傭兵団のリファーヌ 1
ちゃぷちゃぷと打ち寄せる波音の中、一人の女の子が黙々と河原の石を積み上げている。
目を上げればきらきらと橙色に染まる川面が息をのむ美しさなのだが、その女の子は見向きもしない。
これで最後とばかりに手頃な石をその頂にそっと乗せて崩れない事を確認すると満足そうに微笑んだ。
一仕事を終えて集中が途切れたところで背後からジャリジャリと石を踏む足音が近づいてきた。
振り返れば金属鎧の胸当てをした髭面の男が両手に桶を持って歩いてくる。
腰にぶら下がった剣がカチャカチャと音を鳴らしている。
その男を見た途端女の子の表情にパっと喜びの色が浮かんだ。
「あ、ベック見て!見て!私お墓作ったの!」
リファーヌという名の4歳の女児が先ほどまで頑張って築き上げた成果を見せた。
小さな胸をこれでもかと張って両手を腰に当てている。その顔は誇らしげな笑みを浮かべていた。
そこには3つの墓と思しき石の山が出来上がっていた。
その小さな身体ではそこそこ大変な作業だっただろうことが見て取れた。
「嬢ちゃん、頑張ったな。で、これはどれが誰の墓なんだ?」
「んーとね。こっちからアイギッシュ、サージ、で、一番右のがディッケルトよ」
女の子はちょっと舌足らずな声で一つ一つ石山を指さしてベックに教えて上げた。
それはつい先日戦死した者達の墓らしい。
アイギッシュとサージは十五歳、ディッケルトは十三歳という若さだった。
戦場ではこうした若者たちが次々と命を落として行く。どこの傭兵団でも似たようなものだ。
剣を一端に振れるようになった者から戦場に立ち、生き残った者は生き残るための経験を一つ積んで降りかかる死から僅かに遠ざかる。その積み重ねが若い戦士を強者に育て上げてゆくのだ。
今回は予想以上の激戦だったから傭兵団としてはその程度の損失で済んだことは僥倖と言えた。
戦場では人の命は損得で勘定すべきで、一々悲しんだりするものではない。
無論親しい者が死ねば悲しみもするが、いつまでもそれに囚われる訳にもいかない。特に入団したてのこの若者たちは親しくなる前に死んでしまったのだ。
それこそ悲しみを覚える暇もなかったと言えた。
「そうか、嬢ちゃんにお墓を作ってもらったんだ。あいつら今頃向こうで大喜びしてるかもしれねぇな。嬢ちゃんは優しい子だ」
ベックは桶を置き女の子の頭をワシャワシャと撫でるとその子は途端に目を細めた。
エへーと表情を崩してもっと褒めてと身体をくねらせている。その動きに合わせて金色の短いポニーテールが左右に揺れた。
「あ、そうだ!お花を忘れてた!」
「もう陽が落ちるぞ。遠くに行くなよ!」
少し先の高く盛り上がった土砂の上に白い花が咲いている所がある。ほんの目と鼻の先の場所だ。しかしちょっとした油断が取り返しのつかない状況を作り出す事がある。ベックは、駆け出した小さな背中に慌てて大声を張り上げた。
足元には遺体の無い墓とも呼べない石山が三つ、夕暮れの日差しに当てられて長い影を伸ばしていた。
「パパ!パパ!大変!大変なの!」
息を切らして駆け寄って来たリファーヌは数人の傭兵と談笑している父の片腕に飛びついた。大げさな素振りで抱えるほどの父の腕を揺さぶりながら必死に大変さをアピールしている。しかし何が大変なのかは口にしない。
パパと呼ばれた男は猛々しいたてがみのような髪型で、ウェーブのかかった汚れた金髪を長く伸ばしている。そのどうしようもないボサボサ感が一際荒くれ者感を引き立てていた。
周りの者たちも余程の猛者と分かる連中なのだが、この男の醸し出す荒々しさはその中でも群を抜いている。一見して笑顔など似つかわしくないし、まして子供であれば見ただけで、恐怖で泣き出してもおかしくない。
そんな野獣のような男の腕にリファーヌは全身で縋りついて懸命に注意を引こうとしている。
突然乱入してきた幼子にその場に座る者たちは暖かい眼差しを向けた。
リファーヌはパパ大好きっ娘なのだ。あまり傍にいることのない父に構ってほしいのだと皆が思っている。
父はひょいとリファーヌを抱え上げて膝の上に座らせると嬉しそうな笑みを浮かべた。
「どうした?俺のお姫様を困らせる奴がいたら今すぐに真二つにしてやる。どこのどいつが・・」
父の物騒な物言いをリファーヌはその口元を小さな手で遮った。
「違うの。あのね、あっちで男の子が死んでるの!私と同じくらいの子。ちゃんとしたお墓を作ってあげて!」
父は数秒考えた後リファーヌの青い瞳をじっと見た。
「リファ。今時転がっている死体の墓なんぞ作ってられねぇ。仲間の遺体でさえ持ち帰れねえ時があるんだ。そんな知らん者の墓なんぞ一々作っちゃいられねぇ。俺たちは墓堀人じゃねぇからな。そういうものは目にしても放っておくしかないんだ。分かるか?」
父は愛娘に当然の事を言い聞かせるように諭したが、リファーヌは納得しなかった。
