

「シッ!声がでけぇ。言い方に気をつけろ。俺は負けてない!」

「あんた負けたじゃない。ふん縛られて芋虫みたいモゾモゾしてたじゃない」

「あぁ?あれはサシの勝負にもう一人のガキがしゃしゃり出たからだろが。あれはノーカンだ!」

 ジュードが半切れして大声をだした。

「ランクSのあんたがランクCの子供相手にサシって?言ってて恥ずかしくない?もういいからあっち行ってよ。しつこいとあんたがキースに負けたって王都中に言いふらすわよ」

 アリアに声をひそめる理由がない。だから部屋中に二人の会話は聞こえていた。


「おい、俺をなめるなよ。死にたいのか?」

 ドスを利かせた声で、ギロリとアリアを睨む。

 そこで二人の成り行きを見ていたボトムスヘブンが割って入った。

「おい、ジュード。その辺にしとけよ。あんたみっともないぜ」

「そうニャ。やめるニャ。それ以上アリアに絡むなら引っ掻くニャ」

「私の姪っ子を浚っておいてなにその態度?あなた反省って言葉知らないの?」


 ジュードはならず者で知られている。

 そのジュードがボトムスヘブンと揉め始めて一気に緊迫した空気が張り詰めた。

 フェアリーブルーやジョーカーズの面々がジュードを敵意の混じった視線で睨む。

 皆の注目を浴びてジュードは舌打ちをして席に戻って行った。


「やっぱあいつ頭おかしい。ロッゾ、ベル、セシルありがと。助かったわ」

 こんなふうに絡まれるとアリアは自分の仲間の不在に心細さを覚えた。そしてボトムスヘブンの援護に感謝した。


 そこに西ギルマスのジャックルベインが入って来て討伐会議が始まった。

 参加は主力のランクSが3パーティー、ランクAが10パーティー。

 後方支援としてランクBが6パーティー。

 まずジャックルベインから今回は王国軍との共同作戦であり、ギルド隊は3集落の討伐が主要任務であると告げられた。


 以前調査した3つの小規模集落は北砦、中央砦、南砦と命名されていた。

 ランクSのフェアリーブルーが北砦、ブラックパンサーは中央砦、ジョーカーズが南砦を攻撃すると決定し、その下にランクAとBが振り分けられた。

 続いて日程や報酬等の詳細が告げられて、二日後の討伐隊出発が宣言された。



 一行は20キロルの草原地帯を抜け、魔境森林地帯を50キロル進む。

 そこから3隊に分かれて各砦の攻略に向かった。

 本来、戦力を一つに集めて砦をひとつずつ確実に落とすべきと意見があったが、移動距離と時間が掛かり過ぎること、加えて大集落を刺激したくないという判断で3砦同時攻略と決まったのだ。

