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ジクターヌの告白

 翌日、朝から俺達は孤児院へと出かけた。

 多分、大丈夫とは思うけどそれでも子供たちの病状が気に掛かる。

 孤児院に着くと早速イリーナの案内で病室となっている隔離部屋へ通された。

 そこには、5人の子供達がすやすやと眠っている姿があった。


「あれから呼吸が落ち着いて来て今はもう御覧のとおりです。まだ熱はありますが以前ほど高くもありません。咳も随分と収まりました。何よりよく眠っているんです。本当に安心いたしました。これもあなた方のお陰です。ありがとうございました」

 イリーナは両手を胸の前に組んで少しかがんでみせた。

 教会式の謝意を示す作法なのかもしれない。


「子供達、落ち着ている様子で良かったです。明日から学院があるので来週末にまた様子を見に来ます。もし何かあれば魔術学院まで連絡をください」


 孤児院を出て、俺達は王都で買い物をすることにした。

 まずは、ドレスだ。

 騎士団の祝賀会に出るというのであればドレスを買わねば。

 俺も去年から少し背が伸びたから新調する必要がある。

 リファ達だって前回の謁見と同じドレスって訳にはいかない。

 という事で、以前から世話になっている服飾店に行ってみた。


 チラホラ客がいる中、それぞれに合った服を選ぶ。

 リファは相変わらず俺に意見を求めてくるから、一番リファに似合うと思う色の服を推して早めに決断してもらった。

 俺の服はリファが選んでくれた。

 ブラウンベースのジャケットにちょっとひらひらしたシャツだ。

 アリアも満足そうな顔をしているし気に入ったドレスを選べたのだろう。

 次に、宝飾店へと向かった。

 何か飾る物がないとどうもしっくりこないという事らしい。

 以前、ギュスターブ家にルビー原石をおねだりしたけど、いまだ連絡はない。

 俺は平民だし、侯爵家までクレクレと押しかける訳にもいかない。

 仕方なく、宝石を見に来たわけだが・・


 値段も色も大きさもピンキリで何がいいのやらさっぱり分からない。

 ただ、アリアもリファもルビーを諦めてないらしく、他の色の石を選ぶことにしたようだ。

「だって、あの侯爵様ならきっとくれるわよ。ものすごく喜んでいたらしいし。それでくれないなんて言ったらどんだけケチなの?って話よね。お貴族様はケチ臭い醜聞が広まることを嫌うじゃない。だから、もらえることを前提にして他の色を買う方が絶対いいと思うのよね」

 とアリアは皮算用をしていた。

 ただ、残念ながらギュスターブ侯爵と会う予定がない。


 結局アリアは濃い青色石のネックレス。

 リファは淡いピンク色のネックレスを選んでいた。

 少し粒の大きめのしずく型、でも控えめなデザインのものだ。

 それに髪飾りも合わせて決めていた。

 俺も銀鎖のネックレスを購入した。太めの鎖にコジャレたペンダントがついている。

 お値段は全部で金貨12枚。

 高いのか安いのか俺には分からないから、何も言わずニコニコ顔で支払った。

 だって、二人は勿論店の人もニコニコしてるから俺もニコニコするしかなかった。


 食事をして、お茶を啜って、甘い果物を食べながら他に買う物はないかと話し合った。

 俺はずっと念願だった、ベッドとソファーとテーブルが欲しいと提案した。

 今なら荷物の携帯に制限はないから、夢の家具付き野営の土小屋を実現できる。

 ここで買いそろえておけば来週の依頼からは魔境の中でもベッドで眠れる。

 アリアだってソファーに座ってまったりと酒が飲める。

 絶対に買うべきだ!


