王都であれこれ
ジュダーグの森を越え、テリーヌ大河川も越え、その先の広大な平原地帯を西へ西へと向けて飛び続ける事2日間。
見覚えのある大きな街に出た。
「ここって、アーシェル侯爵領じゃない?」
どこだっけと考えていた俺にリファが答えを教えてくれた。
「あぁ!そうかも」
溺れる侯爵家のお子様を助けた時に、ガストール男爵の情報をくれたアーシェル侯爵の街だ。
北隣がバルバリー侯爵領と繋がっている。
その日は見つけた宿屋食堂で今後の方針を立てた。
「もうこのまま王都に向かった方が良くない?後、2か月と少しで入学よ?30日前に学院に行くようにって話もあったし、間に合わなくなるわよ」
「ねぇ、キース。ここから王都まで何日くらい?」
「えーと・・」
今まで移動距離と日数の計算は大体俺がしてきた。
俺が地図を広げると二人とも覗き込む。
「今はここでしょ。って、王都から一番遠い街にいるじゃん!」
リファが驚きの声をあげた。
正確には、アーシェル侯爵領の南側にまだ伯爵領があるから、王都から一番遠い領地と言う訳じゃない。
でも、地図で見れば東南の街から北西の王都までかなりの距離がある。
「この感じだと、多分6千キロル位、それ以上かな」
『6千キロル!?』
食堂にリファとアリアの声が響いた。
「今の俺達なら15日くらい見とけばいい」
「余り余裕ないじゃない!はぁ、また移動だけの疲れる旅になるのね」
アリアがむくれて落ち込んだ。
「うー、でも仕方なかったんだよ。必要な事してたら時間が掛かっちゃったんだもん。キースは悪くないよ」
リファはいつでも俺の味方で優しい子だ。
「まだ半月も余裕あるしのんびり行こ」
「雨降ったらどうすんのよ。雨の中飛ぶのは絶対嫌だからね。はぁ。私色々な場所をゆっくり見て回りながら、その土地の美味しいもの食べて美味しいお酒飲んで、無計画に行き当たりばったりの旅がしたかったのよ・・」
アリアからそんな話初めて聞いたよ。
ていうか、アリアは毎日美味しいお酒飲んでんじゃん。
美味しいお魚食べて喜んでたじゃん。
そもそも俺達ってほぼ行き当たりばったりだし。
今回の緊急王都直行も無計画の産物だし。
「ともかく明日から移動しよう。なるべく最短距離で」
俺はアリアのボヤキを聞き流してそう一言告げた。
翌日からは一直線に北西を目指して飛び続けた。
幸い、雨に足止めされることも無く日に400キロルのペースで飛ぶことができた。
頑張ればもっとたくさん飛べるけど、そこは敢えてこの距離にした。
ただ風に乗って飛び続けるだけだけど、同じ姿勢で何時間もというのは意外に疲れる。
だから、無理をしないでほどほどにした結果がこのペースだった。
疲れが溜まるとアリアが怒りっぽくなる。だからこれでいい筈だ。
17日後、王都の城壁が見えたところで俺達は地上に降りた。
『やっと着いたー』
リファもアリアも座り込んでしまった。
時刻は夕暮れ時。
前回は年末で宿が全く取れなかった。
今回はどうだろうか。年末は近いけど、まだひと月半ある。
前回、警邏隊の一件で懲りたからあそこの世話だけにはなりたくない。
その日は外門付近に土小屋を造ってそこで野営することにした。
そして、翌日は朝から宿を探しに動いたけど、結局見つけることができなかった。
昼を過ぎて、仕方なくギルドの案内に聞くことにした。
「なんか嫌な予感がするんだよな」
俺は一人呟いた。
これまで、長くギルドに寄らなかったときは大抵、出頭命令とか来ていた。
今回も何か来ていそうな気がしてならない。
「大丈夫だよ。私達にはこのブラックカードXがあるから。もう何人たりとも私達に命令なんてさせやしないんだから!」
「そうそう。嫌なことは全て無視でいいのよ」
この喧噪の中、しっかり俺の呟きは二人に聞かれていた。
そしてギルドのカウンター。
「今日はどのようなご用件かしら」
いつものように美人なお姉さんが笑顔で俺達を出迎える。
「あの、安めの宿を紹介してほしいんですが」
「では冒険者証を確認します」
やはり、そこは必ず確認するようだ。
「あら、あなた達が噂の風の旅団ですか?確か伝言が届いていますね。少々お待ちを」
そう言って奥へ消えたまま帰ってこない。
そしてやっと現れたお姉さんの手にはいっぱいの紙束が・・
どさっと置かれたその紙束は全て俺達への伝言だった。
「えっと、王国各地の貴族方から招聘状、召喚状が出ています。はい。確認のサインをお願いします」
3枚の紙にびっしりと伝言差出人のリストが乗っていた。その端に署名欄がある。
一つ一つサインをしなければならないらしい。
「サインするだけで日が暮れるよ。俺達は受け取りを拒否します」
黒いカードをちらりと見せて、どや顔で言ってやった。
「ダメです。この方々への対応についてはあなた方に任せますが、伝言の受け取りは拒否できません」
お姉さんは即答だった。
ブラックカードXが効かない・・なんてことだ!