 事前調査では、北砦15匹、中央砦39匹、南砦26匹と判っている。

 武器の供給とジェネラルやメイジと言った上位のオーガも確認されている。

 人族の襲撃をキングが気づく前に、3砦の始末をつけてしまいたい。

 それは冒険者ギルド、王国軍共通の思惑だった。



 その日、アリアは上空からボトムスヘブンの戦闘を眺めていた。

 北砦から少し距離を置いた場所でオーガ2匹と戦闘中だ。

 盾役のバッファが一匹を抑えている内に、ロッゾと仲間でもう一匹を囲んで攻撃している。

 武器を振り回す相手に、圧倒的とは言えないけど安定感のある連携で戦いを優位に進めていた。

 前方では先行したフェアリーブルーも戦闘に入ったらしく、派手な戦闘音が聞こえてきた。

 アリアが見に行くと、砦内に踏み込んだフェアリーブルーのメンバーがオーガジェネラル一匹と雑魚オーガ五匹相手に戦闘を繰り広げていた。


 シューレイの蒼い燐光がオーガジェネラルにまとわりついている。

 オーガがどれ程魔力を持っているのかは知らないけど、その様子から身体強化が効いていない感じだった。

 セリカの双剣でスパスパと斬られて傷を増やしているし、雑魚オーガはしっかり他のメンバーに足止めをされて一匹、二匹と倒されている。


 オーガはギルド認定でランクB。ジェネラル級はランクA。

 他に魔法を使うメイジ、肉体強化型のウォリアーの上位種もいる。

 厄介なのはその強靭な肉体と俊敏な反射神経、更に今回の場合は鋼の武器を持っていることだ。

 加えて数が多い。前哨戦の今、高ランカーの負傷離脱などあってはならない。

 押しているとはいえ、油断ならない戦闘にアリアは魅入っていた。


 すると、遂にオーガジェネラルは膝を付いた。

 その大きな隙をセリカが見逃すはずもなく、決着がついた。

 シューレイの燐光あってこその早期決着と言えた。

 アリアはセリカが他の雑魚オーガに飛びかかる姿を見届けて中央砦へと向かう事にした。



 飛ぶこと一時間、到着した中央砦付近でも激しい戦闘が行われていた。

 ここの討伐隊はブラックパンサーを筆頭にランクAが4パーティーとランクBが2パーティーで構成されている。

 ランクAのブースターラビットはSに一番近いパーティーと言われて、本部地階の鍛錬場にも出入りが許されているし、ファイナルアタッカーはわざわざセレントギルドから呼ばれるほど腕の立つ猛者が揃っている。


