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閑話 侍女見習いアンジェリカの長い一日1

本日閑話一話目です。


「今日、グレスタール離宮に行く事になったから。アンジェリカも一緒にね」


 陛下も第三王妃様もいらっしゃらない今日。久しぶりにアルカイト様の朝食のお世話をしていたら、いきなりの発言。


「はい? そのようなお話は聞いておりませんが」

「今言ったからね」


 おい。


「公爵様もご同行されるのですよね?」

「父上はご公務があるそうです。離宮に行くのは僕とアンジェリカだけですよ」


 おいおい。単独で移動ですか?

 デビュー前の子供が保護者もなしに移動するとか、ありえないんですけど。

 私だって見習いで成人したわけではないので、保護者にはなりえません。


「陛下はご存知で?」

「そのおじい様の要請でね。グレスタール離宮にお住いになっている、グレスタール大公のところに慰問に行ってほしいと」


 グレスタール大公といえば、先王の弟君。

 現在唯一大公と呼ばれているお方だ。

 地位としては陛下の下、公爵の上。

 しかし領地はなく実権もないすでに隠居されたお方だったはずです。


「なんでまたそんなことに? 暗殺の危険がなくなったわけでもないのにですか?」

「元々慰問の計画はあったみたいですよ。大公という地位でもご公務がお有りになるわけではありませんから、尋ねる方もなく随分とお寂しい思いをなさっているようです」

「それはお気の毒と思いますが、危険を犯してまで行うことですか?」

「昨日からおばあ様がお出かけしているでしょう? そのせいでおばあ様の派閥の侍女や女官がそれについていったため、後宮の警備が手薄になったせいか、一部貴族に怪しい動きがあるそうです。いっそのこと後宮より外のほうが安全ではないかとのことでした。後宮の外なら騎士の護衛がつけられますので」


 確かに後宮に入れるのは女だけ。

 女は厳密な意味での貴族ではありませんから、魔導書も攻撃用の魔導具も所持が許されません。

 もしこっそり魔導書や魔導具を持ち込まれれば、対抗できる者はいないのです。

 なるほど。

 もっともらしい理由です。


「で、本当の理由はなんですか?」

「ナンノコトデスカー?」


 訓練された侍女見習いをなめてもらっては困ります。


「白状しないと早馬を飛ばして第三王妃様に密告しますよ」


 第三王妃様がいらっしゃらないうちのお出かけですから、きっと内緒の企みなのでしょう。

 バレたら大目玉を食らうこと間違い無しの案件です。


「堂々と宣言したらもう密告ではない気がしますが」

「密告でも報告でもどっちでもいいんです。で、本当のところどういうことですか?」

「はあ、仕方ありませんね。……なんと、グレスタール離宮の近くには漁港があるのです。王宮では食べられないような、珍しい海鮮料理があるらしいので、おじい様に頼んで、おばあ様を排除し、『食い倒れ』の旅をもぎ取ったのです。おじい様には後宮で暗殺騒ぎがあった負い目がありますからね。可愛くお願いしたら快く承知してくださいました」


 可愛くって、それもう脅迫ですから。


「アルカイト様、命がいらないのですか?」

「いりますよ。『命大事に』が僕のモットーですから」

「本当ですか?」

「本当ですよ? でもこの機会を逃すと珍しい海鮮料理がいつ食べられるのかわかりませんからね。万難を排しても食さねばと全力を尽くしました」


 全力を尽くされた陛下はさぞ大変な目にあったことでしょう。


「なにかしでかしそうな貴族たちは、本日おじい様が召喚して、王宮に留め置くそうですから、こっそり抜け出して襲撃するとかは難しいでしょうし、騎士を四人も付けてくださるそうですから、大抵のことには対応できますよ」

「楽観的すぎませんか?」

「そうかも知れませんが、さすがに第三王子の三男坊ごときにこれ以上の護衛をつけるわけにはいきませんしね。これ以上となると逆に目立ちすぎてかえって危険になるとのことですし」


