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閑話 侍女見習いアンジェリカの長い一日2

本日閑話二話目です。


 グレスタール離宮に着く早々に、アルカイト様の湯浴みと着替えのお手伝いしたあと、私は別室に案内されます。


「只今、お食事の用意をさせております。こちらで少々お待ち下さい」


 今日の私はアルカイト様のお付きですから、お客様扱いです。

 小さいながらも眺めのいい個室に案内され、用意が整うまで見事に整えられた庭を見て時間を潰します。

 半端に王都に近いため、船も人も素通りするせいで田舎とされている町ですが、王都に近い分庭師など、腕のいい職人を召喚するのも容易なのでしょう。

 フラルーク公爵領の無骨な庭とはだいぶ趣が違います。

 あちらはドの付く田舎の上に王都からかなり離れていますからね。

 そんなことを考えているうちに食事の用意が整ったようです。


「こちらは生の海鮮をスライスしたものです。こちらに用意したソースやハーブを付けてお召し上がりください。今朝取れた新鮮なものを大公様が自ら洗浄されご用意されたものですので、中る心配はありませんが、もし生が受け付けられないのであればお下げいたします」


 私のお世話をしてくださる侍女の方が、盛り付けられている皿を指し示します。

 そこには見慣れない形をした食材と深めの小皿に入ったソースとハーブ。


「大公様が御自らですか。なんとももったいなきこと。問題ありません、いただきます」


 私は用意されたソースやハーブの香りと味を確認して、その中の一つを選び、侍女に指し示します。

 侍女は切り身を取り分けてそのソースをかけて差し出してくださいます。

 お魚自体殆ど食べたことがありませんし、生でとなるともちろん初めての経験。


「……おいしいです」


 思わず声が漏れてしまいました。

 えっ、これってお魚を切ってソースを掛けただけですよね?


「では、こんどはこちらとこちらの組み合わせで」


 侍女が注文通りにとりわけ、用意したものを口にします。


「これもなかなか」

「それはよろしゅうございました。生で見た目も見慣れないせいか、お口にされない方も多いのですが」


 侍女の方がそうお話しくださいます。


「大公様も最初は気持ち悪がられていたようですよ」


 その侍女が言うには、元々この辺はグレスタール大公――当時は公爵――が選定の義のため最初に代官を務めた地だそうです。

 ある日お忍びで漁港に視察行った際、漁民が浜で捕れたての魚をそのままさばいて食べているのを見て、なんて野蛮な者たちだとおっしゃり、気持ち悪がられていたそうですが、その者たちがなんとも美味しそうに食するので、料理長にどのようなものか研究させ、安全を確認した後食べたところは嵌ってしまったのだとか。


「私も少し躊躇いたしましたが、大公様の離宮で危険なものが出されるわけはございませんし、割とシンプルな料理には慣れていますので」

「そうなのですか?」

「はい。アルカイト様が素材の味を生かした素朴な料理がお好きで、焼いて塩で味付けしただけのものとか、よく料理長におねだりしておりました」

「そうなのですか。ならば大公様とお話が合うのではないかしら? 今は大公様も王都の宮廷料理よりも、地元の庶民が食べているような素朴なものがお好みなので。もちろんその地位にふさわしい装飾は施しますが」


