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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

少年の復讐

作者: どら焼きドラゴン

元々復讐モノ書いてみたいな~ぐらいで書いて結局ボツになったやつを短編化しました。

 


 とある学校のとある教室で二人の男女が向かいあっていた。

 これだけならば青春の一幕である。


 しかし、それは違った。


「騎桜 義仁 (キザクラ ヨシヒト)あなた私に刃向かう意味、わかってる?」


 そう強気な発言をする少女に男はこう答えた。


「しらん! だが、お前はやりすぎだし、もううんざりなんだ。」


 少年は怒っていた。

 目の前にいる少女、山香(ヤマガ) 彩月(サツキ) にだ。


 彼女はこの地区を代々治めてきた山香家の令嬢で、一家全員が高い権力と発言力を持っていた。


 しかし、その家の力は彼女を怪物に育ててしまった。小中高に至り学校では愚か街ですら皆彼女がワガママを言ってもその家の権力を恐れ、彼女が求めるままにした。実際、彼女のワガママを聞かなかった小企業や商売人は急に仕事がなくなったり、謎の失踪を遂げていた。


 そんな彼女の権力の強さにこの街に引っ越してきたばかりの義仁にはさっぱり理解できなかったのだ。いや、理解する気も最早なかった。


 その一歩も引けを取らない拒否の姿勢に少女は冷ややかな目を向け、嗤った。


「そう、その負けん気がいつまで続くか見ものね。」


 そう言って少女は教室を後にした。今考えれば、あそこから人生がガラリと変わった機転だったんだろう。




 その日から俺は彼女の()()にされた。


 最初は靴やカバン教科書を捨てられたり、目の前で燃やされたり、たまに力のある生徒をけしかけられタコ殴りにされたりした。これくらいは想定内だった。


 しかし、月日が経つにつれ彼女の嫌がらせは悪化した。

 バッティング大会と称し俺を拘束し、ピッチングマシンでボール何時間も投げつけられたり、頼んでもいない代引きを送られたり、スマホの契約を解約されていたりと多岐に渡った。


 しかし、俺はそれでめげることはなかった。むしろ、彼女に対する怒りと負けん気が沸き上がり、絡まれた時に負けないための鍛練や将来の為の勉学に励むこととなった。

 たかが三年我慢の時、そう思うことで自分の正気を保ったのだ。


 そしてそれがまたいっそう彼女を苛立たせた。




 そして忘れもしないあの日がきた。


 ある日のことだった。放課後の遅くまで図書室で勉学に励み、家に帰ろうとしていた時、彼女が図書室に入ってきた。

 そして俺を見つけると歪んだ笑いを浮かべ、こう言った。


「今日であなたの負けよ。調子に乗りすぎだもの。私の本当の力を見せてあげる。あなたみたいな下級の負け組には絶対にない力をね。」


 俺は当然無視した。実際、話すつもりすらなかったからだ。ボロいカバンを担ぎ図書室を出ていく。


「はやく帰ったほうがいいわよ? 」


 ――家族最後の会話になるでしょうから。と彼女が笑いながら言った言葉が妙に心に残った。


 いつもよりも心なしか足早に家に向かった。

 家には明かりが灯っており、中にはいつもならまだ仕事中の筈の父と母が深く落ち込んだように待っていた。


「ああ、義仁。帰ってきたのね。」


「……帰ってきたか。」


 いったいどうしたのだと訪ねた。

 その答えは父の張り手で返ってきた。


「どうしただと!? 今日学校と警察から連絡があった! お前、あの山香さんの一人娘を虐めていたらしいじゃないか! 惚けるのもいい加減にしろ!」


 なにがなんだかわからなかった。今まで虐められたのは俺の筈だ。父と母には生傷が絶えない姿を何度も見せていたし、虐めの証拠日記も残していた。虐められたが今はみんなで堪え忍ぼうと協力の意思も示していた。


 一番理解のある人だと思っていた人に裏切られたことがショックだった。


 母は泣くばかりでうるさいだけだった。



「父さんと母さんは一体どこで間違えたんだろうか……お前のその行動のせいで二人とも仕事を失ったんだぞ! どうしてくれるんだ! えぇ!? お前の虐められたアピールはそのカモフラージュだったわけだな!? ハッ! 明日のニュースはウチの恥さらしを全国にするわけだ! 警察にもお前を付きだす! お前みたいな子はもうウチの子じゃない!」


