動かないコンピュータと遅いコンピュータ
コンピュータってのはもともと研究用だったり軍事用だったりで、膨大な予算と人手をかけて作り上げてきたものだ。
それをいくら魔法があるとはいえ個人で作ろうというのだからやはり無謀だったか。
「考えてみれば、最初の頃のコンピュータってこれより遅かったんだよな」
ディスプレイなんかなくランプがピカピカ光るだけだったり、電卓みたいに数値しか表示できない文字盤があるだけのとか、紙テープでカタカタ出力させるようなものだった。
ディスプレイに表示できるだけでも大したものかもしれない。
計算速度も人間がするより何倍も早いし、やりようによってはなにかに使えるかもしれない。
世界初の電子式汎用コンピュータと言われるENIAC(異論もあるようだが)でも一秒間に五千回の加算または減算が行える程度。
メモリーもわずか二〇ワードとかだったはずだ。
これでも研究用としては画期的だ。
僕の画面表示するだけのシーケンスは横八〇文字を約一秒で表示可能だ。
一文字表示するために使用される命令は約百ステップくらいか。
つまり八千命令を一秒間に行えるということだ。
初期のコンピュータに勝る性能があるといえる。
「個人でしかも二ヶ月でこの性能なら向こうじゃ天才扱いだな」
計算機の歴史は長い。
手動式の計算機なら紀元前からあるらしいし、機械式のコンピュータなど多くの人たちが開発してきた。
ここ異世界でも機械式計算機があるかもしれないが、使っているのは見たこと無い。
もちろん人知れず開発されているかもしれないが、通信も流通も発展していない世界では、世界中に知られるようになるのはものすごく時間がかかるのだ。
ましてや今は中世ヨーロッパのような封建社会。
人の出入りは極端に少ない。
魔獣や魔物も居るから、旅をする人も少ない。
海だって沖合には強力な魔物が多いから遠洋に出かけるのは命がけだ。
隣の国の情報だってそうそう入ってこないのだ。
世界の反対側に超文明があっても、その存在がこの国に伝わってくるまでにその超文明が滅んでいたとしても僕は驚かない。
「動かないよりましとはいえ使い方は限られるよな」
ENIACよりは高性能だとはいえ、八ビットマシンとは比べようもないほど低性能だ。
出始めた頃の八ビットマシンなんかマニア(当時ヲタクという言葉はない)の高いおもちゃと言われていて、事務処理に使っていた人なんかごく僅かだ。
それでも一秒間に五十万回~百万回程度の命令を実行できたはずだから、八千回では百倍くらい違う。
もちろん命令の粒度が違うから、単純に比べられるものではないが、それでも絶望的な差とは言える。
「昔のコンピュータって何に使ってたっけ?」
僕は乏しい記憶を絞り出す。
なにせ僕が前世でさえ生まれる前の話だ。
思い出せたのは、弾道計算や暗号解析、その他数値の計算とかくらいだ。
電子計算機の名の通り、計算が主で、それ以外の用途とか想定外のことであったろう。
出力装置も数値が数桁とか、紙テープとかパンチカードとかそのくらい。コンピュータの進化を知らない人にとってはこんなものでも画期的だ。
ならばディスプレイを八〇桁×三行くらいにしても問題ないはずだ。これなら全画面書き換えが三秒程度で済む。
計算結果を表示するだけならそれでも問題ないかもしれない。
動かないコンピュータとは全く動かないわけではなく、プロジェクトに失敗して客の希望していた機能が実現できなかったり、性能が出せなかったり、そもそも正常に動かなかったりして使えないシステムを揶揄する言葉だ。
今回で言えば想定していた性能が出せず使えないコンピュータといったところか。
だが待ってほしい。
表示は遅いが計算だけなら問題はない。
少なくとも人よりは早い。
表示を簡略化して計算に特化すれば使い物になる可能性はある。
電卓なら一行一〇桁も表示できれば十分なのだから、ダメそうならとりあえず電卓にしてしまえばいい。
そうやって魔導コンピュータの価値を認めて貰えれば、国やなどから援助がもらえたり、大勢の研究者に研究してもらえるかもしれない。
お金と人材で解決できることは多い。
「とりあえず遅くても動くコンピュータを作ってみるか」
動くものを見せる。
これは何よりも説得力があるだろう。
とりあえずの目標は遅くてもいいから動くものを作ることにした。
「動かないコンピュータ」とは日経コンピュータで連載している、システム導入の失敗事例なんかを紹介しているコラムから取った題名ですね。
未だに連載が続いているのも驚きですが、どんだけ失敗例があるのよと驚くくらい失敗しているコンピュータ業界に驚くばかりです。
最近ではみずほ銀行のシステム障害なんかがよく話題に上がりますが、話題にもならない失敗例が山のようにあるんでしょうね。