ちょっとした嫌がらせ
王宮の門をくぐった途端、そこで待ち構えていたおばあ様にかっさらわれて、あれよあれよという間におじい様の私室へと拉致されてしまった。
「ああ無事ね? 無事だったのね? 怪我はない? とても怖かったでしょう? もう大丈夫ですからね」
おばあ様は僕をもう離さないとばかりにきつく抱きしめ涙を流していらっしゃいます。
立て続けての暗殺未遂ですからねぇ。
無事であるという伝言は聞いていても黒狼とその眷属五〇頭あまりに襲撃されたのだ。
無事という報告そのものが信じられなかったに違いない。
「おばあ様、心配をおかけしました。僕は大丈夫ですので、離していただけると助かります。……ちょっとくるしい……です」
おばあ様の大きな胸で窒息させられそうな僕。
本日一番の命の危険を感じた。
「これこれ、そんなに強く抱きしめては息が止まるぞ」
「ぷはぁ!」
おじい様が止めてくださってようやく息ができます。
「ああ、ごめんなさい。でもあなたがいけないのですよ。こんなに心配をかけるのですから。陛下も陛下です。まだ危険が去っていないというのに出かけさせるなんて。しかもわざわざ私を排除してまで。一体何をお考えなのですか?」
うへぇ。
お説教が始まってしまったようだ。
しかし全くごもっともなので、おじい様と二人黙って拝聴しているしかありません。
「母上、もうそのくらいで許して差し上げてはいかがです? ふたりとも十分反省しているようですし」
お説教を止めてくださったのは父上だ。
こうしてみると笑いかけてくださることは少ないが、愛されていることはわかる。
今回ほど親のありがたみが分かったことはない。
「そうですね。これ以上はいっぱいいっぱいのようですから頭に入っていかないでしょう。今日のところはこの辺にしておきましょう」
今日のところはって、何かあれば蒸し返して説教されるパターンですねこれは。
自業自得とは言え、次はばれないようにしましょう。
えっ、叱られないよう自重しろって? なにそれ、美味しいの?
しかしそんな考えはおばあ様もお見通しのようで、お説教だけで済ます気はなかったようだ。
「アルカイトは私とお風呂入って一緒におネムしましょうね。陛下はしばらく後宮へは立入禁止です。よろしいですね?」
おばあ様はにっこり笑ってそう言い放ちました。
そんなせっしょうな。
おじい様も愕然とした様子。
後宮から出禁食らう王様ってどんだけー。
僕の方はおばあ様とお風呂。
「次に何かやらかしたら、私の子供の頃の服を着てもらいますからね」
「うぐっ。はい、おばあ様」
女装だなんて僕の薄い『黒歴史ノート』が厚くなる。
「クロード様とフレッド様がご到着されました」
どうやら兄上たちも呼ばれていたようです。
「入室を許す」
おじい様が侍従に命じてドアを開けさせます。
「アルカイト、無事で何より」
「また殺されかけたと聞いて心配したよ」
フレッド兄様とはこの間あったばかりだが、クロード兄様とはだいぶ久しぶりだ。
フレッド兄様より一つ歳上なので、一年程先の3歳の時には家を出ていて、僕もよく覚えていない。
「アルカイト、僕を覚えているかい?」
クロード兄様が近寄ってきて僕の前で膝をかがめる。
でかい!