 会議では、中央砦の敵戦力が一番高いと知ってブラックパンサーが名乗り出た。

 ジュードが強引に持っていった感があり、他の面々は不安を感じているみたいだった。

 その様子にアリアは馬鹿なの?死ねばいいのにと冷めた視線を送っていた。

 結果、ランクA・Bの中でも強パーティーが中央砦に抜擢されたわけだけど、今現在苦戦を強いられている。


「あれヤバくない?」

 アリアが到着した時、ファイナルアタッカーの女戦士が吹き飛ばされたところだった。

 木々の下にあのアマゾネス軍団を見つけた時には、取り囲まれて追い詰められていた。

 すぐに高度を下げて様子を伺った。

 アリアは戦闘に参加する必要なしと言われているけど、味方の危機には手を出す気でいる。


 そのアマゾネス達は、8匹のオーガに囲まれてさらに後方にメイジまでがいた。

 アマゾネスは7人の内3人が負傷した様で、4人で守りながらの苦しい戦闘になっている。

 そこにオーガメイジが杖を掲げて詠唱に入った。


 アマゾネス達は盾役が負傷していて魔法攻撃に対抗する術がない。

 アリアは咄嗟に、矢を放った。

 メタルアントの祝賀会でご褒美に賜ったあの魔法弓だ。

 風魔法のブーストで勢いを増した魔矢はメイジの上半身を跡形もなく吹き飛ばし、さらに地面にも小型のクレーターを作った。

 土砂が派手に降り注ぐ。

「あらやだ。無駄に威力が強すぎたわ」

 のんびり口調で呟きつつ、注ぐ魔力を落として次矢を次々と打ち放つ。


 苦戦中のアマゾネス達は突然の援軍に驚きつつも攻勢に出て、すぐに殲滅を終えた。

「風のアリアだったな。危ない所を助かった。礼を言う」

 リーダーが手を差しだした。

「一度会っているが挨拶はしていなかったな。私はファイナルアタッカーのジェスタだ」

 ジェスタの背が高いこともあるけど、アリアの目の前で見事な双丘がボヨンと揺れた。

 これは男でなくても目が行ってしまう。

 あの時キースを責め立てた自分に少し反省しつつ、その手を握り返した。

「風の旅団のアリアよ。まず怪我人を癒すわ」

 一人は腕が千切れかけ、一人は火傷、もう一人は足の骨が折れている。

 アリアが急いでヒールを掛けると3人が癒され、ジェスタが安堵の溜息を吐いた。

「本当は安静にしてた方がいいんだけどね。これを飲むといいわ」

 リファ特製の体力回復ポーションを渡して、アリアは再び空へ飛び立った。


 そこかしこに漂う戦闘の気配を感じて向かってみると、森でブラックパンサーが戦っていた。

 クーロが拳にアイアンナックルを嵌めてオーガを殴り倒しその首をへし折った。

 その傍でジュジュとシュシュや仲間が奮戦している。

 さすがSパーティーだけあって危なげないけど、ジュードの姿が見えない。

 仮にジュードが死んでも気にはしないけど、リーダー不在のパーティーが万全に働けるのかと疑問が過った。

 この中央砦は一番敵が多い。相手がオーガともなれば少しの過信や油断で命を落とすし、それが作戦失敗に繋がりかねない。

 それにジュードという男はその油断と過信が良く似合う。平気な顔をしてとんでもない無茶をする気がした。

 アリアは嫌な予感がしてジュードの姿を求めて付近を探すことにした。


 そのジュードは砦内に単独で突っ込み、危機に陥っていた。

 オーガより早く動けるし、一撃で倒すだけの腕力もある。

 でも、その機動力が活かせるのは広い場所で、仲間の援護があってこそ必殺の一撃を放てるというものだ。

 今のように、20匹近くに囲まれた状態では避けるだけで精いっぱいだった。

 加えて、砦周囲に張られた罠に引っ掛かり、のっけから足を負傷していたのだ。

「クソ!足さえ怪我してなけりゃ!クーロ達はどこで何してやがる!なぜ来ないんだ!」

 すっかり囲まれてひっきりなしに襲い来るオーガの刃を躱しながら、ジュードは悪態をついた。


 単独で砦内に潜入したのは大功を焦ったからだった。

 己を過信しすぎたがために、独りで全滅させることも可能と算段して仲間さえも置いてきた。

 そしてそれが裏目に出てのこの状況だった。

 完全に自業自得なのだが、オーガジェネラルを目の前にして本人はまだ諦めてはいない。


 ただ、目論見が外れたのはオーガの連携が予想をはるかに超えて優れていたことだった。

 まさかここまで連携しやがるとは・・

 ブラッディーエイプなんかは群れで連携すると広く知られている。

 ところが獣人族の彼らは他の冒険者から距離を置かれていたし、文字もろくすっぽ読めないから知性を持つ魔物が高度な連携を取ることがあると知らなかったのだ。

 それで良くランクSに上がれたものだと呆れるしかないのだが。


「クソ!クソ!クソ!そこのジェネラル!俺とタイマンで勝負しやがれ!」

 オーガジェネラルさえ倒せれば何とかなると希望を抱いてそう叫んではいるものの、相手に通じる筈もなく、いよいよ足は痛み疲労が溜まってきた。

 突破して撤退できる隙が無かったわけではない。

 それでもジャックルベリーの顔を立てたいジュードはジェネラルを誘うために粘り続けた。

 そしてついに、もらってはいけない攻撃を受けてしまった。


 身体がよろめいた瞬間に振るわれた巨大な鉄槌を左腕で受けてしまった。

 ボキッと音がして骨が折れた。

「まだまだー!ここから逆転してやるぜ!」

 雑魚オーガの後ろでニヤつくジェネラルに向けてジュードが吠えた。

 しかし、いくら強気でいても数の暴力には抗えない。

 全身に切り傷を増やし、撤退するだけの体力さえも残っているか怪しくなってきた。


 そこにアリアがやって来た。

「あら?一人で乗り込んだのかしら。まさかここまでの大馬鹿だったとはね・・」

 弄られるジュードを目にしてアリアは呆れてしまった。

 それでもまだ生き足掻いて抵抗するジュードに少しだけ感心した。

「頑張ってるっちゃ頑張ってるわよね。バカだけど。仕方ないわね、助けてやるか」


 アリアは弓を構え、ジュードの背後から襲おうとする一匹に魔矢を放った。

 次、次、次!

