メタルアント 3
早朝、まだ陽が昇る1時間前に、作戦開始を知らせるラッパが鳴り響いた。
俺達、風の旅団は副司令官に見送られて拠点を飛び出した。
光球をいくつも打ち上げて、巣穴周辺をこれでもかと明るく照らし出す。
昨日の夕方にはほとんどの働き蟻は巣穴に戻ったはず。
だから、今、地面の下にはアリンコ共がウジャウジャひしめき合っていることだろう。
俺は巣穴の周囲に火のついたガマ入りブロックを落とした。
赤黒い煙がモクモクと立ち上がってそれをアリアが風を操って地面に這わせる。
次々と巣穴を煙で封じ込めるようにブロックが燃え出した。
更にあちこち満遍なく盆地全体に落としてゆく。
が、そこで問題が起きてしまった。
巣穴のある盆地中央は以前調査した段階でその一帯をこんがりと焼き払っていた。
しかし全体では盆地一面に未だ背丈の高い草が生い茂っている。
そこに何も考えず広範囲に火種をばらまいてしまった。
それも200個。
するとあちこちで草は燃え広がり急激な上昇気流が起きてしまった。
ガマの赤黒い煙も一緒に上空へ吹き上がってしまったのだ。
前回とは規模が違う。
俺達は慌てた。
少し考えれば分かる事なのに、俺たちは自分達の迂闊さに呆れてしまった。
下は大火事。
夜明け前の暗闇に赤い炎が良く映えている。
しかも煙が酷くてこっちが燻されることになってしまった。
「ちょっと!キース、これどうすんのよ!何とかしなさいよ!」
「一旦、火を消すしかない!」
「どうやって消すの!?ここまで燃え広がるともう手に負えないよ!」
「待ってれば魔素が効いて勝手に消えるんじゃない?」
「それだと軍の計画が大幅に遅れちゃうじゃない!それに煙が山に向かって待機中の騎士団に被害が出るわよ!」
見れば風下の山肌に煙が流れこんでいた。
そしてそこを守備している騎士や兵達が暗闇の中、わちゃわちゃと動き回っている気配がする。
あぁ、これ絶対に怒られる奴だ・・
「何とか消化しなきゃ!なんか方法考えて!」
「どうすりゃいいんだ!?」
「どうしよう・・」
「困ったわね」
俺達が悩んでいる間にどんどん火勢は上がる。煙も上がる。
「こらー!俺達を殺す気かー!」
遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「ヤバイ。何とかして消すんだ!」
火は西風に乗って東へ向かっている。
そこにいる兵士たちはとんでもない事になっているはずだ。
だってものすごく臭いから。
焦りまくった俺は咄嗟に思い付きの作戦を叫んだ。
「俺が風下に土壁を作ってこれ以上広がらない様にする!アリアは水魔法で消化!リファは投下したブロックを回収!動け!」
それが最善かどうかなんて分からない。
でもすぐ動かないといけない事だけは分かっている。
だから、思い付きでもできることをやるしかない。
俺は風下側に回ると土壁を一直線に南北へ築いた。
煙が酷くて息が出来ないから上空から新鮮な空気を自分に向けて吹き降ろす。
でも、その上空は見えないけど既に煙で覆われていた。
新鮮な空気が来ないじゃないか・・
次元収納から取り出した布に水を含ませて口元を覆い、俺は頑張った。
目が痛い。喉も痛い。
リファ特製の毒消しポーションをガブ飲みして必死で土壁を作り上げて行く。
高さは3メトル、その距離6キロル。
途中振りむけば、壁に到達した火は何とか食い止められていた。
空が白み始めた。
アリアとリファがどうしているか分からないけど、気にかけている場合じゃない。
時間との勝負だから、俺はとにかく自分の作業に集中した。
夜がとっくに明けたころになって、俺は壁を作り終えた。
上空へ飛べば、火は大方鎮火されていた。
黒ずんだ大地が一面に広がり、そこかしこから白煙が立ち上がっている。
見下ろせば、所々氷や水で覆われている。アリアの努力の賜物だろう。
ぼーっと全体を見渡しているとアリアが寄って来た。
「疲れたわ・・でも何とかなったわね。次からは、投下する場所は草のないところにしましょ」