 父の激昂してる理由がわかった。そして、それは最早取り返しのつかないことにまで発展させたのだと理解できた。


「……そこまでやるか。」


 口から出た言葉はそれくらいだった。



 翌日、警察が家にわざわざやって来て、俺を乗せて行った。そしてあれよこれよと、ありもしない罪状を述べられ俺は一躍超凶悪な虐めの犯罪者という謎の方向に発展したのだった。連日テレビでも面白おかしく報道され、被害者として彼女が半泣きでコメントするシーンを見せられた時はその滑稽さに笑い、警官達に反省の余地なしという評価を貰った。




 仲間だと思っていた家族だと思っていた連中は離縁届けを出し、俺との関係を切った。身寄りがなくなり、証人も出せないまま裁判になり、満場一致で刑罰を言い渡された。


 裁判所で彼女は勝ち誇ったような笑みを終始俺に向けていた。


「あなたの負けね。ほんと私に歯向かうなんておバカさん。あなたは社会的にも終わりよ。負け犬の人生を楽しむといいわ。 それよりももし、あなたが今ここで私に裸で土下座したら刑を軽くするように取引してあげてもいいわよ?」


 判決の後、彼女は大笑いしながら俺にそう言った。


「ほーらなんか言ってみなさいよ。ほんとつまんない男ね。」


 ―――ふざけるな。俺が何をした。間違ったことはしていない。


 そんな言葉は出てこなかった。そんな()()()()なんて出てくる筈がなかった。



「……正直ここまでしてくるなんて予想外だったよ。」


 もはややるべきことは決まっていた。俺を最大限に潰し、もはや日本では生きていくのが辛い日々になるのは決定した。

 ならば逆に考えてみよう。


 ―――もはや失うものは何もない。ある意味俺は解放された。


「そうだな最後に一言、言っておこう。キミはいつか……痛いしっぺ返しを食らうだろう。そうならないように身の回りはキチンとしておけよ。」


「………………な、何よそれ。たったそれだけ……?」


 ――じゃあな。


 と彼女の横を通り抜け、刑務所の世話になるための一歩を踏み出した。覚悟を決めた、たったそれだけだ。


 その日から俺は、あの腐った空間を破壊するその覚悟を決めたのだ。








 ―――二十数年後。


 一艘の漁船が波を切りぐんぐん港に近づいていく。過去を振り返っていたら、いつの間にか湾内まで入っていたようだ。


「お客さーん! そろそろ着きますぜー!」


 船頭が船を操縦しながらダミ声を上げる。


「おや、もうそんな時間ですか。」


 時計を確認すれば、午前2時30分を回った所。取引先との約束は午前3時だった筈だ。少々早く着いた。


「はいつきましたぜ!」


「ありがとうございました。」


「いえ、またよろしくたのんますわ。」


 港につくと船頭に船賃を払って降りる。船頭は封筒の厚みにホクホク顔だった。

 船頭も私もお互いに詮索はしない。詮索は我々の世界では禁じ手だからだ。


 未だに寝静まった港の波の音を聞きながら取引相手が来る時間を潰した。


 そして午前3時の針が回った。

 港は未だに静まっていた。


「あなたが依頼人ですか?」


 まあ、一般人にはそう思えるだけだ。この港には私を取り囲むように数人が歩きまわっている。


「流石はKだな。」


 取り囲んでいた人間のうちの一人が姿を表した。

 ふむ、見た目は中年のサラリーマンに見えるが目付き顔付きでわかる。こいつは堅気ではないな。


「用件は?」


「依頼内容はこいつらを始末してほしい。」


 写真を渡された。アホ面をさらした女と男の写真だった。


 その写真を渡されていつも保っていたポーカーフェイスが少し歪んでしまった。


「報酬は5000万アメリカドルある! 頼む、俺の兄貴を家族を殺したあいつらに制裁を下してくれ。」


「……一家全員ですか?」


「そうだッ! あの腐った生き物は淘汰されるべきだ! なるべく惨たらしく派手に始末してくれ。」


「……8000。」


「は?」


「8000で引き受けましょう。」


「おお! 引き受けてくれるか! 何か手伝うことはないか?」


「………振り込みを確認したら仕事にかかります。」


 話は終わりだ。手伝いなどいらない。武器や薬は自前で用意するのが鉄則だ。昔、信用して任せたらガラクタを寄越してきたことがあり、痛い目にあったものだ。


