賓客
次はセリカの希望で俺が対戦することになった。
相手は双剣士。無手はさすがに無理があるから俺は父様の短剣を引き抜いた。
セリカは小柄ですばしこい。
それは先ほどの戦いを見学していたから分かっている。
でも、実際に対峙するとその厄介さを身をもって知ることになった。
セリカの全身から闘気が吹き上がった。
俺も覚えたての闘気を纏う。
でも分かる。セリカの闘気に比べたら俺の闘気はなんちゃってレベルだ。
相手は俺とほぼ同じ体格なのに向かい合うだけで恐怖心が芽生えた。
最大限の警戒をしていたけど勝負は一瞬だった。
セリカの踏み込みは凄まじく、一瞬のうちに懐へ潜り込まれて下から切り上げられてしまった。
反応が遅れて斬られてダウン。
無傷の結界だから実際には衝撃のみで服も斬られないし怪我もしない。
けど、実践だったら一振りで殺されていた。
「ちょっと!あなたいくら何でも弱すぎない?あの風の旅団のリーダーでしょ?噓でしょ!」
完全に期待を裏切ってしまったようだ。
「ごめん・・」
「大体その剣が体に合ってないじゃない。ちゃんとしたもの買いなさいよ!闘気の使い方もまるでなってない。屍竜やらメタルアントの女王やらを倒してきたんでしょ?良くそれで生き抜けたわね。びっくりだわ!」
散々の言われようだ・・
「蟻の女王とは戦ってないよ。屍竜は魔法で倒したし」
「それは関係ない。今あなたが弱いってことは事実なんだから。ちょっと見てられないというか気の毒なほど弱いわよ。うーん、少し私が鍛えて上げる」
セリカはそう言うと明らかに手加減して襲ってきた。
これはアレだ。本部長の戦いの二の舞だよ・・
攻められて怒鳴られながらコツを伝授されてるんだけど、ボコボコにされる奴だ。
それからみっちりセリカの個人授業を受けることになってしまった。
若干プライドを傷つけられながらも俺はセリカの善意と言う名の暴力的な指導に耐えた。
確かに高ランクで年上で教えを受けるにはもってこいの人だよ。
でも、本部長以上に容赦がない。特に口が。
「だ、か、らー、強化魔法はもっと繊細にって言ってるでしょ!それにそんなしょっぼい闘気でどうすんの!もっとブワーって出しなさいよ!ブワーって!お子ちゃまじゃないんだからさー!繊細かつ大胆に、これ基本よ、キ、ホ、ン!」
「遅―い!直感はどーしたー!目で見る前に躱せってさっきから何べんも言ってるでしょ!そんなんじゃオーガにも勝てないよ!弱い奴はみじめだぞ!自分も仲間も守れないよ!それでもいいの?良くないでしょ!だったらさっさと対応しなさい!何べんも言わせるな!」
ってな具合だ。
心が折れそうだ・・
アリアがたまに口が悪いし容赦ないけど、セリカ程じゃない。
これを知ったら俺はもうアリアの口を恐れることはないだろう。
そんな濃密で有意義で耳地獄な指導を受けた。
その間、リファもアリアも誰かの指導を受けていたようだ。
随分長い時間が経ってヘトヘトになった頃、職員が一人現われた。
「風の旅団の皆さまを本部長が呼んでいます。キリの良い所で執務室迄お越しください」
ハアハア、はぁ・・
「ありがとうございました・・」
一応セリカに礼だけは言っておく。本当は嫌だけど、教えてもらったから。
嫌々ぶっきら棒に告げた俺にセリカが何か言ってきた。
「キースって随分才能あるわよ。自信を持ちなさい。ふふふ、今後の成長が楽しみね」
はい?散々コキおろしといてどの口が言うか?
口調も変わって違和感が凄いんだけど、この人二重人格か?
俺はセリカを遠慮なく睨んだ。
「あら、疑ってるみたいね。だってこの短時間で随分マシになったわよ?はじめは私の中で2割の速さで最後は5割の速さで攻め立てたのよ。あなたみたいに伸びる子を初めてみた。頑張ればすぐに私の背中を預けられるようになるわよ」
嘘つけ!最初から最後までボロカスだったじゃねぇか・・
取ってつけたように持ち上げられても嬉しかねぇんだよ!