『賛成っ!!』

 二人の賛同はすぐに得られた。

 ところが、ベッドのサイズでリファと揉めてしまった。

 俺は一人一台のベッドがいいと思う。というか当然だよな。

 でもリファは、どうしても俺と一緒に寝たくて大きめベッドがいいと我儘を言う。

「キースは私と同じベッドは嫌なわけ?」

「いや、嫌じゃないけどおかしくないか?それぞれ別で良いじゃん!」


 今、リファと同じベッドで寝られるわけがない。ドキドキして緊張して不眠確定だ。

 昔と同じ感覚でいられないよ。俺だって成長してるし。もうすぐ13歳だし。

 リファだって胸大きくなってきたじゃん!恥ずかしいじゃん!

 寝てる間にリファに抱き着くとかあったらどうすんだ!?

 また暫くドギマギしてギクシャクするんだぞ?良いのかそれで?

 だいたい恥じらいとかリファにはないのか?

 などと頭の中で言い訳やら何やらが次々と浮かんでは消えて行く。

 だから俺は全力で拒否する。


「何でよ!寮に入ってただでさえ別々の部屋なんだからそれ位いいじゃない!」

「リファーヌ、それはダメよ。まだ婚前の二人が同じベッドなんて世間的に許されないわ。キースはいずれ王国貴族になるのよ?キースの醜聞が広まったらリファーヌだって嫌でしょ?」

