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閑話 副団長の胃が痛い護衛任務3

本日三話目です。

 決して気を抜いていたわけじゃない。

 可能な限りの準備はしてきたし、そこいらの盗賊やはぐれの魔物くらいならあっさり撃退できるだけの戦力は用意してきた。

 流石に襲撃者が同じ騎士なら人数によっては手こずるであろうが、何かしでかしそうなやつらは陛下が抑え込んでくれている。

 大抵のことならどうにかなるはずだった。

 異変が起こったのは森の木々が途切れがちになり、もうすぐ農村に入ろうかという頃。


 木々が少なくなった分明るくなったし見通しも良くなったが、代わりに下草が生い茂り、小型の魔物には絶好の隠れ場所がそこらじゅうにある。

 草むらからなにか飛び出してこないか車列の先頭で目を見張っていた時、後ろから何かが駆ける音がかすかにして俺は振り返った。

 後ろを警戒していた第一騎士隊長のカストールはすでに馬を反転して、近づくものを迎え撃つ体制だ。


「止まれ! とまれー」


 カストールが馬を走らせ、道を塞ぎに行く。

 それに新人のジャックも続いた。

 近づいてくるのは馬だ。

 立派な馬体からして伝令か?

 だが、伝令なら目立つよう馬に黄色のマスクをさせ、伝令自体も黄色の服をまとっているはずだ。


 あれは違うものだ。


 俺は後ろを気にしつつも挟撃されないよう前方にも気を配る。

 あれが襲撃者であるなら、どこかに伏兵がいてもおかしくはない。

 だがそれは間違いだった。

 不審な馬は街道のレンが道を外れ、草むらに回り込んで二人しかいない護衛を躱し、何かをアルカイト様の馬車に放り投げた。

 皆で後ろへ行き、全員で体を張って止めるべきだった。


「無礼者! 『ファイアーボール!!』」


 カストールが火球を放ち、炎が馬と男を包み込む。


 ヒヒーン!


