新しい魔導士爵
かねてから頼んでいた魔導士爵がようやく到着。
父上にご挨拶したら、僕に与えられた執務室に来ることになっている。
今回は一緒の立ち会いはなしだ。
着任の挨拶は公式の場だからね。本来ならデビュー前の僕がいていい場所ではない。
しかしカイゼルさんは魔導士爵として下級なので、マナー面で父上と一対一で対面するのは不安だとのことで、僕が緩衝材代わりに立ち会ったが、今日来る人はおばあ様の派閥に連なるらしくその地位も高いので、マナーに不安はないとのことだった。
歳もカイゼルさんより少し上で、カイゼルさんは魔導具作りが仕事のメインだが、今度来る人は魔導具作りとシーケンス開発が半々程度になっているらしいから、パソコンのプログラム開発にも役立ってくれるであろう。
「ライアン士爵様がご来訪なさいました」
「入ってもらって」
侍従が一人の男性を連れてくる。
「お初にお目にかかります。ライアン・ベルナール士爵になります。陛下直々のお声掛りにより罷り越しました次第にございます」
「わざわざこんな田舎までご足労いただきありがとうございます。フラルーク公爵が三男、アルカイト・ユーシーズです。立ち話もなんですのでまずはおくつろぎください」
アンジェリカにお茶の準備を命じ、僕たちは向かい合って椅子に座る。
「一応念の為にお聞きしますが、おじい様に無理強いはされていませんよね?」
陛下ではなくおじい様と呼んだのはここだけの話との意味だ。
公式の場だと陛下と呼ばないと王孫でも不敬罪に当たるからね。
まあ、デビュー前なので公式の場には出れないけど。
この場も名目上は非公式の場ということになる。
「はい。陛下に『ぱそこん』を見せていただき、自分から是非にと志願いたしました。こんなに可愛らしいお方があれを作られたとか、とても信じられませんが」
「可愛らしいかどうかはともかく、作ったのは確かに僕ですね。さて、旅の疲れも有るでしょうし手短に済ませてしまいましょう。ライアンさん、あなたをいえ、魔導士爵を派遣するようおじい様にお願いしたのは僕です。ですので不本意かもしれませんがあなたには僕の指揮下に入っていただきます。よろしいですね?」
「はい、それはもちろん」
「どこで働く場合も同じと思いますが、ここでは特に守秘義務に留意をお願いいたします。秘匿技術であり、おじい様の特許により保護されています。もしその権利を侵害した場合は極刑もありえますので」
「もちろん承知の上です」
「ならば他に言うことはありません。本日は到着したばかりで、お疲れでしょうし引っ越しでの作業も有るでしょうから実際の仕事は明後日からとしましょう。それまで領内の暮らしに慣れておいてください」
事前に準備はしてきただろうが、細かなところは本人が到着しないと手がつけられないところもあろうし、離宮や町の様子も確認したいだろうから、明日は休みにして明後日からのお仕事だ。
「お心遣い感謝いたします。ではこれにて失礼いたします」
士爵を送り出し、僕は事前に送られてきた彼のプロフィールを思い起こす。
彼はおばあ様の実家である侯爵家の四男。
家を継ぐ可能性は低いが、実家には地位も金もある。
その佇まいは優美でよく教育されているのがわかる。
身だしなみもきちんとしているし、着ているものも過美ではなく上質なものなので、収入もそれほど悪くないと思われる。
魔導士爵の地位は収入で決まると言っても過言ではないとのことなので、その服装だけでもある程度の地位を築いていると伺える。
魔導士爵が稼げるかどうかは実家の力がかなり影響しているらしいし。
実家が侯爵家や伯爵家だったりすると、大抵いくつかの寄り子を持っているし、横のつながりも多い。
魔導具やシーケンスを作ってもそういったつながりがないとなかなか売れないらしい。
コネ社会だからね。
売れないと評判も上がらないし、仕事も少なく腕も上がらない。
で、ますます売れないという悪循環に陥る魔導士爵は多いらしい。
世知辛いねぇ。
カイゼルさんも危うくそうなりかけたが、先生に魔導具造りの腕を見込まれて拾い上げられたからなんとか生き延びたらしい。
芸は身を助くってね。
さて、ライアンさんだが、注目すべきは彼の能力ではない。
なんと、マリエッタと同じ五歳の娘さんがいるとのことだった。
現在妻一人、娘一人で家族ごと移住してくれたので、マリーのいいお友達になってくれるといいのだが。
引っ越しが落ち着いた頃にマリーと引き合わせる予定である。
このところ忙しくてあまりかまってあげられなかったから、ちょっとお休みして一緒に遊んでもいいかな。
同い年の子供がいなかったから、友達との付き合い方がわからないかもしれないし。
すぐにフォローできる所にいたほうがいいだろう。
おっと、今考えるべきなのは新しい魔導士爵に何をしてもらうかだ。
とりあえずは操作に慣れてもらって、エディタや表計算の修正あたりからやってもらおうかな。
簡単な機能追加なら、そんなにかからずできるようになるだろう。
僕はどちらかと言えばOSやコンパイラなどの開発に注力したい。
OSやコンパイラの機能が充実すればするだけアプリの開発が楽になる。
コンパイラだってまだまだC言語のサブセット程度の機能しかないしライブラリも基本的なものしかない。
まずはC言語互換と言えるようなところまで組み上げ、その後はC++を目指そう。
OSは複数プロセスを切り替えられるようにしたい。
同時に動かすことが出来なくても、裏表二画面を切り替えられるだけでも、表でソースコード修正して、裏でコンパイルとテストして、結果確認したら表に戻って修正ができるだけでもありがたい。
今だといちいちエディタを終わらせてコンパイルして終わったらまたエディタを起動してるからめんどくさいのだ。
CP/M+自作BIOSでも出来たことが精霊コンピュータで出来ないことがイラつく。
速度的にはもう三二ビットマシンと言っていいのに、八ビットマシンにも劣るOSではねぇ。
グラフィックも表示できるようにしたいし。
全部を実現するにはまだ何年(何十年?)もかかるだろうけど。
さてどこから手を付けていくか。
やはり手を付けるならOSか?
