メールの運用開始と新たな課題
メール運用開始したことにより、先生やカイゼルさんとの交流はかなり頻繁になった。
何しろ僕の行動範囲はほぼ後宮に限定される。
後宮と言っても王宮とは規模が違うので、移動はそんなに大変じゃないけど、僕に面会しようと思うと面会依頼が必要だし、移動時は先触れを出したり結構めんどくさい。
それがメールだと一瞬でやり取りできる。
今は殆どがテストメールだけどね。
同時に大量に送ってみたりといった耐久試験や、メーラーの使い勝手とかを確認していく。
いくつかのバグを修正し、メーラーも使いやすいように一部修正。
マナーの先生とメールをやり取りするうえでのマナーを検討したりして、メールの本格運用について準備を進めていった。
「めんどくさいでござる」
今やってるのはメーラーの使い方や、メールを出す時のマナーや注意すべきことなどのドキュメント類だ。
プログラムは楽しいけどドキュメントは苦手という人は多いだろう。
かく言う僕もドキュメントは苦手だ。
自分がわかっていることをわからない人向けに書くのだから、言葉や説明が足りなくなりがちだ。
でも、これを書いてしまわないとメール運用が進まない。
本当はプログラムをもっと書きたいのだが書けば書くほどドキュメントが増える。
仕様書はともかく、使用マニュアルくらいなら、とりあえず口頭で教えてあげれば誰でも書けるんだから誰かにおまかせしたい。
マニュアル作る能力とプログラムを書く能力は別物だから、こういうの書ける人材がほしいよね。
「魔導士爵だけでなく、文官も何人かお世話してくださるようにお願いすればよかったかな」
まだ、約束した魔導士爵は来ていないが、いつ来てもいいように離宮に部屋を用意している。
この離宮は公爵の居住地と言うだけでなく領地の統治機関でも有るから、結構大きいが予算の関係上常駐している人員は少ない。
部屋は余っているので家具等準備すれば受け入れは可能だ。
お兄様たちは王孫なのでそれにふさわしい家具となるとそれなりに格式が求められるが、士爵ならそれほどでもないしね。
「簡易版でいいか。文官たちには僕が直接指導すればいいし、作業効率が上がっている上、王都に派遣した文官も戻っているから暇だろう、うん、きっとそうだ」
僕は勝手に決めつけ、マニュアル作りは一時中断する。
彼らにはまたエール券でも配ればいいだろう。
「そうと決まったら父上に営業に行くかな」
マニュアルを書いてもらうためにも、まずは使ってもらわなければならない。
父上にメールサーバとメーラを買ってもらって、また文官へのパソコン教室を開かねばなるまい。
「その前に、サーバとメーラーの値段を決めないと」
僕は先生とカイゼルさんにメールを送り、販売価格について相談。
クリーンルームの製造にかかったお金の何パーセントをサーバに上乗せするのか、僕の作ったメールサーバとメーラーをいくらにするのか決めた後、父上へのプレゼントなる。
「父上、本日はお時間をいただきありがとうございます」
「うむ、またなにか新しい『あぷり』を作ったそうだな」
「はい、事前にお話したとおり『メールアプリ』といいまして、瞬時に離れた人に手紙を送る『アプリ』です。まあ、離れたといいましても、いまのところ離宮内とその周辺程度ですが」
もっと出力を上げて設置場所ももっと高いところにすれば町全体をカバーできるかもしれないが今の所ユーザーがいないので、そこまで検証はしていない。
「意外と狭いな。それでは直接手紙を渡しに来るか、話に来ればよいのではないか?」
「一度で済むのならそれでもいいでしょう。しかし日に何十回も手紙の遣り取りをするとなると、移動だけでも時間がかかります。また、直接話すと、後で言った言わないになりがちです。『メール』であれば証拠が残りますし、後から確認することも出来ます。しかも一通の手紙を複数に届けることができるのです。たとえば文官全員に通知を一度に送ることも可能です」
「なるほど。特に後から確認できるというのはいいかもしれない」
「はい。ひとの記憶というのは結構いい加減ですから、記憶違いや勘違いはよくあることです。メモを取るのにも時間がかかりますし、それでも抜けや間違いがないとは言えません。『メール』であれば、書いた本人の文章がそのまま伝わりますからメモをとる必要はなくなりますし、記憶違いというのはなくなるはずです」
まあ、記憶違いはなくても勘違いや、思い込みとかは防げないけどね。
「で、私に買ってもらいたいというのはその『めーるあぷり』とやらか?」
「いえ、『メール』はこの『アプリ』単体では使えません。『メールサーバ』というこれまでより性能を四倍に高めた『パソコン』と『サーバアプリ』が必要になります。この『メールサーバ』が各自が出した『メール』を中継して宛先に配布します」
「『あぷり』だけではなく、新たな『ぱそこん』も必要ということだな」
「はい。こちらは今回新たに作れるようになりました四倍早い『パソコン』です。これは将来的に町全体をつなぐ中継機にもできるよう、余裕を持った性能を持っています」