 連続して魔矢を放ちジュードの傍にいたオーガを射殺すと、撤退の道ができる。

 そこを突っ切れば逃げ切れるはずだった。


「あ!馬鹿そっちじゃない!」

 アリアは叫んだけど、もう遅かった。

 ジュードはせっかくアリアが作った撤退路が目に入らず、すぐ近くのボロ小屋の中に逃げ込んでしまった。

 これではアリアの視界から外れて援護ができない。

 ついでに、数匹のオーガがジュードを追ってその小屋に飛び込んでいった。


 中からドタバタと戦闘音が聞こえる。

 一匹が天井を突き破って屋根を転がり落ちていった。

 二匹目、三匹目がそれぞれ壁を破って転がり出てきた。


 ジュードは狭い小屋なら入り口にだけ集中できると考えた。

 入り口からは一匹ずつ入って来るに決まっている。それならば片腕が使えなくても対処できると考えたのだ。

 だけど、その後のことは何も考えてなかった。

 現在、天井に一つ、壁に二つの大穴が空いて元々の入り口もある。

 4ヵ所の侵入口を抱えて狭い小屋ではとても対処できない、と今更ながら気づいた。

「ヤレヤレ、俺としたことが。さてどうすっかな・・」

 入った途端に殺された仲間を見てオーガたちが逡巡した。

 その間、ジュードも考える。


 その時、上空から小屋の様子を見守るアリアに向けて、オーガジェネラルが斧を投擲した。

 クルクル回転して斧がアリアに迫る。でも、アリアは全く気づいていない。

 直撃かと思われた時、斧は軌道を変えて逸れて行った。

 アリアが周りに張った不可視の風の防壁が斧を弾いたのだが、驚いた拍子にバランスを崩して制御を失ってしまった。

 咄嗟にコントロールして態勢を立て直したけど、随分高度を下げてしまった。

 地面への激突は下から強風を送って回避したけど、そこにオーガジェネラルが飛び込んできた。

「GRWOOOO!」

 雄叫びに気付いて振りむけば、巨漢のオーガが拳を振り上げて向かって来ていた。

「ひゃあ!」

 アリアは悲鳴と同時に反射で魔法を叩きつけていた。

 制御無しMAX状態で放たれたその魔法はブリザードアタック。

 氷雪の暴風がオーガジェネラルを押し返すと同時に凍り付かせてゆく。


「あっぶな・・」

 急いで上空へ逃げると、アリアは大きく息を吐いた。

「はぁ~死ぬとこだった。今のはヤバかった・・気をつけないと」

 気を引き締めて辺りを警戒すればジュードが巨木を登って行く姿を捉えた。

 その根元にオーガが集まってきている。

「何やってんの?あいつ。ってゆうか、片手で木登りなんて器用な真似するじゃない」

 呆れると同時に変な所を感心するアリアだった。


「ちょっと、そんなところに登ってどうするつもり?」

 アリアが近づくと、ジュードが睨む。

「あ?俺はお前みたいに飛べないからよ、ここで仲間の到着を待つんだ」

「ふーん。でも、それまであいつらが待っていてくれると思う?」

 アリアが指さす地面を見れば、斧を振り上げるオーガの姿が見えた。

 カーンカーンカーン

「おいおいおいおい!やめろー!そんな事したら木が倒れるじゃねえか!やめろー!」

 木くずが舞い、瞬く間に太い幹が削られてゆく。

「おい!お前!その板に俺も乗せてくれ!」

「無理よ。これ一人乗りだもの」

「おい!じゃぁあいつら何とかしろ」

「それは嫌。だって私、戦闘しなくていいって言われてるもの」

「じ、じゃぁどうすりゃいいんだよ!せめて腕が治れば戦えるんだが・・」


 ジュードが初めて弱音を吐いた。それをアリアは心地よさげに眺めている。

「死んじゃえばいいんじゃない?」

「お前・・ひどい奴だな」

「人を拉致って反省もしないような奴に言われたかないわよっ!でも助けてあげてもいいわ。条件付きで」

 そう言ってアリアは「これなーんだ?」と治癒ポーションを一本取り出して見せびらかす。

「なんだよそれ。もしかしてポーションか?寄こせ!」

「こっちの条件を飲むって約束するならいいわよ」

「なんだ?早く言え!」

「そうね、まず誠心誠意私に謝る事。それから、リファーヌにも」

「あぁ。悪かった。これでいいか?」

「言い訳無いでしょ!ちゃんと謝りなさい!アリア様、先日は済みませんでした。もう二度とあの様な真似は致しません。本当に申し訳ございませんでしたって」

「くっ」

 チラリと下を見ればもう猶予がない。

「クソ・・アリア様、先日は済なかった。二度としないと誓う。本当に申し訳なかった」

「ちゃんとリファーヌにも謝るって約束する?ついでに二度とうちのパーティーに喧嘩を売らない事」

「あぁ、わかった」

「じゃあ金貨10枚で売ってあげる」

「高ぇな、おい!それに今金は持ってねぇ」

「後で払いなさいよ。約束破ったら詐欺と窃盗でギルドから追放してもらうから」

 そう言って治癒ポーションを投げ渡すと、すぐにジュードは飲み干した。


 その間にもう一本ポーションを取り出す。

「これ体力回復ポーションよ。こっちも金貨10枚。要る?」

「くれ!」

 ジュードはそれも飲み干すと、「ウオオオオ!」と雄叫びを上げた。

 全快でなくとも怪我が癒え、体力が多少回復したと同時に闘志が蘇った。

 リファのポーションは上質ではあるけれど上級ではない。

 だから、完全回復には至っていないのだが、ジュードは気合で自己暗示をかけた。

 因みに、ポーション代はかなりのぼったくり価格なのだが、そこは割り切った。


「燃え上がってるとこ悪いけどさ、その左腕はまだ使わない方がいいわよ。数日間は安静にしとくことね」

 大木がメキメキ大音を立てて傾き始めた。

 ジュードはまだ吠えている。アリアの忠告は聞こえたのだろうか?

