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実験

 僕たちは昼食の後、中庭に出た。

 建物に囲まれた中庭は王妃たちの憩いの場であるとともに、女官たちの憩いの場でもある。

 この館の住人は公務でもなければ外へ出る機会など殆どないからね。

 私用だと年一回の里帰りくらいか。

 買い物だって必要があれば商人に持って来させるから、ほかに外に出る機会など王妃たちの付き添い以外にない。

 なので休憩時間の女官たちはよくこの中庭を利用しているらしいのだが、今日は人払いし、近衛女官たちで固めてもらっている。


「なんだか独り占めは申し訳ないですね」

「気にすることはありませんよ。王妃様たちが利用するときも同じようにされるそうですから」


 そんなものか。

 確かに王妃たちが中庭とはいえ外に出たら近衛女官が付き従うし、王妃がくつろいでいるそばでくつろげる女官もそうはいまい。


「それにアルカイト様がやらかしたときに被害者は少ないほどいいですから」

「おいおい、僕がなにかやらかすことが前提かい?」

「えっ!? やらかさないんですか?」


 なんだか僕に対する扱いが酷い。


「やらかしません。……多分」


 今考えてみるとやらかさないことはなかったかもしれない。

 向こうでは定年まで生きたけど、こちらではまだ七歳だ。

 こちらの一般常識や人々の考え方感じ方というのがまだよくわからないところがある。

 その常識とのギャップがやらかしってことなのだろう。

 『僕なんかやっちゃいましたか?』というセリフが定番になるのも、その常識の違いが主な原因である。


「それはさておき、実験を始めましょう」


 僕はアンジェリカのジト目を極力無視して、東屋に設置してもらったパソコンに向かう。

 エディタを立ち上げ簡単なプログラムを組む。


「ぽちっとな」


 東屋にある低い壁に赤い光点が浮かび上がった。

 今回はディスプレイに表示しているのと同じ出力で収束率を上げたものをディスプレイの反対側で出している。


「アンジェリカ。そこの光っているところに板を立てかけてください」

「はい」


 彼女はメイドに命じて用意していた薄めの板を立てかけさせた。

 厚さは二ミリかそこらか?

