周波数と出力と
その日、僕は開発用の電話サーバの前に座る。
外回り? が多いカイゼルさんにお願いして市中引き回し、もとい市中を適当に移動し電波強度について計測してもらっているためだ。
一応町は、なになに町何丁目とか区割りされているので、電話は繋ぎっぱなしで現在地を報告しながら移動してもらっている。
もちろん移動と言っても馬車だけどね。
電波強度に関しては、正確に測りたかったので、一秒あたりのエラーリトライの回数で判断するように変更したアプリを使用。
いくら強い電波をキャッチしようとも受信できなかったら意味がないから、実際に受信したデータの正常性で判断することにしている。
「~町1丁目付近です」
「了解。エラー数の報告を」
「エラーは〇だ」
スマホからはカイゼルさんの声が明瞭に聞こえてくる。
僕は用意したマップに〇の数字を書き込んだ。
電話は繋ぎっぱなしだけど電話料金はタダだw
そのうちサーバの使用料とか取ったほうがいいかな。
家で管理するサーバを使う商人とかからはいくらか集めてもいいかもしれない。
サーバの管理にもお金がかかるからね。
とはいえ銀行振込などない時代。
あまり低額にすると集金コストだけで足が出る。
今は麦や塩などの専売で税収を賄っている状態で、利益に対する税や人頭税のような個別の徴税はしていないからね。
なにかのついでに集めるってことはできない。
低コストでお金を集める仕組みが必要だ。
まあそのうち考えておこう。
「この辺はまだエラー〇ですね」
門を出たばかりだとこんなものか。
これでエラーなんか出たら離宮内でしか使えないことになる。
とりあえず今後離宮からまっすぐ離れる方向に移動する予定だ。
そしてそれは起こった。
「エラ…ー…五〇……で……」
音がとぎれとぎれになってきたのはまだ町外れまでかなりある地点だ。
「前回の地点まで戻ってください。聞こえますか? 前回の地点まで戻ってください」
「承…知し…した」
しばらくまつと、カイゼルさんの声が聞こえた。
「どうだ? 聞こえ…るか?」
「大丈夫、聞こえます」
ちょっとノイズが有るが会話するには問題ないレベルだ。
「周波数を半分にしてください。こちらも設定を変更しますので」
最初の打ち合わせ通り、基本周波数を半分に設定。
電磁波の影響を考え、パワーを上げるのは最後の手段だ。
今はサーバが僕の部屋に有るし、一度サーバでネゴったら後は僕のスマホと直接通信になるようにしてある。
個人もグループも同じ処理にしたからね。
別の人を招待したい時に別処理だと都合が悪いと思いいたったからだ。
送信元が電話をかける時にダミーのグループ名とパスワードを作り、暗号キーを生成。
サーバに宛先への接続要求を出して回線がつながったらこれらのデータを転送してもらって通話開始という流れだ。
サーバを物見の塔とかに設置しても結局はスマホ同士の通信になるのなら、最初からサーバを家の中においても条件は同じになるからね。
サーバにつながらないのであればスマホ同士だってつながらない可能性が高い。
ネゴった後双方でつながらなかったら再びサーバ経由でデータをやり取りする事もできなくはないけど、サーバの負担も大きくなるし、チャンネルを流れるパケットも二倍になるから、このような形でのテストとなった。
また、トランシーバーモードで統一する代わりに、魔石を指で押さえているときだけ話せる仕様は破棄した。
トランシーバーならともかく音声チャットでそれはめんどいからね。
その代わりある一定音量以下の音はカットしパケットには送らないようにした。
ささやき声は聞こえなくなるかもしれないが、これでだいぶパケットを節約できるはずだ。
カットする音量レベルについてはまだ検討の余地が有るけど。
音声を検知しているときはスマホを光らせるとかマイク入力レベルを自分で調整できるようにすれば、とりあえずは自分で声量を調整することができるだろう。
それはさておき、町の大きさは離宮を中心にせいぜい一~二キロメートル。
この惑星の直径が同じだとすれば、地平線までは大人の目線でも四キロメートルはあるからすべてが有視界内に収まる。
僕の部屋は二階にあるので、電話サーバやスマホが置かれている位置の高さは四メートルはあるだろう。
窓から農村部まで見えるから、十分なパワーと適切な周波数を設定すれば、町と周辺農村部までカバーが可能なはずだ。
問題なのは障害物の有無くらいだからね。
電波は僕が独占しているから、ちょうどいいところを勝手に設定できる。
「周波数を半分に設定した。さっきのところまで戻る」
「はい、よろしくおねがいします」
僕らはこうやって、最低限町の中では問題なく通話できる周波数とパワー設定を探していった。
「大体わかりましたので、一回戻ってきてください」
「わかった」
僕は一旦電話を切る。
「それにしてもすごいですね。本当に町外れと『でんわ』できるなんて」
「できるのはわかってたさ。ここから農村まで見えるんだから。光の一種である『電波』だって届く。問題は最適な設定なんだ。例えばあまり魔力を使いすぎると『スマホ』の方はいいとしても『電話サーバ』の方は途中で魔力が切れちゃうからね」
「それで、魔力は持ちそうなのですか?」
「全然問題なかったよ」
周波数はだいぶ下がってしまったが、使用する魔力はせいぜい一ワットにも満たないくらいか?