 それぐらい他人に任せるのは危険だ。


 しかし、楽しみだ。殺し屋として働いてきた私がこの世界にいくことになった因縁の場所に行くことになるとは。


 ――ああ楽しみだ。


 Kは久しぶりに顔を歪めて笑い、暗闇に消えていった。







 Kと呼ばれた男が去った港で、殺しを依頼した男達はタバコをふかしていた。


「あの男は一体?」


「……海外で活躍しているトップクラスの殺し屋だ。日本人らしいが…本人があまり話をしないからな。しかし、腕は確かだぞ。あの『77』と呼ばれた男の弟子らしいからな。」


「『77』! あの伝説の殺し屋ですか!」


『77』。裏世界に生きる者達が一度は耳にする伝説の殺し屋だ。大胆で無慈悲でかつ証拠は残さない。まさに暗殺者の中でスーパースターだった。今は年老いた為、自ら警察に捕まり、終身刑の身だと噂だ。


「それなら確かに……しかし、相手はあの山香ですよ。」


「だからあいつをわざわざ呼んだ。大丈夫だ、あいつの仕事の成功率は90%を越えている。失敗したとしても、打撃は与えることになるだろう。」


 ―――そしてなによりと男は続ける


「我々のような人間がいつまでも舐められたままでは困るのだ。山香家は調子に乗りすぎた。そのツケを払ってもらうだけだ。」


「では我々は……。」


「せいぜい警察の足を遅くする程度の妨害をするだけさ。やつの仕事の下手に手伝おうとすると、死ぬぞ。」


「肝に命じておきます。」







 ―――数日後


「いってらっしゃーい。透くん。」


「はーい!行ってきますママ。」


「嫌なことがあったら言うのよー。」


「はーい。」


 ―――ふむ、あいつ子供までできていたのか。これは楽しみが増えた。





「ただいまー!」


「お帰りー。今日はどうだったー?」


「うん! 僕の言うこと聞かないバカがいたから黙らせてやった!」


「それはいいことしたわね! ウチの家に仇なすゴミにはわからせてやらないとね!」



 ―――帰宅は16:30ごろか。




 それから数日かけて一家の動きを探った。街中には山香家の手の者が至るところにいたが、私くらいになれば見分けは簡単だった。観光客のフリをして様々な場合を想定した経路を模索した。元々住んでいたとは言え、随分と変わっていた。


 街の雰囲気なんて奴らの腐った匂いしかしなくなっていた。何かに怯えた顔をしているか、やつらと()()の顔しかなかった。


「……くだらない。」


 全て破壊してやろうか。





 そして、一週間後。全ての準備を整えた。

 天気は快晴。今日のショーを神々すら祝福してくれているようだった。


 ホテルで装備を確認し、車を走らせる。向かうのはあの女の父親がいる家だ。しかし、このまま向かえば門番に追い返されるだけだ。だからこうさせてもらおう。







「いやー今日は急に予定の子が入れなくてね。本社からのヘルパーは凄い助かったよ。」


「いえいえ。私もたまたま空いていたので。」


 配管会社のヘルパーとして今日あの屋敷に呼ばれていた人数に入れてもらった。身分は偽装は簡単だし、予定だった奴はちょっと眠ってもらった。そして、私は難なく屋敷に入り込めた。


「おーし! 今日の仕事は一階の水周りだな。台所の排水口とバスルームの排水口が最近排水量が悪いから調べてくれって話だ。」


 本来なら給水周りに毒を流したりするんだが……依頼人の意志に沿わないため今回は見送る。


 家の中には警備員が6人……余裕だな。


 水道工事の現場からこっそり抜け出し、途中にアタリをつけていた警備室から予備の服を頂き、警備員になりすます。

 人数確認をされたらバレるが、ここにはそこまで長居はしない。大丈夫だ。


 堂々と屋敷の中を歩き回り、見つけた。書斎の本棚に隠し部屋があったのだ。屋敷の見取り図を頭に入れていたのだが、見取り図で見たよりも狭かったため、調べてみたのだ。


 その中には…まあ、あるわあるわ。

 数々の悪事やもみ消した証拠、金の動きなんかが書いてあった。しかし、それは今回の仕事ではない。それにこれらは、暴いたとしても山香家にはあんまりダメージがない。本命は別だ。


