パソコンにできること
夕食後応接間に移動すると、僕のと父上のと献上した『パソコン』+売り物の一台が並べてあった。
最後の一台はおばあ様のですね。
ひさしぶりのパソコンだ。
「なにもかも懐かしい」
移動中はきちんと梱包していたためさわれなかったし、後宮に放り込まれてからも全く触っていなかったから、感動もひとしおだ。
「やはり『スティックパソコン』が欲しいですね。向こうと違って、キーボードもディスプレイも不要ですから、事実上スマホや、タブレットといっていい。インクの問題さえなければ持ち運ぶのに便利なのですが」
魔導板を磁気とか色変化させて認識出来ればいいのだが、磁気を保持したり色変化させられるものがわからないしそれを認識可能かも不明だ。
これは魔法ではなく技術が必要になるかもしれませんね。
「上級精霊使いの人との面会でヒントになることでも有ればいいのですが」
まあ、今そんな事を考えても仕方がな。
とりあえずおじい様とおばあ様に『パソコン』の素晴らしさを知ってもらわなくては。
僕は、早速僕の『パソコン』を立ち上げました。
「なにやら映し出されたぞ」
「光魔法でしょうか。でも、随分と地味ですね」
おじい様とおばあ様の感想はあまり芳しくない。
光魔法とか幻影魔法とかは、派手な演出がほとんどだからね。
「派手なのもできますが、使っているのが下級魔石ですからね。継続時間が短いのですよ」
「ああ、子供会で見せたというお花畑の魔法ね」
「はい。あれをやるとあっという間に魔力が無くなってしまいますからね。まあ、こっちの『スティックパソコンもどき』を使えば、多少は表示出来ますが」
僕は、魔石付USBメモリを取り出しました。
魔力は、もうだいぶ溜まっているはずです。
「見られるなら見たいわ」
「なら、少しだけ。『フラワーガーデン』起動。『フェアリーガーデン』起動」
僕は二つの魔法を同時起動した。
「まあ、なんてすばらしい魔法でしょう」
「なんだ、これは。これが魔法だと!? 有り得ない」
「なんてものを作っているんだ」
立場によってだいぶ感想が違いますね。
おばあ様は、純粋に感動し、おじい様は、魔法の有り得なさに驚き、父上は頭を抱えるという。
「こんな複雑なものを七歳の子供が作ったというのか?」
「これからは誰でも出来るようになりますよ。これがさっきの魔法のシーケンスです」
僕は、エディタを立ち上げ、今実行したフラワーガーデンのソースコードを表示させます。
「なんだ、これは? 精霊語ではないぞ」
「ここがお花を表示している部分なのね。これがシーケンス何ですの? 私でも書けそうですね」
「これは『コンパイラ』言語で、自国語をベースにシーケンスを組みやすいような文法を作りました」
「言語を作ったと申すのか?」
「はい。シーケンスを作る際にはこの、新しい言語で書き、実行時に精霊語に変換します。精霊語より表現を簡略化していますので、見やすく覚え易くなっています」
ライブラリもたいぶ充実して来たし、効率上がりまくりです。
「ここはなんだ。自国語の普通の文章になっているようだが」
「それは『コメント』、注釈文ですね。精霊語に変換されるときは無視されます。人間が読むときの補助の為に入れています」
「確かにわかりやすいな」
精霊語ではコメントを入れられないからね。
「で、このエディタは、見るだけではなく修正も出来ます」
僕は挿入、削減、コピーなど基本的な機能を紹介していきます。
「うむ、これなら魔導士爵の効率が、一〇倍という話も納得だな」
「でも、文字のボタンを探すのに時間がかかりそうね」
「大丈夫です。すぐに慣れます。家の陪臣で問題無いことを確認しています」
僕はタイピングソフトを立ち上げた。
「これで練習が出来ます」
「そんなものも用意していたとは」
「これで練習すれば、手元を見なくても入力出来るようになります」
「まさか」
「大丈夫です。実証済みです」
三人は半信半疑の顔つきでしたけど、僕は自信をもって頷く。
やはり実証済みは説得力が違うな。
まずは陪臣用に買って頂いたのが良かったですね。
アプリの実証も出来ましたし。
「後一つ、中核となるアプリがこの表計算です」
