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閑話 侍女見習いアンジェリカの長い一日3

本日閑話三話目です。


 帰り道。


 お魚談義をしていたらいつの間にやらアルカイト様にお説教していました。

 これはいつもお説教されるようなことをするアルカイト様がいけないのです。

 反省はされているみたいですがその方向性が斜め上で、もうしないという反省ではなく次はもっとうまくやろうという反省ですからたちが悪いです。

 反省よりも自重を覚えていただきたいのですが無理でしょうねぇ。

 『三つ子の魂百まで』なる言葉があるとアルカイト様からおしえていただいたことがあるのですけど、アルカイト様はもうすぐ八歳ですから、今更あの性格を調教、もとい矯正するのは無理でしょうね。

 逆にこっちが調教されかねない勢いですから。

 といいつつ私もたっぷり調教、もとい訓練されましたし。


「つまり反省する気はないと」

「反省はしますが自重する気はありませんね。自重したからって相手が引いてくれるとは思えませんので」

「はぁ……もういいです」


 これ以上言うだけ無駄です。

 言えば言うだけ私のほうが間違っているような気がしてきますので。

 これ以上調教されたら、アルカイト様二号になってしまいます。って、調教ではなく訓練でした。

 ここは話題を変えるべきでしょう。

 丁度いい事に森の木々が途絶えてきて、日が差し込むようになってきました。


「あっ、森が途切れてきましたね。もうすぐ王宮に着きますよ。道中なにかあるかと思いましたが何もなくてよかったですね」


 この間暗殺未遂があったばかりでしたからね。

 何事もなくよかったです。

 そう思う私の方をアルカイト様はなんとも言えない顔で見つめます。


「アンジェリカ、家に着くまでが『遠足』です」

「え、えんそく?」

「旅は家に着くまで、油断するなってことです。んっ、これは……。アンジェリカ、君には一級『フラグ』建築士の称号をあげましょう」


 やっちまったぜ、こいつ、みたいな目で見るのやめていただけません?


「はい?」

「アンジェリカのせいで何かが起きそうってことです」

「私のせいってなんですか!?」「止まれ! とまれー」


 私の抗議の言葉にかぶさるように、馬の駆ける蹄の音と、騎士の怒号。


「な、なんですか? なんですか?」


 馬車の後ろで何かが起こったようです。

 でも何が?


 ドン!


 誰からの応えも得られないうちに天井に何かが当たる音がしました。


「無礼者! 『ファイアーボール!!』」


 ヒヒーン!


 何が起こっているのでしょうか?