この人、俺のプライドを全力で折りに来たとしか思えん。
しこたまぶちのめされた俺は少し卑屈になっていた。
心に傷を抱えて本部長の部屋を訪ねると、既に茶菓子が用意されていた。
アリアがすかさず手を出している。
アリアってば完全に餌付けされてる・・
「どうだ?セリカの指導は俺よりも厳しかっただろう。ワハハハハ」
むぅ・・これはこれでイラっとくる。
むくれている俺を気にもせずにゼファールは用件を切り出した。
「お前達が見つけた西の魔境のオーガの大集落の件だが、いよいよ討伐が決まったぞ」
オーガの件、俺達は西のギルマスと将軍に話はしたけど本部長には報告していない。
将軍ではなく、本部長からこの話を聞かされるとは予想外だった。
「ディグリーム将軍から呼び出しがあってな、お叱りを受けた。西ギルドのジャックルベインが迷惑をかけたそうだな。上役として謝罪する。子飼いの部下がランクSになって浮かれておったようだ。オーガの大集落を西ギルドの戦力だけで討伐しようなどと企んでおった。だが、それを実行していればまず全滅しただろうな。そうした意味で奴の企みを打ち砕いたお前達には感謝している」
そう言って頭を下げたけど、さっき大笑いされているからまったく誠意が感じられない。
「むぐ、まったくよ!あのクーロとかいう奴、いつか凍り漬けにして思う存分シバき倒してやるんだから」
アリアが菓子を飲み込んで文句を垂れた。
アリアは根深いぞ。クーロざま見ろ。
「うん。私もジュードとかいう奴の尻尾燃やしてあの毛並みをチリチリにしてやりたい」
リファまで過激な事を言いだした。
これは模擬戦の影響なのか?二人が妙に過激になってる。
「でだ、討伐の話だが、今回はアリアを借りたい。キースとリファーヌは学院を優先してもらって構わない。もしお前達の力が必要になれば呼ぶ。アリアには来月頭にギルドより指名依頼を出す。依頼内容は連絡役と斥候と監視だ。戦闘は予定に無い」
菓子をモグモグしているアリアを見ながらゼファールは説明を続けた。
「今回は王国軍からの要請を受けたものだ。相手は魔境の奥地、規模がでかい上に武装してキングまでいる。長期の行軍の末の戦いでは王国軍と言えど無事では済まない。そこでギルドの高ランカーに出張って欲しいと要請があった。言ってみれば軍とギルドの合同作戦だ。王都周辺のランクA以上は全て強制参加だ。ジャックルベインを討伐隊の隊長に任命した。奴はやる気に満ちているしな、暴走した責任を結果で払って貰おうって訳だ。戦かう場所も敵の強さも、軍との調整も含めて難しい仕事になるだろう。その討伐だが来月から2か月間を予定している」
将軍と話がついているのなら問題ない。
アリアを一人で行かせるのが少し不安だが。
騎士や冒険者に喧嘩吹っ掛けなきゃいいけど。
でも、ここはアリアにしっかり稼いできてもらおうか。
と、アリアを見ると菓子が口の前で止まっている。
「え?ってことは?・・私、来月からボトムスヘブンとダンジョンに潜る予定なんだけど」
「あぁ、彼らにも召集が掛かる。こっちを優先にしてもらう」
「え~、稼ぎたかったのに・・」
「心配するな。アリアは本来ランクBだが今回は特別にX扱いだ。ダンジョンで稼ぐよりは余程良い報酬になるぞ」
「そう。ま、それならいいわ」
そう言うと菓子を口に放り込んだ。
相手はオーガだというのにアリアは随分と軽く請け負っていた。
そんな高額報酬なら俺達も参加したいと思ったけど、「お前達は学院を優先したいんだろ?」と返されてしまった。
ジャックルベインに、「ギルドより騎士団や学院を優先する」と言ったことの嫌味だろうか?