「表計算?」
「はい。これは、縦横の升目に文章や数値を入力していくと、自動的に計算していきます」
僕は適当に数値を入力していきます。
「ここで関数を入れれば、合計が出ます」
「馬鹿な。どうやって精霊に計算させているのだ。精霊語にはそんな言葉は無いはず」
「言葉が無くても計算は出来ます。まあ、算板みたいなものとお考えください。一桁ずつなら、簡単な組み合わせで計算が出来ますから、後は必要な桁数分それを繰り返すだけです」
「なるほど。算板と考え方は同じということか」
「はい。一見複雑なことも小さく分解していけば、単純なものの組み合わせだったりします。単純なものを組み合わせて複雑なものを作り、複雑なものと複雑なものを組み合わせてもっと複雑なものを作り出していく。そうやって作り上げたのがこの『パソコン』です」
「私、魔導書のことはよく分からないけど、ようはレース編みの様なものかしら?」
「そうですね。あれも単純な模様を組み合わせて複雑な模様を作り出していますね。『パソコン』との違いは、単純な模様が、再利用出来るので、何度も編まなくて済むということです」
「再利用ですか?」
「はい。レース編みとは違って、一度作った模様は、何度でも使えます。そのおかげでとてつもない速さでシーケンスを組む事が出来るようになったのです」
プログラムの再利用。
それはソフト業界の革命と言っても過言ではない。
八ビットパソコン辺りまでは、プログラミングと言えば職人の世界だった。
ゲーム業界などはほぼ一点物だ。
そのゲームでしか使われないルーチンが、数多く作られた。
現在は、様々なゲームエンジンやプラットフォームが作られ、簡単に見栄えのいいゲームが作れるようになっている。
魔導書におけるシーケンスは、あちらで言えばアセンブラか、せいぜい初期のBasicの様なもので、構造化もされていないし、関数の様な物すらない。
しかし今はC言語に近いものが出来ている。
まだまだ必要な機能は多いが、構造化や、再利用の考え方が広まるだけでも意義がある。
「シーケンスの再利用が考えられたことはあったが、全体を把握するのが難しくなるということで、廃れたと聞く」
「紙に書かれたシーケンスでは、探すのに時間がかかりますからね。エディタを使えば、簡単に探せますし、修正も簡単です」
「『エディタ』と『表計算』。この二つだけでも革命的な発明だな」
「僕の考えた最強の『パソコン』は、まだまだこんなものではありませんよ」
そう。
まだせいぜいパソコンの黎明期。
パソコンの発展は、これからだ。
「まだまだとは、まだ何かするつもりなのか?」
父上が嫌そうにこちらを見ます。
「出来るかどうか判りませんが、今は『ネットワーク』を考えています」
「『ねっとわーく』?」
「『パソコン』同士で情報を一瞬のうちにやりとりする仕組みです。こっちで作ったシーケンスを別のパソコンに複写したり手紙を出すかのように出来るようにしたいんです。今はこの『USBメモリ』を持ち歩いてちまちまコピーしないといけませんから」
コンピューターの発展にはネットワークの発展が不可欠だと僕は考えている。
あながちそれは間違いではないはずだ。
「『ぱそこん』同士で情報をやりとりすると言うことは、互いの魔導書が丸見えになると言うことか?」
「もちろんやりとりする情報は制限するつもりですが、設定ミスや何らかの悪意ある操作で見られたくないものが見られてしまう危険は有ります」
「それを知ってなお、それを成そうというのはなぜだ」
「危険性以上に、利便性が高いからです。例えば、王都と他の領地との間で、瞬時に手紙のやり取りが出来るかもしれませんし、声や映像を届ける事が出来るようになるかもしれません」
「瞬時にか」
「はい。その時の各地の様子が見られる。戦の時だって王都から瞬時に指示が出来ます。おじい様なら、この意味がおわかりになりますでしょう?」
「戦のやり方が変わるな」
「王都にいながらにして戦況を把握でき、瞬時に指示が出せる。もし敵がこの技術を手に入れたらどうなりますか?」
「恐らくわが国は、勝てんな」