「本当に頭大丈夫?」

 アリアが心配になる程ジュードは状況を理解してない様に思えた。

 オーガジェネラルを一匹倒したとはいえ、まだ20匹近くいる。

 対して仲間はまだ到着しない。幾らS級と言えど、厳しい状況に変わりはない。


 倒れ行く大木の幹をジュードが駆け出し、根元に到達すると一瞬にして消えた。

 根の陰に隠れたのかしら?と思っている内に、オーガたちの背後に現れた。

 次の瞬間には、一匹吹き飛んだ。その首が折れている。


 オーガジェネラルがいなくなって、あれ程苦労した連携の脅威がなくなっていた。

 そこからはジュードが武神の如き暴れ方でオーガを殲滅してゆく。

 アリアも弓で援護を考えていたけどその必要はなかった。


 青い血が一面を濡らし、オーガの死骸ばかりが転がっている。

 そこに息を切らして佇む黒豹の獣人が一人。

「おーい!ジュード無事か?」

 ブラックパンサーの仲間たちがやっと到着した。


「ハアハアハア、おせーよ。ここはもう片付けちまった」

「お前ひとりでやったのか」

「あぁ」

 ジュードは平気で噓をつきやがった。すかさずアリアが突っ込む。

「違うわよ!私がジェネラル倒したしポーション2本も売ってあげたでしょ!私はあんたの命の恩人なんだから忘れないでよね!」

「あぁ。助かった。礼を言う」

 素直に礼を言ったジュードにクーロと仲間が驚いた。

「お前どうしたんだ?何があった?」

「ジュードがおかしいニャ。きっと頭ぶったニャ」

「何か不吉なことが起こるニャ。雨が降るニャ」


「とにかく、この砦にもう敵はいないわ。そっちの状況を教えてくれる?」

 アリアはもう一匹いるジェネラルとメイジ数匹をクーロ達が倒したと聞いて、中央砦は制圧できたと判断した。

 そして、最後の南砦へと向かう。



 南砦はジョーカーズがすでに制圧を終えていた。

 リーダーのピーキーが状況を説明してくれた。

「ジェネラル1、メイジ1、計24匹を殺した。報告では26匹の筈だけど2匹足りない」

「あ!ごめん。私が調査の段階で2匹殺したんだった。だから数は合ってるわ」

 近くに転がるジェネラルの死骸はすっぱりと首を斬られて他に戦闘傷が見当たらない。

 一瞬で首を掻き切ったと分かる。


 ピーキーはミスリルの糸を使う。先端に三角錐の重りがあって、魔力を通して自在に振るう。それを8本同時に操ることができるという。

 黒鞭のレイゼンは前髪で顔が見えない。黒のメイド服が戦闘服という変わった子だ。けれどその実力はえげつない。


 ジョーカーズは名の知られたメンバーに加えて20人という大所帯のパーティーだ。傘下にランクAとBのパーティーまで抱えて、実力で上下を入れ替えるというシステムを取っている。