 まさかアルカイト様と同じ感覚のお方がいらしたとは驚きです。

 宮廷料理といえば貴族のあこがれの食事で、王族との会食に招待されるのが名誉とされるくらいです。

 まあ、王族なら毎日食べられるものですから、逆に魅力を感じるのかもしれませんね。

 貴族の食事もそれに触発され、可能な限り追従しようとして、無駄に手がかかってるけど、味としてはイマイチなんて笑い話もよく聞くところです。

 実家でもお父様が食べて帰ってきて、料理長に再現させた料理なんかも出たことがありますが、再現性については語るまでもないでしょう。

 イマイチな宮廷料理もどきに比べれば、シンプルなのにあとを引くこの料理はとても好ましく思われます。

 ですので、一通り切り身とハーブ&ソースを試して見たかったのですが、まだまだ用意されているメニューがあるとのことで、泣く泣く断念。

 次の料理を出していただきます。


「こちらは火が入っているのですね?」

「生でも食べられますが、今回はボイルしてあります。ボイルすると赤みが際立ち美しいと大公様がおっしゃっておられました」


 なるほど。

 赤色が白に映えてなんとも美味しそうに見えます。

 私はエビとカニとかいう食材を取り分けていただきます。


「これもぷりっぷりして美味しいです」

「たっぷりのお湯にお塩を少し加えボイルしただけなのですが、生よりは抵抗がないようで、これをお好みになる方は多いのですよ。形はちょっと見慣れないのですが」


 足の付け根あたりとか、トゲトゲしているのとか、陸上の生物ではありえない形ですが、気持ち悪いというほどではありません。

 これも美味しゅういただきました。

 その後は魚のすり身を固めたスープなども出ましたが、私が驚いたのはたっぷりの塩で固めて焼いたお魚です。


「これはお塩ですか? こんなに振りかけてしょっぱくならないのですか?」

「大丈夫ですわ。お魚の周りはハーブの葉で包んで直接塩と触れていないため、程よい塩梅になりますし、ハーブの香りも染み込んで大変美味しゅうございますよ」


 うまいまずい以前に、お塩をこんなに贅沢に使うなど信じられません。


「ここの砂浜には塩田がありますので、お塩はそんなに高くありません。それにこれで使ったお塩は使用人用の料理で使うようですから、無駄にしているということもありませんし」


 そうはおっしゃいますが、内陸部でお塩は貴重品です。

 実家ですと殆どが薄味の料理で、濃いお味の料理が食べられるようになったのは公爵家に出仕してからです。

 私は恐る恐る塩釜の中から現れたお魚の身を口にします。


「っ! ふわぁ~」


 信じられないほどジューシーな魚の身とそれを引き立てるほんのりとした塩味にハーブの香り。

 言葉が出ないほど美味しいです。


「ほんとに塩辛くないです。甘ささえ感じるほんのりとした塩味がちょうどよくて、こんな塩まみれの中で焼いたとは信じられないくらいです」

「塩の中で蒸し焼きにすることにより、その旨味を閉じ込めることができると料理長は申しておりました」

「なるほど。お塩の防壁で囲むことにより、旨味の流出を防いでいるのですね」


 普通に焼けば汁がどうしても流れ出ます。

 それは肉も魚も同じこと。

 通常の料理ではその流れ出た汁をソースなどに利用すると料理長から伺ったことがありますけど、この料理は旨味を流れ出させること無く焼くことができるので、こんなに美味しいのですね。


「元々保存のために魚を塩漬けしたら、その塩が固まってしまったので、面倒がってそのまま焼いたというのが始まりのようです」

「なるほど。この地方ならではの調理法というわけですね」


 塩と魚がなければ生まれない調理法です。

 内陸ではまず生まれない発想ですね。


「ほんとに美味しいです。でも、もう食べられないのが残念です」


 これまでたくさんの海鮮料理を頂きましたから、数口食べただけでもう限界です。


「そうですか。それは残念ですね。大丈夫です。残されても使用人で分けますから」

「まさか、それを狙って最後に出したなんてことは」

「おっほっほほ。そんな事はありませんわ。全ては料理長が順番を考えお出ししたもの」


 そういう侍女さんの額に冷や汗がたれているような気がします。

 しかし追求しておくのはやめておきましょう。

 同じ侍女としての情けです。

 私だって同じ状況なら、最後にお出しするようお願いしたでしょう。


「本日は大変結構なおもてなしで、満足しましたと料理長にお伝え下さい」

「承知いたしました。では、食後のお茶などお召し上がりながら、大公様とのご歓談が終わるのをお待ち下さい」

「はい」


 私はぷっくり膨らんだお腹をさすりながり、用意していただいたお茶をちびちびいただきます。

 それにしても窮屈なコルセットなどしてこなくて助かりました。

 急なお出かけだったので、よそ行きのドレスに着替える暇がなかったのが幸いでしたね。

 おかげで限界まで詰め込むことができました。

 最初はどうなるかと思った遠出ですが、来てよかったと思える一時でした。


 塩釜焼きは、見た目のインパクトと、割って食べるというダイナミックさで、美味しいだけではなく見て触って楽しめる料理です。

 自分は食べたことないですけどw

 この情報化社会でも、地元の料理とか割と知られていないものも多く、そんな珍しい料理を紹介するテレビ番組を見てはこんなの食べてるところがあるんだと、驚くことも多いです。

 ましては人の出入りが極端に少ない異世界。

 料理などの文化が広がる速度は主人公の予想以上に時間がかかります。

 興味を持たれないようなものであれば、その地方から外へ広がることはまず無いでしょう。

 食材の運搬も大変ですからそこでしか取れないものがあれば、そこでしか味わえません。

 昔は各家庭で味噌や漬物などの保存食品を造っていたので、各家庭ごとの味があり、主人公の求めるものもあるかもしれませんが、有ったとしても虱潰しにご家庭訪問でもしないと、見つけ出すことはできないでしょうね。


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