 わけがわかりません。

 わかるのは先程のぬるい雰囲気から、一瞬で抜き差しならぬ事態に突き進んでいっていることだけです。


「馬車を止めろー」

「きゃー」


 急速に停止する馬車の動きに追従できず、思わずつんのめります。

 なんとか前の座席に手をついて頭を打ち付けるのだけは防ぎましたけど、侍女としてあるまじきことにアルカイト様をかばうことができませんでした。

 とっさにアルカイト様の方を確認すると、ちゃっかり手すりを掴んで踏ん張って耐えていました。

 こういうところは相変わらず抜け目がないですね。

 暗殺を事前に察知したりとか不審人物をあっさり見つけるとか、『ふらぐ』がどうとか、未来予知でもできるんですかね、この悪魔は。


「アルカイト様! すぐにこの場をお離れください」


 副団長様が馬車が止まりきらないうちにドアを開けて叫んでいます。


「アンジェリカも急いで降りて!」

「は、はい!」


 アルカイト様の叫びに私もすぐさま扉を開き、馬車を降ります。

 預言者顔負けの悪魔の言うことに従って、まあ間違いはないでしょう。

 お姫様抱っこ(w)されるアルカイト様を追って大木の陰に入ります。

 別の馬車に乗っていたメイドと従者も少し遅れてやってきて、アルカイト様を守るように取り囲みました。


「アルカイト様! ご無事ですか?」

「僕は大丈夫。みんなは?」

「私達も問題ありません。一体何があったのですか?」

「何者かが馬車の上に何かを投げつけたらしいです」

「いま、部下たちが確認していますので、しばらくここで隠れていてください、『シールド』」


 副団長様が魔法を発動し、私達を障壁で覆ったようです。

 アルカイト様の背中側には大木がありますし、ひとまずこれで何かが起こっても一撃で死ぬという事態は避けられるでしょう。

 そうこうしているうちに若い騎士がこっちにやってきました。

 確か今年叙爵されたばかりの新米騎士です。


「ふくだんちょー」

「どうした、ジャック!」

「これ見てください」


 そう言って麻袋を目の前に差し出し、その口を広げ副団長様に中身を見せます。

 私も覗き込もうとしましたが副団長様の体が邪魔でよく見えません。


「これは!?」


 場所を変えて覗き込むと、中に赤く染まりつつも、なにかもふもふしたものが見えます。


 くーん……


 弱々しく聞こえる鳴き声。


「……いぬ?」


 もふもふ具合と鳴き声からそう判断したのですがそれはあっさり否定されます。


「副団長、もしかして狼ですか?」


 副団長様がなんとも言えない顔でアルカイト様を見ます。


「おそらく灰色狼(グレイウルフ)の子供かと。しかも怪我をしています」

「グレイウルフですか。魔物事典で見たことがあります。確か群れを作り、家族を大切にする習性があるとか。基本そのメスは上位種のハーレムの一員となるとか」

「魔物なんですか!?」


 魔物と動物でははっきり違いがあります。

 魔石を持つかどうかが大きな違いではありますが、魔石を持つ動物は高い身体能力を持ち、特に中級魔物ともなれば魔法さえ使うといいます。


「はい。アルカイト様のおっしゃるとおり、魔獣に分類され、群れの仲間、特に子狼が害されると地の果てまで追いかけてくると言われています」

「まさか『MPK』をリアルで食らうとか」


 アルカイト様が意味のわからないことを言い始めました。


「『えむぴーけー』?」

「まあ、魔物を引っ張ってきて人を殺す方法ですね。犬系の魔物は鼻がいいですからね。もうそこまで来ているんじゃないですかね。狼の群れとその上位種が……」

「っ!」


 皆が息を呑みます。

 魔物の性質から考えれば、この子狼を追って仲間がやってきていると容易に想像できます。


「アルカイト様。すぐここを離れましょう」


 いち早く副団長様が、行動に移します。


「ジャック! 貴様はアルカイト様を乗せて王都の詰め所に急げ。アルカイト様の保護と応援を頼むんだ」


 えっ?

 私は? 私の名は呼ばれないの?


「は、はい! 副団長は?」

「俺たちはここで狼どもを引きつける……」


 副団長様はそこで苦しげに顔を歪めます。

 それは私達を囮にしてアルカイト様だけでも逃がそうというのでしょうか。

 ですが副団長様が考えていたのはそれだけではありませんでした。


「それから途中でこれを手近な農村に放り込め」

「そ、それは……」


 差し出される子狼。

 もしここが突破されれば次に向かうのはこの子狼が放り込まれた農村。

 副団長は私達だけではなく農民までも犠牲にしてアルカイト様を逃がそうとしているのです。

 そうです。そういう人でした、副団長様は。

 私はアルカイト様のために犠牲になる、いえ死ぬのです。


 ドクン!


 心臓が縮み上がります。

 前に暗殺者が来たときもこれほどまでに恐くはありませんでした。

 アルカイト様が一緒でしたし、本当に毒が入っているかもわかりませんでしたし、そもそも毒なら飲まなければそれまで。

 しかしここにいれば確実に死にます。


「ためらっている時間はない! アルカイト様、早くジャックの馬に乗ってください」


 それは副団長様の必死の形相からも伺えます。

 なのにアルカイト様は動きません。

 それどころか逃げることを拒否したのです。 


「副団長、僕は逃げませんよ」

「! アルカイト様。聞き分けのないことはやめてください。あなたの安全が最優先なのです!」

「いいえ。貴族は叙爵されるとき、国のため、王のため、そして民のためにそのすべてを捧ぐと宣誓するはず。僕も貴族の端くれ。無辜の民を犠牲にして逃げることなどできません」


 アルカイト様! なんてご立派な……なんてことは言いませんよ。

 絶対なにか企んでいます。アルカイト様がこんな立派な建前を言う時は。

 なんだかさっきまで恐怖に震えていたのが馬鹿らしくなってきました。

 彼のことですからなにか思惑があるのでしょう。

 自ら無駄死にを選ぶような子供っぽい正義感とは無縁ですからね。


「アルカイト様! あなたは厳密に言えば貴族でも王族でもありません。守られるべき無辜の民で、その中でも更に優先度の高い子供で、我らが守るべき護衛対象でもあります。これ以上ごねるようなら無理矢理にでも馬に乗せますよ!?」


