電話アプリのプレゼン
「大丈夫です。『スマホ』はキーボードもディスプレイも不要で、この筐体は型にスライムベースの液体を流し込むだけですので量産が効きます。使用するガラスや魔導線の量も少ないですし、製造に時間はかかりません。カイゼル士爵の試算によると今でも週に一〇〇個はいけるそうです」
「一〇〇個だと……」
パソコンだとせいぜい週数台できるかどうかだからね。
キーボードの天板や軸もスライム樹脂を型にはめて作れるようになったのでだいぶ省力化したし、反発剤もスライム樹脂をゴムっぽく調整したので行けそうとの報告があった。
すごいなスライム素材。
消しゴムや緩衝材、ぱんつのゴムぽいのとかもスライム樹脂だったらしいし。
筐体自体は強度の問題から木のままだからちょっと時間がかかるし、キーボードの天板もスライム樹脂だけだと問題が有るとのことで、木の横棒を何本も通して強度を増したとのことだった。
まだ初号機とほぼ同じものしか作っていないが、そのうち廉価版がお目見えすることになろう。
しかしそれだけ工夫してもスマホの生産性にはかなわないけどね。
「売値はどんな『アプリ』を入れるかによりますが、最低限『OS』と『電話』をインストールしたものなら今の『パソコンの』半値以下になるはずです。『電話』なら教育がほとんど不要ですから、売った後のサポートも最低限ですみますし」
電話機能に必要なのはアドレス帳や送受信の仕方くらいなもので、キー入力さえできれば誰でも使える簡単なものだ。
タイピングソフトはサービスで付けてもいいかな。
「ふむ。確かに『でんわ』は便利だ。近隣の領とこうして直接話せるだけでも価値がある」
「ひとつのサーバでまかなえる『スマホ』は数十台くらいですので、基本は領地内で使えるものを販売していくことになるかと思います」
「それはなぜだ?」
「その仕組み上同じ『チャンネル』間でしか通話ができません。そしてひとつのチャンネルで通話が可能なのは数一〇組程度。つまり『スマホ』を買った人全員とつなげるようにしようとすると、せいぜい五〇台くらいしか繋げないのです。それ以上にすると『チャンネル』の通信能力を超えてパンクしてしまいます」
「つまり話ができるのは最大五〇人までということなのだな?」
「はい。今の所そうですね。なので領地内の近距離用をまず売って、その後おじい様や自派閥の領主、その側近など少数に遠距離用を売っていきたいと考えています。そのうち別の『チャンネル』を中継することも視野に入れていますがまだ時間がかかると思います。近距離用なら各領地に五〇台ずつ売れますし場合によっては文官用と武官用とか商人用とか『チャンネル』を分けてもいいですし」
この間の計測結果を見れば長距離通信用として使えそうな帯域は30MHz有るかないかというところか。
1MHzあたり一五チャンネルくらいは取れるから、余裕を持って25MHzを使うとして三七五チャンネルを設定可能だ。
ひとつにぶら下げる端末を五〇とした場合一八七五〇台。
チャンネル間の中継ができれば貴族全員を繋げないこともないか?
この場合チャンネル数が少ないから一領地一チャンネルを割り当てるってわけにはいかないけど、一度に送るデータを一バイト、つまり半分にすれば一チャンネルあたりに必要な帯域は300Hzくらい。
速度は半分だからぶら下げられる人数は25人とかに減るけど、一領地一チャンネル以上はゆうに確保が可能だ。
「ですから今の状態ですと領地外と領地内ふたつのスマホを持ち歩く必要があります。いつ『電話』がかかってくるかわかりませんからね」
「なるほど。いくら小さくて軽いとはいえ、ふたつは面倒そうだな。コストも掛かるだろうし」
くっつけてデュアルにしてもいいけど、魔石とシーケンスはそれぞれに必要だから結局値段は変わらないのだ。
「それに『セキュリティ』の問題もあります。長距離の通話が可能になれば、王都や下手をすれば隣国まで情報が筒抜けになります」
「それは……」
「逆に言えば切り札にもなりますから、しばらく長距離通話は自領で独占したほうがいいかもしれません」
自領の電話を長距離対応で統一してしまってもいいかもしれないね。
とはいえ電磁波の問題も有るしなぁ。
「あとは『電磁波』による健康被害が起こる可能性もあります」
「健康被害だと? 下級魔石でどれほどの影響があるというのだ」