俺が固まって絶句していると、横からアリアがペンを取って、“風の旅団”と大きな文字で殴り書いた。三枚全部に。
絶句するお姉さん。
「ちょっと!」
「こんなにたくさん面倒なサインさせないでよ!忙しんだから。それより宿を教えて」
心なしかお姉さんの額に青筋が浮かんでいるような気がする。
「この時期は当ギルドで紹介できる宿は満室です。北エリアか西エリアのギルドなら比較的空いてると思います。はい、次の方!」
もう俺達を無視して後ろの人と話し始めたから俺達は押し出されるように列から外れた。
「ちょっと!まだ話は終わってない!」
青筋を浮かべたアリアの抗議も虚しく、お姉さんはこっちを顧みもしない。
「一旦出よう」
不満顔のアリアの背を押して、俺達は近くの食堂に入った。
そこで、遅い昼食を取りながら渡された伝言を回し読んだ。
侯爵家が2通、伯爵家21通、子爵家27通、男爵家35通。
全部で85通。全て呼び出し状だった。
「何でこんなに貴族から呼び出しが掛かるのよ」
ギルドからずっとアリアはふくれっ面をしている。
「私たちまた何かやらかしたっけ?してないよね?だってずっとお母様探すかキースのとこの領地に籠ってたもん。貴族と接触はギュスターブ家だけだし、あそこはとても喜んでくれてたし・・」
「リファ、多分考えても分かんないよ。今までも呼び出しの内容は俺達の予想外だったろ?きっと今回も予想できない何かなんだよ。一旦この紙束のことは忘れて宿を探そう。その後、ディグリーム将軍から一度顔を出すように言われてるからその時に相談してみよう」
ひとまず、宿を取る。
そこを最優先事項にして俺達は西門へと向かった。
ギルドのお姉さんは北エリアと西エリアにもギルドがあるようなことを言っていた。
考えてみれば王都はとんでもなく広い。それなのにギルドが一つでは対応できるわけがない。
だったら、魔境に近い西門辺りに冒険者用の宿があるかもしれない。
飛べば早いけど、そんな事したら絶対怒られる。
仕方なく俺達はひたすら西へと走った。
途中、見知った通りに出た。
この辺にアモンの店があったはずだ。
通りがかりのついでに寄っていくことにした。
「あ″―!やっと来た!お父さーん!お父さーん!」
店に顔を出した瞬間アミカが大声で叫んだ。
そしてドスドスと音が近づいて来てアモンが顔を出した。
「アミカどうした‥って!お前達!やっと来たか!」
親子揃って満面の笑顔で出迎えてくれた。
「お前達が王都を去って暫くしたら、風の旅団のニュースが王都中に流れたんだ。ルビー鉱山発見したんだってな。グリフォン討伐もしたんだろ?屍竜討伐のすぐ後だったから王都中がその話題で持ち切りだったな」
そんなことになっているとは知らず、俺はそんな時に王都にいなくて良かったと心の底から思った。
「さすがキース!もう王都で有名人になっちゃって」
「リファ、俺だけじゃなくて3人とも有名になったって話だよ」
「うん、冒険者は名前が売れてナンボなんでしょ?アリア良かったね!」
「うーん、私は面倒ごとを考えるとそこまで有名にならなくても良かったかも・・。ってゆうか、グリフォン倒したのもルビー見つけたのも全部キースじゃない。私は全く関係なかったわ」
面倒に巻き込まれたくない気持ちが見え見えの一抜けた的な発言しやがった。
「アリア、大樽でワイン貰っといて今更何を言ってるの?私達同じパーティーなんだから全部同罪よ」
リファがアリアを断罪した。
リファ、同罪ってなんだよ。それは罪なのか?