本部を出て、夕暮れの街を屋敷へ向かう。
「キース何か落ち込んでる?」
屋敷への帰り道、隣を歩くリファが気に掛けてくれた。
「若干。強くなったつもりでも、上には上がいるって思い知らされたよ。そう言えば、セリカに剣が合ってないって言われた。父様の剣、そろそろ新調しないとダメなのかもな」
5歳の誕生日の贈り物だ。さすがに12歳の今は短い気がしてきた。
もし父様が生きていたら10歳の誕生日に新しい剣をもらっていた筈だ。
父様の短剣を封印するのは寂しい限りだけど、今度武器屋で探してみようか。
翌日、アリアは一人で新魔法を開発したいと人気のない草原へ出かけて行った。
俺とリファは実戦で闘ってみたかったからギルドの依頼を受けるべく北へ飛んだ。
俺達は並んで魔境傍のセレントの街まですっ飛んで行く。
セレントギルドではロックルロックの素材採取を選んだ。
リファは鍛錬だから依頼を受けないという。
今回はリファと別行動だ。
リファはワイバーン相手に空中戦を鍛え、ついでに薬草の採集をするという。
俺はロックルロックを相手に延々と近接戦闘を鍛えるつもりだ。
ロックルロックはとにかく固い。
そして図体に似合わない速い回転と破壊力、それに不規則な跳ね返りが厄介だ。
俺は覚えたての闘気を広げてロックルロックの生息域に降り立った。
まずは全身強化の一撃を入れる。
「さぁ、来い!」
戦闘開始だ。
ゴロゴロ向かってくるロックルロックを躱しつつ拳をぶつける。
狙いは内部破壊だ。
拳に集めた魔力を、対象物の内部に押しこんで回転させると内部破壊を引き起こせる。
ただ、今のところ動かない岩でしか成功していない。
それを素早く動きながら戦闘中でも使えるようにしたいのだ。
きっと魔人族との闘いの中で有効な武器になると俺は確信している。
この鍛錬にはロックルロックはうって付けの相手だった。
余裕を持って躱せたのは最初だけだった。
周囲全てのロックルロックが動き始めると、息つく暇もなく連続して迫ってきた。
こっちから攻撃なんてもっての外だ。
避けるだけで精いっぱい。攻撃に意識を移した途端に轢かれて潰されてしまうと容易に想像できた。
体力的にもきついし、足場もどんどん悪くなる。
今回は一人だから援護も入らない。
何より精神的に余裕がない。
さすがに無謀だったか?
隙を見て拳を叩きつけても表面を砕くだけで内部まで力が届かない。
息を切らせて闘気と身体強化の維持に集中した。
昨日、セリカに直感を鍛えられてなければヤバかったという場面が何度も訪れる。
でも、良い鍛錬になった。
命懸けという時点で集中力が格段に増している。
それに、前回よりは動けているという自覚があった。
それだけを救いに俺は巨岩を躱し続けた。
5時間みっちり鍛錬を続けて体力的にヤバくなったところで、わずかな隙をついてリーフボードを取り出して上空へ逃れた。
未だぶつかり合っている巨岩を避けて端の方で素材を回収して俺はセレントギルドへ戻った。
リファとそこで落ち合う約束をしているからだ。
一方、リファーヌは一人ワイバーンの営巣地に突っ込んでいった。
数十匹と押し寄せるワイバーンをたった一人で相手にする。
倒さなくてもいい。
自在に飛び回って翻弄して、群れから生きて逃げ切る。そう言う鍛錬だ。
これは飛行タイプの魔人族を想定した鍛錬だった。
戦闘部族の魔人族がどれ程の実力かは分からない。
だから最大限に見積もって鍛錬する必要があるとリファーヌは考えた。
でもそれは一歩間違えば喰われてもおかしくない危険な鍛錬だ。
