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商会と会談

「キース、君ってあの風の旅団のリーダーって本当?トーキン商会のパーカスって先輩から聞いたんだ」

 寮部屋に戻った俺にアレクセルが咎める視線で尋ねてきた。

「あぁ。でもここではただの学院生だから黙ってた。変な気を使わないでくれよ」

 アレクセルは元々神経質そうな奴だけど、今日は尖がり具合に磨きがかかっている気がした。

 ピリピリしている。というか怒ってんのか?俺、何かしたっけ?

 アレクセルはじっと俺を睨みつけている。

「隠していたわけじゃないんだ。いや、敢えて言わなかったけど悪かったよ」

「それは隠していたって言うんだ」

 もう一人の同室のフォルタスに突っ込まれた。

「う、悪かったよ。で、何かあったのか?」

 アレクセルは、無言のまま拳を握って歯を食いしばっている。

 暫くして、「キース、君に頼みがある。俺の実家を救って欲しい。君にしかできないんだ」と声を絞り出すように言った。


 アレクセルの実家はあすなろ工房という中堅規模の商会を経営しているのだという。

 昨年、王都に大きな工房を新築した際に中々の額の借金をしたらしい。

 その資金を融資した金融商会が、今回アトーク金融商会なるところにあすなろ工房の債権を譲った。

 そして、そのアトーク商会が即時借金返済を要求してきたのだとか。

 当然だが借金には年利と返済期限を記した契約がある。

 しかし、アトーク商会は契約書の些細なミスを理由に契約無効を主張し、全額一括返済を求めてきたというものだった。

 対応できなければ、工房をアトーク商会に奪われてしまう。


 ただし、一つだけ一括返済を免れる方法が提示されたのだそうだ。

 それは、風の旅団が採集する2つの食材をトーキン商会へ独占的に卸させること。

 それをあすなろ工房が仲介すれば元通りの契約に戻すという話だった。

 その話を先日の休みに父親から打ち明けられたのだとアレクセルは言った。

 そのトーキン商会の子息は、以前絡んできたブリオン大商会の取り巻きの一人なのだという。

 アトークもトーキンもブリオン大商会の傘下なのだ。

 要はブリオン大商会が再び俺達に粉をかけてきたのだと理解した。


「キース。君にとってはただの迷惑な話でしかないことは分かってる。でも、君が受けてくれなければうちは倒産してしまう。頼む!この通りだ!助けてくれ!」

 俺の前で膝を付き縋る様にしてアレクセルが懇願している。

 でも、それは聞けない話だ。


「ごめん、無理だ」

「何でだよ!ギルドに卸すかトーキン商会に卸すかの違いでしかないだろ!向こうはギルドより高値で買うと言ってるんだ!頼む!この通りだ!」

「それでも無理なんだ。俺たちは貴族や商会に取り込まれることは許されていない。王令に違反するんだ。それをしたらアレクセルの家もトーキン商会もそのアトークとかいう金貸しも皆罰せられるぞ」

「だから、ばれない様にうまくやるって向こうは言ってるんだ」

「ばれるさ。俺が言うから」

「キース!」

 アレクセルは俺を殴ろうとした。そして思いとどまった。

 フォルタスは何か言いたげにしているけど口を挟んでこない。


「話し合いの場を設けてくれれば俺からきちんと説明するよ。ただし、俺がその話を受けることはない」

 冷たい様だけど、致し方ない。

 俺は自室へと向かいドアを閉めた。

「何でだよっー!」

 背後からアレクセルの叫ぶ声が聞こえた。


 その頃リファーヌは。

「前にも話したけど、私の好きな人って幼馴染なの。小さい頃からずっと一緒だったから兄妹みたいな感じでいたんだけど、最近急に大人っぽくなって、すごく男らしくなって、容姿も素敵になってきて・・あ、幼い頃から私を庇ってくれてね、とても頼りがいがある人なの」