常時なら数百ワット程度出力がある下級魔石で十分まかなえる出力だ。
「まだ障害物に対する影響なんかも考慮する必要はあるだろうけど、『メールサーバ』も基本この設定にしておけば、町中なら問題ないはずだ」
町外れでも安定した通話が可能なのだ。
メインターゲットの商人がいる地区はもっと近いので使う分には問題のない設定のはず。
どこかのタイミングで、サーバとパソコンの設定を変更しよう。
最初に考えていた携帯電話のプラチナバンドよりだいぶ下がってしまったが、一台のサーバでカバーすることを考えたらこんなもんかな?
携帯の基地局って結構頻繁に見かけるからね。
意外と通信距離は短いのかもしれない。
「次はもっと長距離を確認したいところだけど」
どうしたもんかな?
王都や自派閥領土とつなぐとなると、おそらく短波帯での通信になるだろう。
電離層の性質が同じならね。
まあ、このへんは心配していない。
おそらくこの世界は元の世界のパラレルワールド。
時代が数万から数十万年違えば星座や地形も少しは変わってくるだろうけど、致命的な変化まではしていないと考えている。
ならば電波状況もほぼ同じと仮定して作業を進めても問題はあるまい。
というかそれしか指標がないからね。
異世界初の試みなのだから、最終的には何でもやってみるしかない。
だが短波帯の周波数が思い出せない。
確か昔、AMラジオのオールナイトニッポンとかよく聞いてたが、その当時のニッポン放送は1240kHzだっはず。
AMラジオの名の通り、AM帯、つまり中波だ。
他の放送局はよく覚えていないが、1400とか1500くらいまでの局があった気がする。
中波帯がどこまでだったかわからないが中波帯の限界までAMラジオ放送で使っているとは思えないので、まあ2MHzから1MHz単位でテストするプログラムでも作るかな。
当時BCLのブームで僕も短波ラジオを買ってもらい、海外の短波放送も聞いてたけど、周波数が思い出せないんだよねぇ。
子供の頃だったし、就職してからは短波ラジオなんて触る機会もなかったから、忘れるのも致し方ないよね。
当時持っていたのは最新式のPLLシンセサイザー方式のやつで、周波数がデジタル表記されるやつだ。
当時よく聞いた局は確か11なんとかで五桁kHzだったはず。つまり11000kHz以上。
これも短波帯のギリギリってことはないだろうから、下は二MHz上は二〇~三〇MHzくらいか?
この幅なら1MHz単位でも三〇回程度の試行で済む。
これを一ワット相当から一〇ワット相当まで繰り返す。
電磁波の健康への影響を考え、これ以上必要そうなら中継機を通したいところだ。
中継機も数台程度なら、あまり難しい事を考えずともなんとかなるだろうし。
僕は一定時間おきに設定を変えてパケットをやり取りするアプリを作成。
やり取りするパケットには送信時間やエラー回数、出力、場所等のデータだ。
場所データは移動中に適宜入れてもらう。
街道には距離は一定ではないけど一里塚みたいな目印がかならずあるからね。
その目印ごとに場所を更新してもらえばいいだろう。
到達した時間から休憩した時間を引けば大体の距離がわかるはずだ。
まあ、街道は魔物の領域や歩きにくい地形を避けているから結構曲がりくねっていて正確な直線距離はわからないんだけどね。
実際にはどの町までつながったかがわかれば実用上は問題ないけど、ある程度の到達距離がわかれば行ったことのない町でもある程度つながりそうかどうかはわかるだろう。
「問題は誰に持っていってもらうかだけど」
ここは田舎なので魔物が出る頻度も高い。
基本的に旅人は大規模キャラバンを組んで、騎士に護衛を依頼する。
逆に領主主導でキャラバンを組んだりすることもあるけど。
普通の人では魔物に襲われたらひとたまりもないから、冒険者の護衛とかこの世界には存在しない。
護衛は騎士の仕事だ。
騎士の収入のひとつだね。
魔物をほぼ完全に駆除すればそこは安全なので町や村ができる。
逆に言えば町や村でなかったら魔物が出るってことだね。
ライオンやトラなんかより危険な生物が徘徊する街道を進むのだから、一般庶民ではどうにもならない。
貴族の使う魔法が絶対に必要になる。
まあ、実際には襲われることなんてあまりないらしいけどね。
大規模キャラバンなら魔物も警戒するし、そうそう襲ってはこない。
そうとう腹が減ってるとか、弱そうな子供がいるとかでもない限りは。
魔物だって怪我はしたくないからね。ちょっとした怪我だってそこから病原菌でも入ったら魔物でも死にかねない。