「おや、どうやらネズミが入りこんだようだね。それも巨大で醜悪なネズミだ。」


 きたか。


 振り向くと、ガタイのいいスーツを着た男が立っていた。人をどこまでも小バカにした目付きはあの女にそっくりだった。 こいつがターゲットの1人。山香家の当主、山香智三。

 山香家が増長できたのはこいつのおかげだ。こいつが全ての元凶である。


「どうやら道を間違えたみたいですね。」


「ほぅ?」


 智三は冷めた目でこちらを舐めるように見つめていた。


「一介の警備員が私の執務室に道を間違えて入り、書類を堂々と漁るものかね?」


「ええ、そうですね。ちょっと好奇心にかられまして。」


 わざとらしくヤツの椅子に座り、足を机の上に投げ出した。


「フンッ、ネズミには人間の行儀がわからんのも仕方ないか。」


 智三がステッキを鳴らすと、彼の背後から警備員がぞろぞろとやって来た。


「カーマイル! こいつはどこの所属だ。」


 カーマイルと呼ばれた警備員の1人が前にでる。


「サー、彼は我らの会社の者ではありません。」


「ほう! ならば外部からの刺客というわけだ。」


 智三は顔を歪ませた。


「さあ、どこからの刺客かは知らないが、山香家を侮らないことだ。捕らえろ!」


 警備員が一斉に動き取り押さえようとする。


「まあ予定通りだがね。」


 机を回って両側から迫る二人のうち片方に机の上にあった水差しとコップをぶつけ怯ませた。そしてもう片方にはあらかじめ仕掛けていたワイヤーに足を取られ、転んでしまっていた。


「くそっ!」


 水差しの水を被った警備員は顔をぬぐいながらも飛びかかってきそうな勢いだ。そこで机の上の電気スタンドにスイッチを入れてあげた。


「▲*#%&*▲!!??」


 水に濡れていたのが悪かったのか、はたまた()()()()コードがむき出しになっていたのか、彼はハリネズミのように毛が逆立ち、倒れた。



「なっ! なんということだ! 」


「おや? どうやら貴方の部屋は管理が甘いようですねぇ? しっかり片付けないと、思わぬアクシデントが起こるものですよ?」


「カーマイル! ヤツを殺せ! 」


 智三は顔を真っ赤にして叫んだ。


 4人の警備員は拳銃を抜いてこちらに銃口を向けた。


「結局こうなるか…恨むなよ。」


 カーマイルと呼ばれた男が申し訳なさそうに言うと引き金に力を込めた。


 とっさに身を屈め机の下に潜り込み、一気に詰め寄った。

 銃を掴み照準をずらさせると背中に回り込み手首をネジ回すように拘束する。


 銃とは不思議なもので、ある一定距離においては最強に近いアドバンテージを誇るが、密着状態になると途端に役立たずになってしまう。

 それに仲間を撃に当たる可能性があり、他の三人も牽制はするが撃つのは躊躇っていた。


「カーマイル!何をしている!」


「し、しかしっ!」


「お前らなんぞいくらでも変えが利くわ!」


 智三が喚き散らし、カーマイルの意識が一瞬緩む。

 

 ―――チャンスだ。


 人質として取った一人を蹴り飛ばした。


「うわっ!」


「あ、危ない!」


 その勢いに気圧された二人の頭を奪った銃で撃ち抜く。

 カーマイルは蹴飛ばした人質にぶつかり、転倒した。


「……くっ! この役立たずどもがぁぁぁぁ!!」


 智三は杖で床に転がるカーマイルの頭を殴り付ける。


「うっ…。」


 それが決め手だったようでカーマイルは気を失ってしまった。



「さ、これで二人きりになりましたね。」


「貴様、ただのスパイではないな。どこから雇われた。」


 ―――それに答える義理はない。


「だんまりか。チッ、儂の敗けだ。すきなだけ情報を持っていくがいいさ。だが、お前の雇い主に伝えろ。儂を訴えたところで何も変わらんとな。儂らはもはやこの国の根幹、中枢に食い込んだ家となった。いくらでもやりようはあるのだよ。」