OSが大きく高機能になるほど真似するのは難しくなる。
MS-DOS程度であればいくつも互換OSが存在するが、さすがにWINDOWSまで来ると互換OSは存在しない。
コンピュータ業界を支配するためには簡単には真似されないOS等の基本ソフトが必要になる。
今だとアプリも少ないし、OSの機能も貧弱だ。
今の所開発ソフトを付けて売っていないので互換OSがでる可能性は低いだろうが、ハードとしては魔導書をガラス基板で作っただけなので、真似することは可能だ。
壊れることを覚悟すれば分解くらいはできるからね。
書かれているOSやアプリは封印を破れば消去されるが、そこに新たにシーケンスを書き込むことはできる。
完全に独自のOSやアプリが作れないわけではないのだ。
向こうの世界で言えばWINDOWSに対するunixみたいなものだね。
世界的に大成功したWINDOWSだって世界を完全には制覇できなかった。
スマホOS向けに出したWINDOWSは結局鳴かず飛ばずで、サーバ市場でも大規模なWebサーバなどはLinuxのほぼ独占市場だったはず。
デスクトップ分野では圧倒的であったが他の分野には出遅れたためだろうと僕は思う。
ならばどの分野においてもいち早く先を行けば全分野で独占的な地位を築けるはずである。
先を知っている僕なら、どの分野が今後伸びていくか知っているからね。
特殊な組み込み用などを除けば大きな市場はサーバとモバイルだ。
特にモバイルは外せない。
近年はモバイルにデスクトップが押されて出荷台数が落ち込むなどという現象も起きている。
スマホで入力はできてもキー入力が出来ないという学生も多くなっているらしいし。
サーバ市場は最悪失ってもいい。
現在のサーバOSは無料のOSを使いサービスで食べているような状況だ。
マイクロソフトの値付けの影響もあるのだろうが、WINDOWSサーバは大規模になればなるほど導入費用が膨れ上がる。
ならば無料でも十分な機能があるのだから無料OSでいいんじゃね? となることは明らかだ。
何しろサーバってのは使用用途が限定されているからね。
WINDOWSのような高機能や汎用性は不要だったりする。
よって、サーバ用途としてOSに高い使用料を課すと、よりコストの低いOSを作ろうという機運が高まっていくのは自然な流れだ。
大規模サーバを構築しようというところはお金も有るしね。
かといって安く提供しようとすればコスト割れを起こす可能性が高い。
なにしろデータセンターとか大規模な分、数が少ないからね。
規模に応じてお金を取らないと採算が合わないのだ。
サーバ向けOSは、まだ大規模システムが組めるような状態ではないし、採算を取るのは難しそうだ。
かといってモバイルもHDDの問題を解決しないと、単なる魔導書と変わるところはない。
いや待てよ。
通信ができればサーバ側にファイルが保存できるんじゃないか?
街ひとつカバーできるくらいの通信エリアがあればモバイルも実用的と言える。
なにしろこの世界は自分の住む町や村から出るということさえまれなのだから。
僕だって離宮を離れたのはこの前の王都行きの時だけだし。
電車や車で隣町へなんてことができるはずもない。
ファイルサーバを作ればモバイルでもなんとかなるか?
いや、シーケンスを全部読み込んだ状態にしないといけないから、何か起動させたまま他の起動キーを発動するシーケンスが起動してワケワカメな状態になる。
マルチプロセスの仕組みがないからね。
だが、マルチプロセスの仕組みをOSに組み込んで、ファイルサーバを作れば、モバイルでもなんとかならないか?
画面や各アプリ固有の情報を保存しておいて、アプリを切り替える。これだけのことだ。
僕の作ったCP/M+自作BIOSでも同じようなことをやっていた。
保存する画面は八〇×二五文字白黒なら、二〇〇〇文字ほどだ。
サーバ側にだって保存が可能だ。
なんかできそうな気がしてきた。
まずはOSのマルチプロセス化だな。
それからファイルサーバの作成。
そして退避データをサーバ側に持てるようにすればモバイル端末もできるはずだ。
HDDについては引き続き研究が必要であるが、まずは使えるようにすることが重要。
プログラムでなんとかなることなら僕でも手が出せるけどさすがにハード系はどうにもならない。
パソコン造りだってカイゼルさんを召喚してようやく手が出せた分野だ。
今はどうにもならないので、どうにかなる部分からやっていこう。
僕は設計資料をまとめるのであった。
文中ではWINDOWSまで来ると互換OSは存在しないと言っていますが、一応一部WINDOWSアプリが動く互換OSが存在するようです。
現在はまだα版で、完全互換とは言えないようですが。
それでもとてつもなく巨大なシステムであるWINDOWSの互換OSを作ろうとするするなんて、小さなソフト社はどんだけ恨みを買っているのでしょうかw?
なんでもその互換OS、その名をReactOSというらしく、(小さなソフト社に対する)「React(反抗)」を示しているのだとか。
独占的地位を利用してむちゃくちゃするとこうやって反抗する人が出てきます。
それは企業だけでなく国や一般家庭でも同様。
独占的地位にある方、恨みをはらされないよう気をつけましょうw