 しかしそれをわかっていない副団長様がアルカイト様に掴みかかって無理やり馬に載せようとします。


「時間切れのようですね。僕を無理やり乗せているうちに襲われますよ?」


 狼の遠吠えが聞こえてきました。

 まだ距離はあるようですが、ここで揉めている時間はなさそうです。


「くっ! ここで迎撃するぞ! 馬をつなげ! アルカイト様達は馬車に」


 悪魔vs副団長様では悪魔に軍配が上がったようです。

 悪魔とただの人間では格が違いますから当然の結果でしょう。

 気を落とさないでくださいね、副団長様。


「行きますよ、アンジェリカ、マーサ」


 アルカイト様に連れられ私とメイドが馬車に向かいました。


「ほら、マーサ。先に乗って」

「私は向こうの馬車に……」

「いいから」

「は、はい」


 貴族用の馬車に恐縮するメイドが押し込められていきます。

 こっちの馬車のほうが従者用より頑丈ですから良い判断です。


「次はアンジェリカね」

「はい……って言うわけないでしょう! 先にアルカイト様がお乗りください」


 流れるように促されたので危うく乗ってしまいそうになりましたが、ぐっとこらえます。


「ちっ!」

「ちってなんですか!? ちって。何をなさるおつもりなんですかアルカイト様!」

「僕には騎士たちの戦いを見届ける義務があります。守られるものとして、守るものの活躍をこの目に焼き付けるのです」


 彼は至極真面目な顔でそう告げます。


「……それで本音は?」


 立派な建前を言う時はなにか企んでいる。

 アル様あるあるですね。


「せっかく作った『FCS』なので、ここで試そうかと。馬車の中からじゃ狙えませんからね」


 私の追求にアルカイト様はあっさり白状します。


「そんなことだと思いましたよ。無辜の民を犠牲にして逃げることなどできませんとか言ってて、この機会を利用しましたね?」

「その気持ちは本当ですよ? このままだとアンジェリカ達も狼達にカジカジされそうだったので」


 カジカジって。

 可愛げのないアルカイト様が可愛く言ってもごまかされませんよ。


「で、その『えふしーえす』で、なんとかなる状況なんですか?」

「それはわかりません。なにしろ初体験ですからね! 狼の群れに襲われるのも、『FCS』を実戦で使うのも」

「なんの根拠もないのに残られたんですか?」

「このままだと全滅が目に見えていたので、少しでも助かる方法をとっただけですよ?」

「全滅って、すぐにアルカイト様が逃げていれば、あなただけは逃げられましたよね?」


 私の名が呼ばれなかった時、私は見捨てられたのだと絶望した。

 私には囮になる義務はあっても逃げる権利はないのだと。

 しかし彼は私が望んでも得られない権利をあっさり打ち捨ててここに残った。

 そこにどんな思惑があったのか。


「それは疑問ですね。獣というのは基本、弱いもの逃げるものを優先的に狙います」


 アルカイト様は私の疑問に答えてくださいます。


「あのとき逃げていたら、真っ先に狙われるのは僕で、それからアンジェリカでしょう。逃げている状態では反撃はできませんし、こちらも三人に減った騎士ではなおさら守り切るのは難しいでしょう。そして護衛対象でないアンジェリカは優先順位が低い。いざとなればアンジェリカとマーサや従者たちを囮にして、騎士だけで逃げ出すということも考えられます」

「そんな……」


 確かに騎士に比べれば私やメイド、従者たちの命は軽い。

 騎士だけで逃げ出すという状況がないとは言えません。

 アルカイト様はそれも見越して残られたのでしょうか。私達が見捨てられないために。


「兵法の書では狼の群れと戦うには同数の騎士を用意しろと書かれているんですよ。狼の動きは素早く騎士と相性が悪い。この群れがどれだけの規模かはわかりませんが、四頭以下ってことはありえないでしょう。下級のボスでも十数頭以上、中級のボスがいればその規模は数十頭から百頭以上が普通らしいですから」


