閑話 副団長の胃が痛い護衛任務2
本日二話目です。
行きは特に問題はなかった。
特に心配されたアルカイト様の体調も申し分なく、魔物や賊の襲撃もなく、予想していたのより少し早めの時刻に到着。
賊はともかく魔物の襲撃がなかったのは助かった。
道中のほとんどは見通しの悪い森の中だ。
強力な魔物の縄張りを避けての街道のため、曲がりくねっていて見通しが悪いし、街道のすぐ脇は丈の長い草が生い茂っている。
日の当たる方とは逆側はかなり薄暗いし、魔物でも潜んでいたら容易には見つけられない。
襲撃するにはもってこいの地形だ。
魔物が縄張りを移動していたり、はぐれがさまよい出てくる可能性が無いとは言えない。
魔物の種類や強さにもよるが数頭程度であれば問題なく撃退できるだけの戦力は有るとは言うものの、奇襲を受ければ何らかの被害を被るのは避けがたい。
特に馬でもやられたら、足が鈍るのは確実だ。
二頭立ての馬車では有るが、一頭でも引けないことはないし、いざとなれば我らが騎乗する馬を繋ぎ変えてもいい。
しかし馬を取られた騎士は馬車に乗り込むことになるため戦力としては半減するし、重しとなる分馬車の足が鈍る。
危険な森の中をさらに時間がかかるのはできれば避けたかったから、何事もなかったのは行幸と言えるだろう。
離宮が見えてきた時にはホッとしたものである。
この辺は建物も少なく見通しもいいから、奇襲を受ける可能性は低い。
奇襲さえ受けなければ大抵の戦力は退けられるだけの力はあるのだから。
「今日の目的地はグレスタール離宮だ。到着まで気を抜くな」
「「「はい」」」
比較的安全な地に入りもうすぐ終りとなると気が緩む。
俺自身を含め気合を入れ直すため皆に声をかけた。
即座に返事が帰ってくるあたり気の抜けてる奴はいないようだ。
目的地に到着しても帰りの護衛がまるまる残っている。
アルカイト様が用事を済ませている間に、これまでの道程で気になるところはなかったか皆に確認するとともに、馬の世話と体調の確認もせねばならない。
離宮の中に敵が潜んでいる可能性も無いわけではないから、馬の世話も自分たちでやらねばならないし、馬車に細工をされないよう見張りも立てる必要がある。
敵陣だと思って対応する必要があるのだ。
到着したからってすぐに休めるわけでもない。
陛下にお引き渡しするまで気の抜けない時間が続く。
離宮へ到着するとアンジェリカと侍従長で挨拶のやり取りが行われ、アルカイト様は侍従長に案内され本宮の中へ。
ここからの護衛は離宮の者たちに任せられる。
ここで何かあれば離宮の主が責任を負うことになるから屋敷でなにか起こる可能性は少ない。
しかしここが一番人と関わる場所になるため、情報が外部に漏れる可能性は格段に高くなる。
帰りに襲撃される可能性が格段に上がったと考えるべきであろう。
やはり休憩時間を利用し綿密な打ち合わせをする必要がある。
俺たちは休息の許可を得て、侍女長のあとについていった。
「皆様はこちらをお使いください。馬房はあちらに。一応お世話をするための女官も用意しておりますが」
「お心遣い感謝するが、女官は必要ない」
案内された離れは、主に付き従う護衛の騎士や従者が使用するために用意されたものであろう。
休憩するためのリビングと寝室なども備えた屋敷と言っても良い規模の離れだ。
元々この離宮はグレスタール大公の選定の儀の時に使われたもので、政務を行うために十分な施設がある。
今は隠居生活のため大抵の建物は使われていないであろうが、時折来る客人のために必要な施設はきちんと手入れされているようだ。
「承知いたしました。ではごゆるりとお過ごしください。御用があれば本宮にいる警備のものにお申し付けください。アルカイト様のご用事がお済みになられましたら声をかけさせていただきます」
女官を断わったのに気を悪くした様子もなく侍女長が去っていく。
まあ、護衛任務中の騎士が世話を受け入れることはないということは向こうも知っている。
単なる社交辞令のようなものだ。
「従者たちは馬の世話と馬車の点検だ。騎士達は帰路の警備について確認をする。マーサは食事の準備を」
俺はそれぞれにそう命じて、騎士達を引き連れ離れに入った。
護衛騎士が使うことを想定しているだろう離れは、中に入るとすぐに内部の案内図があり、それを見て会議に適当な部屋に当たりをつけるとそこへ向かう。
「さて、早速だが道中気になったことがあれば申立よ」
俺は地図をテーブルに広げ、皆の意見を聞いていく。
「やはりいちばんの危険は森の中ですね。予想以上に草木が茂っていて見通しも悪い」
「結構薄暗かったですね。日が真上にあるときならまだしも、陰ってきたらかなり暗くなるんじゃないですかね?」
「農村は見晴らしが良かったですね。まだ春先ですから麦もそう伸びていない。馬の上からならかなり遠方まで見えました。奇襲の可能性は薄いかと」