 後宮にはちょっとした修理ができるように木材がいくらか常備されているとのことで、すぐに用意ができたのだ。

 大工とかは男の職場であり、後宮は男子禁制なので、大工などを入れようとすれば後宮を閉鎖し、ご婦人方を別の宮に移さなければならない。

 それだと大事になるので、ちょっとした修理ならその専門の女官やメイドなどが行うらしい。


「じゃあ、徐々に出力を上げていきますよ」


 まずは照射時間を〇・〇一秒ほどに修正。

 この程度の照射時間で効果があるのであれば長時間追尾するプログラムを組まなくてもたぶん問題ないだろう。

 駄目なら追尾用のプログラムを書かなければならない。

 それから照射間隔を一秒に設定し一秒毎に場所を少し移動するとともに出力を倍にしていくプログラムを組んだ。


「それじゃあ行くよ。パソコンと板の間には入らないでね。それからしばらくパソコンに近づくのも禁止」

「危険があるのならアルカイト様も離れてください」

「そういうわけにもいかない。何かあったとき止める人がいないと」

「だったら他の者に」

「だめだよ。これは僕のために行う実験だ。僕以外を巻き込む訳にはいかない」


 僕は頑として動くまいとする姿勢を見せる。

 まあ、やろうと思えばアンジェリカでも僕を引きずっていけるんだけどね。


「……はあ。アルカイト様はこうなると強情ですからねぇ。わかりました。できるだけ危険の無いようにしてください」

「そうだね。一〇回毎に一〇秒の停止時間を設けよう。何かあってもその時間に対応が可能だ」


 一〇秒あれば魔石をくり抜くことも出来る。

 まあ、正規手順で外さないと魔導板のデータが消去されちゃうけど、バックアップは取ってある。

 もったいないが床に叩きつけることも出来るだろう。

 いくら緩衝材に守られているとは言え、そこまですればガラスだって割れるだろう。


「それならばまあいいでしょう」

「水の用意はいいかい?」

「はい、こちらに」


 東屋の外に桶がいくつも並び、メイドと近衛女官が更に少し離れた外側に控えている。

 東屋は石造りなので燃えることはないだろうし燃えやすいものも予め運び出しているので延焼する恐れもないはずだ。


「ではいきますよ。ぽちっとな」


 僕はエンターキーを押してプログラムを起動させた。

 チカチカと赤い光点が板の上で点滅を始める。

 一〇回点滅し一〇秒のインターバル。

 それを何回か繰り返した後。


「煙が上がってきましたね」


 反射光ですら眩しくて見つめられなくなった頃、板が煙を上げ始めた。

 この頃になるとなにやら弾けるような音が鳴り出す。


「水の用意を」


 僕が命じるとメイドたちが水桶を持ち上げました。

 一秒毎に煙が多く立ち上り、そして板の後方の壁にも光点が発生した。


「アルカイト様!」


 板をレーザーが突き抜けたところで僕はプログラムを停止させた。


「炎は出ていませんが念の為水をかけておいてください」


 光が完全に消えたところで、水をかけさせる。

 火種が内部に残っている可能性もあるからだ。

 後宮でボヤ騒ぎとか怒られるだけじゃ済まないからね。


「煙が出始めたのがここ、板を貫通したのはここですか。魔力の消耗はどうでしょうかね?」


 僕は実行ログを開いて魔力消費量を確認する。


 これは!?


 意外に消費が少ない。

 光は元々魔力消費が少ないとはいえ、これは嬉しい誤算だ。

 確か工業用のレーザーで石に刻印を付ける時は数十ワット程度のレーザーを使用すると聞いたことがある。

 金属を切断するとなると数キロワット以上必要だったような気がする。

 このパソコンに使われている下級の魔石でも、部屋のエアコンや大型の冷凍室なども可動させられるから、電力換算で最大出力は数キロワット相当はありそうか?

 瞬時ならもっと高い可能性がある。

 エアコンや冷凍室を維持できるのであれば、常時でも数百ワットから一キロワット前後はあってもおかしくない。

 ならばこの出力でこの魔力消費量は納得できる。


「これはちょっとまずい発見をしたかもしれませんね」


 金属を切断できるレーザーなら十分人が殺せる。


「あ・る・か・い・と・さま? 何がまずいのですか?」


 アンジェリカがまた何かやらかしましたねとばかりにジト目で見つめている。


「とりあえず部屋に戻りましょう。ここの片付けをお願いします」


 アンジェリカはメイドに後始末を命じると、僕を引きずるように部屋に戻った。


「アルカイト様。今度は何をやらかしたんですか?」


 彼女は部屋に鍵をかけると、そう問いただしてくる。


「いやあ、想定以上に魔力の消費が少なくてね。出力全開なら多分人が殺せます」

「! マジですか?」

「マジです」


 驚きで言葉遣いが乱れていますよ、アンジェリカ。


「それどころか数秒あれば剣でもまっぷたつですね」


 出力だけなら金属切断用のレーザー並ですからね。

 実際のところは検証して見る必要があるけど。


「剣がまっぷたつですか」

「ちょっと時間をかければ縦にも切れます。その間動かないでくれればですけどね。まあ、そこまで魔力が持つかもわかりませんが」

「それでもすごいです。ファイヤーボールだって剣は壊れませんからね」


 鉄の融点は一五〇〇度くらいあるからねぇ。

 ちょっとした焚き火の火じゃ溶けもしない。

 ボールの大きさ分だけ加熱してしまうファイヤーボールじゃ熱密度が足りない。

 レーザーは熱密度だけは高いんで、金属ですら切り裂くレーザーなら人間などあっという間に焼き切れるでしょうね。


「それって下手な中級魔石より殺傷能力が高いのでは?」

「そうなりますね」


 攻撃の基準がファイヤーボールですからねぇ。

 あれは手元ですでに燃えているので、始点から着弾点までに、大半のエネルギーを消費してしまうのでしょうね。

 標的に当たる頃には何分の一、下手をしたら何十分の一の威力になっているのではないだろうか。

 その点レーザーは、着弾点までほとんど消耗しない。

 濃い霧でも発生していない限り、ほぼそのままの威力を維持しているははずだ。


「まずいじゃないですか!?」

「まずいです。これが知られたら下級魔石ですら一般の使用は禁止になるかもしれません」


 とはいえこの収束率がもっと周波数の低い電波でも維持されるのであれば下級魔石でも長距離通信ができるかもしれませんね。

 まあ、固定局限定でだが。


「内緒にしましょう」

「では『えふしーえす』は無しですか?」

「いや、それは作っておきたい。一般公開はまずいですが自分の切り札を持つのは悪いことではありませんから。貴族にシーケンスの勉強が必要なのはそういう切り札が必要だからでもありますし」


