閑話 国王の憂鬱な午後2
二話目です。今回はこれでおしまい。
明日も閑話ですが一話だけの投稿になります。
「おじい様、お呼びとのことで参上いたしました」
侍女長に付き従いアルカイトが我れの私室にやってきた。
「わざわざ来てもらってすまない。そなたに話を聞いておかなければならなかったのだが、出禁を食らってしまったからな。まだ昨日の疲れが残っているかもしれないがしばし付き合ってもらいたい」
「いえ、呼び出していただき正直助かりました。……あの、おばあ様がなかなか離してくださらなくて……」
「……そうか。苦労をかけさせたな」
「僕の方は平気です。ですがおじい様のほうが大変なことになりそうなので心配です。あっ、おばあ様から伝言がありました。『覚えてらっしゃい』だそうです」
うぐっ。
我も暗殺の可能性に怯える必要があるかもしれぬ。
「相わかった。しばらく後宮には寄り付かぬようにしよう」
「それはそれで僕が大変なので、なんとかしてくださいませ」
「それも含めてこの場で話をしようと思う」
「それは助かります」
アルカイトは安心したかのようにほっとため息をつく。
「さて、まずはそのことから話そうか。そなたには三日後、領地に帰還してもらおうと思っている」
「ずいぶん急ですね。準備は間に合うのですか?」
「ああ、問題ない。元々そなたが帰るだけなら問題はないし、王都での商談は済んだのでフラルークや文官たちも帰れるそうだ」
「えっ? 確か文官は『パソコン』を買ってくれた貴族に使い方を教えるためにしばらく残るはずですが」
「それは代表をあとで何人か領地に送るので、領地に帰ってからやってもらう。皆同派閥のものであるから問題はあるまい。そなたが希望した魔導士爵も送り込む予定なのでまとめて教育してもらったほうが良かろう」
「そのほうが手間は省けますが」
「そなたの兄達はそなたと一緒に領地に戻る。そなたと違って恨まれているわけではないから、二年まるまる向こうにいなければならないわけでもないし、成人しているゆえ実家に戻ってそちらで過ごしてもよいだろう」
親の庇護が必要なアルカイトとは違い二人の兄は成人だ。
どこにだって送り込める。
「そうですね。たまには実家に顔を出されるのも良いかもしれません」
「ということなのでそなたの三日後帰還は決定だ」
「承知いたしました、おじい様。準備することはありませんが、後三日で済むと考えればまだ耐えられます」
強く生きろよ、アルカイトよ。
「これで問題が一つ片付いた、さて、次の問題であるが先程息子達の派閥の者を集めて昨日そなたが提案した策を試してみた」
「反応はいかがでしたか?」
「皆一様に驚いていたが受け入れたよ。反対する声がなかったわけではないが、無理やり抑え込んだ。反発するものが出るかもしれない。それ故の三日後の出立だ。そなたがいては静まるものも静まらんからな」
「なんかずいぶん嫌われてしまったみたいですね」
その言葉とは裏腹に特に気にしてはいなそうだが。
鈍感なのか肝が座っているのか。
「まあ、双方の息子が一人ずつ教会送りであるし、ディミトリの派閥からは家が一つ消えた。領地が消えていたらこんなのでは済まなかったかもしれないが。そして今日の査察と継承権剥奪の危機だ。全てはアルカイト、そなたから始まったことで、しかも二度の暗殺を無傷で切り抜けている。もし黒幕がいたとしたら歯ぎしりして悔しがってもおかしくないぞ」
「あー、そう言われますと死ぬまで許してくれないような気がしてきました」
こうして上げてみると、未だにアルカイトが無事であるのが奇跡に思える。
実際奇跡のような出来事であったが。
一度目はアルカイトの機転で回避。普通の子供なら死んでいた。
そして二度目は……
「昨日、護衛の責任者デニアスから状況の報告を受けた。馬での避難を拒否し、馬車の中にもこもらず、外で騎士の戦いを見守っていたそうではないか。あまり危ない真似はしてくれるな。そなたが怪我でもすれば我も悲しいし、あれがどうなるかわからぬからな」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。しかし騎士達の働きをこの目に焼き付けるのは守られるものの役目。次も同じことをすると思います」