「う・・それはそうだけど。でも今更よ!私達小さい頃から身を寄せ合って寝てたんだから」

「だから、小さいうちはそれで良かったけど、もうそれが許されない歳になったのよ」

「う~。キースが困るなら今回は我慢するけど・・でも、寝る時はベッドくっつけるからね!!」

 それじゃ一緒のベッドで寝るのと変わらないじゃないか!と思わないでもないけど、とりあえずここが妥協点な気がする。

 これ以上拒否するとリファを本気で怒らせてしまいそうだ。


 アリアの援護もあり何とか一人一台のベッドを購入と話はまとまって、家具商店へと向かった。

 ベッド3台、ソファーセット1式、風呂場前に置く着替用の棚1台。

 それに毛布も新しく買った。

 家具類は受注生産とやらで引き渡しは1週間後になるらしい。

 デザインや大きさを決めていると時間が結構掛かってしまった。

 手付金を払って店を出た時には夕暮れ時になっていた。


 肉球亭に戻るとジュジュシュシュ姉妹が俺達を待っていた。

「帰ってきたにゃ!」

「おかえりにゃ!」

「さっき5人の熱が引いたにゃ。もう大丈夫にゃ。ありがとにゃ!」

「お礼に今日のご飯おごるにゃ。お酒も飲んでいいにゃ!」

 ジャンゴを見ると頷いた。

「あなた達は今晩学院に戻るのでしょ?その前にご馳走を食べて行って」

 嬉しそうにミーアが俺達を席へと案内した。


 ブラックパンサーは全員あの孤児院の出身なのだそうだ。

 当時は教会付きとはいえ極度に貧しく、盗んできた食料を皆で分けて何とか凌ぐような生活だったらしい。

 過酷な生存競争の中でジュードがリーダーに立つと、獣人族の仲間は子供盗賊団の様なグループになっていた。

 そんな時、ジャックルベインというギルド職員と知り合った。

「ジャックさんは私らに生きる術を与えてくれた恩人にゃ」

「盗んで生活しなくても良くなったにゃ。凄くいい人にゃ」

 そんなギルマスの話題から始まり、ランクSの依頼の話やダンジョンの話を聞いていると割と為になった。

 ブラックパンサーのメンバーとはいえ、ジュジュシュシュに思う所はない。

 あるのはヒョウ柄の二人だ。そこを割り切ればこの二人の話はちょっと面白い。

 その日、俺達は楽しい食事の時間を過ごすことができた。


 翌日からまた学院の授業だ。

 朝から王国史を覚えさせられて小テストを受ける。

 やる気はなくとも教師が付きっきりの授業を受ければ嫌でも憶える。


 昼食を挟んで、午後は魔法の実技だ。

 皆工夫しながら試行錯誤をしている。

 この時間は生徒のペースに任せられているため割と行動に自由が利く。

 休んでも、話し込んでもいいし、なんなら寝ていてもいい。

 魔法について語り合う事も、魔力切れで休むことも授業の一環と見做されるのだ。

 勿論、真剣に魔法を撃ち込んでもいい。


 俺は一人、端っこでロックルロックの倒し方を考えていた。

 あれは固すぎる。

 父様の剣に強化魔法を最大に掛ければ斬れるかもしれない。

 でも、刃が欠ける可能性もある。それは困る。

 さて、どうやって倒そうか・・と。


 そこにリリアティナがやってきた。

「あの、キース。先日は父の我儘を聞いていただいてありがとうございました。あの蟹の卵と白エビをわたくしも頂きました。信じられないくらい美味しくてびっくりしましたわ。でも、それ故に貴族や商家が独占しようと狙っているとか。十分注意するようにと父から言伝です。それから、今月末に行われる騎士団の祝賀会に皆さんは参加するようにと。また、その、祝賀会に饗する料理にその卵とエビを使いたいのでぜひ供出を頼むと、はなはだ身勝手ながらお願いできますか?」

「はい。卵は数があります。エビは15匹でもいいですか?今は手持ちがそれしかないのでお伝えください」

 俺の返事に王女はパっと顔を輝かせた。

「ありがとうございます。そのように伝えておきます。あの、言いにくい事ですけど、王族が風の旅団に無理なお願いばかりしているようで申し訳なく思っています」

「いいんです。陛下は故郷の領地をいずれ返還してくださると約束してくださいましたから。とても感謝しているんです。あ、これはまだ内密の話でした」

「そうだったんですね。では内緒にしておきます。でもよかったですね」

 と柔らかい笑みを浮かべる。


 向こうで魔法を放っているリファがこっちを気にしているだろうなと思いつつチラリと見ると、リファはジクターヌに絡まれるところだった。

 ジクターヌは入学初日にリファに絡んだアルシオン家の馬鹿タレ御曹司だ。


「リファーヌ・ザビオン!あぁ!貴女の魔法は実に素晴らしい!」

 と、わざとらしい位の大きな声が聞こえてきた。

 それだけで皆の注目を集めた。

 ジクターヌは人目を気にもしないでリファに語り掛ける。

 熱っぽい目でリファをガン見だ。

 キモイ。


「いや、先日は貴女を平民と侮り大変失礼をした。心から謝罪する。しかし、今や私は貴女と貴方の織り成す美しき魔法に魅入られてしまった。その容姿!その実力!やはり、貴女は私の隣こそがふさわしい!リファーヌ・ザビオン!どうか私のスウィートハニーになってくれないか?私は貴女の運命に紡がれた唯一の恋人になるとここで誓おう!リファーヌ・ザビオン、どうか私をダーリンと呼んで欲しい!」

 ジクターヌは大げさな身振り手振りで想いを伝えると、最後に片膝を付いて手を差し出した。


 臭い言い回しに、ひゃーっと女生徒から歓声というか悲鳴が上がった。

 なんだ、あれは?見てるこっちがこっ恥ずかしい。

 本物のバカなのか?

 周りは興味津々で見守っている。

 俺からはリファの背中しか見えないからその表情が分からない。

 けど、分かる。

 絶対に砂を噛んだような、ウゲーって顔をしてる。


「さぁ、リファーヌ・ザビオン!恥ずかしがらないで私の手を取るがいい!」

 自分に酔いしれているのか芝居がかった仕草がうざい。

 さすがにリリアティナも唖然としてその奇行を見ている。

 王女が口元を隠す事を忘れポカンとしている。

 リファが振り返って俺を見た。

 予想通り、蒼ざめてウゲーという顔をしていた。

 俺も同じ顔をして小さく首を振った。

 (関わるな!馬鹿が移るぞ!)


 パシン!