 ジョーカーズはジルべリア王国一のパーティーと広く認識されている。

 だから、南砦の制圧は簡単なものだったのだろう。


 頼もしい報告を聞いてアリアは王国軍とギルド討伐隊本部の合同野営地へ報告の為に飛び立った。

 今回ディグリーム将軍自らが1万5千を超える軍勢を率いてやってきている。

 アリアの報告を待って、軍議が行われるのだ。

「人前で喋るのって苦手だわ・・」

 ボヤキつつ向かうその先に、夕闇が訪れようとしていた。




 月が変わって、基礎研究の授業が始まった。

 その日、俺はリファを連れて教員棟へ向かった。

 魔道具の先生に会うためだ。

 ハーニッシュ先生曰く、その先生はかなり個性的な人だと教えてくれた。


 教員棟3階ビアンカ研究室。

「失礼します」

 ノックの後、応答がないから勝手にドアを開けた。

 すると物に埋もれたような雑然とした光景が広がっていた。

 棚や物の隙間を通って奥に進むと、一際大きな作業台が一つ。

 端っこに小さな対面ソファーとテーブルが追いやられるように鎮座していた。

 部屋自体はとても広い。

 その大きな作業台の上に1メトル角サイズの黒っぽい箱が置かれていた。


 白衣の女性がしきりとその箱をいじくっている。

「あのービアンカ先生?ビアンカ先生!先生!おーい?」

 作業に夢中で気づかないのか凄い集中力だ。

 俺が呼ぶ傍らで、リファが棚に置かれていた両の掌サイズの部品を一つ手に取った。

 魔石に指が触れた途端、ブシューっと音がして勢いよく白煙が噴き出した。

 方向が黒い箱に向いていたからさすがにビアンカ先生も驚いたようだ。

「な、何だ!」

 ビアンカが振り向くとその顔に煙がぶつかった。

「キャー!ごめんなさい!」

「ウヒャヒャヒャヒャィ!!」

 変な雄叫びを上げると、その顔面は白く凍っていた。

 目眼を外し、白く曇ったレンズを拭いて掛けなおす先生。

「勝手にいじるんじゃないよ!」

 分厚いレンズの奥から異様に大きな瞳がリファを睨んだ。

 年のころは40を超えているだろうか。

 ボサボサの黒髪にチラホラ白髪が見える。


「あんた達誰だい?何の用だね」

「基礎研究の授業に、先生がいつまで待っても来ないので迎えに来ました。俺達は特級一年のキース。こっちがリファーヌ。」

「ふん、そういや今日から授業だった。すっかり忘れてたよ。で、わざわざ迎えに来たわけだ。まったく、まじめな子達だよ」

 ぶっきら棒に言うと、ビアンカはソファーにドカッと座ってキセルに火をつけた。

 言葉も態度も女性らしさを感じない。研究の為に女を捨てたのだろうか。

 というか授業はしないのか? まぁ、受講生は俺達しかいないんだけど。


「あの、この魔道具は何ですか?」

 リファがまだ手にしている魔道具を見た。

「それは氷雪噴霧器さ。名前の通り、氷のように冷たい霧を噴霧する魔道具だよ」

「何に使うんですか?」

「さぁね。それは使いたいと思う者が考えるこった。わたしゃ作りたいと思ったものを作っただけだよ」

 つまり、どうゆう事?いかん、この人何を言ってるのか分からない。