 同室のコゼッタの恋愛相談を聞いていた。


 以前同室の子と何を話していいのか分からないと悩んでいたことが嘘のようだ。

 何しろ、コゼッタとは毎晩恋バナで盛り上がっている。

 コゼッタの話は、何やら自分とキースの話を聞いてるようで、リファーヌは最大限の興味を持って真剣に聞いていた。

 コゼッタは服飾商会の娘で、黒目に明るいブラウン色の髪をした可愛い子だ。

 服飾店の娘だけあってお洒落好きなどこにでもいる感じの女の子だった。

 最近、コゼッタの影響もあってリファーヌもほんの少しお洒落に興味を持ち始めていた。

 そのコゼッタから今日は相談があると言われて話を聞いていた。


「それでね、最近すごく意識するようになっちゃって、会うたびにドキドキしちゃって、私、顔が赤くなってないかってすごく心配になるの」

「ふんふん。それでそれで?」

「それでね、好きな人と一緒にいても顔の赤くならないお薬ってないかしら?」

「うーん、それはさすがにないかな」

 でもまてよ・・とリファーヌは思った。

 最近キースも顔が赤くなることが多いし、さっきも赤くなってたし私の事意識してるのかな。

 だったらすごく嬉しいしいな、と思った。

「そっか。そんな夢みたいなお薬はさすがにないよね。ただね、学院に入ったら周りの女の子たちがとても騒いでるの。私よりも家が裕福で可愛い子達がよ。私のフィルが取られちゃいそうで気が気じゃないの。ねぇ、リファーヌちゃん、私どうしたらいい?虫除け薬みたいに女の子を寄せ付けないお薬ってないかしら」

「うーんそれも無いかな。それにあったとしてもコゼッタちゃんも近寄れなくなっちゃうよ?」

「あ!そっか。そうだよね・・でも何とかならないかしら。私、フィルを取られたくないの」


 コゼッタと他愛もない恋の話で盛り上がるのが最近のリファーヌの密かな楽しみだった。

 というか、キースの周りにも美しいご令嬢は多い。

 皆着飾って、細部にまでお洒落に気を遣う上級貴族のご令嬢様方だ。

 コゼッタの悩みは他人事ではないぞと思えてきた。

 リファーヌの脳裏には柔らかく微笑むリリアティナが浮かんだ。

 恋愛の自由はないとか言っていたけど、キースがリリアティナを好きになってしまうかもしれない。

 だからコゼッタと真剣に考える。

 どうしたら周りの女の子に気を向かせないで、自分だけを見てもらえるのかと。


「自分だけが美しくなる魔法ってないのかしら」

 コゼッタは夢見がちな笑みを浮かべながらとんでもない無茶を言う。

 でも、リファーヌは一緒になって真剣に考えた。

 キースを誰かに奪われたくないのだ。

 何かいい方法はないの?