「分かってるわよ!けど、こんな筈じゃなかったのよ!あんたたちは良いわよ。この後学院に籠るだけなんだから。でも私は一人で依頼こなすのよ!ギルドに行ったら風の旅団の一員だって注目されるのよ?屍竜もグリフォン討伐でも私は何もしてない。逃げ回ってただけなのに・・それなのに注目だけ浴びるってこんな理不尽な話ないわ」
「アリアは十分活躍したじゃん。屍竜の時の一撃は凄かったし、あれはアリアにしかできなかった。それに生き残ったし、空も飛べるし、なんたってミトの娘だし。アリアは俺達の仲間なんだ。関係ないなんて寂しいこと言うなよ」
「・・・そうね、ごめん。なんか納得いかないけど、私も風の旅団なのよね。覚悟決めるわ」
なんの覚悟だ?と思わないでもないけど、アリアが納得したならそれでいいや。
「何のことかわかんねぇが、話が決着したならこいつを見てくれ」
そう言ってアモンが赤竜の鱗で作られた胸当てを出してきた。
「うわぁ~!」
「奇麗!」
「おぉ・・すごく目立ちそう」
それは見事に赤く輝く派手な胸鎧だった。
予想はしてたけど、必要以上に目立ちそうだ。確かに恰好いいけどこれは恥ずかしい。
というか、最初のデザインと違う。随分派手になっている。
「いい!これ絶対キーズに似合うよ!」
「風の旅団ここに参上!って感じね」
「あぁ、渾身の作だ。儂の過去一だ。王都中の冒険者探したってこんな派手で恰好良い胸当て付けてる奴はいない。街を歩けば誰もが振り返るぞ。王都中の視線を釘付けだ。間違いない!」
アモンが胸を張った。
「いや、派手過ぎて睨まれそうなんだけど」
「何言ってる!赤竜にも睨まれたんだろ?今更気にすることか?ガハハハハ」
『あはははは』
「うふふふふ」
ハハハ・・ハァ。
あまりにド派手な胸当てに俺は一人気後れしていた。
でも、リファも今回ばかりは俺の味方じゃない。
「これ最初のデザインと違うんじゃない?」
「うん!こっちの方が目立って断然恰好良かったから変えちゃった!」
アミカがしれっとそんな事を言った。
一応、装着して着心地とか動きにくさとかを確認した。
その間、俺を見るリファの目が輝きっぱなしだった。
皆満足そうに俺を見ていた。
もう日暮れまで時間がない。
早く宿を探さねば。
「おう、西門の傍にある肉球亭って宿に行ってみると良い。儂の紹介だって言えば融通利かせてくれるはずだ。あそこは元冒険者の夫婦がやってる。飯も美味いしサービスも良いって評判なんだ」
アモンに礼を言って俺達はまた走り出した。
まだ距離がある。
日がどっぷり暮れてようやく俺達はその肉球の看板を見上げていた。
「いらっしゃい!」
スイングドアの中は酒場だった。かなり流行っているようで大勢の人がいる。
そして、従業員はなんと獣人だった。
猫耳、フサフサした尻尾、そして長い猫髭。
美人なんだけど初めて見る獣人族に俺とリファは固まった。
見た目は人間族。でも、耳と尻尾と髭がある。なんて不思議な存在なんだ。
「君達ここは酒場よ?お酒飲みに来たの?」
不思議そうに猫獣人のお姉さんが首を傾げる。
「いや、肉球亭って宿を紹介されて来たんだけど」
「あぁ、それは裏よ。ここは飲み処の肉球亭。裏に猫宿肉球亭があるから行ってみて」
そう告げられて、通りを回って裏へ出ると、同じ肉球の看板があった。
「あの、俺達人間族なんだけど泊まれますか?」
「えぇ。大丈夫よ。二人部屋と一人部屋?二人部屋は銅貨6枚、一人部屋は4枚。食事は朝が無料で夜は銅貨1枚。昼はやってないわ」
そう答えてくれたのは、白毛のネコ族のお姉さんだった。
気品があってすごく美人だ。
中に通されると、眼光の鋭い黒猫のおじさんがいた。
一目で強いと分かる。スラッとしてフェルダール師団長とはタイプの違うイケメンダンディな猫だ。耳がピンとしてカッコいい。尻尾もシュッとしてる。
「食事をするなら急いでくれないか」
ちょっと威圧が入ってる気がしたけど、この人の雰囲気のせいだろうか。
「ちょっとジャンゴ。そんな言い方してはダメよ」
「あぁ、済まない。ミーア急いで案内してやってくれ」
白猫奥さんに注意されると若干耳が垂れ下がった。
「かっわいい!」
後ろで声を殺したアリアのときめき声が聞こえてきた。
部屋に案内されてすぐに食堂へ向かうと、そこに3人の子猫がいた。黒白白だ。
3歳くらいの三つ子だろうか。
「キャー!可愛い!私撫でたい!ダメ?」
