ミルケ隊 1
そこは、バルバドール王国北部 ドリス伯爵領。
キースの故郷ジルべリア王国クリフロード領の南に広がるエルベス大魔境を抜けた先にあるのがこのバルバドール王国ドリス伯爵領である。
バルバドール王国はベルガディア大陸南部の最東端に位置する。
そのバルバドール王国では長年内戦が続いていた。
王国軍と反王国領主連合軍(反乱軍)が各地で戦を繰り広げ、多数の傭兵団がこの地に集結している。
キースを拾った一団はそんな反乱軍に雇われている傭兵団の一つであった。
名を“赤獅子傭兵団”という。
団長はドミーク・ザビオン.
“赤獅子”の異名を持つ男だ。30台中半の年で顔に大きな傷がある。大柄で筋骨隆々の体躯はまさに傭兵団の頭といった感じだ。
戦場では、一撃で敵兵の首を切り飛ばす。その吹きあがる返り血がもしゃもしゃの長い金髪を赤く染めた獅子のたてがみに似ていることから、”赤獅子“の異名が付いた。
数年前、通りすがりの街でひと目惚れした女を妻に娶り女の子が生まれた。
今も戦場を連れまわっている。
この傭兵団にはそうした女や子供が何人かいる。
男達が戦場へ出ている間、その家族や恋人は戦場から離れた安全な場所に幕舎を張り野営をしている。その一団を“ミルケ隊”と呼んでいた。団長の妻ミルケットが率いているからだ。
そのミルケ隊の幕舎の隅で僕は目覚めた。
頭がぼ-っとする。ものすごく喉が渇いている。水を飲みたい・・
いつものように世話焼きのカタリアの名を呼ぼうとしたら・・
「あ!やっと起きたね!あなたずっと眠ってたんだよ?」
突然、耳元で元気な女の子の声がした。
顔を向けるまでもなく女の子の顔が目の前に迫った。
金色の髪、大きな青い瞳。満面の笑顔。ただ近すぎてびっくりした。
(誰?)
あれ?声に出そうとしたけど掠れて自分でも聞き取れない。
自分の置かれている状況が呑み込めない。何があったけ?
ここがどこかと視線を彷徨わせたいけど女の子の顔が邪魔で全く見えない・・
「気分はどう?あなたはどこの誰でどこから来たの?何か覚えてる?」
矢継ぎ早に問いかけられるがそれどころじゃない。
(・・みず!)
もう一度声に出して訴えたけど声にならなかった。
口をパクパクするしかできない僕を女の子はじっと見ている。
何か考えるように首を傾げて、
「ちょっと待ってね。ママ呼んでくる!」
と勢いよく立ち上がって走り去ってしまった。
漸く視界が開けたところで、周りを見渡すことができた。部屋の中央に木柱が立っている。その向こう側に出入り口があって外の景色が見えている。
テントの中?
どうやら僕はテントの奥に寝かされているようだ。
周りに木箱がいくつか置いてある。他には巻かれた敷布?かな、毛布が包って置いてある。それが二つ。それしかない。3人も寝たら窮屈な程狭い。
どこだ此処?
(でも今はそんな事より水!)
立ち上がろうとしてバランスが取れなくて転んでしまった。
もう一度立とうとしたら尻餅をついた。
あれ!?
身体に力が入らない!!立ち上がれない!!
仕方なく這って行こうとしたところで入口に人影が差した。
「やっと目を覚ましたかい。あんたずいぶん長いこと寝てたねぇ。どうだい体の具合は?」
見ると先ほどの女の子と母親らしき女性が立っていた。
「私はミルケット。この子はリファーヌ。そんでここは赤獅子傭兵団のねぐらだよ。10日くらい前にあんたを川で拾って介抱してやった。背中と足首の傷は治しといたよ。ま、傷跡は残っちまったが勲章と思っときゃいいさ。他に痛むところはないかい?」
ミルケットはすごくさばさばした口調でポンポンしゃべる人だった。
すぐに水袋を差しだされ、飲むときは背中を支えて介添してくれた。それでも咽ぶと背中をバシンと叩かれた。
「あんた良いとこの坊ちゃんなんだろ。良いかい、慌てずにゆっくり飲むんだよ」
手荒いが口調は優しかった。
その間にリファーヌがスープを持ってきてくれた。
ミルケットが口まで運んでくれて、リファーヌはじっと僕を見ていた。ちょっと照れ臭かったし居心地も悪かったけどスープはとても美味しかった。
人心地着いたところでお互い聞きたいことが山ほどある。
待ちかねたようにリファーヌが質問してきた。
「それであなたはだぁれ?どこから来たの?」
「えっと、僕はキース・ロブ・クリフロードです。その、助けてくれてありがとう。それであの・・ここはどこですか」
喉が潤ったからかちゃんと声が出るようになった。
ついでに川で溺れかけたところまでの記憶も思い出した。
「ここはバルバドール王国のドリス領ってところよ。私らはここらで活動している傭兵団さ。あんたどっかの貴族の子だろ?クリフロード家って聞いたことがないけど多分ジルべリア王国の貴族だろう。違うかい?」
