後始末
一〇人ほどの騎士と同数の従者。
そして農民二〇人ほどが到着したのは一時間ほど後のことだった。
「お前達、狼どもを荷車に載せろ! あとそこで死んでる馬もだ」
副団長がやってきた農民たちに早速命じる。
すでに魔石は抜いてあるので、あとは村まで狼を運んでそこで解体するようだ。
まあ、ここには水場もないしね。
使用人の馬車には簡易台所や水の出る流し台もあるけど、僕らはすぐにも出発するし、応援の騎士達はみんな騎馬だ。
村人たちがどんどん狼達を荷車に乗せていく。
「でかいやつとその死んでいる男は王都に運ぶから、別の荷車に乗せるんだ。ジャック! 農民共に指示を出せ!」
農民たちのへの指示を引き連れてきた騎士に任せると、副団長は応援の騎士達に近づいていった。
「応援感謝する。私はフラルーク公爵直臣、公爵領騎士団副団長を務めるデニアス・カンタレストだ。諸氏らには周囲の警戒と残敵の捜索を頼みたい。狼はしつこいからな。群れの仲間が残っていると復讐に人里まで降りてこないとも限らん」
副団長が話しかけるもしばしそれに答えるものはいない。
「……ああ、すまん。王都守備隊三番隊隊長のステファン・アッガードだ。黒狼とその眷属五〇頭近くを四人の騎士で撃破したと聞いて、若い騎士が大げさに言っているかとばかり思っていたのだが……ちょっと叫ばせてくれ。マジかよ~、お前らどんだけバケモンなの? これを四人の騎士で全滅させる? しかも被害は従者一人が軽症? 護衛対象っていう足手まとい抱えて馬さえ傷一つ無いって、神代の英雄かっての~!」
叫びたくなる気持ちは僕もわかる。
まさか『FCS』とレーザーがこれほどまでの威力を発揮するとは思わなかった。
近くで黒狼が倒れたところを見たが、両目が弾け飛んでいた。
おそらく急激な温度上昇で水蒸気爆発が起きたのであろう。
レーザーと言えばレーザーメスやレーザーカッターのイメージが強く、焼き切るのもとばかり思っていたが、見た感じ目の奥で急速に加熱され、沸騰した水分が爆発的に蒸発。
その衝撃で眼球が破壊されるとともに目の奥にその衝撃が及び、一瞬にして脳が破壊されたか、脳内出血でも起こして死んだのであろう。
そういえば後宮の東屋でレーザーの試射をしたときもバチバチ弾けるような音がしてたっけ。
あれは開放空間だったし水分量が少なくて大した爆発力はなかったのだろう。
眼球を通り越して網膜という目の奥のほぼ密閉空間でエネルギーを開放されたせいで、眼球だけでなく脳を破壊するほどの衝撃波を生じさせたのだ。
レーザーの照射点維持がめんどくさかったので短時間の最大出力に設定したが思わぬ効果となってしまった。
詳しくは検死でもしてみないとわからないだろうが、この世界の知識と技術では原因など、はっきりとはわからないかもしれないな。
どちらにしろこの『FCS』のことは誰にも知られるわけにはいかない。
マシンガン相手に歩兵が突っ込むみたいなものだぞ。
世界の軍事バランスが崩壊しかねない。
アンジェリカにはすでに子供の戯言としてごまかしたが、僕の訓練した侍女見習いだけに、これの危険性を察知し、口をつぐんでくれるだろう。
それに対して『ファイアーボール』の魔法は意外に威力が低かったな。
連射速度も遅いし、火球を食らった狼も真っ黒に炭化すると言うほどには焼けていない。
毛皮の一部が焼けただれているくらいで、この程度やけどしただけで死ぬのかなと言うくらいしか焼け跡が見て取れなかった。
火炎放射器なんかだと普通のガソリンをそのまま燃やすだけでは効果が薄いとかで、燃えきるのに時間のかかるゲル化ガソリンを使うと聞いたことが有る。
つまり、ガソリンがしばらくまとわりつくことで燃焼時間を稼ぎ、熱をより多く伝えようとしているのだと思う。
火球の場合完全に火で炙っているだけで、体にまとわりつくような効果はない。
熱には熱密度、熱量、熱伝導率といった要素がある。
熱密度は一定体積に対する熱量で、熱量はそのままエネルギー量。そして伝導率はその熱の伝わりやすさ。
同じ熱量熱密度でも液体と空気では熱伝導率が桁違いに違ったはず。
ガソリンの熱伝導率がどうだかは知らないが、空気っていうのは断熱材としてはかなり優れた素材だからね。
羽根布団なんかが温かいのは空気をたくさん含んでいるからだ。
ジェット噴射のように吹き付けるような炎ならともかく、炙るような感じの火球ではその熱量を伝えきらないうちに効果が消えてしまうのだろうな。
貴族の使う魔法って意外に弱いのか?