「ダメ?」
そしてリファも。
「この子達人見知りなの。でも紹介するわ。黒い子が息子のジャム、白い子達が娘のシャルとシャロよ。私はミーア。さっきのが旦那のジャンゴ。よろしくね」
一度部屋へ通されてすぐに食堂へ降りると食事が出てきた。
ホクホクの蒸しタロイモと白パン、それに肉団子のアツアツコッテリシチューだった。
「美味しい!」
「うん、これは美味しい。果実酒をお代わり!」
アリアのピッチが早い。
給仕をしてくれるミーアと話しながら舌鼓を打つ。
なんでも、この辺りは獣人族がチラホラと住んでいるらしい。
この宿は冒険者を引退して始めたそうで、客の半分は獣人族の冒険者なのだそうだ。
獣人族は、猫と犬が多く、狼、虎、と続いて鼠、兎、熊、豹などがいるらしい。
エルフ族やドワーフ族もこの界隈の住んでいるようで、西門付近は中央と違った雰囲気になっているのだとか。
でも、そうは言っても街全体で見ればほんのごく僅かしかいないらしい。
その為に迫害とまでは言わないまでも差別を受けているという。
肉球亭はミーアの兄弟姉妹が切り盛りしていて、さっき会った猫のお姉さんもミーアの妹ということだった。一族で団結しないとこの街で生きるのは厳しいそうなのだ。
その夜、宿にありつけた俺達はゆっくりと身体を休めることができた。
そして翌朝、王国軍統合本部へと向かった。
門兵にディグリーム将軍の面会を求めると、明日午後に来るよう指示された。
時間の出来た俺達は、魔術学院へと向かうことにした。
アリアは関係ないからと宿に帰ってしまった。
「今度入学予定のキースとリファーヌです」
職員に名を告げると、「あぁ、風の旅団のお二人ですね」と理解が早かった。
「お二人のことは学院顧問のエッゲル殿より伺っています。早速ですが、入学前に筆記試験を行います。また魔力測定、実践魔法を見させていただきます。当学院は既に基礎的な学力を有している方が対象となりますので筆記試験はその確認です。魔力測定、実践魔法は当学院で学ぶにふさわしい実力をお持ちであるかを見させていただきます」
すぐに奥へ通されて試験用紙を渡された。
何も勉強してないからリファが焦っている。
俺もだけど。
だって、筆記試験があるなんて聞いてないし。
「あぁ、普通は初等部でしっかり学んでからの進級ですからね。ですがお二人は初等部に通われていなかったのでしょう?入学したら読み書きもできなかったでは学びになりませんから、一応授業を理解する学力があるかを確認するためです」
そう告げられては受けるしかない。
用紙は3枚。
一枚は言語の筆記用紙。これは全く問題なかった。
2枚目は算術。これも問題なかった。
3枚目は王国の歴史と地理。これが問題だらけだった。
王国歴今何年?現国王の名前は?4公爵家と10侯爵家の家名は?最後の大戦はいつどこで?現在の大領地はいくつ?どこそこ領の特産物は?王家の役割とは?
みたいな問題がずらずらと。
少しは分かるけど、ほとんど分からん・・・
リファも隣で頭を掻きむしっている。。
試験が終わると二人して大きなため息をついた。
「予想はしていましたが、お二人はジルべリア王国の基本をまったく知らないようですな。王国民としてそれでは困るので、入学後は補修を受けてもらいます」
試験官の冷めた一言が俺の耳に入った。
それから紙を一枚渡された。
そこには王都の用品店のリストが載っている。
「まずそのリストにある店で急ぎ制服を作ってください。時間がないので間に合わなくなります。次に必要な物品をそのリストの中の店で購入してください。その店で購入する物は全て王家が支払ってくださいます。次に入寮の件ですが・・・」
延々と説明が続いた。
最後に質問は?との問いにリファが手を挙げた。
「私、寮はキースと一緒の部屋がいいんです」
「ダメです。女子棟と男子棟は別です」
その一言にリファの顔が青ざめた。
「な、何でですか?私達兄妹も同然なんです!」
「たとえ兄妹でも寮は別棟になります。ちなみに男子寮、女子寮ともに異性の出入りは厳禁です」
にべもなくリファの主張は却下されてしまった。
「そんなぁ・・」
項垂れるリファ。
そこまで落ち込まなくてもと思ってしまう。
その後、魔力想定、実践魔法は問題なく終了した。
未だ激しく落ち込むリファを連れて俺は制服やら何やらの買い出しに出かけることにした。