 どんな魔法が入っているかわからないというのが貴族の安全を保証しているとも言える。


「でも使えばバレますよ?」

「たぶん一度や二度見ただけではバレませんね。実用化のときには『赤外線』いわゆる見えない光を使うので、何かで焼き切られたのはわかるでしょうが、誰がどうやったかは見てわかるようなものではないですし」

「それって暗殺にはもってこいなのでは?」

「しっ! うかつなことは言わないように。もしこんなものがあると知られただけで、拉致監禁はもとより暗殺だってありえますからね。僕だけでなくこのことを知っているアンジェリカだって無事にはすみませんよ」

「……ワタシハシリマセン。ナニモミテイマセン」


 訓練された侍女見習いは話が早くていいね。


「それでいい。今日見ていた女官たちは気が付くかな? これの危険性に」

「どうでしょう? 結構離れて見ていましたし、火がつくまでだいぶ時間がかかりましたからね。なにか変なことをしているとは思うかもしれませんが、危険と思うかどうかまでは予測できませんね」

「まあ、気にしても仕方がないか。基本後宮内でのことは口外禁止ですから、それに期待しましょう」

「そうですね。ここで下手に口止めしたら余計に疑問に思うかもしれませんし」

「ではそう言うことでこっそり開発を進めましょう」


 危険性がわかったからには何十にも安全策を取らないと危なくて使えない。

 的に絶対に当てるだけでなく、万が一を考え後ろに人がいる時は撃たないようにするなど、制御系は面倒なことになりそうですね。

 精霊は人は認識できても悪意や敵意は認識できませんからね。

 ターゲットとそうではないものをすばやく識別追跡する仕組みが必要だな。

 僕はFCS作提案にどんどんアイデアを書き加えていった。


「まあ、こんなものか。あとは組みながら考えましょう」


 経験のないものはトライアンドエラーでやるしかない。

 流石に現役SE時代でもFCSは組んだことがないからね。

 初めて作るようなやつは、試行錯誤の連続だから、小さな部品を作っていって、最後に結合するようなやり方の方がやりやすい。


「そろそろ食事の準備が整う時間です。アルカイト様もご準備を」

「今日の食事はどこで?」

「後宮です。第三王妃様と一緒と伺っています」

「そうか。おじい様も父上も来られないか」

「お話なさるおつもりですか?」

「いや、少なくとも今は話すつもりはない。話すとしたら使ったのが完全にバレてからかな」

「バレるというのはともかく、使う機会がないことを望みますけど」

「僕もそう思っているよ。これは日の目を見ないほうが良い技術だ。しかし世の中というのはままならないものだからね。人を殺せば何もかもうまくいくと思いこんでいる馬鹿者が一定数存在する。しかもそれは権力者ほど多いときている。人を数人程度殺したって世の中大きく変わるものでもないんだけどなぁ」

「(それがわかるほどみんなは賢くないのですよ。あなたみたいに)」

「なにか言いましたか?」

「いいえ別に」

「そうですか。では続きは食後、は無理かな?」

「そうですね。王妃様がお離しにならないでしょう」

「ですよねー。仕方がない。明日の予定は?」

「明日は午前中は王妃様から歓談のお誘いがあります。午後は王妃様も予定があるそうなので自由時間ですね」

「では続きは明日の午後ということで。アンジェリカ、夕食の準備を」


 僕は汗ばんだ顔と体を軽く拭いてもらい着替えた後食堂に向かった。


 古今東西暗殺がはびこる我らが世界。

 皆様いかがお過ごしでしょうか。

 読者様の中には暗殺を企む方、暗殺に怯える方がいらっしゃるかもしれませんが、この小説でも読んで無聊を慰めていただければ幸いです。

 さて暗殺といえば最近もロの付く国関係でいくつかの疑惑が巻き起こっているようです。

 この国は昔から毒物による暗殺、暗殺未遂疑惑のある国です。

 北にあるKの国でも指導者の親族が暗殺されました。

 持ち運びが可能なレーザーガンが開発されたら、超遠距離からの暗殺が捗りそうな気がしますが、そういうSFではバリアなんかも登場するので、レーザーでの暗殺ってあまり聞きませんね。

 早く暗殺者の失業率が百%になる日が来てほしいものです。

 失業手当出るか知らんけどw


 おや、誰か来たようだ……


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