「その考えは立派であるが、それは成人してからにしなさい。子供はただ守れられるだけでいい。どんな責任も役割もないのだよ」
「子供でも責任は負うし、役割だってちゃんとありますよ。僕に絡んできた二人だって成人はしていませんが責任を取らされましたし、僕を罠にはめるという役割がちゃんとありました」
そう。
アルカイトによって撃退されたが、アルカイトが献上品のことについて話してしまえば、立場は逆になっていたかもしれないのだ。
「……そうだな」
アルカイトの言うことも間違いではない。
子供とてなにか大きな失敗をすれば、簡単に消される。
それは下手をすれば大人より、簡単に、そして過酷な方法で。
「なので僕にできる役割なら果たしますし責任だって取ります。子供だから何もしないということを選択した結果の責任を取らされるくらいなら、何かをした結果の責任を取るほうがいいですから」
「そこまでわかっているなら好きにするがいい。だが子供のうちは親が責任を取ることになることも覚えておくのだぞ」
「もちろんです」
これでまだ七歳だというのだから、信じられん。
自分にできることもその責任の取りかたも心得ている七歳児などいてたまるか。
「では、ひとつ尋ねたい。騎士は狼どもとの戦いにおいて、騎士の火球が当たる前に突然狼どもが転がり始め、最後の黒狼の時などバインドボイスをまともに食らって、誰も動けなかったはずなのに、その黒狼は突然死んだと言った。あとで確認したところ頭の中が破裂していたようだとも。しかもそんな魔法が使われたはずなのに、誰がそれを使ったのかわからなかった、見えなかったというのだ。アルカイトはなにか気が付かなかったか? 後ろから見ていたのであればなにか気がついたことがあろう」
騎士は王家の秘術を収めた魔導具をアルカイトか侍女見習いに持たせたのではないかと語った。
しかし我に心当たりはない。
我に心当たりが無いのであればフラルークにも無いであろう。
やつは魔導にはあまり興味を示さなかった。
どちらかと言えば剣術が好きで、文官仕事もあまり好まなかったが、選定の儀をこなさなければ公爵には成れぬので、渋々選定の儀をこなしていると言う感じであった。
公爵と士爵では天と地ほど立場が違うから、派閥の後押しがあれば出ざるをえない。
そんなやつがこれほどの画期的な、いや、奇跡と言っていいほどのシーケンスを書く?
そんな事ができるはずもない。
とすればそれをできる者と言えばあとは一人しか思い浮かばなかった。
『ぱそこん』なる奇跡のような魔導具を作り出した、若干七歳の神童。
神の童とはよく言ったものだ。
確かに神の奇跡としか言いようがない。
「さて、不審な動きをしている騎士はいなかったように思います。僕も火球以外の攻撃魔法は見えませんでした」
「そうか。その騎士はこうも語った。王家の秘術を収めた魔導具が使われたのではと」
「えーと、そのような秘術が有るのですか?」
「無いな。少なくとも我は知らん。そして我が知らぬのであれば王族すべてが知らぬということだ」
「ならば騎士の誰かがその秘術を使ったのではないですか? 秘術は貴族の切り札ですからね。こっそり使う術も心得ているでしょう」
「それはない。文官にも魔導士爵になれなかった者が騎士になる。そのため頭を使うことが苦手な者が多い。そんな者が奇跡のようなシーケンスを書くなどありえない」
「では、誰かから買ったか譲り受けたのでは?」
「それも現実的ではないな。あれ程の威力の有る魔法だ。買うとしたら、国家予算レベルの金を出しても惜しくない代物だ。騎士爵が買えるような代物ではないし、跡継ぎでもないものが譲り受けるなどもっとありえない」
「それでは誰も使える者がいなくなりましたね。正義の味方が陰からこっそり助けてくれたのでしょうか?」
ここまで言ってもアルカイトに動揺は見られない。
ごく自然体で、何か隠しているとも見受けられない。
「いや、一人だけできそうな者に心当たりがある」
我はアルカイトをじっと見つめた。
「その心当たりをお伺いしてもよろしいですか?」
「ああ、構わない。それはアルカイト、そなたのことだからな」
「……ずいぶんすっ飛んだ心当たりですね」