 なるほど。だからここまで隠しもせずに汚職の証拠を残したわけだ。()()()()()()()()()か。



 だが、彼は大きな間違いを犯していた。目の前にいる男がスパイ、またはそれに準ずるものだと思っていたのだ。




「いえいえ、()()()()()は必要ありません。私が欲しいのは()()()です。」


 その答に智三の顔色は青白くなる。


「……儂だと…ま、まさか! 」


「私はあなたをお迎えに参りました。」


「お前はっ………!」


 智三の頭を殴り付け気絶させた。


 ――まずは一人目。


 智三を担ぎ上げると、外にあった車に彼を詰め込み、車を走らせた。幸い水道の業者は工事の音で何も気づいていなかった。






 そしてそのまま山香 彩月の住む住宅に向かった。


 面白いことに彼女は結婚して一軒家に別居していたのだ。高級住宅街の中でも更に一等の場所に彼女の家があった。


 家の近くに車を止めると、セールスマンをような格好に着替え、家に向かった。

 チャイムを鳴らすと、中からハーイという声が聴こえ一人の女性が出てきた。


 ―――久しぶりだなクソ女。


 そんな言葉が漏れそうになるのをグッと抑え、深刻そうな顔して話をした。


「あ、山香 彩月様でございますでしょうか? 」


「誰?」


「実は旦那様から言付けを頂いておりまして。」


「え? あ、パパからか。」


 家の前に停めてある車を見て納得したようだ。


「ええ。ですが、この場で話すのは少し…。」


「はぁ、仕方ないわ。玄関までに入るのを許してあげる。」


「ありがとうございます。」


「…チッなんでこんな安い男を私の家に。パパもどうせならイイ男を寄越しなさいよ。で、伝言って何よ。」


 玄関に入り、彼女はそこで腕を組ながら横柄に聞いた。


「ええ。実は、旦那様が危篤状態にあられます。」


「えっ! パパが!?」


「はい、お嬢様には最後に来てほしいとの……」


「やった!やったわ! これで財産はアタシのものよ! あの口うるさいのがやっといなくなるなんて!」


 彩月は醜い笑い声をあげた。心の底からの本心だっのだろう。

 いやはや甘やかされて育ってしまったこの女は、今までの自由さを誰に提供されたものか自覚すらしていなかったのである。いや、考える頭もないのだった。


「……お嬢様。」


「ハッハッハ……何? まだ何かあるの? ああ、お見舞いに行く話ね。行くわよ。あいつから財産相続の話を貰わなきゃね。」


 彼女の頭にはもうお金やどう使うかにしか働かなくなっているようだ。


「……では、ぼっちゃまも?」


「透…そうね、一緒に行った方があいつも機嫌が良くなるでしょ。」


「ではそのように…。」


「まって!」


 彩月は呼び止めると部屋の奥に一度戻り、戻ってきた手には茶封筒が握られていた。


「ご褒美よ、ありがたく受け取りなさい。今日は私は機嫌がいいから、這いつくばって受けとる必要はないわ。」


 屈辱だった。過去に戻ったように腹の底から煮えたぎるナニカが顔をもたげる。


 ―――こいつ人をどこまで弄んでやがる!


 プロとしてあるまじき気持ちだ。感情を出さない訓練はしているが、元凶がいるとそうにもいかないようだ。しかし、訓練の成果はあった。顔には出なかったからだ。


「では、後程お迎えに上がります。」


「そうね、1時間後に透も帰ってくるでしょうし。その時に来なさい。」


 車に戻り、少し見晴らしのいい丘へと向かった。一時間の間にパーティーの会場を揃える必要があるからだ。最初に招待した智三には先に壇上に上がってもらおう。







「お嬢様、お迎えにあがりました。」


「…フン、時間通りね。」


 彩月を迎えにいくと、もうすでに玄関の前で待っていた。

 子供の姿もあり、興味がなさそうにスマホを弄くりまわしていた。


「さ、透くん、乗って。」


「はーい。」


 車の後部座席を遠隔操作で開け、二人を乗せた車は発車した。無言で車を走らせることに集中していると、聞くに耐えない会話が聴こえてきた。


「透くん。学校はどう?」


「楽しいよ! 今日は理科実験があったんだけど、僕のいうことを聞かなかったから棚の薬をぶっかけてやったんだ! そしたらね! 顔がジュワっと真っ赤になって傑作だったよ! ハハハハハハ。」