「三歳になるちょっと前だったからなあ。覚えていないか。お前の兄クロードだ。無事と聞いてはいたがこうして無事な姿を見られてほっとしたよ」
「ご心配いただきありがとうございます。兄様のことはおぼろげながらに覚えてはいますが面影ありませんよね?」
フレッド兄さんより成長度合いが激しい。
縦にも横にも。
太っているというわけではなく、筋骨隆々という意味でだけど。
「はっっはっは。そうだね。領地を出てから急激に伸びたし、騎士団に入って鍛えられているからね。アルカイトの方は相変わらず小さいな。なんか縮んでないか?」
「クロード兄様もそう思いますよね? 僕もこの間しばらくぶりに見た時そう思いました」
むぅ。二人の兄上たちの成長比率より僕の成長比率のほうが小さいということか。
最近は妹のマリエッタにすら抜かれそうで戦々恐々としているのに。
「こらこら。あんまりからかうのはおやめなさい。小さい方が可愛くてよいではないか。そなたらはあっという間に大きくなりよって」
父上、かばってくださるのは嬉しいのですが、可愛いはやめてください。
「父上からすればそうなんでしょうけど、男として可愛いはあんまり嬉しくないですから。あんまり言うとアルカイトに嫌われますよ」
「うっ」
兄上たちはわかってらっしゃる。
これが親になるとわからなくなるんだろうなぁ。
「嫌ったりしませんけど、あんまりかわいいかわいい言わないでもらえると助かります」
「あら、それでは私もだめですの?」
「おばあ様は、まあいいでしょう」
女の人ってよくわからないものでもキモカワとかいってるから、可愛いの定義が僕には理解不能だからね。
女性からの可愛いは甘んじて受けましょう。
「アルカイトの無事も確認したことであるし皆で今後のことを話し合っておこう」
「今後のことですか?」
クロード兄様が首をかしげる。
「そなたは詳しい話は聞いておらんだろう」
箝口令を敷いたため一度目の暗殺未遂の件は兄たちへ詳しくは知らされていないはずだ。
そういう事実があった程度のことで、誰が犯人だとかその背景とかは知らないのだろう。
おじい様はそういったことを二人の兄に説明していく。
「おそらく今回もどちらかの派閥のものか王子たちの暴走かもしれん。立て続けにこのようなことが起こるとは派閥の争いが激化しているとともに統制が取れなくなっているのかもしれぬ」
第二王子とその派閥は暗殺未遂犯を出したことで、査察を受けているし、第一王子派閥だって王孫をそそのかしたのはいいものの恥をかかされ戻ってきた。
そそのかしたとされる貴族は謹慎を申し付けられ、王孫たちはそろって教会行きになったらしい。
「アルカイトに対して逆恨みするものはもちろん、王孫を害するなどとんでもないと派閥内でも対立が激しくなっているらしい」
面子を潰された、許せんというやつもいれば、王孫を騙そうとしたり手をかけるなど恐れ多いと関わった貴族を糾弾するやつもいるってことか。
まあ、貴族の失態ってのは格好の的だからね。
派閥内でも主導権争いの手段となっているわけだ。
派閥と言っても一枚岩じゃない。
派閥内でできるだけ優位な地位を占めたいと思うのはどの貴族も一緒だ。
「統制が取れないときというのはヤケになったものや、抜け駆けしようとするものが出てくる。そういう者たちが思いもつかない行動を取る可能性が高い」
「例えば今度は父上や兄上たちを害しようとしたりですか?」
「えっ?」
「なるほど。それで兄上たちをここに呼んだのですね」
「ああ、その通りだ。しばらくは自身の派閥の騎士をそばに置き、決して油断せぬように。また、アルカイトの公爵領帰還の際に随伴し、当面公爵領で職務についてもらおうと思っている」
多数の派閥の者たちが働く王宮より自派閥の者しかいない領地のほうが安全ではあるが。
「しかしすぐに移動というのは難しいのでは?」
クロード兄様が考え込みながら答えます。
「王都には母上もいますし、向こうでも受け入れ準備が必要でしょう?」
「まあ、そうであるな。そなたらの母たちには公爵領の後宮に部屋が残っているから、受け入れられんこともないが、流石にそなたらの部屋は残しておらんからな」
後宮にあった子供部屋は残っていたとしてもこのでかくなった兄達ではベッドからはみ出すだろうし、そもそも後宮に我が子といえ一二歳以上となった男子を入れるわけには行かない。
それは公爵領の離宮でも同じだ。
庶民の引っ越しとは違ってそれなりに格が求められるから、入れる家具ひとつとってもそこらのありあわせを入れるわけにはいかない。部屋をイチから整えようと思うと半年や一年平気でかかったりする。
一応離れに客室は有るけど、自分の好みの部屋というわけではないから長期滞在には向かないだろう。
「おじい様、向こうのせいでこちらが不自由を強いられるのは納得がいきません。向こうにも不自由を甘受していただきましょう」
僕はにっこり笑っておじい様に提案します。