「そうかな? 我でもない、騎士もありえぬ、ならば後はそなたか侍女見習いしかおらん。そして侍女見習いはシーケンスも書けないし魔石も持っておらん。となると残るのはアルカイトそなたしか残らないのではないか? 現に『ぱそこん』なるこれまで知られていなかった新しい試みを行っておる」
「それはまた。騎士達が隠し持っていたというよりぶっ飛んだ推論ですね。なぜそこまでその秘術にこだわるのです? 騎士達の誰かが使ったでいいではありませんか。秘術とは本来秘密にするもの。貴族の間でそれを暴くのはタブーのはず」
「そうだな。しかしこの秘術は危険すぎる。できれば誰がどうやって作ってどう使ったのか調べる必要があるのだ」
黒狼と五〇頭あまりの狼を一〇秒そこそこで葬り去る威力。
敵対勢力にでも渡れば、国が滅びかねない。
「言い方を変えましょう。おじい様は力が欲しいですか?」
「なに?」
「世界の半分を支配できる力を与えようと言われたらいかがします?」
アルカイトがわずかに微笑みながら我を見つめる。
無邪気な子供のように。
だが我の背中を冷や汗が流れ落ちていく。
これは誰だ。
まるで我の魂を狙う悪魔、いや、魔王のようではないか。
この問に下手な答えを返せば魂を持っていかれる、そんな錯覚に襲われた。
「僕の今考えている『ネットワーク』が完成し、その秘術の力があれば、それも夢ではありませんよ。世界の果ての国だって支配できるかもしれません」
「……そのような力はこの身に余る。この国さえままならんと言うのに世界の半分も手にしたら持て余してしまうであろう。我にそのような力は必要ない」
「おじい様が常識的な方で助かりました。おじい様の推論が正しいとすると、現実にできてしまいますからね」
「どういうことだ?」
「もし僕がその秘術なるシーケンスを書いたとしても、大きな問題が残ってます。僕は下級の魔石しか持っていないのですよ?」
我はその意味をじっくり噛みしめる。
そうだった。
アルカイトは魔導書を与えられてまだ一年未満。
しかも成人していないからその手にできるのは下級の魔石まで。
中級の魔石でさえありえない奇跡のような魔法なのに、それを下級の魔石で行う?
不可能だ、ありえない。
そんな事ができたとしたらまさに神の奇跡か悪魔の所業。
上級の魔石をあやつから奪い取ってきたのであればできなくもないと言えるかもしれないが、こんどは上級の精霊使いから奪い取れるかという問題が浮上する。
精霊との契約は死なない限り解除は不可能だから、奪うには殺さなければならない。
下級魔石を使って上級精霊使いを殺す?
油でも撒いて火を付けるとかすれば可能かもしれないが、子供が単独でどうこうできるものではない。
ましてや中級魔物の黒狼と灰色狼五〇頭あまりの群れを殲滅?
もしそんな事ができたら確かに世界の半分を手に入れることができるであろう。
『ぱそこん』などという常識はずれの魔導具を作り出したからすっかり一人前の魔導士のように感じていたがまだデビュー前であった。
だがもし、本当にそれができたとしたら……
そしてそれが唯一の答えであったら。
ああ、これは踏み越えてはいけない。
有ると確信してしまったら我はその力を使わずにいられるだろうか?
これが悪魔の誘惑というやつか。
人は知らないほうが幸せなことも有る。
この時ほど実感したことはない。
「そうだな。そなたではどうあがいても不可能。そなたの書いたシーケンスを騎士の誰かに渡した可能性は残るが、それでも奇跡のような魔法だ。とても七歳の子供に書けるとは思われまい」
「エエ、ソンナアブナイマホウ、ボクニツクレルワケアリマセンヨ」
何故そこだけ抑揚がなくなる!?
神よ、我が孫アルカイトに祝福を。
彼のゆく道は我などとは比べ物にならないくらいの厳しく困難なものとなるだろう。
少しでも助けになればと我は神に祈る。
我の憂鬱な午後はこうして過ぎていった。
「世界の半分をやろう」のセリフは言わずとしれた竜の探索シリーズ初代のセリフですね。
同じようなセリフは多くの作品で使われる、もはやテンプレとも言えるセリフでしょう。
このシリーズでは他にも名言や迷言の数々が、今でも語られるほど。
まさに歴史に残るセリフと言っていいでしょう。
自分もこんな歴史に残る名台詞を書いてみたいものです。
迷台詞でも可w