「そうね、家に歯向かう者がいたら黙らせる。それが山香家よ。私達は選ばれた者なの。」


「そういえば、ママも昔は何人も黙らせたんだっけ?」


 少年の言葉にハンドルの握る力が強まった。


「そうよ。ただ一人ちょっと手こずった奴もいたけど――ちょうどいいから話しておくわ。」


「うん!」


「人ってのは愚かな生き物なの。私達みたいに選ばれた者でもないのに偉ぶったり、上に立とうとしたりするの、でもねそれ以上に愚かなのがいるの。」


「僕達の言うことを聞かないやつらー?」


「そう! よくわかってるじゃない。 ママにもね、昔いたのよ。話を聞かない、反論はする、説教染みた小言を言うね。でもね、ママがちょっと街のみんなに頼めばすぐにそいつは消え去ったわ。最後に捨て台詞を吐きながらね。そんなみじめな人間には透くんはなっちゃだめよ。」


「うん! 僕そんなゴミみたいな人生まっぴらだよ。」


「まあゴミだなんてゴミに失礼よ。」


 ハンドルを握り潰すかと思うほどだった。

 もはや気持ちを解放したくてたまらなかった。

 夕日が雲に隠れて夜闇の足を早める街を走りすぎていく。


 今向かっているのは智三を下ろしたあの丘である。実はあそこは、山香家発祥の地とされており、山香家の石碑が立っている公園でもあった。


 発祥の地で決裁をつける。これが復讐だ。これは街の、家族の、自分の過去からの復讐なのだ。


「ねぇ、今どこに向かってるの? 家の方ではなさそうだけど……。」


 山道に入ったことで彩月は何かおかしいと気付いたようだ。


「いえ、問題ありません。」


「……。」


 公園の駐車場に到着すると、そこには既に沢山の街の人間が集まっていた。依頼人の意向で盛大に殺さなくてはならないため、少し街中で宣伝をしたのだ。まあ、集まった人間は半分以上は堅気ではないだろうが。


「おらぁ! 山香家の車だあ! きやがったぞ!」


「殺せー!!」


「俺たちの人生を壊しやがって!」


「死ね! 死んで詫びろ!」


 口々に飛び出る悪態や殺意。いや、それ以上の怨嗟が場を支配した。


「あ、あなた! これはいったいどういうこと!?」


「ヒィッヒィッ……。ヒック…。」


 彩月は泣き声をあげる透を抱きしめ、ヒステリック気味に問い詰める。


「………あなた達によって人生を潰された人間達が集まったようですな。」


「あなたまさか嘘をついたの!? この私に!? 」


 彩月の顔には恐怖よりも怒りが先行しているように見えた。


「騎桜 義仁……。 」


「は?」


 彩月は急に名前を呟いた目の前の男に苛立だった。しかし、その妙に聞いたことがある名前にひっかかりを覚えた。


「騎桜 義仁 ……あっ!」


 彩月の頭の中でこびりついていた記憶が呼び覚まされ、かつての空き教室での会話を思いした。


 しかし、あの男は社会的に始末したはず。彩月の頭ではその先になかなか進まなかった。


「……覚えているか? 私の名前だよ。かつてのな。」


「あ、ああああああああ!!! 」


 その一言で彩月は全てを理解した、あの男は這いもどってきたのだと。そして自分に復讐しにきたのだ。山香家を崩壊させるだけの力を付けて。


「さあ、これから君達はパーティーの時間だ。」


「パーティー?」


 透はパーティーという言葉に反応し目を輝かせた。しかし、彩月にはパーティーという言葉に恐怖を感じた。


 車を降りると、それを期に外に待機していた大人達が車を強引に開き、彩月や透を引き摺り出していった。


「あとは好きになさい。だけど殺しは無しです。コイツらには皆の前で死なないといけないですから。」


「おう、若から話は聞いてる。あんたの指示に従うよ。」


「では15分後にあの石碑がある場所に連れてきてください。」


 人混みの中で彼女と少年の叫び声がこだました。







 ――ころせー!

 ―――人間のゴミがー!

 ――――お前らのせいでどれだけ死んだと思ってるんだ!