 リファがその手を叩き、乾いた音が響いた。

「嫌よ!私弱い男に興味ないの!気持ち悪いから二度と私に話しかけないで!」

「なっ!?」

 驚きに固まるジクターヌを放置してリファが俺のところへ走って来た。

「キース!あいつ気持ち悪い!見て!鳥肌立っちゃった」

 リファが袖をめくると俺もリリアティナも覗き込んだ。

「あら、ほんと」

 白い腕に見事なブツブツが出来ている。

「こないだガツンと振ったはずなのになんでまたコクって来るの?あいつ頭おかしい!」

 容赦なくリファがジクターヌをコキおろした。


「おい!さすがに無礼だろう!私は真剣に告白しているのだ。誠意をもって応じるのが礼儀であろう!」

 ジクターヌが顔を赤くして文句を言ってきた。

 そんなこと言われても・・って感じだ。


「コラ、ジクターヌ!今は授業中だ。告白の時間じゃないぞ」

 ハーニッシュ先生が注意を与えた。

「だまれ!たかが教師というだけで私の邪魔をするな!」

 貴族の子弟には家柄を理由に教師を蔑ろにする者も多い。

 ハーニッシュは伯爵家の出身だ。だから、家柄を持ち出されると立場が弱い。

 勿論学院では教職と生徒の線引きがあり、ジクターヌの態度は問題がある。

 しかし問題ではあるけど、こうした教師と生徒の身分の軋轢もまた長く続く学院の悪しき風潮だった。


「リファ、誠意をもってみんなの前ではっきり断った方がいいんじゃないか?あいつしつこそうだし」

 関わってもらいたくはないが、しっかり拒絶することは大事だと思い直した。

「うん、そだね。はぁ、めんどくさ・・」

 俺のアドバイスに大きな深い溜息を一つ、ものすごく嫌そうな目をジクターヌに向けて言い放った。

「ジクターヌ。では誠意を以て応えます。私があなたになびくことは天地がひっくり返ろうとあり得ません。そのような気持ちを向けられること自体非常に迷惑です。二度と私に言い寄らないでください!」

「な!アルシオン家次期当主のこの私の好意を迷惑というのか!?貴女は私の価値を理解していない。多くの女性が私と縁を結びたがっておるのだぞ!私を選ばないのは貴女の目が曇っているからだ。私程素晴らしい男はそうはいない。もっとよく私を見るべきだ。そうすれば貴女にも私の魅力が分かる筈。すぐに貴女は私の虜になるだろう!」

 リファがまたもやウゲーという顔をした。

 俺もだが、リリアティナまでも思い切り顔をしかめている。


「ジクターヌ、貴方のどこに魅力があるというの?初対面でいきなり口説きに掛かるような女誑しに魅力など感じません。私から見た貴方は家名しか誇るところのない、中身空っぽのただのお坊ちゃんよ。私、貴族の家柄とかまったく興味ないから貴方にこれっぽちの価値も見出せません。それに貴方なんかより1000倍素晴らしい人を知っていますから。比べたら可哀想だけど、ジクターヌ、貴方もう少し自分の中身と腕を磨いた方がいいのでは?最低でも単独でオーガを討伐できる位になりなさいよ。それでも私が貴方に好意を寄せることなど絶対にないでしょうけど。だって私の好きな人は幾度も絶対絶命の局面を切り抜けてきた本物の強者ですもの。今から貴方がどれほど頑張っても決して追いつけないわ。だから私のことは諦めなさい。二度と私に言い寄らないで!」

 そう言いきってからリファがチラチラと俺を見る。

 そんなに俺を見たらリファの好きな人が俺だって皆にばれちゃうじゃないか!

 まぁ、俺もリファが好きだからいいんだけど。


 それにしてもこっぴどい振られ方だ。

 ちょっとだけ可哀想かもしれない。


「ぶ、ぶ、無礼な!私はアルシオン家だぞ!オーガが何だ!そんなもの単独で倒せるはずがないではないか!これはアルシオン家に対する侮辱だ!侮辱罪でお前などすぐにでも処刑にできるんだぞ!」