「下町はやはり家々が密集していて見通しが悪いですね。人通りも多いし町人に紛れて襲ってくる可能性もあるかと。あと家々が通りのすぐそばまで立っているので、家の陰や屋根の上に潜まれたらまず発見するのは無理です。『シールド』を張りっぱなしで抜けたほうがいいですね」
皆の意見をまとめているとメイドのマーサがやってきて食事の準備ができたと言ってきた。
「では食事にするか。食事が終わったら、馬と馬車の見張りを従者と交代し食事を取らせろ」
そう命じると俺たちはメイドのあとに続いて食堂へと入る。
用意されていたのはスープと白パンくらいなものだが護衛任務中は下手なものは食せない。
せいぜい干し肉をかじるか、硬く焼き締めた黒パンを水に浸して食うとかもざらにある。
今回はメイドがいるし台所が使えるのでスープが有るだけマシであろう。
俺は質素だが温かい食事を黙々と口に運ぶ。
「今頃アルカイト様も食事中ですかね? お魚お魚って道中ずっとおっしゃってましたから。アルカイト様っていつもあんな感じなんですか?」
「まあ、大体そうだな」
新人騎士のジャックが話しかけてくる。
こいつは今年叙爵されてすぐ公爵様の騎士団に派遣されて来たやつだ。
まだ成人したてで頼りないが、アルカイト様の実家から派遣されてきた騎士はこいつと、もうひとりの団員であるアンドレしか連れてきていなかったから仕方がない。
俺と第一騎士隊長のカストールは第三王妃様系統だから、アルカイト様の派閥とは言い難いが、向こうにも第三夫人とマリエッタ様が残られているから第三夫人系の騎士全員を引き抜くわけにはいかなかったのだ。
公爵領は人材不足の上金不足、いや、金不足だから人材不足なのか。
派遣の騎士達の俸給は公爵様の借金だ。
将来返さねばならないが、貸し出す方も余裕があるわけじゃないからな。
用が済んで騎士達が返されれば、自分の領地で面倒を見なければならない。
めったやたらに騎士を増やせば、将来自分の領地が立ち行かなくなる。
だから貸し出される騎士も最低限だし、こちらも俸給の安い新人を借りて借金を減らそうとする。
なので騎士団の人員は、俺や団長のような公爵様と同年代で公爵様に叙爵していただいた臣下と若い派遣騎士に二極化していた。
「俺たちは剣術の授業のときくらいしか接点がないが、文官共とは割と親しくしているらしく、いつもわけわからないこと言っているとこぼしていたな」
「剣術の授業かぁ。俺も何度か見かけましたけど、すげーへっぴり腰で。子供用の木剣すら持て余していましたよね? あれじゃ騎士になるのは厳しいと思うんですけど」
「そうだな。アルカイト様は元々外で遊ばれる方ではないし、体力もなく体も小さい。アルカイト様も騎士になるおつもりはなさそうなので、まあ格好だけでも一人前になれば御の字だろう」
アルカイト様のお相手は大体俺か団長だ。
見回りに出ることが少なくどちらか一方は必ず離宮にいるからな。
しかしあの方は何なんだろうな。
普通、小さな子供なんてメチャクチャに剣を振り回してくるとか、剣の怖さを知らないゆえの無謀な行為が目立つものだが、アルカイト様は始めっから腰が引けてた。
あれは剣の怖さを知っているからこその怖がり方だと思うのだが。
「その分、文官には可愛がられているみたいだぞ。魔導士爵の先生にも評判がいいので、おそらく文官か魔導士になられるだろう」
「文官はともかく、王族で魔導士は珍しいですよね?」
「そうでもないぞ。騎士よりは多いはずだ」
「その辺王族と一般貴族では違うんですかね?」
「まあな。そもそも魔導士爵は叙爵されても俸給はもらえないからな。稼げるようになるまでは借金で暮らすことになる。その借金をするためにはそれなりに高い能力が認められなければならない。つまりその人の努力もあろうが教育の差がもろに出るのが魔導士爵だ。直系の王孫ならそれなりに予算は出るが、貴族でもよほど裕福なところじゃないと、三男のそのまた三男とかまでは予算が回ってこない」
俺のところも元は王族とはいえ、俺が生まれた時はすでに傍系だったし、生まれ順が低いと教育費も削られる。
俺の母親が公爵様の乳母を務めた関係で俺もついでにそれなりの教育を受けられたが、それでも魔導士爵としてやっていけるほどではない。
まあ、勉強より体を動かしている方が好みだったというのも有るが。
「はあ、世知辛いですねぇ」
騎士なら俸給も出るし、親からシーケンスを譲り受けられれば、とりあえずなんとかなる。
一応剣術は習うが、実際のところ剣で戦うことなどまず無いからな。
へっぴり腰でも魔導書と戦うための魔導具があれば騎士になって困ることはない。
これが文官や魔導士ともなると知識とその応用力は必須だ。
「騎士としてやっていけるだけマシだと思え。平民落ちする奴らに比べたらな」
貴族とそうでないものとの差は歴然だ。
立場はもとより収入に環境、そして何より人脈が断たれる。
同じ地位の貴族同士なら気軽に声もかけられるし、パーティーにお呼ばれする機会もそれなりにある。