だからキースには詳細を言わずに別行動をとっている。
「さすがにちょっと無謀だったかなぁ」
いざ囲まれると5メトルの巨体が飛び交う様は悪い意味で圧巻だった。
無数にワイバーンの舞い踊る空の上、リファーヌは一人青ざめていた。
全方位から体当たり、爪や嘴の噛みつきに加えて暴風に火球も飛んでくる。
抜けようとした空間を巨体が突然遮り急旋回で方向を変えてまた追いかけ回された。
さすがに無謀が過ぎたと思っていたけど、営巣地から徐々に離れると襲って来る個体数が一気に減った。
これならちょうど数的に加減がいい。
リファーヌは営巣地に近づいては離れて、ちょうど手頃な数を吊り出して鍛錬を続けた。
さすがに長時間集中力が続く筈もなく、ほどほどで営巣地を離れて薬草採取に取り掛かかることにした。
一方アリアは、王都郊外の草原で新たな技の習得に励んでいる。
昨日のシューレイの燐光の魔法は凄かった。
その局面を思い出しながら、確実に相手に届かせる攻撃を考えていた。
「数の暴力は脅威だった・・」
ヒントは数。
圧倒的に手数を増やす方向で、アリアは新しい魔法を形にすべく試行錯誤を始めることにした。
夜、屋敷で夕食を摂って俺とリファは学院に戻った。
翌朝、歴史担当の先生が珍しく連絡事項を伝えてきた。
本来なら、担当教師のハーニッシュから聞くべきなのだが。
「えー来週から時間割が変わります」とのことだ。
来週から4月になる。
「特級クラスでは魔法理論の授業は終わり、魔術理論、魔物学、薬毒草学、野営概論、基礎研究の授業に変わります。それに伴ってこの王国史と王国地理はおそらく野営概論の時間に教えることになるでしょう。君達に今更野営について教えることがあるとは思えないのでね」
説明では、行軍に必要な知識を野営概論の授業の中で教えるようだ。
基礎研究とは自分の好きな魔法や魔術を磨く、識る、探求する等何でもいいらしい。
ただし、成果を発表するレポートなり実演を行う必要があるのだとか。
既存魔法陣の改良、魔力量を増やす、魔道具を作る等、魔法魔術に関係していれば何でもいい。
大概は中級魔法を覚えるとか、魔法の威力を上げて終える者が殆どなのだそうだ。
で、俺とリファはその研究で空飛ぶ乗り物を作りたいと思っている。
作れないまでもせめて何らかの発想のヒントを得たいと思っている。
とまぁ、そんな説明を受けて、退屈な授業を受けると昼になった。
いつも通りチームに囲まれた昼食時、向かいに座る王女が珍しく不満そうな顔をしている。
何か嫌な事でもあったのかな?
こっちをチラチラ見ては話しかけて欲しそうな顔をしている。
「何かありましたか?私で良ければお話くらいは聞きますが」
「特に何もありません。無いから不満なのです。キース、何か忘れてはいませんか?」
「はい?何のことでしょう」
リファと目が合ったけど、リファも首を傾げている。
俺はまったく心当たりがない。
「あなたはわたくしのお友達ではなくって?であれば何か忘れている筈です。思い当ることがある筈です」
理解を示さない俺に少し眉根を寄せて不機嫌そうに言う。
「そう言われましても・・なぁリファ?」
「うーん、なんだろう。私も分かんない。はっきり仰ってもらえると助かるのだけど」
「王族のわたくしから言えばそれは命令となってしまいます。ここはキース、あなたが察してわたくしの望みを叶えるほかありません」
・・・・・
何のこっちゃ???
リリアティナの望みを察して叶えろと?
だけど、彼女が何を望んでいるか察せられるほど俺達は仲が言い訳ではない。
なんの冗談だ?
