ネットワークの新たな課題
「あー、ひどい目にあった」
朝の剣術の稽古の後、お風呂に入って昼食を取りながら僕は愚痴をこぼす。
「おにーたまだいじょうぶ?」
マリエッタが心配そうに僕のことを見つめている。
天使か。
「大丈夫だよ、マリー。マリーの顔を見たら痛みなんてもう吹っ飛んだよ」
あーいやされるー。
「ならもう少し厳しくしてもらってもいいかしら?」
「母上、勘弁してくださいよ」
「でもねぇ、心配なのよ。あんな事があったし、やはりもっと自分の身を守れたほうがいいと思うの。机にかじりついてばかりいないで」
そうはおっしゃいますが机にかじりついていなかったら今頃死んでましたよ。
とは言えない。
「僕の場合そうなってからどうにかするより、そうなる前にどうにかするほうが向いていると思いますよ?」
「そうねぇ。あなたには人を切るより人を陥れるほうが確かに向いていますね」
「ごほっ」
何を言い出すんですか、母上。
そんな目で自分の息子を見ていたんですか、あなたは。
「あの人から伺ったのですけど、大丈夫なのかしら?」
「ええ、お任せください。今そのための対策を立てていますから。なので、しばらく剣術の稽古はお休みしていただきたく」
「それはそれ、これはこれよ? 貴族になるのなら剣術は必須ですよ? せめて格好だけでもなんとかしないと恥をかくのはアルちゃんですからね」
だめかー。
母上はぽやぽやしているわりにこういうところは妥協しないからね。
「前向きに善処します」
「そういうと思って団長にはしっかり指導していただくようにお話していますからね」
なんと。僕の前向きに善処します攻撃をあっさり躱すなんて。
さすが母上、さすははだね。
八つ当たりだと思ってたらすでに母上から手が回ってたとは。
いや、八割がた八つ当たりだったけどね、あれは。
八つ当たりだけにって、親父ギャグかよ、って中身はオヤジだった。
父上から王都での顛末を聞いたのであろう。
それで心配になった母上が剣術の稽古に力を入れるように頼んだのだ。
母の愛が重いです。
若い頃は重いだけで有り難みがわからなかったけど、今ならわかるだけに反発もし難い。
「はあ、とりあえず逃げられる程度になれるようがんばります」
「そうして頂戴。騎士になれとか不可能なことは言いませんから」
母上から見ても僕が騎士になるのは不可能なのですね。
僕もそう思いますが。
「僕は僕の得意なところで戦いますから大丈夫です」
苦手なところで戦ったって勝てるわけがない。
得意なところで勝負すべし。
人を陥れるのが得意な僕には僕のやり方がある。って誰が陥れるのが得意だよ。
落ちがついたところで食事を終え、僕は部屋に戻る。
マリエッタはお昼寝だ。
このところお昼寝に呼んでくれなくてちょっとさみしい。
お兄ちゃんの威厳を取り戻すためにも頑張らないと。
「さて、データ送受信がだいたい出来上がりましたがこれからどう進めていきますかね」
重要なのはデータをやり取りすることじゃない。
どんなデータをやり取りするかが重要だ。
前も検討したように最低限欲しいと思っているのはメールにファイル共有、そしてグループウェアだ。
チャットなんかが有ると嬉しいが、マルチプロセスの仕組みを整備しないと難しいだろうなぁ。
画面に表示するだけならともかく、キー入力などもアクティブなウィンドウに移管しないといけないし、OSの大幅な機能アップが必要だ。
いや、まてよ。
送受信は常駐で、実際のやり取りはアプリを立ち上げて行うとかでもよくないかな?
要はメッセージが飛んできたらポップアップや通知領域にメッセージが有ると伝えて、チャットに出たい時は今実行しているアプリを終了させ、チャットアプリを立ち上げメッセージを読んだり送信したりすればいい。
ウィンドウ切り替えは人間がやればいいんだよ。
そういや昔はチャットと言えば、チャットルームに入ってそこでしてたっけ。
そのためもちろんチャットルームに入っている人としか会話ができないわけだけど。
ゲームを起動しているときしか会話ができないという点では、ゲーム内チャットと似ているかもしれない。
常にメッセージが受信できるようになったのって、そう昔の話じゃない。
メッセージアプリとかが出てからの話だ。
メールなんかも一緒だね。
メールが来たことだけ通知してあとは人間がアプリを切り替えてメールを確認すればいい。
これならシングルプロセスのDOSでもなんとかなるだろう。
すぐに切り替えて使えるほうが便利では有るが、とてもそこまで手が回らない。
そうと決まったらまずどこから手を付けるか。
チャットとメールはこの方法だと結局同じことなのでメールでいいか。
グループウェアは排他処理その他面倒そうだし、ファイル共有やデータベースとかも必要になってくるだろうし、セキュリティ対策をどうするかも問題だ。
この中だとメールが一番楽そうか?
ユーザーごとにフォルダ切って一メール一ファイルで保存しておけば、DBのようなものはいらないだろうし。
あとはメール本文の暗号化をどうしたものかな。
そのまま生データを流すと無線接続だとデータが丸見えだ。
だがこの暗号化はどこでやる?
「wifiだと通信そのものでも暗号化しているが、アプリでも暗号化すると二重に暗号化されて無駄になる」
インターネットのように様々な場所を中継するのであればデータ本体の暗号化は必須だ。
少なくとも非公開データは。
でもこれを暗号化した場合、wifiの接続自体暗号化は必要であろうか?
例えばwifiにつなぐ時はパスワードを入れる。
でもこの通信を平文で送れば、パスワードが丸見えになってしまうだろう。
これではまずい。
wifiってその辺どうしてるんだ?
まてよ、このパスワードで暗号化した何らかの文書を送ればいいのか?
向こうもこっちもパスワードを知っているわけだから、最初からパスワードで暗号化した文書を送ればいい。
向こうで複号できれば正規の通信。できなければ不正な通信。
あるいは暗号化するのは送受信するアプリの責任にして、物理層データ層では来たデータをそのまま送る。
これで問題はないだろうか?
またまた、まてよ。
wifi同士でもログオンするからここの暗号化もしないとパスワードがもれないか?
でも接続さえ確立してしまえば暗号化された生データ? を流すのなら問題ないのかな?
この方法なら最初のwifiセッション確立時だけが暗号変換されるだけだから暗号化が二重にされることもない。
それを前提に各アプリの構造を考えてみよう。
今はメールもチャットもほぼリアルタイムで届きますが、昔はそうではありませんでした。
ホスト局に繋いでログオンしないとメールもチャットも見れず、昔は複数のホスト局にIDを持っているのも普通でしたので、特定の人と連絡を取り合うには、そのホスト局にいかなけばなりませんでした。
そのかわり自分の性格や目的に合ったホスト局をや掲示板を選べたり、人が少ない分ユーザーとユーザーの距離も近くオフライン会合なんかも多数開催され、自分も何度かそれに参加したものです。
今はほぼ全部のネットワークが繋がり参加者が増えた分、ユーザー間のつながりは薄くなった気がします。