げっそりとした顔でアリアが言う。
「うん。でも、8割方燃え尽きたから今更だよ。ところでリファは?」
リファの姿がどこにも見えない。
「知らないわ。それどころじゃなかったもの」
俺達は一旦東の山へ向かった。
一番被害を受けた場所だ。
そこにしょげかえって半べそのリファがいた。
「すみませんでした!」
俺は大きな声で謝罪した。
「お前らいい加減にしろよ!危うくこっちが駆除されるところだったじゃねぇか!」
そう怒鳴るのは東方面担当の大隊長様だ。
「まぁ、俺達は山裏に避難したから被害は軽微だったし、そこのお嬢ちゃんが解毒薬を大量に寄こしたから今回だけは許してやる。その代わり次何かやらかしたら承知しねぇ。5体ばらばらにして毒の実詰め込んで巣穴に放り込んでやるからよく覚えとけ!」
『はい、すみませんでした』
俺達は肩を落として睨む兵達から逃げるようにその場を離れた。
「リファのお陰で許してもらえた。ありがと」
「ううん、私って風と火と草魔法でしょ。相性悪すぎて今回役立たずだったの。だから、せめて迷惑かけた人たちに解毒薬配る位しかできなくて・・」
「そっか。それでも助かったよ。ありがと」
「ううん。でもすごく怒られて怖かった・・」
「もう終わったことはさっさと忘れて次は失敗しない様に頑張りましょ」
落ち込むリファと俺は、切り替えの早いアリアに背を押されるようにして作戦続行のために空へと飛んだ。
殆ど燃え尽きた元草原に改めてガマブロックを投下してゆく。
風で東へ流されようとする煙をリファが風魔法で絶妙に押し返す。
アリアと俺はあちこち飛び回って吹き上がる煙を冷やして回った。
そうすることで盆地内を冷えた煙が地面を這うように広がってゆく。
範囲が広いから地道に黙々とひたすら冷やす。
5時間でブロックは燃え尽きるから新たに投下する必要もある。
魔素を魔力に変換できる俺達は魔力切れを起こすことがない。
だから延々と作業を続けられるのだが、疲れは溜まる。
その日、夕暮れ近くになってやっと盆地全体が赤黒く覆われた。
俺達はたった3人でローテンションを組み、昼夜を通して5日間その作業を行う事になる。
5日間もメタルアントを巣穴に釘付けとけば飢餓状態に陥らせることができるはずだ。
12時間ぶっ通しで作業をすれば目に真っ黒な隈ができるほど疲れ切った。
飯を掻きこんで6時間休む。そしてまた12時間作業を行う。
最初にとんでもないミスを犯したから文句も言えないけど、とにかく疲れる。
さすがに12時間延々と魔力を消費し続けるなんてやったことがない。
2日目には頭が回らなくなって何をしているのか訳が分からなくなった。
3日目には魔法を使っている感覚すら失われた。
4日目、アリアが墜落してケガを負った。
5日目、リファが熱を出してリタイヤした。
その日、作業をやり切った俺は寝床まで帰ることができずに途中で気を失った。
その間、騎士団ははぐれのメタルアントがエサを咥えて戻ってきたところを討伐している。
援軍も加わり、現在1万5千の兵力で盆地を全方位で囲い、他の魔物を警戒しながらメタルアントの出入りを封じている。
この作戦の為にサルファス司令官や参謀将も麓の本部から駆け付けていた。
いずれにしても、予定の5日間は過ぎた。
これまでに、メタルアントの出入りは確認されていない。
予定通り、すぐに次の作戦に移ることになった。
そこでまた俺達の出番だ。
まず、ガマモドキの煙を巣穴周辺から排除する。
そして上空から毒入りのエサを大量に落とす。
全てのエサが巣穴に引き込まれたら、もう一度ガマモドキブロックで燻す。
それから煙が拡散しない様に余裕を見て3日間監視をする。
この3日間で毒が全体に行き渡り、メタルアントの巣は女王共々壊滅している筈なのだが・・
3日後、死に物狂いで頑張り切った俺達は、作業を終えフラフラと空を飛んで石小屋に辿り着くと、毛布に転がった。
そこからは、爆睡した。
どれ程寝たのか、腹が減って目を覚ますとアリアとリファはまだ眠っている。