 今夜もそんな話で夜は更けてゆく。



 祝賀会から一週間が過ぎた。

 週末、俺達はギルドの依頼を二日間こなしつつ、アリアとここ最近の互いの情報を交換し合った。

 アリアは最近ボトムスヘブンとダンジョンへ潜っていることが多い。

 そうでない時は新技の開発をしたり、単独で西の魔境で依頼を行ったりしているようだ。


 三人で街中を歩いていると、掲示板に王国危機に関する情報が流されていた。

 魔人族の侵攻に関する情報とオーガの大規模集落に関する情報に関してだった。

 掲示板の前に人だかりができ、ざわついている。

 大勢の民衆が不安そうな顔で掲示板を見上げていた。


 思わず三人で顔を見合わせた。

「この情報をもう王国民に流したんだ。世間には秘匿するものと思ってた」

「いつ襲撃されるか分からないし早めに情報を流したんじゃない?でも王国軍の迎撃準備はまだ整っていないんじゃないかしら?」

「王国軍はともかく、俺達も準備が足りない。もっと強くならないと・・今度またギルド本部へ行こう。アリアも鍛えてもらうと良いよ。絶対に得るものあるから」

「そうね。強者相手に対人戦闘は必要かも。来週あたり行きましょうか」

「来週はダメだよ。王都屋敷の引越しがある。再来週にしよ」

「そうだったわね。そうするとジャンゴ亭も後一週間か・・ちょっと名残惜しいわね。子猫ちゃんたちと離れ離れになるなんて・・寂しい」

 アリアのもっぱらの悩みは目前に迫ったジャム、シャル、シャロとの別居らしい。

 酷く落ち込んだ様子で口数が少なくなってしまった。

 引越しをしたら屋敷で猫を飼うことも考えておくべきかもしれない。


 連休明け初日。

 掲示板で発表された西方のオーガ大集落、それに魔人族侵攻のニュースが報じられたことで王都中が騒ぎになっていた。

 同時に学院でもその話題が沸騰している。


 俺とリファは朝から皆に取り囲まれて質問攻めにされて戸惑ってしまった。

 ジクターヌがリファに大失恋した際、リリアティナに俺達が風の旅団だとばらされてしまったからだ。

 知られて困る事でもないし別にいいのだが、こんな風に質問責めに合うとちょっと戸惑ってしまう。


 そこにデューイが少し申し訳なさそうな顔をして俺に話しかけてきた。

「貴族寮の中でも凄い話題になっていた。特に騎士院の連中が反応してるんだ。風の旅団のリーダーが“このままでは生き残れない、もっと強くなる必要がある”と言っていたと伝えたらキース、お前の実力を確かめる必要があると息まく連中がいた。俺の迂闊な発言のせいで少し迷惑を掛けそうだ」


 夕べのアレクセルの問題に続いてまた面倒なことになりそうだ。

 ハア、とため息をつく俺に、「だがこれはお前の言ったことだ。騎士院が絡んできそうなことは気の毒に思うが、俺は悪くない」と言いつつも、「だがすまん」と謝って来た。


 その日、早速騎士院の学生から呼び出し状が届いた。

 “授業が終わり次第騎士院闘技場へ来い”と。

 俺にとっては貴重な鍛錬の時間だ。

 それを邪魔されるのは困るけど、貴族連中を無視するわけにもいかない。

 俺とリファは嫌々騎士院へと出向いた。

 そこにリリアティナ始め、デューイ、ウィスカル、ナタリーゼ、と俺のチームメンバーにリファのチーム、更にジクターヌや他のクラスメートもついて来た。

「見世物じゃないんだけど」と言っても、俺では皆の野次馬根性を抑えられなかった。


「遅い!俺を待たせるとはどういうつもりだ!」

 いきなり怒鳴り声で出迎えられた。

「申し訳ありません。場所が遠かったので・・」と返答すると「言い訳するな!」と返って来た。

 正直ムッとした。


「リオナルド。そこは“呼び出しに応じたことに感謝する”ではありませんか?」

 リリアティナがすかさず口を挟んだ。

 怒鳴った男は如何にも騎士です!といういかつい大男だ。

 王女に名を知られているという事は、リオナルドは高位貴族なのだろう。

 王女の登場に少しびっくりしたあと、丁寧な口調に変わった。


「これはリリアティナ王女殿下。このような下賤な冒険者の肩を持たれるなど王族の沽券に関わりますのでおやめ下さい。何かと話題の風の旅団とやらの実力を私自ら確かめようと思いまして呼び出した次第。宜しければ私の雄姿をとくとご観戦ください」

 自信ありげにリオナルドは言ってのけた。

 その後ろには50人ほどの騎士見習いが居並んで俺を睨んでいる。


「あいつはリオナルド・ターナーだ。1年上の先輩で大公爵家だから失礼な物言いはするなよ」

 背後からデューイが囁いてきた。

 その間もリリアティナとリオナルドの言葉の応酬は続く。


「風の旅団は王国軍に多大な貢献を為し、今や騎士爵を授かっています。如何に家柄が良くともあなたはただの騎士見習いに過ぎません。そのあなたが彼らの実力を確かめようなど驕りが過ぎるのではありませんか?」