「いったいどうやったんだ? どんな魔法を使った! ……いや、すまん。それを聞くのはルール違反だな。おまえたちは黒狼の群れに襲われ、それを撃破した。事実はそれだけでいい」
「ああ、そうしてくれると助かる。とりあえず先程もいったとおり、周囲の警戒と残敵の捜索をお願いする。我らはアルカイト様を無事王宮へお帰しせねばならないからな」
「それは構わないが、倒した狼どもの素材はどうする? 魔石は抜いたようだが肉と毛皮は売れよう。こっちの馬だって、こりゃあ伝令用の早馬か? 馬体がでかいから結構な肉と皮が取れるぞ。黒狼は持ち帰るみたいだが」
「運搬と解体に徴発した農民にくれてやってくれ。アルカイト様がここで迎撃するとおっしゃられなかったら、ここらの農民を囮にしてアルカイト様だけでも逃がそうかと思ったからな。せめてもの詫びだ」
「わかった。村長にはそう伝えておこう。その前にまずはアルカイト様にご挨拶したいのだが構わないか?」
「ああ、そうしてくれ」
副団長がその騎士を連れてくる。
「アルカイト様、王都の騎士隊隊長がご挨拶したいとの事ですがよろしいでしょうか?」
「構いません。直答を許します」
僕がアンジェリカに促すと、彼女は馬車を降り扉を開けてくれる。
「馬車の中から失礼する。フラルーク公爵が三男アルカイトです。僕の要請により応援の義かたじけなく存じます」
「王孫よりのお言葉まことにもったいなく存じます。遅参の身なれど、職務に全力を持って取り組みたいと存じます」
相当緊張しているのか、その声は震え気味だ。
「街道近くとは言えここは獣の縄張り、新たな群れが流入してこないとも限りません。十分注意し事にあたってください」
「お心遣いありがたく頂戴いたします。ではこれにて職務に当たらせていただきます」
「よしなに頼みます」
隊長が去り、着いてきた隊員たちに警戒と捜索を命じに行く。
アンジェリカが扉を締め再び僕の隣に乗り込んだ。
「こういうところを見ると改めてアルカイト様が王孫だって意識されますね。領地だとかなりぞんざいな扱いですから」
「うちの文官たちは僕がお腹の中にいるときからの付き合いですし、平民落ちしていますが、みんな王族に連なる家系ですからねぇ。田舎で他の貴族たちの目もありませんから気安いとは言えますが」
王都にいればあの隊長のような扱いが普通だ。
位が低い貴族なら直答さえ許されない。王都周辺を警護する隊の隊長となれば、ほぼ最下級の騎士に毛が生えたといったくらいか。彼より下はその部下のような平騎士しかいない。
うちの領のように地方に派遣される騎士は意外と地位が高かったりする。
地方派遣って基本的に公爵のところだから、平民に毛の生えたような騎士が派遣されようはずもない。あっというまに不敬罪で首チョンパだ。
かといって侯爵以下の領地には、自分のところの騎士がいるから、派遣騎士は基本いないし、何かことが起こったときには上級騎士が下級騎士を従えてやってくるから、彼のような下級騎士が王族やそれに連なる者と直接言葉を交わす機会など皆無のはず。
それにしては頑張っていたね。
おじい様が退位されて僕が傍系王族になればまた態度が違うんだろうけど、まだ直系王族だし。
成人もしていないから父上の付属物とみなされる。
虎の威を借る狐といったところか。
程なくして副団長が再びやってくる。
「アルカイト様、応援の騎士に引き継ぎが終わりました。黒狼と今回の犯人の遺体も荷車に乗せ、王都に運ぶ手はずも整いました。出発いたします」
「はい。よろしくおねがいします。これ以上遅くなってはおじい様に心配をおかけしてしまいますし」
「遅くならずとも心配されていると思いますよ? この件はすでに陛下まで伝わっているはずです。多分第三王妃様にも」
「やめてください。せっかく考えないようにしてたのに」