そっと外に出ると、パルマが座って待っていた。
「やっと起きたな」
「どのくらい時間たちました?」
今は昼下がりの気がする。
「約20時間だ。サルファス司令とメルボンド副司令が君達の目覚めを待っている」
「二人を起こしてきます」
「いや、いい。寝かせてやってくれ。キースは司令の幕舎へ。だがその前に食事の準備をさせよう」
俺が食事を摂っていると、リファが目をこすりながら起きてきた。
「キースおはよ」
もう昼下がりだけど。
「おはよリファ。お疲れだったね」
「キース、まだ目に隈が出来てるよ」
「リファもだよ。それに髪がボサボサ」
髪を触った時に見えたリファの頬がこけていた。
二人してお互いの疲れ切った顔を見て笑い合って、食事をした。
アリアはまだ起きて来ない。
二人で司令官の幕舎へ行くと大勢のお偉いさんたちが俺達を待っていた。
サルファス司令にメルボンド副司令、参謀将に4人の大隊長、書記官やらなんやら他数名。
俺達の場違い感が半端ない。
ウゲっと顔をしかめそうになって慌てて我慢した。
「お待たせして申し訳ありません」
まず謝った。パルマ、こんなにいっぱいお偉いさんを待たせているなら事前に言って欲しかったよ。
のんびり飯を食ってる場合じゃなかったじゃん。
「風の旅団の諸君、ご苦労だった。現在のところまだ煙がくすぶっていて巣穴に動きは見られない」
要するに、煙が晴れずいまだに次の作戦は進んでいないという事だ。
成功か失敗かの判断もできていないが、ひとまず順調らしいという話だった。
全てのメタルアントが毒を食べたわけではないはずだ。
煙が晴れたら飢えたアントが一斉に穴から這い出してくる可能性が高い。
しかし、女王が死んだ場合はどうなるのか予測ができない。
一斉に統率を失ってばらけるのか?あるいは女王と共に死ぬのか?それともおとなしくとどまっているのか。
複数の状況を考慮して、それぞれの対応策を今一度協議した。
どの場合でも、最後には女王討伐の最終確認で誰かが巣穴に潜ることになる。
その確認を風の旅団に依頼された。
理由は身体が小さいからだ。
入り口は広くても、巣穴の中で騎士が暴れられるほどの空間があるとはとても思えない。
少しでも体の小さい者、そして魔法が使える者が理想だ。
勿論、騎士団からも大勢人は出すという。
それでも、俺達の活躍に期待が掛かっているらしい。
「ところで、作戦の出だしで火災を引き起こして済みませんでした。特に東方の部隊には大変ご迷惑をおかけしました」
会議の最後に、俺は最初の失態を謝った。
しっかり謝罪せねば、俺達を推薦してくれた将軍の顔に泥を上塗りすることになってしまう。
そう思ったのだがサルファス司令に遮られた。
「良い。お前達は未成年。それに軍族でもない者に協力を仰いでいるのはこちらだ」
サルファス司令は快く許してくれるという。
大迷惑をかけた東方部隊の大隊長は、と表情を伺えば目が合った。
「今司令がおっしゃった通りだ。それにここ数日のお前達の働きぶりを見ればこれ以上責められん。見ている事しかできぬ我らが申し訳なく思っている。部下共に見習わせたいほどであった」
おっかない印象しかない大隊長様が良い笑顔で褒めてくれた。
許されて良かった・・
リファの顔にもほっとした笑みが漏れた。
翌朝、アリアも目覚めて俺達は巣穴上空へと向かった。
薄く広がる煙を排除して暫く様子を見ていると、メタリックな蟻が這い出てきた。
大型の、恐らく兵隊蟻だ。
ただ、様子がおかしい。
触角が切れ、足も3本失っている。まるで戦闘後の様だ。
更に働き蟻が数匹出てきたと思ったら、連携して兵隊蟻に攻撃を仕掛けた。
兵隊蟻は働き蟻をその巨大な牙で両断する。それに怯むことなく、働き蟻は兵隊蟻を攻撃し続け、遂に倒した。
「ねぇ、どうゆう事?なにが起きてるの?」
「共食いかな」
「うん。そう考えるのが自然かな」
俺達の見てる前で、倒れた兵隊蟻をよそに今度は働き蟻同士が争い始めた。
「ちょっと違うんじゃない?だって食べてないもん」