そういや前に猫に追い払われているクマの動画とか見たことがあったな。
この間の狼みたいな事情でもなければ、自分より大きいやつとかたくさん群れているやつとか攻撃的なやつはそうそう襲わないのだ。
それでも万が一があれば犠牲者が出かねないので、護衛なしに移動はしないらしいけどね。
「さて、近日中に移動する騎士とかいるかな?」
僕は文官長へメールを送る。
僕のパソコンは基本的に文官のメールサーバとはつながっていないけど、実質僕が管理しているサーバだからね。
僕のIDも登録済みだ。
設定を変えれば文官のメールサーバにもつながる。
「おっ、帰ってきた」
返事はすぐに返ってきた。
いきなり明日かよ。
なんでも明日文官の一人が近隣の他領の町に古麦の買い付けに行くらしい。
「そういや、そんな時期か」
そろそろ秋に植えて冬を越して育てた冬麦の収穫時期。
この時期になると新麦が出回る前に余ったり備蓄していた古麦を放出し始める。
新麦が出回ってしまうと古麦の価格が更に下がってしまうからだ。
しかも今年は比較的気候もよく麦の生育も順調なようで、平年並みかやや豊作とのことだった。
なのに古麦を買い付けに行くかと言えば、この領地で食べるだけの麦がまだ生産できていないからだね。
赤字領地は辛いねぇ。
つまり開拓地を多く抱えているこの領地は、生産高より消費量が多いのだ。
どこかから麦を買ってこないと領民が飢える。
またそれ以上に重要なのがこのような田舎の領地の収入の多くが麦の売却益なのに、売れる麦がないことだ。
農民は半奴だから麦の配給が有る。
農民全員を生かそうと思えば町民が飢える。
農民に麦を食わせれば売れる麦がなくなるのだから、当然税収もない。
完全に赤字だ。
で、考えられたのが新麦を売って古麦を買う錬金術。
売値と買値に倍の差があれば、倍量の古麦が買える。
その買ってきた古麦を町人に売るなり、農民には古麦を食わせ、一部残しておいた新麦を町人に売れば、そこから税収も得られるというわけだ。
それはともかく忙しくなってきた。
明日までにバグ修正して、テスト機を渡せるようにしないと。
スマホはあれから見切り発車的に九台納品してもらっている。
騎士の隊長と団長副団長なんかに販売する予定のものを許可前に作ってもらったのだ。
予算がないようなら先に商人なんかに売ってもいいし。
その中の二台にテスト用アプリを入れて、相互に情報がやり取りできるか確認した。
あとはテスト間隔の調整だな。
とりあえずテストは一時間おきに一セットでいいかな?
馬車の旅でしかも田舎道だから、平均時速一~二キロということも珍しくない。
休憩時間や魔物に襲われるなど不測の事態を考えれば、更に遅くなる可能性もある。
その上道は曲がりくねっているから直線距離でマイナスなんてこともあり得るかもしれない。
その遅さなら一時間に一回程度の確認でも全然問題ない。
なにしろ目印が見つかるまで場所情報は更新されないからね。
頻繁にテストしても無駄なのだ。
テスト時以外はメールか電話が使えるようにしておくか。
このスマホ間限定だから、電話でいいか。
メールだとメールサーバ建てないといけないし。
直接電話ならグループ化しとけば直通でつながる。
テストで一番状態のいい周波数で双方がつながるようにしとけばいいだろう。
結果は双方に送られるわけだし。
問題は繋がらなくなった場合だけど、その場合は出力を順次上げてくようにしてっと。
僕は夜寝るまでそれにかかりっきりとなった。
今でこそ田舎の山間部にでもいかないと電波が途切れるってことは少なくなりましたが、ちょっと前までは結構な頻度で圏外になったり通話が不安定になったりしたものです。
特に当時使ってたイイ・モバイルw がプラチナバンドを持っていなかった上、基地局も少なかったのでつながらないところが結構ありました。
トンネルなどの対応も遅れていたため、新幹線に載っているとトンネル入るたびに画面が止まるw
東北新幹線はトンネルが多い上長いのでしょっちゅう電波が途切れていました。
家でも、奥の方の部屋にいると電波が届かず、わざわざ電波のくる窓際まで行って電話したりとかw
なので電波入らないよと報告したんですが、しばらくしていつの間にか部屋の奥でもつながるように!
携帯電話会社の人たちは日々不感地帯の解消に努めているんだなと実感したものです。
今なら5Gエリアの拡充作業に追われていることでしょう。
まあ、まだうちは5Gエリアじゃないんですけどw
うちの数百メートル手前でサービスエリアとその予定エリアが途絶えていて(>_<)今年中のサービス開始は無理そうです。