「だって可哀想じゃない。じゃあもし私がパパの知らないところで死んじゃったとしたら、それでお墓もなくて魔物や漁り鳥のエサになってもパパは平気なの?あの死んじゃった子だってそんなの嫌って絶対思ってるよ。ねぇお願いパパ。あの子の為にちゃんとしたお墓作ってあげて」
リファーヌの瞳は真っ直ぐに父を見返してお願いと必死に訴えている。そんな親子のやり取りを仲間たちは興味深々に見守っていた。そして仲間同士一瞬で目配せをし合って頷く者と首を振る者がいる。
父は再び愛娘の瞳をじっと見つめた後、大きなため息をついて向かいに座る一人の男に顎をしゃくった。
「はぁ~やっぱりドミークは娘に甘いな。結局言い負かされてやがる。クソ!ほらよ」
あちこちから文句が上がり首を振った者から頷いた者へ銀色の硬貨が弾かれた。
僅かな時間の内に賭けが成立していたらしい。
その様子を忌々し気に横目で見ながらドミークは大きな舌打ちを一つ打った。
ローブを纏った魔法師と思われる男は頷いた側だったのだろう。目の前に落ちた小銀貨をかき集めるとすっと立ち上がった。
リファーヌは「パパありがとう!大好き!」と言って父の膝からぴょんと飛び降りた。
「シモン、あっちだよ」
リファーヌが川下の花咲く土手を指さしながらローブを纏った男の手をぐいぐいと引っぱった。
と言っても所詮は幼子。シモンと呼ばれた若い男は足の遅いリファーヌをすかさず抱き上げると片腕に乗せるようにして抱きかかえた。その様子は二人がとても仲睦まじ気に見える。
兄妹としても親子としても年が離れすぎているのだが、不思議とそのどちらにも見えるのだ。リファーヌの後ろ髪がぴょこぴょこと左右に嬉しそうに揺れていた。
その子供は白い花の咲く土手の向こう側、川岸に打ち上げられた大きな枝に引っかかっていた。遠目にはまるで白いシャツが引っかかっているだけのようにも見える。襟付きのシャツであることからその子が男の子なのだろうとシモンにも判断ができた。
近づけば枝葉の間に四肢が隠れていている状態だった。背中には四本の大きな裂傷が走り濡れたシャツに血が薄くにじんでいる。
「かわいそうに・・魔物に襲われて川に落ちたのだろうな。流れてきた枝になんとかしがみついたものの力尽きたってところか」
シモンの呟きをリファーヌは黙って聞いている。ほんの先ほどまで喜んでいたその目には幾ばくかの悲しみが浮かんでいた。
シモンは邪魔な枝を腰に差していたダガーで払って男の子を抱き上げると河原へ静かに横たえた。
確かにリファーヌと同じ年頃の男の子だ。青白く冷え切った肌はそこかしこに擦り傷が見られる。左足はどす黒く腫れあがり足首には何かが巻き付いたような大きな傷があった。
その男の子は栗色の揃えられた髪、白い肌に上等のシャツを身に着けていた。
腰に短剣と魔石のはめ込まれた魔法杖がしっかりと固定されていて、それだけでもこの子がお貴族様の坊ちゃんだと見てとれた。
「この子はきっと隣国の貴族の子供だ。遥か上流から流されてきたんだね」
シモンが言いながら短剣を調べると、中々というよりはかなり良い造りをしている。そしてその刃の根元に紋章の彫り物があてられていることに気づいた。
紋章は長盾の縁取りに交差する3種の武器。剣とハルバードと中央の槍だった。
「この子はどこかの貴族の子のようだね」
「どうしてそんなことが分かるの?」
リファーヌの声はいつになくか細かった。
見ればリファーヌは眉毛を下げてじっとその青白い顔を見つめている。
見知らぬ男の子の死を心から悼んでいるようだ。傭兵団の仲間が死んでも然程悲しい表情を見せないリファーヌには少し珍しい。
小さな子供の死体を目にしたことがないわけではないはずだが、自分が発見したという事もあってリファーヌは感情移入をしてしまっているのかもしれない。
リファーヌに向けるシモンの口調に自然と優しさが帯びた。
「ほら、この紋章。この剣はこの子のお父さんの贈り物じゃないかな。こっちの魔法杖も見てみよう」
その杖の素材は魔木らしい。魔法師のシモンは魔法杖に少し見識があった。ただ子供が持つには少し大きすぎる。杖上部にある魔石に三本のねじれた蔦が絡む一般的なデザインだ。魔石は薄緑色で中級上位の魔物の魔石だろう。上物とは言えないが悪くもない。
「この男の子は剣士と魔法師の両方に憧れていたのかな。せっかく良いものを身に着けていたのに役立てることができなかったようだ」
そう言いながら、シモンはこの男の子の身の上に何が起こったのだろうかと考えを巡らせた。
(郊外へ出かけたところを魔物の襲撃を受け護衛とはぐれ川に落ちたか、或いは冒険心で一人街を抜け出したところを魔物と遭遇したか・・)
「え?あれ?今唇が動いたよ?」
短剣と杖を前にして暫し熟考に入っていたシモンだったが、リファーヌの戸惑う声に意識を戻した。
男の子の表情に変化はない。その整った顔色は蒼白でどう見ても生気はない。
シモンは胸部に視線を向けた。
僅かに、ほんの僅かだが小さな胸が上下している。
「生きてる?」
シモンの口から思わず上ずった声がでた。