リファの疑問に賛成だ。
これは共食いじゃないかもしれない。
「よく分からないから一旦戻って報告しよう」
俺達が戻るとすぐに軍議が開かれた。
「それは女王が死んで群れの統率が取れていない可能性があります」
参謀将の意見だ。
「共食いの可能性は?」
「ないとは言い切れませんが、おそらく違うでしょう。共食いであれば、兵隊蟻が死んだ時点ですぐに群がるはずです」
「参謀の考えは女王の死が、種の自傷行動を引き起こしているという事だな」
「他に可能性は?」
誰も発言しない。
そもそも、想定外が過ぎるのだ。
まさか仲間同士殺し合いを始めるとは思わなかった。
結局、まだ女王の死は確認できていないし、その判断も時期尚早という事になった。
「このままもう一日、経過観察を続ける」
サルファス司令の決定で軍議は終わった。
その翌日の昼過ぎ、選抜された調査隊がそれぞれの巣穴から入って行った。
調査隊突入から一時間後、一隊が帰還した。
「報告!中はメタルアントの死骸で埋め尽くされています。死骸を排除しながら進んだのですが、穴が狭くなり断念しました。場所は地下20メトル付近。穴の大きさは1.5メトルです」
全調査隊の戻りを待って、また軍議が行われた。
どこも同じ様な報告だった。
巣穴は枝分かれが多い。そこに死骸が大量に転がっているから進めないのだと。
また、たまに弱っていても生きている個体もいるらしい。
女王部屋の場所の目途も立てられず、全調査隊は帰還となったようだ。
「キース、竜眼であれば見えるのではないか?」
サルファス司令官は俺に期待しているみたいだけど、竜眼はそんな都合よくはない。
「いえ、魔力を感じることはできても、迷路を見通す能力はありません」
「そうか。何か打開策はないか?」
「霧で覆えば道筋くらいは分かるかもしれませんが」
俺の魔力のこもった霧を流し込めばある程度は把握出来るだろう。
生きている個体も分かる筈だ。
狭い穴でも土魔法を使えば無理やり広げられるし、邪魔な死骸は収納すれば・・
いや、いっそ巣穴の上から深い穴を掘ってしまえばどうだろうか?
螺旋階段もつけて騎士も降りられるようにして・・うん、ズドンと掘った底の方から横穴に霧で状況を探れば手っ取り早いかもしれない。
一人黙考する俺。
そんな俺を、サルファス司令始めお偉いさんたちがじっと見守っていた。
「ちょっと、キース。あんた会話の最中に考え事しちゃだめよ。失礼が過ぎるわよ」
アリアに小突かれて皆が注目していることに気付いた。
まさかアリアから失礼を指摘されるとは・・
「キース、何やら考えていたようだがいい案でも浮かんだのか?」
サルファス司令は全然怒っていなかった。
「すみません。色々と私にできる方法を考えていました」
それから、俺にできることの提案をした。
俺は巣穴の中心部付近と思える場所に立った。
そこで地面に手を突き魔力を込める。久しぶりの穴掘りだ。
直径5メトル程の深い穴を螺旋階段付きでグングンと掘ってゆく。
土の魔素を利用しているから、土や石があっても問題なく掘れる。
ただ異物は別だ。
穴の通り道にいたメタルアントの死骸はそのまま底に落ちて積み上がっていった。
『おおぉー!』
騎士団が驚く中、俺は40メトルまで一気に掘り進めた。
そこで一度、底に降りて積み上がった死骸を次元収納した。
大きめの横穴に霧を送り込んで中を伺う。
薄く広く霧を伸ばして、下に向かう穴があればそこにも送り込む。
その間、騎士が数名俺達の護衛についてくれた。
螺旋階段にも歩哨の様に騎士が立っている。
無数にある横穴からいつ蟻が這い出して来るか分からない。
現場は緊張していた。
「どうやらまだまだ下に続いています。そこまで掘り下げます」
俺はまた穴を掘る。
ガシャガシャと鈍い金属音を立ててアントの死骸が穴の底へ落ちて行った。
そしてまた底の方の穴に霧を送り込んで様子を探る。
それを幾度か繰り返した。
凡そ1キロル掘り進めたところで、無数に蠢く何かを感知した。
動きからして幼虫じゃないか?