「町全体だと?」
「町全体と言っても『パソコン』を買える商人やギルドなどは離宮の周辺に集中しています。『サーバ』をできるだけ高いところに設置し、出力を調整すれば、必要十分な範囲で『メール』が使えるかと思います」
「つまり商人たちの簡単な打ち合わせ程度であれば、わざわざ召喚する必要もないということだな?」
「そのとおりです。請求書や発注書などの受け渡しも顔を見ずとも行なえます。これがどれだけ画期的なことかおわかりになりますでしょうか?」
実際のところ文官の仕事では出入りの商人との面会が大きな比率を占めていたりする。
文官は准貴族扱いなので、平民が面会するにも面会依頼が必要だし、実際に面会するとなると、門番や使用人にその旨を伝えておく必要もあり、結構面倒なのだ。
「つまりそこまで行けば文官の仕事が更に効率化されるということだな?」
「はい、『メール』は使う人が多いほどその利便性が上がっていきます。ただし手軽に使える分情報漏えい等にも注意が必要になります」
「『めーる』を使えば簡単に外部に情報をもらせるというわけか」
「そうです。そのへんは教育と、『メール』を監視することである程度は防げるかと」
結局その問題があったのでメールは一定期間サーバ側に残しておくこととなった。
四倍早いサーバはHDDエリアも四倍に拡張されるし、処理速度が上がった分、古いファイルを削除したりする余裕があったのだ。
そこでネックになったのは処理速度ではなくインクの移動速度だった。
書き込みが致命的に遅かったので、ディスクキャッシュシステムを組み込んだ。
ディスクキャッシュというのは実際のメディアに書き込まず、まず高速なメモリに書き込み、メディアには空き時間を利用して書き込む方式だ。
下級魔石内部で使える記憶容量は結構あるので、基本そこに貯めておき、処理が詰まっていないときに書き出す仕組みを作った。
今はそれほどメールが飛び交うわけでもないので、それで十分だろう。
今後機能を追加していくと厳しくなるかもしれないが、まだまだ先の話だ。
それまでにはインク以外の読み書き方法の確立や、クリーンルームを改造したり、製造ノウハウの蓄積で、より精度の高い魔導板も作れるようになったり、複数のマシンに分散して処理するなどと言った技術も開発できるかもしれないし。
「わかった。『めーるさーば』と『めーるあぷり』を必要なだけ買おう。ひとまず離宮に有る『ぱそこん』全てに入れて、使えるように教育を頼む」
「かしこまりました」
「今、商人たちに『ぱそこん』を売り込んでいるところだ。その時一緒に『めーるあぷり』も売れるのか?」
「それはもう少し待ったほうがよろしいでしょう。まずはこの離宮内で使って、慣れるとともに問題点を洗い出してからのほうがよろしいでしょう」
「そうか。そなたの思う通りにするが良い」
「はい、ありがとう存じます」
僕は新しく作ったメールサーバを納品。
父上に管理者登録をしていただいた。
機密情報もやり取りするだろうからやはり管理者は父上しかいないよね。
僕が管理者登録したサーバは今後もアプリの開発用として僕が使うけどね。
なので父上のサーバは業務用、僕のサーバは開発用ということで、使うチャンネルも分けている。
父上に販売したメールサーバはまだ白木のままで、今後化粧する予定はない。
将来的に盗難防止措置をした後、離宮内でも高い物見の塔などに設置し、町中と通信する予定で、基本的に人前で使うことはないからだ。
しばらくは父上の部屋においておくけど、その場合はきれいな布でもかけておけばいい。
どうせ陪臣たちが慣れて商人たちにメールアプリを売り始めるまでのことだし。
無事父上へのプレゼンを終えた僕は、陪臣たちのパソコンにアプリをインストールし使い方について説明していった。
もちろん父上のパソコンには入れない。
入れるのは陪臣たちが慣れてメールマナーがある程度浸透してからとなる。
とりあえずこれでメールの運用が本格的に開始されることとなった。
ドキュメント作成が苦手なSE諸氏は多いのではないでしょうか。
ドキュメント作成にはプログラムなんかとはまた別の技術が必要ですからね。
特に、ドキュメントを読む人がどこまでの知識を持っているか把握していないと、適切な文章を書くのは難しいため、苦手とされる方が多い気がします。
初心者向けと、技術者向けではだいぶ書き方が変わってきますし。
初心者向けと一言で言っても、猿でもわかるレベルなのか、人間レベルかでも書き方は変わってきますw
技術文書であるなら、自分と同等レベルを想定してもいいかもしれませんが、不特定多数のレベルが様々な人向けの使用マニュアルだと、どこをボリュームゾーンとするか判断するのはほぼ不可能です。
そのため一般書店なんかにある解説本も初心者向けから中上級者向けまで様々なレベル向けで販売されています。
そもそもが万人向けのマニュアルなど作れようはずがないのにそれを求められるので、ドキュメント書きが苦手になってしまうのでしょう。