アンジェリカのツッコミに頭を抱える。
絶対におばあ様から叱られる。おじい様と一緒に。
仲間はずれにした上こっそりお出かけして魔物に襲われるとか。
叱られた上で泣かれる。
「こっそり悪巧みするのがいけないんです。たっぷりお叱りを受けてください」
「それは甘んじて受け入れますが、多分泣かれる。大泣きされます。どうお慰めすればいいのかわかりません」
「落ち着かれるまでお二方でなんとかしてください。私、死にかけの恐怖で、しばらく出仕できないかもしれませんので」
「逃げるなんてずるいです」
「ずるくありません。私が死にそうな目にあったのは元はと言えばアルカイト様と陛下のせいですよね? 責任をとってください」
「うっ、それを言われると言い返す言葉もありませんね。仕方がありません。覚悟を決めましょう」
元はと言えば暗殺の危険がまだ払拭されていないのに、上級精霊使いに会いたいがためにお出かけした自分が悪い。
一番悪いのは僕を暗殺しようとした輩だが、そいつらには後で仕返しするから今は我慢の時だ。
「しゅぱーつ!」
副団長の掛け声で隊列が動き始める。
先頭は黒狼と犯人を載せた荷車で、次がメイドと従者を載せた馬車、殿が僕たちだ。
「そういえば黒狼って肉と皮が売れるんですよね?」
「頭なんかは剥製にすると結構な値段がするみたいですよ? 毛皮に傷が殆どありませんでしたからまるごと剥製にしてもいいかもしれません。頭だけならともかくまるごとの剥製はまず作れませんからねぇ。あの大きさですから肉も結構取れるでしょう。それがなにか?」
「いえ、狼肉っておいしいのかなって。公爵様のところでも出たことありませんよね?」
「アンジェリカはお金より食い気ですか?」
「今日のお魚は美味しかったですからね。狼がどうなのか気になるでしょう? アルカイト様は食べたことありますか?」
「食べたことはありませんね。ですが黒狼ではありませんが、狼肉は公爵領でも容易に手に入るはずですよ? 時々討伐された狼の売上が計上されますから」
魔物からの防衛と間引きは騎士の仕事ですからね。
毛皮や肉、魔石などを回収してそれが領地の収入となる。
辺境なので魔物の出現頻度も結構高い。
「そう言えばそうでしたね」
アンジェリカにも僕と一緒に事務作業を手伝ってもらっているから、その内容はある程度把握しているだろう。
「なのに、公爵領では出されたことがない。あとは分かりますね?」
「……まずいんですね」
「おそらくそうでしょう。基本的に肉の美味しさって、その動物が食べているものや生活習慣に依存します。狼の行動範囲は意外に広くてよく動き回る上に、獲物を狩るために筋肉が発達しています。ブクブクの肥満体では餌が獲れないでしょうから、基本的に脂肪は少なめと思われます。肉の旨味って基本的に油の旨さですから、旨味のない筋張った肉だと想像できます」
「ああ、なんとなくわかります」
「全部が脂身だとそれはそれでしつこすぎて美味しくありませんけど。何事もバランスが大事なのです」
「つまり筋肉と脂身のバランスが悪い狼肉はまずいと」
「あと食べるもので、味や匂いなども違ってきます。特に獣の血抜きもせずハラワタを好んで食べる獣はその血や内臓の匂いが付きますので臭みがあります」
例えばブリにかぼすを食べさせて養殖するかぼすブリとか食べたことがあるが、ほんのりとだが柑橘系の香りがしたのを覚えている。
ブランド牛でもビールを飲ませたり昆布を食わせたり、みかんの絞りカスを食べさせるなど餌に工夫をこらしている所も多い。
逆にオーストラリアのなどのWAGYUは放牧によって育てているらしく、穀物を中心として育てる日本の和牛に比べて草の匂いがする上、栄養の少ない草では脂肪があまりつかず放牧で動き回るので、日本のような霜降りにはならないらしい。