その方向に産卵場があるかもしれない。
そっちに向けて横穴を掘ってゆく。
リファとアリア、それに騎士団の精鋭部隊が俺達の護衛に付いてくる。
周辺に開く無数の横穴に騎士団が小隊を作って調査に入って行った。
俺達も感知する方向の穴を広げて突入していった。
急勾配の上り下りを突き進む。途中の邪魔な死骸は収納してゆく。
光球を頼りに抜けた先は、20メトル四方はあろうかという大部屋だった。
そこに、薄色メタリックな幼虫が所狭しとモゾモゾしている。
一緒についてきたアリアの顔が青ざめた。
「ひぃ・・」
リファから小さな悲鳴が聞こえてきた。
ある意味壮観なんだけど、見ていて気持ち悪い。
幼虫の動きはウニョウニョしていて、見ているだけで鳥肌が立つ。グロイ・・
それを騎士たちが平気な顔で刺し殺してゆく。
剣で刺すとか、すげぇな。体液がこびりついてるよ。げ、今、飛び散った。
感触が嫌そうだし、魔法で消滅させた方が気持ち悪くないのに。
足元にできた体液の水たまりを避けつつ更に奥へと進む。
隣は繭部屋だった。それも騎士が残らず殲滅してゆく。
サナギ部屋もみつかった。どれも大部屋で10~30メトル四方の暗闇に、光球がサナギや繭を照らし出す。
そんな大部屋がいくつも見つかる。
たまに死にぞこないのアントが襲って来るけど、騎士がしっかりと撃破してくれる。
さすがは精鋭だ。無駄のない動きで迅速に討伐するからサクサクと探索が進む。
俺は近くの横穴、竪穴に魔力の霧を流し込んで探りを入れる。
まだ大きな部屋はいくつもあるみたいだ。
「メタルアントの巣穴攻略がこれほど楽に進むとは」と護衛の騎士たちは喜んでいた。
そのブーツや鎧に体液が沁みついている。
かなり匂う。
気持ち悪いことこの上ない攻略なのだが、それでもこうして喜んでくれるのであれば何よりだ。
一際大きな幼虫の部屋も見つけた。
雄蟻の幼虫だろうか。次世代の女王達かもしれない。
攻略は着々と進んで夕方になった。
一度引き上げた軍議の席で、「実に順調だな。これも風の旅団のおかげだ。難航が予想された調査もあと少し。その上死者ゼロ、負傷者もわずかとはな。これがメタルアントの討伐作戦であることを忘れてしまいそうだ。信じられん」とサルファス司令官からお褒め頂いた。
隣で副司令が激しく頷いている。
各部隊長も厳しい表情をしている者は一人もいない。
攻略は順調かもしれないけど、それを可能にした最大の要因はメタルアント同士の殺し合いだ。そこは俺達の功績じゃない。
それでも貢献できているのであれば嬉しいものだ。
リファも俯いて照れている。
アリアは薄い胸を張っているし。
「とにかく、女王の死骸を発見するまで皆頑張ってくれ」
サルファス司令はそう軍議を締めた。
探索二日目。
俺の霧が更に大きな空間と異物を捉えた。
「この先にかなり大きな部屋があります。そこに複数の反応を感知しました。多分元気な感じです」
俺達と行動を共にいているのは20名の精鋭の騎士。
隊長はザック。その足が止まった。
「何だと!おい、蟻は全部死ぬか弱ってるんじゃないのかよ」
「いや、感知した限りだとその対象外もいたのかと」
く~っ!と顔をしかめて、
「お前ら戦闘だ!敵は複数。ピンピンしてるらしいから気合い入れろよ!」
と部下を鼓舞した。
誰かのごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。
「ちょっと、それって飢えたメタルアントが群れて私達を襲って来るってことよね」
アリアの顔が若干引きつっている。
「うん。数は・・無数。大きさは2メトルってところ。壁や天井にいっぱい張り付いてる」
「よし、俺達で殲滅する。風の旅団はここで待機だ」
ザック隊長はそう言うけど、俺は悪手だと思う。
「大丈夫ですか?兵隊蟻かな。これまでのより大きいみたいです。数も多いみたいだしさすがに厳しくないですか?」