「ははは。これは随分と王女殿下はその冒険者に毒されておられる。私と立ち合えばその実力はすぐに知れましょう。宜しい。私が殿下の目を覚ませて進ぜます」

 そう言うと、リオナルドは剣を引き抜くと大喝した。

「これより先は言葉は無用!キースとやら、その実力が本物であるというのなら武をもって示せ!」

 格好よく決めたつもりなのだろう。どや顔で鼻の穴がでかくなっている。


 リリアティナは眉をしかめてリオナルドを睨んでいる。

 心中を察するなら“キーッ!”と聞こえてきそうだ。


「リオナルド様。ではお相手します。しかし、騎士見習いとの立ち合いはこれきりにしていただきたい。勝敗に関わらず二度とこのようなことで呼び出しなさいませんよう騎士見習いを代表してお約束いただけますか?」

「なんだと?随分生意気な物言いだな。我らと対戦することが煩わしいとでも言うのか!」

「はい。色々と忙しくしておりますので正直迷惑です」

「おい!馬鹿!止せ、キース!」

 背後でデューイが慌てている。

 加えて生意気だとか無礼だとか色々と外野からヤジが飛んできた。

 でも、これを機に何度も呼びだされたらたまったもんじゃない。

 ここはしっかりと約束をしてもらわねば。


「貴様ぁ・・蛮族の冒険者如きが!まぁいい。私に勝てたら約束してやる!」

 度量の大きさを周囲に見せつけるようにリオナルドは宣言をした。

「では、わたくしリリアティナが立会人をいたしましょう。キースが勝てば騎士見習いは以後、学年身分を問わずキース及びリファーヌの呼び出しを禁じます!それで良いですね?」