「情報の即時性は、商売でも重要です。どこで何が高く売れるかわかれば、他の商人を出し抜けます。『パソコン』は持っていれば便利を遙かに越えて、持っていなければ致命的な物になる可能性を秘めてるのです」
皆が黙り込み、それぞれの未来を思い描いているのであろう。
「想像もつかない世界になりそうだな」
想像できるのは未来を知る僕だけだ。
しかし同じように発展していくとは限らない。
「はい。だからこそ、『パソコン』の更なる研究開発と普及は、急務と考えています」
「なぜだ。未来を大きく変えてしまう物だ。もっと慎重に対応するべきではないか」
「逆です。未来を大きく変えてしまうからこそ、わが国が主導権を取らねばならないのです。『パソコン』と『ネットワーク』が有れば世界の果ての国とも戦えるのですよ。すでにそこでは同じ様な物が開発され、大帝国が築かれているのかもしれません。しかし我らにはそれを知る術はありません。気がついた時には手遅れになっていることでしょう」
「お前が敵対派閥にしようとしていることが、わが国に行われるということだな」
「はい。前に父上にも申し上げましたが、これは、ここでしか作れない物ではありません。もう作られているかもしれませんし、何十年後何百年後になるかもしれませんがいつか必ず作られるでしょう」
「他国に作られる前にか。……それしか有るまい。全面的に協力するゆえ、思うままにするがよい」
「ありがとうございます、おじい様」
おじい様の協力を得られたら開発はともかく、インフラ整備は進むでしょう。
「そうだ。急ぎではありませんが、中級魔石を使った魔道具の管理基準を見直していただきたいのですが」
「それはなぜだ」
「国中に『ネットワーク』を張り巡らせるのに、中継所のようなものが必要なのですが、長距離の通信にはたくさんの魔力が必要になりそうなので下級の魔石では賄えない可能性があります。今の所中級の魔石を使った魔道具は貴族が直接管理しなければなりませんから無人の中継機を置くことはできませんし、常に管理者を置くとなればその分貴族が必要になります」
「それはどの位で必要になりそうなのだ?」
「『ネットワーク』を本格的に普及させるとすれば、こちらの派閥の力が高まり、敵対派閥の力が、弱まったころ。恐らく二年後以降かと」
それまでは領内か、自派閥領地をいくつかつなぐ『ネットワーク』があればいいから、大規模な中継機は必要ないだろう。
「わかった。それまでに、法整備しておこう」
「父上、よろしいので?」
「元々、中級魔石を使った魔導具については他の者からも陳情が有るからな。利便性を考えれば、いずれ何らかの緩和はせねばならんだろう。ならば、どこまで許すか検討しても良かろう」
「ありがとうございます、おじい様」
実際に確かめてみる必要があるが、国中を無線で繋ぐとなれば膨大な魔力が必要になるのは間違いない。
元の世界の放送局なんて数百キロワットも出力が有ったりする。
指向性をもたせれば、もっと小さい出力でも、かなりの距離を繋ぐ事ができるかもしれないが、電波の届く距離と出力は比例するからね。
今のうちに準備しておいて損はない。
なにしろ法整備ってのは時間がかかるからね。
元の世界だって技術の発展に法律が追いついていなかった。
王政だからといって、何でもかんでも勝手に法が作れるわけではない。
派閥とか反対勢力とか、様々なしがらみやら障害が有るわけだ。
その後はおじい様達に『パソコン』の使い方を教えたり領地改革案を説明したりして過ごした。
8ビット時代のゲームって、信じられないほどの創意工夫がされていましたね。
アーケードゲームを可能な限り再現したものや、セーブのできないファミコンで復活の呪文なるもので、擬似的セーブ機能をつけたり、そんな方法があったのか、こんなことがこの機種でできたのかという発想と技術力の高さに驚いたものです。
今のゲームはたしかにグラフィックは綺麗ですし、ゲームとしても面白いものがたくさんありますが、驚きといったものは少なくなってきた気がします。
まあ、新しいものを生み出すってのは、時代を経る程に難しくなりますからねぇ。
自分もなにか新しいみんなが驚くものを創ってみたいものです。