 あいつ可哀想とか思っていたら今度は脅してきた。

 貴族の御曹司って本当に面倒だ。


「それをしたらアルシオン家は取り潰しになりますわね」

 成り行きを見ていたリリアティナがここで割って入った。

「以前ジクターヌにはっきりと忠告したはずです。この二人に手を出してはならないと。アルシオン候に確認しなかったのですか?彼らは風の旅団ですよ?屍竜を討伐した実績で王国戦力に数えられています。その風の旅団を貴族家が取り込むことは王令で禁じられております。アルシオン家は王令を無視するだけでなく、王国戦力の一角を処刑するというのですね?であれば、すぐにでも騎士団をアルシオン家へ差し向けましょう」


「な!?いや、王令?そ、それは知らなかった」

 急にしどろもどろになるジクターヌ。

 家名を押し出して暴言を吐いていたのに、王族が出てきた途端にこの体たらくだ。

 情けない。

「知らないではすみません。全ての貴族諸侯に向けて発布されているではないですか」

「いや、しかし・・」

「先ほどのあなたの発言は王族として無視できません。ですが、貴方はまだ子供ですから酌量の余地はあります。もう二度とリファーヌ、いえ、風の旅団にちょっかいを出さないと誓うならば許して差し上げます。ジクターヌ。どうしますか?」

「くっ、・・誓う。二度と私からそこの二人に関わり合いを持たないと誓います」


「いいでしょう。その誓い、決して忘れませんように。それから、先ほどのハーニッシュ先生に対する貴方の態度も見過ごすことができません。先生方は王国より正式に選ばれた方々です。先生方を蔑ろにするという事は王国の選任に異を唱えることと同じです。ジクターヌ、それについてはどうお考えですか?」

「くっ、ハーニッシュ先生、先ほどの暴言をお許しください」

「ダメだ。教師に対する暴言は看過できない。学院よりアルシオン家に正式な抗議を入れると共に罰としてジクターヌには1ヵ月の間、外出、外泊を禁ずる。さぁ。みんな茶番は終わりだ。授業を続けよう」