 アルカイト様の言うことが本当であれば、足止めさえできるかどうかも怪しい戦力差。

 逃げ出したほうが助かる可能性が高いとはもう言えません。


「さて、もう時間がありません。僕は行きますよ」

「もちろん私も同行します」

「いいのですか? 撃退できる確信などないのですよ?」

「アルカイト様が殺されるような事態になれば、私が助かるはずもないでしょう」


 少なくともアルカイト様がここにとどまる限り騎士たちは逃げ出さないでしょう。

 死ぬ時はみんな一緒。

 逃げ出したアルカイト様とその護衛騎士を恨んで死んでいくことだけは避けられそうです。


「では、一緒に見届けますか。ちょうどよかった。僕を後ろの簡易御者台に上げてください」

「……アルカイト様、なんか締まりませんね」


 ひとりだったらどうなさるおつもりだったんでしょうね。

 なにごともそつなくされる割にどこか抜けているのがアルカイト様クオリティ。


「僕にも計算外はあります」


 恥ずかしげもなく言い訳しつつも馬車に手をかけるアルカイト様。

 私はそのおしりを押し上げ簡易御者台に載せます。


「よっこいしょ」


 そう年寄りくさい掛け声でよじ登ったアルカイト様に続き私も登りました。


「アルカイト様! 馬車の中にいてください!」


 それを副団長様が見咎めて注意してきますが、もちろんアルカイト様が聞き入れるはずもありません。


「あなた達の戦いを見届けるのが守られる僕の義務です。もし無事に帰れたらその武勇をたたえましょう。もし破れたとしても、ご先祖様にその戦いぶりを語ります。まさか王族の前で無様な姿を見せるはずはないとは思いますが、誰に語ろうとも恥ずかしくない戦いを望みます。ゆけ! 僕の騎士たちよ。かかる火の粉を無事払い除けてみせよ!!」

「はっ! イエス・ユア・ハイネス!!」


 騎士と従者は一斉に敬礼し、迎撃準備に戻っていきます。


「……アルカイト様。煽るのがお上手ですね。アルカイト様と初めてお会いしたときのことを思い出しました」


 初めてお会いした時、マジに洗脳されかけましたからね。

 神の鉄槌がなかったら危なかったところです。

 しかし今はそれも手元にないので、洗脳される騎士たちを黙って見守るしかありません。

 彼らに冥福を、ってまだ死んでいませんでした。

 戦い敗れ死んでから祈りましょう。

 もし生き残ったらご愁傷さま?


「彼らの士気が高いほうが生存確率が上がりますからね。『リップサービス』でやる気を出してくれるのであれば安いものです。……別に洗脳しているわけではありませんよ?」

「ソウデスネー、コブシテイルダケデスヨネー」


 冥福を祈るのも気の毒がるのも全ては終わってからです。


「来ますよ。こちらも用意しますか。『FCS』起動!」


 アルカイト様は『ゆーえすびーパソコン』を取り出し起動コマンドを発しました。


「これからが僕たちの戦いだ!」


 あいかわらず、彼の言うことは訳がわかりません。

 しかもこの状況で笑ってやがりますよこの悪魔は。

 死ぬのが怖くないんですかね?

 見捨てられるって思ったときより怖さは薄れましたが、それでも恐怖で手足が震えています。

 幼さゆえ死の恐怖を知らないわけでもないでしょう。

 七歳児とは思えぬ老獪さ、冷静さ。

 どんな奇跡が起こればこんな悪魔が生まれるんですかね?

 悪魔vs狼軍団。

 なんか狼のほうが分が悪い気がしてきました。

 アルカイト様のあたりまえの宣言とともに戦いの幕は開かれたのです。


 「イエス・ユア・ハイネス」といえば言わずと知れた、ルルーシュさんの出てくるやつですね。

 主人公は王孫で現在は成人前なので父親の地位に準ずる準王族としてあつかわれるので、こんな敬称が付きます。

 成人して叙爵されると、王族から一旦外れて、部下がいれば「イエス・マイ・ロード」となります。

 父親が王になれば、王子様w ってことで再びハイネスと呼ばれます。


 この王族や貴族の仕組みとかの設定って考えるのけっこう大変だったりします。

 特に代々続いてきたような国だと、貴族が何人必要で、後継者選びは長子相続か能力主義か。

 貴族の納める土地の大きさや領民の数、発展具合は、と考えていると夜も寝られませんw

 しかもそれだけ考えても、描写されるのは一部だったりします。


 あとは、この設定ならこの人はこう動くなどといった、動機づけの参考にしたりと、使えるところがないとは言いませんが使えるところは少なかったりするんですよねぇ。

 とは言え設定をちゃんと作っておかないと、後から矛盾が出てきたり、ストーリーが明後日の方向に行ったりと、ろくなことにはならないので、やらざるを得ません。

 エターナルになる原因は様々でしょうが、勢いで書き始めて設定を最初から最後まできっちり創っていなかったというのが多い気がします。


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