「・・ここまで大した仕事をしてないからな。ま、何とかなるだろ」
と若干不安そうな顔で言う。
「光球がないと真っ暗だから俺も一緒に行きます」
「じゃあ、私も」
「ちょっと、だったら私も行くわよ」
「おい。待機しろって言ってるだろ・・・お前ら、上官命令って言葉を知らないのか?」
俺に続いてリファとアリアが同行すると言ったから、隊長が呆れてしまった。
「でも、先に魔法でガツンとやって弱らせた方が絶対いいですよ」
リファが進言した。
リファは最近自信をつけたから強敵であっても物おじしない。
するとしたら、蠢く系の虫くらいじゃないか?メタルアントの幼虫とか。
「あぁ、確かにな。じゃ一緒に行くか。だが極力後ろにいろよ。絶対に俺より前に出るなよ」
結局全員で踏み込むことになった。結果的にそれが幸いしたと思う。
その部屋の入り口は天井が高く幅も5メトルはあった。
真っ暗な部屋の奥に確かに魔物の気配を感じる。
光球を先に飛ばして、中を照らした時だった。
いきなり部屋の奥から数匹がこっちへ飛んできた。
先に部屋中を魔力の霧で満たしていたから感知が早かった。
でも、状況を伝える時間などない。動きが速すぎるのだ。
ピカ、ドゴーン!
俺は隊長に何も伝えず、いきなり霧に雷撃を発生させた。
「おわ!何ごとだ!?」
その言葉も終わらない内に、ガシャガシャガッシャーンと大きな激突音がこっちへ迫って来る。
多分、羽付きメタルアントが数匹墜落して地面を滑ってきている。
状況を理解していない騎士達が慌てている。
派手な音と共に火花を散らして硬い何かが勢いよく突っ込んできた。
俺は咄嗟に石壁を築いた。
「伏せて!」
直後、壁に激突してきたメタルアントが7匹。
激突の破砕音と共に石片が飛び散ってきた。
「な、なな、なんだこりゃ!」
ザック隊長が慌てている。
「いきなり突っ込んで来たんで撃ち落としたんですけど、こんなことになっちゃいました。すみません!」
「キース、説明は後!まだ生きてる!」
リファが叫んだ。
メタルアントはギチギチと顎牙を開閉させながら、もがいてる。
薄い皮膜の羽根がある。これは雄蟻だろうか。
皮膜には金属の細いフレームが入っていて形状を保っているのか。
見た目は奇麗だ。
おっと、見とれている場合じゃない。うかうかしてたら強酸溶解液が飛んでくるかもしれない。
「ブリザードアタック!」
アリアが破壊された石壁を飛び越えて新技を撃ち込むと、メタルアントは凍り付いて吹き飛ばされて、側面の壁に当たってバラバラに砕けた。
「あ!アリアずるい!」
後ろにいろと言われているのにアリアときたら、いち早く抜け駆けしやがった。
リファも続いて火球を飛ばす。
「怯むな!殲滅開始!突撃―!」
サック隊長はじめ騎士団もすぐに態勢を立て直して部屋の中へ突入していった。
「リファ、まだ部屋の中にいっぱいいる。早くフォローしないと!」
瀕死のアントに止めを刺そうとしていたリファの背中に一声かけて俺もザック隊長の後を追った。
背後にリファの足跡を耳にすると、その後ろからアリアの声がした。
「ちょっと待ちなさいよ!」
抜け駆けのアリアが一番最後に部屋へ突入する形となった。
やれやれと光球を大部屋の中にいくつも送り込むとそこは巨大空間だった。
天井まで20メトルはあるだろうか。若干下り坂で奥まで50メトル、幅40メトル。
ゴツゴツした岩壁に阻まれて細部まで光が届かないが、至るところに金属製の薄羽が光って異様な雰囲気だ。
その空間全体にギチギチとメタルアントの警戒音が鳴り響いていた。
すぐに数匹がこっちへ飛んでくる。
それをアリアとリファが駆けながら早くも撃ち落とした。そのまま最前線へ立つと背中合わせに互いを護りながら魔法を撃ちまくり始めた。
後ろにいろって言われてるのに、この子達は聞く耳がないのか?