「ここは?………ッ!」


 騒がしい音に智三は目を覚ますと、自分が四肢を縛り上げられ高台に吊るされていることに気付く。


 視線を下げると、大勢の町中の人間が集まっていた。普段ならば自分の慕う人間が集まったと喜んでいただろうが、ここに集まった人間達は全員怨み辛みを口々に叫んでいた。


 智三は段々と怒りがわいてきた。


「この、ゴミどもが……! お前らは法的に裁いてやる! いや、国にいれないようにしてやる! お前らみたいなバカどもにはわからんだろうが、すぐに警察がくる! お前らは全員犯罪者だ! 儂は被害者になる! お前らから全てを搾り取ってやろう!」


 水を打ったように静かになる。智三は効き目があったと感じた。


 ――ククク

 ―――プフッ

 ――――ハハハハハハ


「「「ハハハハハハハハ!」」」


 しかし、次の瞬間に彼を待っていたのは笑いだった。


「お前が裁くだって!? じゃあ今お前らを殺せばそんな事なくなるなぁ!?」


「笑わせるな! お前らのために警察が動くわけないだろ。」


「この街にはお前を助ける警察署はない。だから騒ぎを聞き付けてとなり街から来ても全員が黙れば、お前らは行方不明だな!」


「俺は黙ってるぞ。」


「私も!」


 嘲笑の中で石や木の枝を投げてくる。智三には屈辱的だった。そして、自分の助けがないと知ると、顔を青白くし大人しくなった。





「さて、そろそろですかね。」


 手元に持っていたスイッチを押す。

 すると、智三が吊るされていた両側に彩月と透が同じように吊るされて登ってきた。そして、照明が三人を照らしあげ民衆の興奮は最高潮に達していた。



 彩月は身体中を殴られたのかあちこちに青痣を作り、服はあちこち破かれ特に腹は股から血が流れ出るほど殴られた跡があった。


 透少年も母親と同じように青痣を作り、顔は薬品をかけられたのかケロイド状のようになっていた。


「ああ……あああああ!! 彩月! 透!」


 二人のあられのない姿に智三は嘆きの声をあげる。


 その声に住民達は更に騒ぎ立てた。







「では、私の仕事はここまでにしますよ。」


 民衆の騒ぎを見てKはもういいだろうと判断する。


「ちょっと、まだ殺してないだろう?」


「ええ、ですから報酬は結構。これはお返ししますよ。」


 トランクを渡すが、受け取りは拒否された。


「そうか…。だが、あの三人を連れ出してくれたのは感謝する。それだけでも素晴らしい仕事だ。プロにはプロのその分の報酬は払うさ。金の恐ろしさは俺達はよく知ってるからな。」


 そう言って依頼人の男はニヤリと笑った。


「ではそういうことで。またの依頼お待ちしてますよ。」


「……そうならないことを祈るぜ俺は。」








「若、いいんですかい?金を渡しちまって。」


「お前はなんにもわかってないんだな。あのトランク、金なんか入ってないぞ。」


「へ?」


「ありゃどー見ても銃、それもかなり威力の高いやつだろうなぁ。」


「え、それじゃ若とKのやり取りってのはお互いにわかってやってたんですかい?」


「そりゃな。奴なりの気づかいだろ。」


「どうしてそんなまどろっこしいことを?」


「ん? そりゃ仕事のためさ。奴は自分の決めた獲物は必ず自分で仕留める。だが、今回の依頼は皆の前で殺すことだったからな。」


 若と呼ばれた男は未だに騒いでいる民衆に視線を向ける。


「あれだけ街の連中に好きにさせて、最後のとどめは自分がそれで依頼も完了ってわけさ。エンターテイメントだよあれは。」


「ほえー。あっしもそれぐらい頭がよくなりたいもんですわ。」


「…………。」









 少し離れた公園の休憩所にトランクを持ってやって来た。

 中身は当然、酒である。望遠鏡片手に飲むのは最高の娯楽であった。


 ――素晴らしい。これだ、これが見たかった。


 望遠鏡の先には憎しみや殺意に溢れる狂気の宴が催され、吊り上げられた三人はさながら悪魔への生け贄である。


 三人の目からは希望は消え失せ、早く殺してほしい、早く終わってほしいという願いを切に祈っているようだった。

 なんと素晴らしい光景なんだろう。人が死ぬ間際に魅せる姿こそ、人の価値を測る最高の秤である。


「さてと。」


 酒を飲み干し、宴も佳境である。そろそろ終わりを魅せてもらおう。



 三発の花火が上がり、夜空を照らす。



 しばらくして、それに追従するように何発のも花火が上がり、宴の終わりを知らせた。

 かつて復讐を誓った少年はこの日、復讐を果たしたのだった。


Kの師匠として出した『77』のモデルはわかる人にはわかると思う……特にニコ動の例のアレシリーズ好きな人には…。









どっかの世界的殺し屋ですね(すっとぼけ)

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