「えっと、具体的に何をするために作ったのですか?」

「別に。冷たい氷を霧のようにして飛ばせたら面白いと思っただけだよ。使い道なんて知ったこっちゃない」

 ・・・なんか、話にならない。


「目的なく、作りたいから作ったと?」

「だからそう言ってるだろ」

 リファが困った顔をして俺を見る。

「ところで、あんた達。私の授業受けるのをやめてくれないか?面倒なんだよ。特級で私の授業を受けたいなんて奇特な奴は数年ぶりだ。そもそも特級なら実践魔法でも鍛えたらどうだい。上級魔法とか色々覚えりゃいいだろ」

 特級生のためだけに授業を受け持ちたくないとビアンカは言う。

 今現在、魔道具の授業を選択したのは俺とリファだけだ。他に検討中が約一名。


「いや、俺達作りたい魔道具があるんです。だからどうしても授業は受けたいと思います」

「ほう?そりゃ何を作ろうってんだい?」

「空飛ぶ船です」

「ハ!無理だよ。いいかい、その船の重量は何キロルだい?人も乗るのだろう。であれば軽くても数百キロル。それを浮かべるなんてどれほど巨大な魔石を使うのか見当も付きゃしない。仮に浮かべたとしもすぐに魔力が切れて墜ちるさ。やるだけ無駄だよ」

「そんなことは分かってます。だからその解決方法を研究したいんです」

「それだけの動力を魔石から確保できたら、魔道具革命が起きるよ。それこそ、古代文明の青色魔法陣の謎を解き明かさない限り無理ってもんだ。やるだけ無駄無駄」

 そこでやめさせたいビアンカとどうしても受けたい俺は睨み合った。


「はぁ、無駄なことを。ま、どうしてもって言うなら仕方ない。私の研究の助手でもしてもらおうか。授業をボイコットして首になったら研究ができないからね」

 仕方ないと嫌々引き受けさせることができて、俺はホッと溜息をついた。


「ちなみに、リリアティナ王女殿下も受講を検討されている様ですよ?どんな感じか詳しく聞きたいって仰ってましたから」

「なに!?」

 途端に顔を青くするビアンカ先生。

 そりゃ普通王族が魔道具開発など学ぶとは思わない。

 ただ、リリアティナは魔術師として強くなろうとも戦場に立つことはない。

 せいぜい身を護る程度のことができればいいのだ。それさえも護衛がいるから意味は薄い。

 であれば人生の趣味として、魔道具開発でもしてみようかしら・・位の意気込みで検討中だった。

 こうして体験学習を終えて、俺達は来週からビアンカ先生に教えを受けられるようになったのだった。



 アリアがオーガ討伐隊と出発し、残った俺とリファはせっせとポーション作りに励んでいた。

 王国内の強者は皆討伐隊に参加しているため、ギルド本部での鍛錬に行っても仕方ない。

 だから大人しく一本でも多くポーションを作ることに専念しているのだが・・


「キース、畑の薬草が萎れちゃったの。なんでかなぁ」

 魔境の土と入れ替えて順調に生育していたけど、ある程度まで育ったところで萎れてしまった。

 色々と原因は考えられるけど、はっきりとはしない。

 元々、魔境で育つ魔草は平原では育たないと知られていた。

 だから土をごっそり入れ替えたのだ。これまで上手くいってたのに、何故だ?