「それになにより、一応肉食獣ですからねぇ。時には人も食うでしょう? もっと奥地の狼ならともかくこのへんだと村や街道も近い。人を食べたかもしれないものの肉はちょっと遠慮したいです」
ファンタジー小説だと平気でオーク肉とか食べてるけど現実では遠慮したい。
「それもそうですね」
「まあそれでも農民や庶民にはごちそうですからね。それなりに需要はあると思いますよ」
猛獣がごとき魔物が徘徊する世界だけに、家畜の飼育はとてつもなくコストがかかる。
うっかり放牧すれば魔物に食われるし、かといって飼料で育てようとすれば農業生産性の悪いこの世界ではものすごい高コストになるのだ。
そんな事を話しているうちに王都入りしていた。
でっかい黒狼を先頭にメイン通りを車列をなしていれば何事かと付近の住人が集まってきても無理からぬ所。
貴族の馬車があるから近寄っては来ないものの、中に刺客がいるかもしれないので騎士達の緊張は高まる。
かといって護衛の増員はできなかった。
今の状況でどこの派閥のものかわからない者を護衛にはできないよね。
「どけどけーい。道を開けろ」
新米騎士のジャックが先導し集まってきた住民に道を開けさせる。
そこを僕らはゆっくりと進んでいった。
王宮に近づき遺族街に入ると流石に野次馬は消えたが、今度は周り中が貴族なのでどこから魔法で狙撃されるかわからない。
緊張の時間は続く。
「もうすぐ王宮ですが、着いてもすぐには馬車から降りないでください。まずは安全を確認しますので」
「わかりました」
車から降りたところや乗り込むところを刺客が襲うって定番だからね。
生身での移動が最も危険度が高い。
防御系の魔法も使うだろうがこういうのは攻撃側が常に有利だ。
攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。
「ジャック、貴様は裏に回って男の死体と黒狼を宿直宮に運び入れ、検分をさせろ。どこの手のものか徹底的に調べさせろ」
「はっ!」
新米騎士のジャックは荷車を引いていた馬の手綱を持っていた従者を促し裏門の方へと向かった。
宿直宮は王宮警護の騎士達の本部及び待機場所だね。
見回りから帰ってきた騎士達の休憩室があったり、執務室なんかがあったりする。
騎士と言えど事務作業はあるからね。
あとは王宮内での戦闘を想定した訓練場や、王宮内で発生した犯罪行為取り調べや一時的に拘留するための牢などもあるらしい。
襲ってきた男や黒狼を調べてなにか手がかりがないか探るのだろうが、まあ、出てこないでしょうねぇ。
向こうの世界のように科学捜査でもできればなにか見つかるかもしれないが、こっちじゃ科学の発達が遅れているし。
魔法があるからやろうと思えば血液型を判別するとか、付着している指紋を調べるとかできないことはないだろうけど、そもそも血液に型が有るとか、指紋を判別する方法を知らなければ調べようがないし調べたところで、指紋が固有のものだという証明がされていなければ証拠にはなりえない。
DNA検査だって昔は精度が悪く、誤認逮捕のきっかけともなった。
みんなが知らない知識や技術をもって証拠としても、それは証拠とはなりえないのだ。
「アルカイト様。王宮に入ります。陛下か公爵様にお引渡しするまで、我らが御身をお守りいたしますのでご安心ください」
「よしなに頼みます」
僕たちは王宮の門をくぐりそしてすぐさま拉致された。
かぼすブリのお刺身、美味しいです。
味よし、香りよし、見た目よしらしいです。
かすかですが柑橘系の香りがし、サッパリしてます。
機会があれば食べてみるといいでしょう。
ただし出荷時期が10月頃~3月末とのことですので、それ以外の時期にこの投稿を読んだ方は、それまでお待ち下さいw
以上、かぼすブリ愛好会(非公認)からの宣伝でしたw