でも、飛込んでくるアントをいち早く撃ち落とすには悪くない位置取りな気がする。
羽蟻の飛行は直線的だから動きが読みやすい。ただ、速すぎて当たれば怪我では済まない。
でも、さすが精鋭と言われるだけあって騎士達は軽快なステップで避けながら躱しざまに羽を切り落としている。
地に落ちた羽蟻はギチギチと不気味な音を立てて迫りくる。
騎士達は圧倒的な敵に臆することも無く剣を振るった。
俺はというと、光球を維持しながら落ちたアントに火球で止めを刺すことに専念した。
強酸溶解液を飛ばされない様にちゃっちゃと始末する。
カチ合う金属音が響き、気合の絶叫、指示と連携の掛け合いをリファの火球とアリアの氷結魔法の破砕音がかき消す。
岩が砕け、火花が散ってブオンと羽音が通り過ぎる。
たまに強酸を飛ばそうと尻先を向ける個体はアリアとリファも目ざとく対応している。
そして、次々とメタルアントの死骸が積み上がってゆく。
徐々に戦闘音も小さくなって遂に巨大空間に静寂が訪れた。
数知れない羽蟻の死骸が積み上がった。
「はっ!乗り切ったぜ・・お前たち良く持ちこたえた」
洞窟のような広い空間にザック隊長のダミ声が響いた。
そのまま、へたり込むように腰を下ろして、「少し休憩にする。その間警戒を怠るなよ」と付け加えた。
数名怪我をしたようでアリアが回復魔法を掛けている。
その横で座り込んだ騎士が体力回復ポーションをグビっと飲み干した。
皆、喋るのも億劫なくらいに体力と精神力を削られたようだ。
でも俺もリファもアリアでさえも全く疲れていない。
「キース、お疲れ。なんかさ、久々に数の暴力相手にしたらすごく楽しかった!」
「うふふ。本当ね。たまにはこうゆう戦闘もいいわね」
辺りを警戒している俺にリファとアリアが話しかけてきた。
少し上気した頬から二人の興奮冷めやらぬ感が伝わってくる。
「おいおい、怪我した人もいるし命懸けだったわけだしあまり変なこと言うなよ」
一応注意をしたけど、二人は気にしてない様だ。
ザック隊長や他の騎士がこいつら何言ってんだ?信じられんみたいな目で俺達を見ている。
俺まで君達脳筋族と同類に見られてしまったではないか・・
だって俺は弱ったアントに止めを刺していただけで全然楽しくなかったし。
暫く休息してまた探索を続ける。
他に蠢くものは・・いた。
俺達は足場の悪い、広めの穴を進んでゆく。
そこも大きな部屋だ。
中を照らすと、巨大メタルアントの彫像のような死骸があった。
四足で踏ん張り堂々とした躯は威厳に満ちて、まるで俺達を睥睨しているかのようだ。
これは女王だ、間違いない。
体高4メトル、体長10メトル。
腹部が異様に長く膨らんでいて、周りに無数の卵がある。
生まれたばかりなのかモゾモゾ動く幼虫と、周囲に働き蟻の死骸がいくつも転がっていた。
「すげぇな、こりゃ。こんなでかいとは思わなかった。だが、確かに死んでいるな」
『おおぉー』
騎士達も固唾を飲んで見上げるその巨体は、美しくも恐ろしい圧力を感じさせた。
巨大な複眼は黒く、体色はメタリックグレー。
前足二本は大きく広げられて立ちはだかっているようにも、苦しみ藻掻いているようにも見える。
下から見上げると、鋭い顎牙がギラリと光って長さは2メトルを越えていた。
この巨体からは、防具にも武器にもなる良質の素材が取れる事だろう。
足には鋭い鎌を思わせる返しがいくつも見える。
ガチンコで戦闘になったら相当苦労したかもしれない。
ランクSの魔物の堂々たる死骸だった。
「おい、お前らはさっさと幼虫と卵を処理しちまえ。キース、このデカ物をお前の次元収納とやらで持ち運べるか?」
これまでガマモドキを散々出したり引っ込めたりしてきたから次元収納については知られている。
ザック隊長は、この女王を地上に持ち帰りたいらしい。
「たぶん行けます」
俺は、軽く触れるとパっとその巨体が消え失せた。
「おぉ、何度見ても分けわかんねぇ能力だな・・」
これは誉めてくれているのだろうか?