しかし平民落ちすればたとえ准貴族扱いの陪臣だって発言の前には許可を得る必要があるし、パーティーに呼ばれることなど有るはずもない。
陪臣として雇われなければ、貴族街に入るこそすら難しい。
「それにお前は騎士としても運がいいぞ」
「自分幸運?」
「ああ。公爵様は騎士や文官たちにも教師をあてがって、文官や魔導士爵としてやっていけるように教育を受けさせてくださっている。頑張れば文官や魔導士としても働けるし、騎士として上に行くには文官仕事もこなせるようにならないといけないからな。お前はまだ来たばかりだから、騎士の仕事に慣れるのが最優先だが、そのうち文官の勉強と事務仕事が回ってくるぞ」
俺も副団長になってから格段に事務作業が増えた。
人員管理に予算。
ある程度文官に任せられるとはいえ、騎士団の内情をよく知っていないと、あいつらガンガン予算を削ろうとするからな。
わからないということは必要ないってことですよね? とか、こちらがその予算を誰がいつどこで何をするため、なぜどのように必要かちゃんと答えられないと、相手にすらしてもらえない。
少なくとも文官並みの知識と交渉術が必要になる。
うちは人が少ない分、一人がこなさなければならない仕事量も多いし、多くのことをこなさなければならない。
一人ひとりの能力を底上げしないとやっていけないので、教師を呼んでくださったりもしていたのだが、近年はアルカイト様の教育があっという間に終わってしまって、やることがないからと俺たちの教育を引き受けてくださっている。
まさか雇った教師をたった数ヶ月位で首にするわけにもいかないし、教師として呼んだほどの人物に文官仕事をさせるのも失礼だからな。
王孫のアルカイト様の教師として招聘しただけに、皆優秀で教え方もうまい。
貴族落ち寸前の者たちには過分な処置であろう。
「うへぇ、マジですか? 文官は無理そうだったんで騎士を目指したんですが、結局文官仕事からは逃れられないんですね」
「一生下っ端でいいならそれでも構わんが、俸給は上がらんし、なにか大きな失敗でもすれば、廃爵や処刑だってありえる。優秀な人材ならお目溢しもあるかもしれんが、無能だとあっさり切り捨てられるぞ」
「かぁ、世知辛いっすね!」
「貴族には定員が有るからな。誰かが上がれば誰かは落ちる。誰も彼もがお前の地位を狙っていると思え!」
「はっ! 頑張るっす」
「使えるやつなら、引き上げてもらえるし、何かあれば便宜も図ってくれる。努力は裏切らない」
派遣騎士達は数年で元の主の所に戻るであろうが、そこである程度の地位を得られれば、何かあって協力を求めた時は大きな力を借りられる。
皆への教育は将来の投資とも言える。
このようにお考えできる公爵様が王になれないなど、本当に世の中世知辛い。
「お前は食事が済んだら、従者たちに代わって馬と馬車の見張りを。残りの者はこの離宮であやしい動きをしているやつがいないか監視だ。特に門から出入りするやつは注意しろ。後ろ暗いことをするやつはどこかおどおどしていたり逆に浮かれていたりするもんだ。よほど慣れているやつでもない限り何らかの反応を見せる。見逃すなよ」
「はっ、承知いたしました」
俺たちは急いで食事を終わらせ、それぞれ持ち場に散った。
魔物は二種類に分けられる。
縄張りを持つ魔物と縄張りを持たない魔物だ。
というわけで、普段街道に出てくるのは縄張りを持たない魔物ですね。
普段から縄張りを持たず餌を求めて放浪するタイプの魔物や、群れの縄張りから追い出されて、行く場所の無くなった魔物が主で、たまに縄張りに餌が少なくなったか、群れが大きくなりすぎたかすると、縄張りを拡張したり移動したり分けたりします。
こっちの世界の狼は、複数の群れが有ってもお互いの縄張りを避けて暮らしているらしいです。
そのため、縄張りと縄張りの間には数キロ程度の緩衝地帯が生じるとのこと。
縄張りの確認のためにしているのが遠吠えだとか。
この異世界でもこういった事実を参考にし、緩衝地帯を縫うように街道を通しているため、けっこう曲がりくねっているという設定になっています。
道を通しやすい地形との兼ね合いもあるので、必ずしも街道を通せる隙間があるとは限らないため、そのときは騎士団を出して周辺の魔物を一掃するなどして、道を確保することもあります。
確保した土地がある程度以上の大きさがあればそこに村や町を作ることもあります。
主人公のいる公爵領もそういった広い縄張りを持つ魔物から開放した領域ということになりますね。
まあ、開放したと言ってももう絶対に出てこないというわけではなく、縄張りを持たないやつとか縄張りから追い出されたやつは普通に出てきますが。
そんな魔物たちの領域を無事通り抜けたデニアスとその一行。
主人公たちがお魚を美味しくいただいている間もろくに休めず、残ったお魚もスタッフに美味しくいただかれましたw
苦労人デニアスが報われる日が来るのだろうか?w