ジルべリア王国の名は知っている。大陸北部の巨大な王国だ。しかし自分がその国の貴族の子なのかは知らない。だから素直に答えた。
「ジルべリア王国の貴族かどうかは知りません。けれどお爺様は領主です」
「ふーん。やっぱりジルべリアから流されてきたんだね。キース、あんたにいったい何があったのか聞いてもいいかい?」
僕は魔物が押し寄せてきたところから川に落ちるまでの出来事を話した。
途中、寂しくなって泣きそうになったけど何とか堪えて話を終えることができた。
「そうかい・・かわいそうに。こんな小さいのによく頑張ったよ。それにスタンピードなんて起こった日にゃ大勢死んだんだろうね。でも、キース、あんたは生きてる。あの魔境を流れる大河川から流されて生きているってすごいことだよ。生きてりゃはぐれた家族にもまた会えるさ。だから辛くても頑張って生きるんだよ」
そう言ってミルケットは優しく抱きしめてくれた。
お母様よりも若いし、容姿も匂いも違うけど、なぜかお母様に抱きしめられている様で、それから涙が止まらなくなってしまった。
本当は泣くつもりはなかった。森の中でどんなに怖くても寂しくても泣かないように我慢していたのだ。一度泣いてしまったらもう止まらないことが分かっていたし、弱気になってしまうと思ったからだ。
でも、ミルケットの声が優しくて、ぬくもりが温かくて我慢できなかった。
必死に声を押し殺していると、リファーヌもおずおずと腕を伸ばしてきて一緒に抱きしめてくれた。
「いっぱい泣きな。我慢しなくてもいいんだよ。今はいっぱい泣いてさっぱりしたら、あとは前を向いて頑張って生きるだけさ。そうすりゃきっと良いことがある。そう信じて途中で諦めるんじゃないよ」
諭すようなミルケットの言葉はとてもやさしい涙声だった。
そこはミルケット親子の幕舎だった。
その幕舎を出られるようになるまで三日掛かった。
リファーヌがずっとそばにいて話し相手をしてくれた。食事もリファーヌが食べさせてくれた。
「はい、あーんして」を毎回されると赤ん坊扱いされている様で嫌だったのだが、自分で食べると伝えてもリファーヌが許してくれなかったのだ。
その日の食事の後、一番気になっていることをミルケットに聞いた
「僕はどうやったら帰れるの?」と。
長い沈黙がミルケットの答えだったのだと思う。
沈黙の間ミルケットの表情は苦痛に歪んでたから。
でもはっきりとしたことを聞きたかった僕は何度も聞いた。
そしてミルケットはやっと言いづらそうに答えてくれた。
「あんたの故郷はもう無いかもしれない。今頃は魔物が溢れて人の住めない土地になっている筈だ。でも国には帰れる。いつの日か生きてさえいれば。でもね、ここからジルべリアまでは遠すぎるよ。この国の北側はエルベス大魔境だからね。その大魔境を超えた先がジルべリア王国だよ。でも大魔境はずっと西の国まで続いてる。それに魔境の中央にエルベス山脈が横たわっている。人では魔境も山脈も超えることはできないんだよ。だから北には向かえない。ここは大陸の一番東の端にある国なんだ。帰るには何か月も旅をして大陸の西の端の国まで行って、そこから北へ抜ける街道を通ってやっとジルべリア王国に辿り着けるのさ。帰る道は確かにある。でも今のあんたは小さくてとても長旅には耐えられない。いつか大きくなったらお金を稼いで、それでも帰りたいと思ったら帰るといい。今すぐに帰るというのは無しだよ。諦めるしかないのさ」
ミルケットの説明で状況が分かった。大陸の地図を見た事があるから知っている。
エルベス大魔境には恐ろしい魔物が生息しているらしい。
大魔境を通って帰る選択肢は消えた。
ミルケットの言うように西から回り込む方法しかなさそうだ。
(僕はいつ故郷に帰れるのだろう・・)
ミルケットの説明が終わると重たい沈黙が場を占めた。
「教えてくれてありがとう」
やっと一言お礼を言うとまた重たい沈黙が訪れた。
その沈黙をリファーヌの元気な声が引き裂いた。
「キース!私がキースのお姉ちゃんになってあげる。だって私はキースよりお姉ちゃんだからキースのお世話したり守ったりしてあげる。それでキースが大きくなったら一緒にキースのおうちまで連れて行ってあげるわ!だから元気出してね!」
突拍子もない宣言だったがそれで重たかった空気が霧散した。
ミルケットは微笑ましい目でリファーヌを見ている。
僕も思わず笑ってしまった。
いつもカタリアにお世話をしてもらっていたからありがたいとは思うけど、何か納得できない。リファーヌは僕よりお姉ちゃんなのだろうか?
う~ん?と悩んだけど張り切っているリファーヌを見ていると無碍にもできず、あいまいに頷いておいた。