 二人が了承して闘技場の中央へ進み出た。


 リオナルドは大剣を携え、俺は手ぶらで向かいに立った。

「おい、獲物はどうした」

「必要ありません」

「貴様、舐めてるのか?」

「えぇ。あなた程度に剣も魔法も要りません。拳一つで十分です」


 チッっと大きな舌打ちで俺を睨みつける。

「勝敗は降参か戦闘不能になるまで。大怪我しても恨むなよ?」

 俺は頷いた。

「キース頑張ってー!」

 ピリピリした場に、リファのどこか間抜けな声援が飛んできた。

 思わず笑みを浮かべて手を振ってこたえると、リオナルドから再び舌打ちが聞こえてきた。

 余裕ぶっこきやがってとか思ってるんだろうな。


 審判は騎士院の学生が行うらしい。

「はじめ!」

 きびきびした開始の合図とともに、リオナルドが剣を振りかぶって突っ込んできた。

 ドッセーイと聞こえてきそうな重量感のある斬り込みだ。

 ただ、残念なことに俺にとってはすごく遅い。

 多分、これが同年代騎士見習いの標準的な全力なのだと思うけど、想像したよりも遥かにのろい。


 何振りかを余裕で躱して、これ見よがしにリオナルドの背後を取った。

 そして背中を片手でひと押しする。

 たたらを踏んで踏ん張るリオナルド。

 怒りに顔を紅潮させて再びの猛攻はボアの突進を思わせた。

 俺は甚振ってるわけではないけど、何度か躱して背後を取って背中の同じ場所を押す。

 その度にリオナルドがたたらを踏む。


 見るからにリオナルドは実力以上に自惚れている。

 俺は敢えて無手という屈辱的とも思える様な戦い方を選択した。

「その剣は私物ですか?それとも騎士院の数打ち品ですか?」

「くっ、騎士院の剣だ。それがどうした!」

 その言葉を聞いて、俺は素手でその大剣をへし折った。

 強化した拳を剣の腹に叩きつけただけで、簡単に折れてしまった。


 ・・・・・

 折れた剣を見つめるリオナルド。

 そしてシンと静まる闘技場。

 俺は一切魔法はを使っていない。体術だけだ。それでも圧倒できた。

 リオナルドが弱すぎた。

 俺は、ササっと懐にもぐりこんでリオナルドの鳩尾に一発放り込んだ。

 僅かな反応もみせず、リオナルドは膝から崩れ、意識を失った。


「し、勝者、キース!」

 ワーと歓声が魔術学院の生徒から上がった。

 リオナルドに駆け寄る騎士院生。

 すぐに意識は戻るはずだ。

「じゃあ、騎士院の皆さんは約束守ってくださいね!」

 俺は騎士院の面々に言い残してそそくさとその場を後にした。


「キース、言っては何ですが随分と相手を愚弄した戦い方でしたね。何か意図があったのですか?」

 リリアティナが小走りで追いすがって聞いてくる。

 そばにデューイもいる。

「彼らの倒すべき相手は私じゃなくて将来の王国の敵なんです。いずれ魔人族と戦う時が来ます。でも、今の時点で私は魔人族に勝てない。その私にさえ勝てない彼らでは自らも含め誰も守ることなどできません。もっともっと強くなる努力をして欲しいと思った故の手段でした。彼は少し奢った感じに見えたので、まだまだ全然弱いんだという認識をして欲しかったんです。決して愚弄したかったわけではありません」

 俺の言葉をデューイはしっかりと聞いていた。

 きっと貴族寮で騎士院の生徒に伝えてくれるだろう、と勝手に願う。

「そうだったのですね。でも、魔人族とはいったいどれほど強いのでしょう・・」

 小さく呟くリリアティナの表情は強張っていた。


 その夜、またアレクセルに絡まれた。

 家を救うためだ。気持ちも分かるし、同情もする。

 でも、頷いてやることはできない。

 本当に厄介な話だ。俺はトーキンとかいう商会に怒りを覚えていた。

 今日は絡まれてばかりだ。

 げんなりして俺はベッドにもぐりこんだ。


 数日経った放課後。

 職員が俺達を呼びに来た。

 連れて行かれた応接室にアトーク金融商会、トーキン商会の商会長とその護衛数名がいた。

 そこにアレクセル兄弟、あすなろ工房長の父親もいる。

 工房長はげっそりとやつれ、半ばあきらめたような顔をして座っていた。


「キース殿、リファーヌ殿、お初にお目にかかります」

 小太りのトーキン商会の会長のにこやかな挨拶から会談が始まった。

「我がトーキン商会はブリオン大商会の傘下、王都を中心に高級飲食店を多数手がけておりまして・・」

 とトーキン商会の自慢気な説明をしてくる。

 それを俺もリファも黙って聞いている。

 その間、アレクセルは俺を睨んだり父親に目を向けては溜息をついたりと忙しない。

 アレクセルは毎晩懲りずに家の救済を求めて来た。

 昨日も、一昨日も、その前の日も。

 今日この場で俺がアトーク・トーキン商会の話を拒絶すれば、あすなろ工房は潰される。

 多くの借金を残して。

 そりゃ気が気じゃないだろう。


「あの、商会の説明は良いですから早く用件を仰ってくれませんか?」

 リファがあちらの説明をぶった切った。

「おや、これは失礼。しかし、我が商会をしっかりご理解いただくことが重要なのですが、まぁ、いいでしょう。実は先日の騎士団の祝賀会で振る舞われた料理の食材ですがね、ベルシア湖の白エビと赤毛蟹の卵が貴族家たちの舌を唸らせてしまったのです。えぇ、あなた方が提供された食材でございます。味をしめた高位貴族の方々から私共にその食材の料理を店で提供するようにと無理を言われて困っているのです。そこで、あなた方から直接食材を仕入れさせていただきたいと考えている次第でございます。えぇ。勿論、ギルドなど通さずに、直取引でお願いいたします。その場合、ギルドの引き取り値の3割増しで全て買い取らせていただきます。どうです?良い話でしょう」