「それは魔素が不足しているからだと思いますよ」

 庭師のイザムが当たり前ですよみたいに言う。

「土を入れ替えたって駄目です。土の中の魔素が枯渇すれば魔草は育ちません」

 とにかく土を入れ替えてもダメだった。

 ならば、どうするか・・

 せめて貴重種位は庭で育てられれば良かったのに。

 何かやり様はないのかと思うけど、いい案が浮ぶまではイザムが野菜を植えることになった。


 と言う訳で、学院の放課後は一旦鍛錬を中止してリファは屋敷でポーションを作り、俺はせっせと魔境へ採集に行くという日々を送ることになった。

 だって、作れば作るだけ金になる。

 今が稼ぎ時と鍛錬は諦めて、とにかくポーション作成に全力を投じることにした。


 そして再びのビアンカ研究室。

「先生、この黒い箱は何に使うものなのでしょうか?」

 メインの作業台に鎮座する一メトル角の箱が気になったのか、リリアティナが質問した。

 結局、リリアティナも魔道具の授業を選択して、リファと俺と3人での受講となった。


「これは集塵と清浄の魔道具でございます。我ながら珍しく実用的でナイスな発明なのです。何がナイスかというと、なんと!埃を吸い込むから掃除要らずなのだ。しかも部屋の空気がきれいになる。この部屋で使うにはぴったりの優れものだ。良し、今日の授業はこの“エアダストクリーンボックス”について講義をしよう」

 ビアンカがリリアティナに張り切って説明して得意満面な顔をした。

 王女相手に丁寧な言葉は二言だけ。後は興奮して普段の口調になってしまった、


 構造は単純で空気の吸入口と吹き出し口があり、その間にフィルターを噛ませただけだ。

 理論上、小魔石で約3時間、中魔石で6時間連続稼働できるらしい。

 勿論、威力を上げることも可能だとか。


 小魔石をセットして、ビアンカが指で触れた。

 ブオーンという駆動音と共に空気が箱に吸い込まれてゆく。

 そして吐き出された先にある棚から大量の埃が舞い上がった。

「いやー!」

 リリアティナが悲鳴をあげて部屋を飛び出して行った。

 確かに吸気はされてるし埃も若干吸い込んではいるけど、排気でまき散らす埃の方が圧倒的に多い。


「ケホケホ、窓だ!窓を開けろ!」

 ビアンカの指示で窓を開けて埃を外へ逃がす。

 俺達も咳き込みながら風魔法で部屋から埃を追い出した。


 暫くドタバタしているとリリアティナがハンカチを口に当てて戻ってきた。

 当然だが、すごく不機嫌な顔をしている。

「先生、酷いです。こんな恐ろしい目に遭ったのはわたくし生まれて初めてです」

「先生、もし近衛がいたら無礼討ちされてますよ?いくら何でも部屋が汚すぎです!」

 リファも涙目で文句を言った。

「そもそも掃除するならクリーン魔法で良くないですか?この魔道具はあまり意味ないと思います」

 俺も追い打ちをかけてしまった。

 だって、酷い目に遭ったから。喉がイガイガする。


「す、すまん。いや、貴族家には高値で売れる筈なんだ。屋敷の各部屋に置いておけば、ほら、掃除の為にメイドも雇わないで済むじゃないか」

「いや、掃除なんてメイドの仕事のごく一部ですよ?それにこの魔道具だけで部屋中がきれいになるわけじゃないし」

「それでこの魔道具はお幾らなんですか?」

「・・金貨10枚を考えてる」

「え?それは高すぎ!絶対売れない気がする」

「わたくしもそう思いますけど、そんな事よりまずこの部屋を掃除する必要があると思います。そうしないとわたくしここで授業を受ける気になりません。先生、次回までに掃除をお願いいたします」

 と言う訳で、ビアンカ先生の授業は出だしで大きく躓いた結果となった。


 なんだか頼りない先生だけど、俺達の目標は空飛ぶ船を作ることだ。

 その為に、真剣に学ばなければ!と俺は一人、気合を入れるのだった。


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