「下級魔石でも長時間冷やし続けたり温め続けたりることは出来ます。長時間冷やすと凍傷になったり温めると火傷を起こしたりします。『電話』は目に見えない強い光を発することで長距離と話をできるようにしています。もし目で見える光を使えば遠距離用なら目がくらむ程度の明るさは有るでしょう」
ワット数からしてLED電球とかと同程度は軽く出せる。
レーザーのように集中しているわけじゃないから目が潰れるということはないだろうが、かなり眩しいはずだ。
「なんとそんなものがこれから?」
「はい。太陽の光でも晒し続ければ日焼けをしたりしますので、これから出る光も何らかの影響を及ぼす可能性はないとは言えません。長距離用の『スマホ』は近距離用の一〇倍かそれ以上は明るく光っていますので影響がわかるまで長時間持ち歩くのは避けたほうがよろしいでしょう」
「なるほど。見えない光などという未知なるものであれば気をつけるに越したことはあるまい」
「そういった理由からまずは領内周辺で使える『スマホ』を商人に売りましょう。『パソコン』の売り込みも始めているようですし、セット販売で少し割引するのもいいかもしれません」
「承知した」
「『パソコン』はとりあえず一台あれば何とかなりますが、『スマホ』は数が多いほど効果を発揮します。とりあえずは各ギルドや商家に最低一台ずつは販売するのが良いかと思います。便利だとわかれば追加注文も有るでしょう」
小さな町なのでギルドは商業ギルド、職人ギルド、狩人ギルドの三ギルドしかない。
大きな街だと職人ギルドが各職種別――鍛冶師、木工、染色等――に分かれてたりもするが、ここだと各一軒しかないとかざらにあるので、こんな感じになっている。
複数の職種をまとめて一軒で賄っている場合もあるしね。
商家は数十あるはずだがパソコンやスマホを買えるくらいの店となると両手でもあまりそうだけど。
各一台だとスマホが一〇台もあれば足りてしまう。
なんとかして複数台買わせないといけないのだ。
「ギルドや商家同士で直接話ができれば効率も上がろう。その便利さを知らしめれば手を出さぬ商家はおるまい。なにしろ数量限定だ。早く手に入れなければもう手に入らぬと知ればこぞって買い求めるに違いない」
で、買い占めさせた後に中継機能を着けて追加販売するんですね? わかります。
限定品についつい手が伸びちゃうのは異世界でも同じか。
「一台は文官の執務室に置いてもいいですね。緊急連絡に限定すれば、電話の応対に煩わせられることもないでしょうし、執務室には誰かしらいますからね」
固定電話と一緒だね。
持ち歩かないのであれば何人かで共同で使える。
モバイル要素どこ行った。
まあ、モバイルは一人一台の時代になってからの話だね。
やろうと思えばメールと電話の二チャンネル同時受信もできないわけじゃないから、『パソコン』一台で共用してもいいしね。
処理速度落ちるけど、電話とメールの専用機としてなら問題ないはずだ。
「予算があれば見回りの騎士にも持たせたいところですが。数台を共有すればとりあえず足りるはずです。術者登録ができませんから、紛失等には気をつける必要がありますが」
固定電話や共有電話にするとセキュリティ上の問題が有るんだよねぇ。
まあ、スマホだってパスワード設定せずに使ってるやつだっているんだからある程度許容しないと利便性が低くなってしまう。
今の所OSやプログラムは暗号化されているので、普通の手段では読めないようになっている。
魔導板の覆いを無理に開けようとすれば封印処理が走るしそれらセキュリティ対策が破られるまでにはそれなりの時間がかかるはずなので、今はそれらの機構に頼るしか無い。
「検討してみよう」
「あとさっきも言いましたが領内であれば緊急連絡に限るとか、一回の通話時間を数分程度に限定するとかすれば一〇〇台以上を一『チャンネル』で共有できるかもしれません」
「そうだな。だがあまり規制が厳しいと使い勝手が悪くなるであろう? その辺はどうするのだ?」
「そのへんの匙加減はおまかせします。実際に使ってみないとわからないことも多いですからね。急ぎでなければメールでもいいわけですし、使いを出してもいい。どの程度の案件なら緊急と言えるのかガイドラインが必要でしょう。通話制限なら一回の通話で何分、一日何分までとかの規制はできると思いますが」
「緊急の規制を作るのは難しいな。通話時間を調整するのが良かろう」
「そうですね。まあ、これも五〇台以上売れないと必要ないのですが」