 自信があるのかギラギラした目で俺を見る。

 どうやら俺は獲物認定されているようだ。


「お断りいたします」


「おや?まぁしかし、当方も簡単には引き下がれないのですよ」

 断られたことが意外ですという顔でトーキン商会長はアトーク金融商会長を見た。

 アトーク会長は金縁眼鏡を押し上げて同意するように頷いた。

 断ったにもかかわらずまだ微笑を浮かべている。

 二人はこの取引によほど自信があるのだろう。


「それで、私の友人の実家を人質にしたと?」


「人聞きの悪いことを仰いますな。当方としましては、不良債権の処理に困っている同業の金融商会を助けたい一心でした事です。あなた方に協力いただければ、我々も、御友人のあすなろ工房も美食貴族の方々も、それにあなた方も皆が幸せになるんです。こんな良い提案はないと思いますが?」


「風の旅団は貴族、商会問わず直取引を禁じられております。私に王令を破れと仰るんですか?」


「えぇ、その辺は上手いこと処理いたしますので問題はありません。バレなければ違反にはならないのです。えぇ、そちらには決してご迷惑はおかけしないと誓いましょう」


「では、その言葉そのまま私達の後見人に伝えます」

「いや、ですから問題はないのです。しかし、どうしても断るという事であれば、高位貴族があなた方を酷く恨むでしょうな。それに、あすなろ工房は倒産しご友人とその家族は借金奴隷に身を落とすことになりますが?宜しいのですかな」

 俺の弱みとでも思っているのか、二人はニヤリとあざけるような笑みを浮かべた。

 アレクセルは拳を握り締め、父親は深く項垂れた。兄の目に涙が溜まる。


「あんたら、今風の旅団を脅しているという事を自覚しているのか?だが、そっちはそっちで好きにすればいい。俺達はなにも困らない。話はこれで終わりか?」

 俺は丁寧な言葉遣いを止めた。

 こいつらにはそんな価値もない。


「ほう。そうしますとブリオン大商会、ひいては商業ギルドをも敵に回すことになりますぞ?王都では大変不便をすることになるでしょうな」

 アトーク金融商会長はギラリと目を光らせて凄みを見せてきた。

 それを俺は真正面から睨み返す。


「構わない。ただそっちも覚えとけ。ブリオン大商会とアトーク・トーキン商会は陛下と将軍の決定を蔑ろにした。王国に逆らってこの先、商売ができるのか?」


 少し威圧が入ったのか、金融商会長の挙動がおかしくなった。

 金縁眼鏡の奥で目をウロウロさせている。

「いや、な、蔑ろになどしてはいない。て、提案をしただけだ」


「ふん。ならばそう思っていればいいだろ。俺はあんた達の発言をそのまま将軍に伝えるだけだ」

 俺は席を立った。リファも立ち上がる。


「ま、待ってくれ。まだ話の途中だ」

「王令を無視してバレない様に直取引をしろという話だろ?断れば高位貴族とブリオン商会と商業ギルドが敵になり、あすなろ工房を潰すぞと。それ以上の話があるのか?今から王国軍統合本部へ報告に行くから、まだ何かあるなら急いでくれないか?」


「いや、・・先ほどの発言は撤回する」

「ダメだ。一度口にしたことを引っ込められても困る。もう聞いてしまったからな」

「いや、それは・・」

「話がないなら失礼する」


 部屋を出ようとすると、商会長の護衛が扉の前に立って出口を塞いだ。

「待ってくれ!もう少し話をしたい。先ほどの話は撤回する。あすなろ工房からも手を引く。だから密告するような真似は止めてくれ!」

 密告だと?ふざけるな。


「おい、俺達はこれでも王国に忠誠を誓った王国騎士だ。その俺達に王令に背けと言っておいて密告とはどうゆう意味だ?お前達が王国と俺達の敵だと認識した。俺は敵対勢力に容赦するつもりはない」


「ままま、待ってくれ!申し訳なかった!」

「謝っても無駄だ。弁解は尋問部屋ですればいい」

「待て!そ、そうなると懇意の大公爵家や侯爵家が黙っていないぞ!」

 最後は貴族頼みらしい。癒着という奴だろうか?