 馬の悲鳴と共に何かが地面を転がる音が森中に響き渡った。


「馬車を止めろー」


 俺がそう命じると従者はすかさず馬車を停止させる。


「きゃー」


 中にいたアンジェリカが悲鳴を上げるが、アルカイト様のお声は聞こえない。

 頭を打って気絶でもされてなければよいが、そんな心配をするのはあとでもいい。

 何を投げつけられたかわからないうちは、一刻も早くこの場からお離ししなければ。

 俺はすかさず馬から飛び降りると、まだ止まりきっていない馬車に駆け寄り扉を開け放った。


「アルカイト様! すぐにこの場をお離れください」

「アンジェリカも急いで降りて!」

「は、はい!」


 アルカイト様は俺に飛びつきながらアンジェリカにも下車を促す。

 どうやらお怪我はされていないようだ。

 それどころか侍女見習いにまで気を配る余裕がみられる。

 馬車の中からでは何が起こっているのかわからなかっただろうに、なんとも豪胆なことだ。

 これが剣術の授業の時に発揮されればと思わないでもないが。


 侍女見習いの方もとっさに動けるようでなによりだ。

 緊急事態でいすくんで動けなくなる者というのは存外に多い。

 騎士の訓練を受けたものでさえ、命に危険が迫ると動けなくなるやつはそこそこいる。

 まだ成人前で騎士でもない少女なら上出来だろう。

 アンジェリカも素早く反対側のドアを開けると外に飛び出した。

 それを横目に見ながら、アルカイト様を抱きかかえ、脇に生えていた大木の陰に隠れる。


「副団長、何があったのですか?」


 とりあえずの安全が確保されたところでアルカイト様がお尋ねされた。


「何者かが急接近して、何かを馬車に投げつけたのです」


 俺が説明しているうちにアンジェリカと、別の馬車に乗っていたメイドや従者たちが俺とアルカイト様が隠れている木の陰にやってきた。


「アルカイト様! ご無事ですか?」

「僕は大丈夫。みんなは?」

「私達も問題ありません。一体何があったのですか?」

「何者かが馬車の上に何かを投げつけたらしいです」


 尋ねるアンジェリカに今しがた俺がした説明を繰り返す。


「いま、部下たちが確認していますので、しばらくここで隠れていてください、『シールド』」


 俺は防御魔法で大木周辺を覆い、さらなる襲撃に備える。


「ふくだんちょー」


 そこへ新米騎士のジャックが駆け寄ってきた。


「どうした、ジャック!」

「これ見てください」


 そう言って麻袋を目の前に差し出し、その口を広げ中身を見せる。


「っ!」


 俺は思わず息を呑んだ。

 危険な魔導具でも入っていたかと思いきや、それは意外なものであった。


「これは!?」


 アンジェリカも脇から覗き込み声を上げた。


 くーん……


 弱々しく聞こえる鳴き声。


「……いぬ?」


 見た目だけなら子犬と言っていいだろう。

 だがこの毛色と顔つきはそんな可愛いものじゃない。


「副団長、もしかして狼ですか?」


 アルカイト様が中身も見ていないくせに正解を引き当てる。

 パニックにならないよう犬だと言ってごまかそうと思ったが、これでそうもいかなくなった。


「おそらく灰色狼(グレイウルフ)の子供かと。しかも怪我をしています」

「グレイウルフですか。魔物事典で見たことがあります。確か群れを作り、家族を大切にする習性があるとか。基本そのメスは上位種のハーレムの一員となるとか」

「魔物なんですか!?」


 魔物と聞いて侍女見習いが上ずった声を上げる。

 騎士や狩人でもないものが魔物と出会うことなど稀だ。

 まれに出会ったとしても大抵は鎧戸の閉まった馬車の中だろうから、直に目にする機会は皆無だ。

 しかしその恐ろしさを聞く機会は多いだろう。

 それほどこの世は魔物で溢れている。


 人間は魔物の縄張りの片隅で細々と暮らしている。


 そう断じても過言ではないであろう。


「はい。アルカイト様のおっしゃるとおり、魔獣に分類され、群れの仲間、特に子狼が害されると地の果てまで追いかけてくると言われています」

「まさか『MPK』をリアルで食らうとか」


 アルカイト様がまた意味のわからないことを言い始めた。

 当然アンジェリカもわからないらしく、首を傾げた。

 アルカイト様の話されるお言葉はどこか異国風で聞き慣れない。

 どこか外国の言葉なのだろうか?


「えむぴーけー?」

「まあ、魔物を引っ張ってきて人を殺す方法ですね。犬系の魔物は鼻がいいですからね。もうそこまで来ているんじゃないですかね。狼の群れとその上位種が……」

「っ!」


 俺たちは息を呑んだ。

 魔物の性質から考えれば、この子狼を追って仲間がやってきていると容易に想像できる。

 上位種までいたら最悪だ。


「アルカイト様。すぐここを離れましょう」


 グダグダしている暇はない。まずは行動だ。


「ジャック! 貴様はアルカイト様を乗せて王都の詰め所に急げ。アルカイト様の保護と応援を頼むんだ」


 侍女見習いの顔が絶望にゆがむ。

 だが最優先はアルカイト様だ。

 成人前の少女を見捨てるなど、騎士としてあるまじきことであるが、優先順位を間違えるわけにはいかない。


「は、はい! 副団長は?」

「俺たちはここで狼どもを引きつける……」


 いざとなればこの少女を狼どもに投げつけて時間を稼ぐことだってやってる。

 それが外道にも劣る行為だとしても。

 アルカイト様をお守りするためなら騎士の誇りさえ捨てよう。


「それから途中でこれを手近な農村に放り込め」

「そ、それは……」


 俺は手にした子狼が入った麻袋を差し出す。

 もしここが突破されれば次に向かうのはこの子狼が放り込まれた農村になるはずだ。

 狼は仲間を傷つけた奴らを絶対に許さない。

 奴らを全滅させるだけの戦力がないのであれば、少しでも時間を稼ぐしか無い。

 多くの者を犠牲にして作り出す時間だ。

 一刻も無駄にはできない。


「ためらっている時間はない! アルカイト様、早くジャックの馬に乗ってください」


 なのにアルカイト様は動かない。

 それどころか逃げることを拒否された。


「副団長、僕は逃げませんよ」

「! アルカイト様。聞き分けのないことはやめてください。あなたの安全が最優先なのです!」

「いいえ。貴族は叙爵されるとき、国のため、王のため、そして民のためにそのすべてを捧ぐと宣誓するはず。僕も貴族の端くれ。無辜の民を犠牲にして逃げることなどできません」


 騎士の誇りさえ捨てようとした俺にはあまりに眩しすぎるお言葉だった。

 それはなんだか俺自身が責められているようにも感じて、つい言葉がきつくなってしまう。

 俺だって好き好んでこんなことはしたくない!