と考えているとリリアティナの表情がどんどん曇って来る。
その場にいる一同が黙り空気が重くなってしまった。
俺は助けを求めてチームメンバーの顔を見た。
ウィスカルとナタリーゼは小さく首を振った。
デューイは分かってるような顔をしている。なら教えろよと目で訴えてやった。
「リリアティナ。今のキースに貴族の思考を求めるのは酷というものです。宜しければ私から彼に助言をしたいのですが宜しいですか?」
「・・・友人であれば当然理解が及ぶところと思うのですが。まぁ、致し方ありませんね」
その一言で俺はピンときた。
「あ、もしかして今日はリリアティナのお誕生日でしたか?おめでとうございます」
「ぜんっぜん違います!その日が来たらわたくしから友人としてあなた方に招待状を差し上げます」
不満、不機嫌ときてついに怒らせてしまったようだ。
デューイがヤレヤレと言った風に頭を振る。
ナタリーゼは、あぁ!と察しがついたようで他にもそんな素振りを見せる者たちがいた。
「キース、君の察しの悪さには呆れてしまうよ。今のリリアティナの言葉の中に大きなヒントがあったのだがまだ分からないかい?」
「さっぱり」
頭に疑問符が浮かぶ。本当に分からない。
そんな俺の様子にリリアティナの頬が膨れた。
リファは戸惑った顔をしている。
「いいかい、君は陛下より王都に屋敷を賜ったのだろう?しかも騎士爵も綬爵した。ならば、なぜ祝宴を開かないのだ?こうゆう場合貴族であれば、その主は親しき者を招いて祝うものだ。君はクリフロード家の当主なのだろう。君が貴族社会に疎いことは知っている。だが、それでもやることをやらねば誹りを受けることになる。気を付けると良い」
デユーイの言葉に、それまで分かっていなかった顔をしていた者たちも納得の色を浮かべた。
「いえ、祝宴など大層なものを期待しているわけではありません。わたくしはただその・・友人ならばお屋敷に招いていただけるものとばかり・・」
リリアティナは王族がおねだりしている構図に気付いたのか、顔を赤らめ俯いてしまった。
リリアティナの真っ赤になって恥じらう姿はそれはまた何とも麗しい。
リファとはまた違った可愛らしさがある。
そんな王女に同席の殿方諸君が見惚れている。
ゴホン
ナタリーゼがこれ見よがし的な咳ばらいをすると、デューイが再起動した。
「おっと。それでキース、パーティーとは言わずとも茶会程度でも構わん。我々学友を屋敷に招くぐらいはあってしかるべきと思うのだが?君の栄達を我らも祝ってやるぞ」
随分と上からの物言いだが、招かれたいという気持ちが透けて見えて少し嬉しかった。
それでも、今回ばかりは恥を忍んで断るしかないのだが。
俺はデューイを、それからリリアティナに視線を向けた。
「そういう事でしたか。知らぬとはいえ失礼しました。ですが、当家はまだ使用人が少なく特に騎士がいないのです。今お招きをしても何かの事態が起こればお守りできません。騎士爵を受けたばかりの私に仕えてくれる騎士などいませんから。ですから屋敷に高位の方を招くことはできないのです」
「なるほど。そうした理由があったのですね。分かりました。では別の手を考えましょう」
リリアティナの最後の言葉の意味が分からないけど、納得はしてくれたみたいだ。
「確かにそれは無理があるな。いや、事情も知らず我儘を言った。貴族社会に疎い云々の発言は撤回する。キース、すまなかった」
デューイには何故か謝られた。
そうした一幕のあった二日後。
学院へシュベールから連絡が入った。
今週末、光の日にディグリーム将軍が屋敷を訪れると。
将軍の来訪はオーガ集落討伐の件だろうか。
軍本部に呼びだしてくれれば出向くのに、と思いつつ予定を頭に入れておいた。
将軍来訪予定当日。
屋敷内は朝からソワソワとして落ち着きがない。
何しろあの強面の将軍が来るのだ。
シュベールは表情がいつもより固い位だけど、マームとミゼッタはガチガチになっていた。
ベンジャムは朝からぐつぐつとスープを煮込んでいる。
何故なら、わざわざ将軍は供を連れて昼前に来るという話になっているからだ。
これは昼食に赤毛蟹と白エビを堪能したいに違いないと推測ができた。
俺達もよそ行きの服に着替えて将軍の到着を待った。
初めて屋敷の主として賓客を迎える。
たったそれだけのことなのに正装までして気を遣う煩わしさに頭を抱えた。
お貴族様ってめんどくせぇ。俺まだ騎士爵だけど。
そして昼時、四頭立ての豪華な馬車と騎馬護衛が4人もやって来た。
エントランスに横付けされた馬車から出てきたのは何故かリリアティナ王女殿下。
続いてディグリーム将軍が降りてきた。
は?と固まる俺に着飾ったリリアティナが澄ました顔で言いのけた。
「とてもいい雰囲気のお屋敷ですね。本日はお招き頂き感謝いたしますわ」だって。
「まね・・、いえ、王女殿下にわざわざご訪問いただき当家にとって何よりの栄誉にございます」
「招いてねーよ!」と素で言いそうになった。
背後で使用人たちの息をのむ気配がした。
「ハハハ。リリアティナ様がどうしても訪ねたいから何とかしろと言われてな。許せ」
ガイゼル髭の将軍がニヤニヤして言う。
絶対俺達が驚き慌てる姿を見て楽しんでる。
「将軍、おふざけが過ぎますよ。ですが、お待ちしておりました。どうぞ中へ」
見れば、侍女二人が控えている。うち一人はあのクレアだった。
「クレアは侍女役だ。もてなさなくていいからな」
サラッと言われてクレアの眉が若干下がったのを俺は見逃さなかった。
豪勢とは言わないけど、美味いと話題の料理を見てるだけとは可哀想に。
クレアには何かの罰ゲームだろうか?