 ハーニッシュは厳しい表情で授業を再開した。


 リリアティナのお陰でうまく事が収まった。

 お礼を言うと、「わたくしはあなた方の友人ですから助けて当然です」とふわりとした笑顔が返って来た。



 王都領の南にはいくつか侯爵家がある。

 それはかつて南方からの敵を王都に届かせない様に配置された忠臣の領地だ。

 だから、当然武に関わる貴族家の領地となる。その一つがアルシオン家だった。

 魔法の名門で名の知れたアルシオン家は、代々王都の防壁として役割を担ってきた。

 その次期跡取りがジクターヌだ。

 魔力に優れ、魔術の才能に恵まれた神童とちやほやされて育てられた結果、ナンパな思考の我儘な少年に成長した。

 魔法の才能は同年代随一という事もあってこれまで優越感に浸って来られた。

 しかし、学院で見たキースとリファーヌという平民は、神童と騒がれた自分を恥ずかしく思わせるほどの力量を持っていた。

 特にリファーヌの繊細なコントロールには目を見張った。

 だから、最初は屈辱を感じたのだがリファーヌは美しい。

 いつの間にかリファーヌの魔法に見とれている自分に気付き、そしてリファーヌに恋していると気づいた。

 早速、抑えられない気持ちを精一杯の表現で伝えてみれば、まさかの撃沈。

 本気の自分の愛を拒む女の子がいるとは夢にも思わなかった。

 ジクターヌ・バル・アルシオン。13歳にして始めての大失恋だった。


 ジクターヌが独り涙しているころ。

 俺はいまだにロックルロックの倒し方を考えていた。

 どう考えても実力が足りない。

 では、何を鍛えれば倒せるのか。

 転がるしか能のない岩の魔物など手軽く倒せなければ、魔人族との戦いで勝てるはずもない。

 当面の目標として、ロックルロックの討伐を目指すことにした。


 それから日々の学院生活は何事もなく、いたって平穏に過ぎて行った。

 ジクターヌも大人しく、目を合わせる事すらしない。

 授業、特訓、図書館、寮生活、休日は依頼を受けてと落ち着いた日々を過ごしていたのだが・・


 俺は、鍛錬に行き詰まりを感じていた。

 リファの蔦を使った猛攻は十分に脅威を感じさせるものだけど、足りない。

 もっとヒリヒリするような強者と手合わせがしたいと感じるようになった。

 そこで思い出すのはブラックパンサーの豹人族だ。

 思い出すのも嫌悪する奴等だけど、強さだけは本物だった。

 しかし、リファとアリアに手を挙げた奴らの顔など見たくない。

 ジレンマに悩みつつ、時間は過ぎて行く。

 ある日の休日、アリアはボトムスヘブンと共にダンジョンへ潜っているという事で、不在だった。


 二人で何か依頼をこなそうと思ってギルドの依頼表の前に立っては見たけど気になるのはロックルロックだ。

 どうしても攻略したい。

 その為にはもっと強くならなければという思いが頭をもたげた。

「なぁ、リファ。今日は依頼受けないでギルド本部に行ってみたいんだ。鍛錬の内容で本部長に相談したい。できれば本部長が相手になってくれると良いんだけど」

「私との鍛錬だけじゃ足りないってこと?」

 リファが不安げに俺を見る。

「リファとの鍛錬は良い感じだよ。でも対人戦がまだ足りない。そう感じるんだ」

「むぅ。それは私ではどうしようもない・・」

「リファが悪いとか力不足とかいう話じゃないんだ。だから勘違いして落ち込むなよ」

「うん」


 面会予約不要と言われているから直接本部長を訪ねた。

「久しぶりだな。どうした。何か困りごとか?」

 相変わらず強者のオーラをプンプンさせたスキンヘッドが俺達の前に現れた。

 確かゼファールという名前だった。


「対人近接戦の鍛錬をしたいんだけど、本部長、俺の相手してくれませんか?」

 ストレートに聞いてみた。

「ほう?少し詳しく聞こうか」

 目がチカリと光って本部長は興味あり気に促してくる。

 そこで、いずれ訪れるであろう魔人族との戦闘に備えた接近戦を鍛えたいと話した。

 魔人族を想定した近接戦闘の強化方法としてロックルロックの討伐を考えているけど、それすら今の自分では手に負えない。

 そこも踏まえて説明をした。


「魔人族の戦闘部族か・・厄介な」

 騎士団には魔人族の報告をしていたがギルドにはしていない。

 本部長はディグリーム将軍とも繋がっているから知っているかと思ったけど知らなかったようだ。


「ならば、今日のところは私が鍛えてやる。教えるのは基本だけだ。コツを掴んだらロックルロックを相手に鍛えると良い」

 早速本部に備え付けられているという地下鍛錬場へと向かった。


 そこには、何人もの強者と見てわかる者達が汗を流している。

 全員Sクラスじゃないか?

 四方に黒い石柱が立つ結界闘技場が6面ある。

 その4つで高度な戦いが繰り広げられている。

 パーティー戦をしている者達、豹人族のジュードやクーロに劣らない速さで模擬戦をする二人組や、千にも及びそうな青い燐光を浮かせ操る魔術師、3メトルはあろうかという火球を生み出す者。中にはキトリの闇魔法の黒いムチを使う者までいた。

 他に学院にあるような的場もある。ただし的は黒い石柱だ。


「ここは特に有望なパーティーに解放された訓練場だ。あの黒い石は全ての魔法を吸収する古代石だ。いくら攻撃をしても傷一つつかない。この結界はその古代石の特性を生かして作られた無傷結界だ。この結界の中では絶対に負傷しない。思う存分鍛錬ができるぞ。お前達風の旅団にも許可してやる。ありがたく思え」


 早速空いている闘技場へ入る。

 本部長が上着を脱ぐと、ムキムキの鍛え抜かれた身体が現れた。

 そして構えを取る。ゆっくりとした動きに淀みが全くない。

 俺は、5メトルの間隔をあけて向かい合っているけど、隙が見いだせない。

(このおっさん強い・・)

 対峙するだけでその力量が底知れないと伝わって来た。

「では行くぞ」


 ゼファール本部長の本気の指導が始まった。


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