全ての処理が終わり、一応周囲の部屋にも気配がない事を確認して俺達は地上へ戻った。
現地本部へ戻る途中、治療用幕舎から漏れ出るうめき声を耳にした。
この二日間の作戦で100名以上の負傷者がでたらしい。
俺達は女王の討伐隊として探索したけど、騎士団も巣穴全体を調査すべく大量投入されていた。
死者はいないけど若干名重傷者も出ているそうだ。
満足に動ける個体は少なかったようだけど、あの羽蟻のように元気だった奴らも中にはいた。
全体の被害は軽微とはいえ、その治療所内はうめき声と血の匂いでむせ返っていた。
騎士団の持つポーションでは効き目が悪いらしく、数名は重体だった。
その人たちに俺とアリアでヒールを掛ける。
他の重傷者にリファが特製ポーションを提供すると、その回復力に治癒師が驚いていた。
以前にも思ったけど、騎士団のポーションの質が悪い。
いや、リファの特性ポーションの質が良すぎるのか?
今後も巣穴調査は続くという話を聞いて、丸薬や塗り薬も合わせて提供することにした。
ぜひ、怪我を恐れず頑張って欲しいと願いを込めて。
本部へ到着すると司令達がわざわざ外まで出てきて迎えてくれた。
満面の笑みだ。
メルボンド副司令は目が赤い。
作戦終了を報告した途端、「クーッ」と聞こえて、見ればメルボンド副司令が泣き出していた。
女王の死骸を出すようにサルファス司令に命じられて次元収納から取り出すと、場が騒然となった。
まるで生きているかのような完璧な個体だ。
死んでいると分かっていても恐怖心が湧き上がる。
実際、悲鳴を上げた騎士もいた。
「凄いなこれは・・」
皆が絶句するほどに、確かに凄い。
下からライトアップして展示すれば一儲けできる気がする。
「良くやってくれた。風の旅団、君達の貢献に感謝する。これで君達の役目はすべて終えた。王都へ戻り学院に通うと良い」
サルファス司令、メルボンド副司令から握手を求められた。
パルマも目を赤くして、感謝していた。
「君達の力を借りていなければ、どれほどの犠牲が出ていた事か。私も間違いなくその中の一人となるはずだった。心より感謝する」と。
じっと俺を見つめる目に溢れる涙が印象的だった。
最後に、女王を王都の軍倉庫に持っていくように頼まれ、将軍への書簡も預かった。
その夜、北の魔境奥地で王国騎士団の戦勝の宴が開かれた。
俺達も末席に招かれて魔物の肉にかぶりついた。
少ない酒を皆で分け合う騎士たちに隠れ、アリアは一人収納していた酒を.吞んでいた。
酒が少なくて酔えずとも、皆晴れやかな笑顔で実に良い宴だったと思う。
その翌朝、俺達は騎士達に見送られて王都へ向けて飛び立った。
学園の入学式から既に一週間が過ぎていた。