 騎士が護衛を務めるのは、王族と領主のみ。

 王孫は厳密にいえば王族とは認められないので、騎士が護衛につくなどありえません。

 現にアルカイト様のお兄様との面会のときにも騎士は同行していませんでした。

 まあ、それ以前に未成年の子供が一人で移動とかはありません。

 両親かそのどちらかとの移動になりますから、親のついでに守られるのが普通です。

 単独移動で騎士をつけるって聞いたこともありませんよ。


「はあ、アルカイト様が全力で駄々をこねたことはわかりました。で、出発はいつですか?」

「今からです」

「はい?」

「ですから今からです。もうすぐお迎えがくるはずです」


 ちょっと待て。


「今からって、なんの準備もしていませんよ!」

「大丈夫です。すべておじい様が準備してくださるそうです。日帰りの予定ですけど念の為お泊りの準備もしてくださるそうですから、手ぶらで問題ないですよ?」


 手回しだけは抜け目ないですね、この悪魔は。


「わかりました。これから迎えが来たら後宮を出て、グレスタール離宮に向かうと。帰りは夕方になりますでしょうか?」

「天候が崩れるとか不測の事態がなければそんな感じだね。順調ならグレスタール離宮までは馬車で二~三時間程度とのことなので、なにか暇つぶしになるものを持っていったほうがいいかもしれませんね」


 暇つぶしと行っても、後宮には編み物セットくらいしかありませんし、まさか編みかけのぱんつを持っていって、アルカイト様の前で編むわけにはいかないでしょう。

 いくら子供とはいえ、女性の下着を編んでいる姿を見せるわけにはいきません。

 まあ、馬車の中で編み物して気分が悪くなっても仕方がありませんから、なにかお話でもしていればいいでしょう。

 アルカイト様のご気分が悪くなればお世話もしないといけませんし。

 王都に来るときはだいぶまいっていらっしゃいましたし、今度の旅路も無事に済むとは限りません。

 暇つぶしの準備よりお世話の準備をしたほうがいいかもしれませんね。


「馬車の準備が整いました」


 女官が迎えに来たようです。


「さて、いきましょうか。お魚が待っていますよ」

「建前が完全に吹っ飛んでいますよ、アルカイト様」

「そうでした。大公様のところに慰問でしたね。お魚をたくさん食べてお慰めしましょう」


 そういえば昔から海鮮が食べたいって言ってましたっけ。

 私の実家も内陸部でしたから、せいぜい川魚が時々出される程度で、海のものはまず出たことがありません。

 そう考えるとちょっと楽しみですね。

 まだまだ安全だと言い切れないところはありますが、陛下がその辺の手配はしているでしょうし、小旅行だと思えば楽しんだほうがお得ですよね。

 王宮に入ってからろくに外には出られませんでしたし、せっかく王都に来たのにほとんど見て回れませんでしたから、この機会に色々目にしておくのもいいかもしれません。

 案内されて後宮の外に出た私達の前に馬車と騎士たちが並んでいました。


「アルカイト様。私、デニアス以下三名の騎士が、本日護衛を務めさせていただきます」

「護衛は副団長でしたか。今日はよろしくお願いいたしますね」


 待っていたのはデニアス副団長様でした。

 副団長と言ってもフラルーク公爵領騎士団自体が全三六名しか居なくて、そのうち公爵様を主とする正規の団員は団長と副団長の他二名しかいません。

 王になる可能性の限りなく低い第三王子を主に希望するものは少なく、基本的にここで叙爵されなければ平民落ちするしかない者が希望するわけです。

 貴族家は子沢山ですから当然競争率は高く、血筋は劣っても能力が高く、平民落ちを救ってくれたということで、このような境遇の臣下は、忠誠心も高いというのが定番です。

 その副団長様が警護につくというのであれば、その言葉通りその身に代えてもお守りくださるでしょう。

 他の騎士も見覚えのある者ばかりです。


 今回の王都入りで付き従ってきた騎士のうち直接の臣下である副団長様と、アルカイト様のお母様の派閥より派遣された騎士が付き従っているようです。

 直接の臣下以外の三二名は他からの出向ですが、それは公爵様と関係のある派閥から少しずつ借り受けていて、今回の王都入りはアルカイト様が同行されるということで、できるだけアルカイト様のお母様の実家か公爵様のお母様の派閥から選抜して同行していたはずです。

