閑話 副団長の胃が痛い護衛任務4
本日四話目です。
バウバウバウ!
吠えながら接近してくる狼ども。
ざっと四〇~五〇といったところか。
その駆ける狼の群れに一際でかいやつがいた。
「クソが! 黒狼がいやがる!」
俺は貴族に有るまじき悪態をつく。
「ふくだんちょー。なんかやばくないですか?」
新人のジャックはまだ魔物の討伐体験がない。
それがいきなり死地での実戦だ。
ビビるのも仕方あるまい。
俺だってこんな絶望的な戦いは初めてだしな!
チビって無いのが不思議なくらいだぜ。
「アルカイト様だけはなんとしても守るぞ! ファイヤーボール」
俺は狼種と何度か戦ったことが有るから、どの距離で攻撃を始めれば効果的かある程度わかっている。
その目安としてファイアーボールで地面を焼きその地点に印をつけたのだ。
「あの焦げ跡を超えた奴から優先して叩く! 弾幕を集中させて一匹ずつ確実に倒していくんだ!!」
通常なら数の暴力で殲滅するところだが、逆の立場の今、一頭に集中することで一対多数の状況を作り出す。
一頭一頭確実に潰していく以外勝ち目はない。
「ただし黒狼が来たらそいつが優先だ。ボスをやれば逃げていく可能性が高い」
俺達は魔導具と魔導書を掲げ、狼達を待ち受ける。
普通は持ちやすく使いやすい攻撃用の魔導具しか使わないが、今はそんな事も言ってられない。
とにかく手数が最優先で多少狙いが甘くなっても、弾幕が薄いよりマシだろう。
「従者どもは槍を構え、盾をしっかりレンガの隙間に突き刺し、体で支えろ!」
狼どもが駆けてくる。
全力ではない。
まだ余裕を持った走り方だ。
おそらくこちらが飛び道具を使ってくると『知って』いるのだろう。
いつでも横っ飛びで逃げられる態勢といったところか。
魔物は普通の動物と比べても頭がいい。
魔物の中には道具を作るものもいるし、中には簡素な家さえ立ててしまうやつもいる。
流石に狼は道具を使わないが、狩りの時は見事な連携を見せる。
しかも獲物に合わせて最適な狩り方をするから始末に悪い。
「うてー!!」
先頭の狼が俺のつけた焦げ跡を超える一瞬前に号令をかけた。
そこから一人も遅れず火球が飛び出していく。
狙いは先頭の一頭だが、狙いのつけにくい魔導書による攻撃はいい具合に分散して、狼どもの逃げ道を塞ぐように着弾した。
ぎゃんぎゃん、きゃい~ん。
途端に上がり始める狼達の悲鳴。
一頭の狼あたり八発の火球が襲いかかり、狼達が倒れていく。
いや、これは倒れ過ぎだ。
火球が当たっていないやつまで次ぎ次ぎに倒れていく。
砲撃を始め、わずか一〇秒ほどで灰色狼達は沈黙し、後方に控えていた黒狼だけが残った。
「だんちょー、やりましたね! あとはやつだけです!!」
新米騎士のジャックが歓声をあげる。
「ばかやろう! 油断するんじゃねー」
しかし忠告は少し遅すぎた。
わおぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~ん。
黒狼が突如として遠吠えを放つ。
馬車が、いや、体までもが細かく震える。
くそ! 体が動かねぇ。
ここでバインドボイスとかふざけんな!
下級の狼は何度も狩ったことが有るが、中級は初めてだ。
文献で読んだことは有るが実際にこの技を食らったことはない。
過去に一度でも食らっていたらもっと警戒していただろう危険な技だ。
俺を含め誰も動けない。声さえ発せない有様だ。
一体何が起こってやがる。
動きを止めた俺達に対し、その隙を逃さず黒狼が突進して来る。
ものすごい迫力だ。
馬ほどもある黒い巨体は地響きを立てて接近してくる。
だが誰も反応できない。
殺られる、そう思った次の瞬間。
ずさ――――――――
突然、黒狼がバランスを崩し、地面を滑っていく。
「ぐわ!」
そしてそのまま大盾のところまで滑って、従者を一人跳ね飛ばして止まった。
シンと静まり返る森の中。
「終わったのですか?」
ようやく動けるようになったのか、侍女見習いのアンジェリカが不安そうに尋ねてきた。
黒狼はその巨体を横たえピクリともしない。
「そのようですね」
彼女の問に答えられたのはアルカイト様だけだ。
俺達も動けるようになっていたが、何が起こったのかわからず、答えることができなかった。
動ける者など俺も含め一人もいなかったはずなのに、なぜこいつは倒れている?