 だが、大恩ある公爵様の大事なご子息を俺の不手際で失わせるわけにはいかないのだ。


「アルカイト様! あなたは厳密に言えば貴族でも王族でもありません。守られるべき無辜の民で、その中でも更に優先度の高い子供で、我らが守るべき護衛対象でもあります。これ以上ごねるようなら無理矢理にでも馬に乗せますよ!?」


 俺は恐れ多くも王孫であるアルカイト様に掴みかかった。

 だがアルカイト様は、暴れるでもなしに、冷静に、いや冷徹に事実を突きつけてくる。


「時間切れのようですね。僕を無理やり乗せているうちに襲われますよ?」


 狼の遠吠えが聞こえてきた。

 まだ距離はあるようだが、ここで揉めている時間はなさそうだ。

 迎撃態勢を取らなければ、時間稼ぎするまもなくやられてしまうであろう。

 とりあえず一撃を入れて隙きを作りだし、アルカイト様を無理矢理にでも馬に乗せてしまおう。


「くっ! ここで迎撃するぞ! 馬をつなげ! アルカイト様達は馬車に」

「行きますよ、アンジェリカ、マーサ」


 アルカイト様に連れられ侍女見習いとメイドが馬車に向かった。

 さっきもこれだけ素直でいてくれたら助かったのだが。

 彼らが馬車に戻るのを横目に、騎士と従者たちに次々指示を出す。

 従者たちには馬車から大盾と槍を持ち出させるとともに、馬車の後ろを囲うように並ばせる。

 俺達は馬が暴れないようにそこらの木に馬をつなぎ、その盾の陰に入る。

 後ろは馬車で守り、前は盾と槍で防ぐ。

 全く頼りないがこの簡易要塞から砲撃を行い、なんとか耐え忍ぶしか無い。


「よっこいしょ」


 そこへ気の抜けた声がしたので慌てて振り向くと、アンジェリカにお尻を押されながら御者台によじ登っているアルカイト様のお姿が。

 一瞬見たものが信じられなくて目をこすってみたが、信じられないことに目の錯覚ではなかった。


「アルカイト様! 馬車の中にいてください!」


 そう注意するが、アルカイト様は意に介さず、普段見せるのほほんとした表情など全く伺えない真剣な眼差しで俺達をゆっくり見回した。


「あなた達の戦いを見届けるのが守られる僕の義務です。もし無事に帰れたらその武勇をたたえましょう。もし破れたとしても、ご先祖様にその戦いぶりを語ります。まさか王族の前で無様な姿を見せるはずはないとは思いますが、誰に語ろうとも恥ずかしくない戦いを望みます。ゆけ! 僕の騎士たちよ。かかる火の粉を無事払い除けてみせよ!!」


 まだ子供子供した甲高い声。

 だが、それはまさしく王者の風格。


「はっ! イエス・ユア・ハイネス!!」


 俺達は一斉に最敬礼で応え持ち場に就く。

 幼い子供がこれだけの覚悟を見せたのだ。

 俺達だって負けてはいられない。

 言葉には出さないが皆の顔を見ればそう思っているのが俺だけではないと知れた。

 公爵様もこの方も失ってはいけない、かけがえのないお方だ。

 出発前にその身を犠牲にすること無く、全員を守ってと命じられたが、その期待に応えてみせようではないか。

 俺達は決意を新たにし狼どもを待ち受けた。


 副団長、騙されてます、詐欺です、洗脳です!

 主人公はFCSのテストがしたい一心で、忠誠心を煽ってるだけなんです!

 無辜の民のことなどほんのちょっとしか考えていません!


 苦労人デニアスというか騎士は全般に純粋といえば聞こえがいいですが、悪く言えば脳筋ですw

 頭を使うより筋肉を使うことを好む人間が大半ですし、下っ端の頃は上官の言うことを聞くように調教wもとい訓練されていますから、上からなにか言われたら何も考えずに実行するところがあります。

 だがデニアス、貴様はだめだw

 副団長という上の立場なんだから、ちょんと考えて判断しないと、大変なことになりますよ?w


 事実今後苦労人の二つ名(嫌な二つ名だw)の通り、理不尽な苦労がのしかかってくるでしょうw

 ゆけ、僕の(為に苦労するデニアスとその)騎士たちよ。かかる火の粉を無事払い除けてみせよ!!


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