ここまでされたのですから少しくらい意趣返しをしてもいいでしょう。
「……何をしようというのだ?」
おじい様は僕が何を言い出すか警戒しつつも尋ねます。
「第一王子派閥と第二王子派閥にお互いの監視を命じるだけの簡単なお仕事です」
「それはなんの意味があるのだ。監視させるのであれば無派閥のものにしたほうが良かろう。互いに監視し合うのでは万が一互いに手を組まれたら監視の意味がなくなってしまうではないか」
「いえ、あえて双方同士で監視させることで、同様の事件が起こったら監督不行き届きとして双方に責任を取らせます。王位継承権剥奪が妥当でしょうか」
「っ!」
あまりのことに声も出せない面々を無視して言葉を重ねる。
「たとえば第二王子派閥の者が事件を起こせば当然第二王子が責任を取り、第一王子もその監督責任を問われます。逆もしかり。犯人がわからなくても、僕を殺そうなんて二つの派閥以外考えられませんからね。二人に一蓮托生で責任を果たしていただきます」
「……それではそなたとフラルークが自作自演でそなたの暗殺を企てて王位を簒奪することもできるではないか」
「父上はそんなことなさいませんよね?」
「むろんだ」
「私はわかるし、フラルーク、そなたもそのようなことはしないと知っている。だがそれを知らぬ他の貴族はそれに納得はすまい」
「そうですね。なら暗殺騒ぎが起こったら父上の能力不足を理由に継承権を取り上げ、選定の儀を孫の代からやり直しましょう。なにか起これば、三人共継承権を失うなら皆下手に動けません。おじい様はまだ一〇年はがんばれますよね? その間に孫の中で最優秀の者に跡を継がせましょう」
「そなた……自作自演して自分が王になろうとは思っておるまいな」
「いやだなぁ、おじい様。僕は『ジョブズ』になるんです。王にはなりませんよ?」
「『じょぶず』?」
「だいたいこの監視だってせいぜい二年位で解除ですし。その頃は僕、まだデビューさえしていないかもしれません。成人は当然していないでしょう。選定の義を受けられる年齢ではありません」
「……ふむ」
おじい様はしばし考え込まれます。
「三すくみで互いを牽制させる……か。五年一〇年ならともかく二年程度なら三派閥をおとなしくさせることはできよう。その二年で何かあれば、現在の孫たち、おそらく六、七人が一斉に選定の義に参加することになろうから、長男有利でなくなる分、派閥の再編が起こり先は読めなくなるし、一つの家に掛かる負担も大きくなる。そのような事態を望むものはまずおるまい」
選定の義は赤字領地に公爵を派遣し、その統治能力を問うものだからね。
それは派遣された公爵だけでなく、派閥の統治能力も問われることになる。
赤字領地だから派閥の支援がなければあっという間に潰れて継承レースからは脱落してしまう。
公爵位は選定の義をこなせば、たとえ運営に失敗しても得られるから、公爵位を得られれば十分と思っているところだと、支援せずさっさと潰させるようなことも有るとか。
まあ、運用実績に従い後に与えられる公爵領も大きくなるからそれなりに力を入れるところが大半であるが。
「相わかった。その線で検討してみよう」
「父上、よろしいので? いわば子供の戯言ですよ」
「そなたもそうは思っておるまい。また本当にそう思うのであれば、もっと良い案は有るのであろうな」
「……」
父上の沈黙がすべてを語っている。
「どのように伝えるか等、詳細についてはこちらで考えるゆえ、今日はもう休みなさい。他の者らもしばらくは王宮にて過ごすように」
「お気遣い、ありがとうございます。あっ、あと、僕を護衛してくれた騎士達には十分な報奨をお願いしますね。騎士達に功績にふさわしい褒章を与えると約束したのです」
「当然であるな。フラルークとも相談し、その功績にふさわしい褒章を与えよう」
「よろしくお願いいたします」
「お話はまた今度にしてちょうだい。これではいつまでたっても休めませんわ。さあ、アルカイトは後宮にいらっしゃい。陛下は来てはなりませんよ」
僕はおばあ様にお風呂場にドナドナされていった。
この恨みはらさでおくべきか。
この状況に追い込んだ奴らには倍返しだ。
「この恨みはらさでおくべきか」とは藤子不二雄A先生による「魔太郎がくる!!」という漫画が元ネタですね。
読んだことのない方も多いかと思いますが、自主規制の緩かった当時としてもかなり過激な内容で、wikiを見ると後年発刊された作品全集『藤子不二雄ランド』ではエピソード全133話のうち大幅に描き直された話が34話、欠番扱いとなった話が25話ほど存在するとのこと。
つまり半分近くが何らかの規制に引っかかったってことですねw
エロ漫画でもなくここまで規制される作品は早々ない気がします。
藤子不二雄A先生の作品を見ると、魔太郎のようなダークなものから、ギャグまで幅広い作品を書かれていて、手掛けていないジャンルがないと思えるくらいです。
自分もこのくらい幅広いジャンルの話を書いてみたいものです。