とらぬなんとかってね。
「そうであるな。アルカイトよ。至急環境を整え『すまほ』を売れるようにせよ。文官への使い方や売り方についての説明も頼む」
「かしこまりました」
「あと、すまんが支払いは売れてからで頼む」
あら。
「本来この時期は新麦の発売前で金が無いからな。その麦が売れぬとなれば今後の収入は『すまほ』頼みとなるが、その「すまほ」を仕入れる金が無い」
「あー、それは構いませんが。支払いが必要なのはカイゼルさんと工房だけですし、ほとんどの支払い先は僕ですからねぇ。委託販売ということであれば後払いは当然ですし」
工房やカイゼルさんへの支払いが滞ると生活が困窮するかもしれないけど、僕は生活費実質無料だからね。
ライアンさんはまだ教育中だから無給状態だ。
僕が全量を買取、父上に販売を委託したという形にすれば、僕への支払いは売れてからが当然ということになる。
これまでは父上が買い上げて売っていたから先払いだったけど。
なのでこの領としての帳簿上は販売収入や購入費用ではなく、販売手数料収入になるのかな。
まあ、帳簿上だけの話だけどね。
「そうしてもらうと助かる」
まあ、僕が貸し付けてもいいのだけど、七歳の息子に借金はしたくないよね。
「とりあえず販売目標はギルドに各一台、商家に各一台ですね。物は量産したほうが安く上がるので一ロット一〇〇台で注文しておきますので、並行して自派閥領への売り込みもお願いします」
「わかった。この時期は領地に金はなくとも商家は新麦を買い付けるための金を用意しているはずだ。在庫の古麦を売った金もあるだろうし」
「ならちょうどよかったですね」
「ちょうどよいとは?」
「周辺領地では新麦の相場が下がっているのですよね? 商家が去年と同じ量の新麦を買ってもお金が余るはずです。余った古麦も高く買ってもらったら商家には『パソコン』や『スマホ』を買う余裕があるのではないですか?」
「「「あっ」」」
「周辺が中立領地なら『スマホ』を餌にこっちの派閥へ引き込みましょう。なんでしたら長距離用『スマホ』を餌にしてもいいですよ?」
長距離用でも固定電話として使うのであれば、自派閥内程度であれば一チャンネルでも足りるであろう。
悲しいことに足りるほど自派閥が小さいって事でも有るけどね。
「わかった。考えてみる。他になにかあるか?」
「いえ。思いつきましたら文官にでもメールします」
「そうか、では退出を許す。販売準備を急ぐように」
「かしこまりました。あっ、文官長」
「なんでしょう?」
「その『スマホ』まだ使います?」
「あっ」
まだ手に持ったままの僕のスマホ。
「まだ借りておいてよいか? 取り急ぎトルスタント侯爵に『でんわ』し、『すまほ』の利便性を見せつけ、自派閥への恭順を促してみようと思う」
「ならばテストプログラムを終了させますね。今のままだと一定時間使えなくなりますから」
僕はこちらのスマホからテストプログラムを終了させ、向こうの文官にも同じ手順を行わせる。
「『電話』機能はこっちと向こうのペア間でしか繋がりませんからね。一応一番繋がりやすい周波数になっていますが条件によっては繋がりにくくなる場合があります。その場合は自動で出力調整がかかりますからしばらく待って、それでもつながらなかったら移動する室外に出る、高いところに上がる時間を置いてみるなどしてみて、それでもだめなら諦めてください」
「わかった。ハイデンに伝えよ。至急トルスタント侯爵に面会予約を取るようにと」
「聞こえたか? 至急トルスタント侯爵に面会予約をとるように」
「承知いたしました」
「では、これにて失礼します」
「ああ、世話を掛ける」
父上と文官たちは今後の対応について話し合うようだ。
僕はアンジェリカを伴い会議室を後にした。
SE諸氏ならプレゼンを行う機会もそれなりにあるかと思いますが、突然のプレゼン依頼は大変困ります。
十分な調査と資料集め、プレゼン資料の作成などやることは山ほどありますが、相手も早く結果がほしいから、できるだけ早くと要求してきます。
かと言ってやっつけ仕事でなんとかしようとすると準備不足を突っ込まれる。
やってられるかぁ! 早く結果がほしいなら早くから準備しろよ!
と言いたいところですが、相手はお客さんなので、強気には出られないですし、ほとんどパワハラまがいのクライアントもいたりして、プレゼンは出来ればしたくない、他の人に回したい仕事No.1ですねw