まず応接室へ、そこで茶を出す。
「ところで将軍、今日はどのようなご用件でしたか?」
「言ったろ。王女に付き合わされたんだ」
王女の背後で、リリアティナの侍女がお茶の毒見をしている。
マームが本来のサーブ役なのだが、今日は王女に対してその侍女がすべてやるらしい。
万一震えて零してしまえば、当家の大失態だ。
そこはリリアティナの配慮に感謝した。
「まぁ、俺は後見人であるからな、屋敷を賜ったのだから様子を見に来た。仕事の話もあるし、リリアティナ様の件はそのついでだ」
そのリリアティナは将軍の話にニコニコして頷いた。
「で、リリアティナ様はどのようなご用件でしたか?」
「あら、わたくしはキースのお屋敷を一度訪ねてみたかっただけですわ」
お友達ですから当然ですという顔だ。
そうこうしている内に昼食のテーブルが整ったことをシュベールが伝えに来た。
俺、リファ、アリア。向かいにリリアティナ、将軍と座った。
そこに蟹サラダ、蟹スープ、パン、蒸しエビ、エビグラタンと続いて珍しいデザートで締める予定でいる。
肉がないのもどうかと思うけど、昼食だし、エビと蟹を食べに来たのだろうから良いんじゃないか?という事になっている。
昨日試食した感じ、素材がいいからどれも美味かった。
自信を持って振舞えるメニューだ。
将軍への給仕をするクレアは淡々としているが、内心は悔しがっているだろうな、と考えてしまう。
そんなことを考えていると早速「美味いな」と将軍の呟きが聞こえた。
「ところで、キース。お前に私から贈り物がある。馬車を曳いていた軍馬を2頭贈る。騎士となったからには良い馬を持たねばならん。後見人としてその位の事はしてやらねばな。若いが私が選んだ実に良い馬だ。大事にしてくれ」
「わたくしからはリファーヌとアリアのお二人に上質な姿見を持ってまいりました。キースだけが祝いの品を貰うのは不公平ですものね」
とリリアティナがふわりと微笑む。
「それはありがとうございます。祝宴も催さずに不義理をして申し訳ありません」
「いや、お前は未成年だ。不義理とまで言えないから気にするな。だが、子供のお前が屋敷を持ったことを妬む輩もいるかもしれん。気をつけなさい」
爵位を継げなかった子息達の中には、上位貴族の出であったとしても広い屋敷を構えることができない者もいる。だから妬む者や嫌がらせしてくる者もいるかもしれないと説明された。
貴族とは見栄を張る分、妬み嫉みを抱え込むと厄介な相手になるらしい。
こういう話を聞くと、俺達の後見人が将軍で良かったと心底思えた。
それから話が変わって、オーガ集落討伐の話となった。
ギルド本部長から聞いていた内容でアリアの貸し出しを改めて依頼された。
軍とギルドの連絡役だ。互いの方針が違えば調整役もしなければならない。
アリアはきっと大変だと思う。切れなきゃいいけど・・と俺は不安になってしまった。
食事も終わり、ティータイムとなった。
デザートに魔境奥で見つけた変わった果物を出してみた。
竜眼で診るとピースフィズという。薄桃色の甘い果肉でとても瑞々しい。
それがとても美味しいのだ。
案の定、一口食べたリリアティナが瞳を大きく開いて驚いていた。
そこで人払いがされ、クレアも王女付きの侍女も部屋を出て行く。
彼女達や護衛騎士、御者の方々にはその間に食事を提供することにした。
このままではクレアが可哀想だから。以前お世話になったからちょっとした恩返しだ。
さて、人払いをしてまで何を話すのかと思いきや、リファの作るポーションや傷薬を軍が購入したいという話だった。