「ならばその貴族たちも王国の敵ということだな。どこの貴族だ?詳しく話を聞こう」

 俺は再び席に着いた。

 さて、尋問の開始だ。睨んで敢えて最近覚えた闘気をまとって威圧する。

 それだけで商会長達は汗を滝の様に噴き出して腰を浮かせた。

 後ろに控える護衛に目を向けると、ピキっと指先まで伸ばして直立した。

 あすなろ工房の親子は固まって空気の様に存在感を消そうとしている。


「・・いや、その・・」

「どこの貴族だ。早く言えっ!」

 いきなり怒鳴って机をバシンと叩いてみた。

 ビリビリと部屋の空気が震えた。

 ビクンと身体を仰け反らせて二人の商会長の汗が流れ落ちる。

「アババババ」

 歯をガチガチ鳴らして、白目を剥いて、ソファーからずり落ちそうになって護衛に支えられていた。


 俺の威圧もまんざらではないようだ。

 効果てきめん、効き過ぎ位にビビってくれている。

 今度ブラックパンサーにも通じるか試してみたい。

 なんて余計な考えが頭をよぎる。


 いずれにしても、俺は心底怒っている。

 絵面だけ見ると、偉そうなおっさん共を虐める少年少女って感じでひどいよな。

 でも絶対に許すつもりはない。

「ゆ、許してくれ!いや、許してください!あわわ、こ、懇意の貴族というのは嘘です。我らの為に怒る貴族などおりません。すみませんでした!」

 白目から立ち直って金融商会長は必死な形相で謝って来た。


「はぁ、この期に及んでまだ嘘を言うのか。王国騎士に嘘をつけば無礼討ちも有りって知らないのか?あ!そう考えると、この場で無礼討ちもありか。おい、債権者のあんたが死んだらあすなろ工房の借金はどうなるんだ?契約は無効になるのか?」

 言いながら、俺は次元収納から父様の短剣を取り出した。


「い、いや。ならない。あ、あれは商会の債権だ」

「なら、アトーク金融商会が潰れたら無効になるってことだよな?」

 鞘から剣をゆっくりと引き抜く。

「ま、まま待ってくれ。簡単に潰すなどと言わないでくれ」

 短剣に目を釘付けに金融商会長が懇願してきた。

「お前はあすなろ工房を簡単に潰そうとしたんだろ?自業自得じゃないか」

「いや、それは・・潰れない。何故なら契約の不備などないからだ。だから・・」

 あすなろ工房の親子が、え!?という顔で金融商会長を見た。


「は?どういうことだ?契約上の不備で借金の形に潰すと脅してたんだろ。おい、きちんと説明しろ。本当に殺すぞ」

 俺は切っ先を鼻先につきつけた。

 リファを除くその場の全員が真っ青になった。


「わわわ、わかった。説明する、説明するからその剣を引っ込めてくれ」

 顔を歪めて金融商会長は自白した。


 要するに、不備などなかった。

 契約した紙が規定で定められた契約専用の魔力紙でなかったというだけの話だ。

 本来、契約無効でもおかしくはないが、双方が同意していれば商習慣上問題はない。

 今回の場合、最初に契約した金融商会とは同意が成っていたから問題はなかったのだ。

 しかし、アトーク金融商会が強引に契約書を取り上げ、自分のところとは同意がないと難癖をつけた。

 これは、王国商法上の明らかな違反だ。

 そうした仕組みをあすなろ工房側は理解していなかったため良いように付け込まれてしまっていた。

 実にくだらない低レベルの絡繰りだけど、アトーク金融商会は巧みに脅して不備が本物であると信じ込ませていた。

 彼らにまた一つ罪が増えた。


「ひどい話だ。あすなろ工房に相応の慰謝料を払え。その上でお前達を警邏隊に突き出す。勿論、風の旅団から正式に将軍へ報告も行う」


 俺は、ゴミを見る目で見下ろし、ビビる商会長たちに冷たく言い放った。

 


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