 そのうちの三名が護衛として付き従うのであれば少なくとも裏切りはないでしょう。


「はっ。この身に代えましてもお守りいたします」


 副団長様のお言葉はそれを裏付けるものでした。


「だめですよ、副団長。その身を犠牲にすること無く、全員を守ってください。副団長だって大事な身ですからね。副団長なら全員を無事に守ってくださると信じてます」

「……期待に添えるよう、全力を尽くします」


 身に代えてもという副団長様の言葉をアルカイト様は否定し、全員無事にという更に困難な任務を命じます。

 騎士たちの身を案じるのは結構ですが、優先されるのは王孫であるアルカイト様ですからね。

 おそらくいざとなれば自分の身だけでなく、私をも犠牲にしてアルカイト様を助けようとするでしょう。

 副団長様はそれほど義に厚い方と聞いています。

 何事も起きないことを祈りましょう。


「アルカイト様、遅くなって暗くなっては危険度が増します。早く馬車に乗りましょう」


 私はアルカイト様を促し、用意された馬車に乗り込みます。

 今回用意されたのは目立たないようにするためか、中級貴族用の馬車のようでした。

 王族用や上級貴族用の馬車ですと目立ちすぎるので、このような馬車が選ばれたのでしょう。

 外の装飾は質素ですが、中身は王族にふさわしいものになっていますから、王族のお忍び用の馬車かもしれません。

 二頭立ての馬車は四人乗りですが、もう一台従者用の馬車が付き従うようです。

 そちらには従者が二人とメイドが一人乗り込みました。

 このメイドは元々アルカイト様の乳母を務めた人で、現在は部屋付きのメイドで今回の王都行きに付き従ってくれている信頼の置ける者です。

 あとは従者が御者として各馬車に一名ずつで、従者は計四名です。

 騎士たちはそれぞれ自分の馬に乗り込み、出発の準備が整いました。


「我らは少し離れたところから護衛いたしますので、人通りが少なくなるまでカーテンを閉め窓は開けぬようお願いいたします。緊急時には鎧戸をお閉めください」


 カーテンを閉めるのは外から見えなくするためでしょう。

 窓は一応ガラスが入っていますが、かなり厚いもので、ちょっとやそっとの攻撃では割れそうもありませんし、割れてもカーテンがあれば破片が飛び散ることもないでしょう。

 更には窓を完全に塞ぐ鎧戸もあるようです。


「わかりました。……失礼いたします」


 私はまずアルカイト様の側の窓をしっかりと締め、カーテンを引きます。私の側も続いて締め、これで準備は完了です。


「出発!」


 副団長様の号令とともに、馬車は動き出したのです。


 某ドラゴンでクエストなゲームで有名な「いのちだいじに」は、時たまネット小説などで使われているのは見ますが、同じく有名な「ガンガンいこうぜ」の方は、あまり使わていないような気がします。

 やはり、死んでも何事じゃと怒られるだけで済むゲームと、死んだら終わりの世界では、命に対する重みが違うってことでしょう。

 そのセリフこそ言わないものの、死に戻りができる設定のネット小説ではガンガン行っちゃってる主人公も、少なくはないですし。

 まあ、皆殺しの某氏は死に戻りがなくてもガンガン殺しちゃいますけどw

 ヤンな人がお亡くなりになったときは、えっ、こんなので殺しちゃうの? 主人公ちゃうの? と唖然としたものです。


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