「あっぱれ! さすが我が王国が誇る騎士たちよ! 誠に見事な働きであった!! このアルカイト・ユーシーズの名の元に、其方等にふさわしい褒賞を与えるよう、おじい様および父上に進言することを誓おう」
アルカイト様の突然の称賛に、終わったのだと確信が持てたという有様だ。
称賛を受けたのであれば騎士としてそれに応えねばならないだろう。
俺達は慌ててひざまずき最敬礼で返す。
「はっはー。ありがたきしあわせ!」
「この苦難を乗り切った諸君ならば必ず僕を王都まで無事送り届けてくれることでしょう。さっさと後始末して王都に帰りましょう」
「はっ。ゲリック! よくぞあの巨体を受け止めた!! 怪我の具合を確かめ、必要があれば応急手当をせよ」
俺は黒狼を受け止めた従者を褒め、その手当を命じる。
うちの愚息だがな!
動けなかった以上、単なる偶然だろうが、こいつが受け止めなければ馬車にまで被害が出かねなかったし、簡易御者台に乗っていたアルカイト様が転げ落ちる危険もあった。
それを考えれば、偶然とはいえ功績には違いない。
幸運も功績のうちだ。
「問題ありません! ちょっとばかり打ち身があるだけで、動けないほどではありません」
「そうか。だが念の為少し休憩して、打ち身のある場所を確認しておけ。興奮していると痛みがあってもわからなかったりするからな」
戦っている時は平気そうにしていても、帰ってきた途端にぶっ倒れるやつなんて何度も見てきたからな。
油断はできない。
「お心遣い感謝いたします。では、少しだけ休ませていただきます」
「うむ。残りの従者たちは狼どもの魔石を回収しろ! 俺たちの飯の種ってだけじゃないぞ。こいつを他の魔物に食われたら上位種に進化しかねんからな。ジャック! お前は王都の騎士団詰め所に行って応援を呼べ。途中農村に寄って、荷車と人手を集めるように命じろ。応援とともにここに来させて、狼どもを運ばせるんだ。残りの騎士は辺りの警戒と息があるやつを見つけたらとどめを刺せ」
俺は次々と指示を出していく。
こういうのは戦いより後始末のほうがめんどくさかったりする。
実際のところ戦っていたのは一分にも満たない短時間だ。
しかし魔石を獲って応援の騎士達に引き継ぎするまで、まだ小一時間はかかるだろう。
その後王宮にアルカイト様を送り届けても、俺は陛下と公爵様に報告もしなければならないだろうし今から胃が痛い。
「それにしても、こいつは一体誰が、どうやって倒したんだ?」
俺は周りを警戒しながら倒れている黒狼に近づいた。
「毛皮に焦げ跡はなし。腹と足に多少擦れた跡があるが、血が滲んでいるわけでもないから、擦り傷さえなしか。特にどこか怪我をしているふうではないのにこいつは死んでいる」
ざっと見ただけでは死因がわからない。
「鼻は焼けていないし、口の中もきれいだな」
これまでの経験上、火球で死ぬやつは大抵が窒息死だ。
火球で熱せられた空気を吸い込んで気管支を焼かれ、呼吸ができなくなって死ぬ。
全身やけどでも死なないわけではないが、気管支が無事であれば、かなり長い時間暴れまわる元気? があるものだ。
しかし火傷の痕はどこにもない。
「ん? これは」
俺は唯一血の流れているところを見つけた。
毛が真っ黒なのでよく見ないとわからないが、両目のあたりだけ黒く濡れている。
「『ウォーター』」
俺は水で目の辺りを洗い流しそのまぶたを開いた。
「うっ!」
そこに目ン玉はなかった。
いや、有るには有るがグシャグシャになって弾け飛んでいるようにしか見えなかった。
まるで頭の中が爆発した、そんな感じに見えた。
「一体どうすればこんな事が起こるんだ?」
黒狼から離れ灰色狼の方も見てみると、すべてが同じ状態で死んでいた。
毛皮が焦げているものでさえ、気管支には影響がなく、目が弾け飛んでいた。
「『ファイアーボール』ではこうはならん。誰かが未知の魔法で全部を倒したというのか?」
しかも黒狼の時はバインドボイスで身動きが取れなかったはずなのに?
どんな魔法を使えばそんな事ができるのか。
悪魔でもいやがんのか?
背筋を冷たい汗が流れ落ちた。
ここにいるのは仲間と護衛対象のみ。
みんな顔見知りだし、新米騎士のジャックだって数ヶ月は一緒に過ごしている。
可能性があるとすれば俺を抜かした三人の騎士のうち誰かということになる。
いや、魔導具を使えば誰にでもできたかもしれない。
貴族以外は中級魔石以上を使えないとしていても、こっそり分け与えることができないわけでもないからな。
公爵様か陛下がこっそりアルカイト様かアンジェリカに持たせたとするなら、馬車の中ではなく外で見届けるなんて言い出したことにも辻褄が合う。
王家の秘術というのならこの威力も納得だ。
そう考えるのが精神衛生上いいだろう。
人の皮を被った悪魔と誰かが入れ替わっていると考えるよりは。
俺はそう自分に言い聞かせて、あたりの警備に戻った。
悪魔の存在に気づき始めた苦労人デニアスw
気の所為ではありません!
すぐそこに悪魔と入れ替わった存在がいるのです!
にげて~、デニアス副団長!!
(大魔王からは逃げられないw)