「ポーション類は特定の貴族家達から仕入れている。しかし効果が薄いというより粗悪品と言える代物なのだ。大量に作らせているから仕方ないともいえるが、兵の命に関わる。オーガ討伐ともなれば少しでも質の高いポーションが欲しい。リファーヌ、頼まれてくれるか」
「えっと、数はどれほどですか?」
「1万でも2万でも。と言っても無理も言えんから百でも2百でもいい。値段は低級の体力回復ポーションで銀貨1枚、治癒ポーションが銀貨3枚、魔力回復は銀貨5枚だ。中級ならばその3倍出す」
「えっと、高くないですか?その半額でも貰い過ぎです」
リファがあまりな額に戸惑って俺を見た。
俺だってどうしていいか分かんない。
リリアティナの表情を伺えばピースフィズを堪能していて話なんて聞いてなさそうだった。
「いや、これは現在の仕入れ値だ。王国軍は低品質の量産品にこの額で払っている。しかしだ、リファーヌのポーションは高品質と聞いている。一人でも多く兵が助かり復帰できるのであればこんな安い買い物はない。だから、討伐までに時間はないができるだけたくさん作って欲しい」
将軍は真剣な目でリファを見た。
そんなリファに断ることはできない。
「分かりました。頑張ります」
「納品は毎週末。光の日の日没後、私の屋敷に持って来て欲しい。キャスタークという執事に話を通しておく。この件は他の者には知らせない。知られれば面倒なことになるからあくまで極秘の取引だ。言っておくがギルドに売るなよ。市場で安く売る薬師はこれまで何人もいたが、たいがいその店は潰されている。店主が行方不明なんてことは数えきれない。やったのは既得権益を守りたい貴族だと分かってはいるが証拠がない。とにかくお前達も目をつけられないようにしなさい」
面倒事は勘弁だから俺とリファは大きく頷いた。
話し合いの後、もらった軍馬を見に行った。
3歳馬でまだ少し小さいが人を乗せるには十分だ。
雄と雌で2頭とも栗毛で顔つきがいい。
何より澄んだ黒い瞳がとてもかわいい。
馬の顔の良し悪しは知らないけど、こいつらはイケメンとべっぴんさんな気がする。
普段は学院があるため俺は面倒を見れないから、フォスターに調練を任せることにした。
軍の馬場を使っても良いと言われたけど、本格的にうちは兵が足りない。
騎士でなくとも普通の警備兵でもいいから雇わないと、門番兵ですら不在になってしまう。
まだ馬を買ってなかったし、そうした不都合も全く考えていなかった。
ひとまず、夜は門を閉ざして昼のみ門兵を置くか、イザムにも調練を手伝ってもらうしかないか。
さて困ったぞという事態になってしまった。
リリアティナの姿見は、銀製の複雑な模様を彫り込んだ楕円形の大鏡だった。
彫り物が違う2つの姿見をリファとアリアが嬉しそうに受け取っていた。
こうして、将軍と王女の来訪は無事終了したわけだが、家人から、特にマーム母娘から苦情を言われてしまった。
「どうして事前に王女様がいらっしゃると教えてくださらなかったのですか。死ぬほど緊張したではありませんか」
「いや、そう言われても俺も知らなかったんだ。吃驚させて済まなかった」
と謝っても、ミゼッタは潤んで赤くなった目で俺を非難する。
緊張がほぐれて泣き出してしまったのだ。
「ごめんな」と謝って、ピースフィズを丸々1ヶで許してもらうことになった。
翌日からは早速リファがポーション作りに取り掛かった。
俺とアリアは残りの2日間、魔境へ薬草を取りに出かけている内に月末の4連休は終わってしまった。




