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献上の儀と新しいアイディア

再び本編に戻ります。

 暗殺未遂事件のその翌日。

 献上の儀はつつがなく行われている。

 昨日おじい様とおばあ様を交え子供会からの状況を報告。

 その後、おじい様は近衛女官からの報告や警報魔導具からの映像などを見て様々な対応をしておられたようだが、そんなことなどなかったかのように政務をこなされていた。

 事態は後宮のみのこととされたため、他の貴族はまだこのことを知らないはずだ。

 後宮に居る者の出入りも当分制限されたため、しばらくは情報漏えいは防げるだろう。

 まあ、いつまでも出入り禁止にすれば怪しまれるから、そのうち知られることになるだろうけど。


 そして僕はといえば、後宮でお留守番です。

 献上の儀には参加できないし、暗殺未遂事件があったとはいえ、この国で一番安全な場所であることには間違いない。

 昨晩は徹底的な大捜索が行われたので、毒物や刃物などが有ったとしても、処分しているだろうし、再び手に入れるにはまず出入り禁止が解除されなければならない。

 周りには第三王妃の近衛女官たちが詰めているし、第一第二王妃と第一第二王子派の主要人物にはおじい様が厳重注意を与えているので、しばらく動けないだろうし、第二王子派の関わった女官の当主は捕らえられ、厳しい取り調べを受けているという。


「暇ですねぇ」

「暇です」


 安全とはいえ外へ出ることは禁じられているので、やることがありません。


「『パソコン』を持ち込めていればなー」


 後宮に来た初日はそれどころではなかったし、その後もおばあ様にもみくちゃにされたり、兄上と面会したりで、『パソコン』を持ち込む余裕がなかった。

 かろうじて持ち込めたのはこの『USBスティックパソコン』だけだった。


「今から『パソコン』を持ち込めないかな?」

「無理ですね。公爵様の許可がなければ『ぱそこん』は持ち出せませんし、公爵様は今頃献上の儀のまっ最中のはず」

「ですよねー」


 献上の儀は父上だけではなく、他の者の献上品も身分順に献上されるため、父上の献上順は最後になるはずだ。

 その間、王都に居る貴族たちはその様子を見守るという。

 誰がどのようなものを御献上するのか確認するとともに、見定めもする。

 それを見れば貴族や領地の力量がわかるという。

 工芸品の御献上であれば職人の力量がわかるし、優れた職人がいるということは、その分野において強みを持っていることがわかる。

 工芸品とかの職人芸はひとりだけ飛び抜けた技量を持つなどということはないからね。

 特産品とかで、多くの職人が技を競い腕を磨くからこそ至高の作品ができる。


 その他は珍しいものを入手した場合だ。

 他国と貿易をしている領地などはこの傾向が強い。

 農産物で、特定の領地でしか採れないものなども多いらしい。

 その年採れた最高のものを献上する領地は多い。

 宝石の鉱山を持つ領地などは、宝石の原石やアクセサリーなどが多いようだ。

 このように領地の特色によって、御献上される品物は様々だ。

 問題の若い公爵に与えられる領地だが、基本開拓村やその周辺が領地になることが多く、特産もなければ、御献上するような余裕などまったくない。

 逆に献上してほしいというのが本音であろう。

 事実、派閥の貴族などから、献上が有るという。


 うちは派閥が小さいからね。


 時々おばあ様から、贈り物が有ったり、父上の嫁の実家から献上されるが、まあそんなに多いわけではない。

 若い公爵家には普通、献上されるものは有っても献上するものはないのだ。

 そこで子供会に来た王孫の話につながる。

 御献上する物のない公爵家が御献上する。

 それはこれまでほとんど例がない出来事らしい。

 その事実を知った他の王子派達が焦って僕から情報を引き出そうとして失敗。

 その失敗を隠そうとしたのが今回の顛末らしい。

 今回は多分捕まった女官とその父親である貴族が処分されて終わるだろう。

 さすがにその上で指示したものがいても証拠がない。

 釘をさすだけで終わりそうだ。


「もしかしてあれ、素直に教えていたら今回の事件は起こらなかったのでは?」

「そうかもしれませんね。教えたって、あれと同等のものはどうせ用意できないし、それ以上となるとどれだけ価値の有るものを積み上げないといけないかわかりませんからね。まあ、逆に情報を漏らしたということで僕の失態になるかもしれませんが」


 あれ一台だけなら金額的には大したことはない。

 大領地が献上するアクセサリーなんかに比べれば十分の一とかそんなものだ。

 しかしそれの専売権でその何十倍何百倍とかそんなものではない金額が王国に収められるはずだ。

 それを考えれば、とてつもない価値の有るものを御献上することになるわけだ。

 公爵領どころかどんな大領地だってそんな御献上ができるはずもない。


「いまさら言っても仕方がありませんが」

「そうですね」

「田舎にこもっているとわからないことがたくさんありますね。まさか御献上でこんなことになるとは思いませんでしたし、失態を隠すために暗殺までしてくるとか。まさしく王宮は伏魔殿ですね」

「……はあ、そうですね」


 なんでそんなに呆れた表情で見るんですか。


「暇なので、『パソコン』の今後について、考えますか。紙とハサミを用意してください」

「また、『かーど』を作るのですか?」

「ええ、考えをまとめるには、あれが一番です。まだ『アウトラインプロセッサ』ができていませんし、最初の取っ掛かりを得るのに都合がいいのです」


 まあ、『USBスティックパソコン』があるのでインクさえ用意すればとりあえずエディタくらいは使えるのだが、キーボードが机に投影したものになるから使いにくいしね。


「では、少々お待ちください」


 アンジェリカは控えのメイドに命じて紙とハサミを用意させた。


「それで今日は何をお考えになられるのですか?」

「そうですね。『ワープロ』と『表計算』は順次強化していけばいいとして、大きな問題はインクの問題と『ネットワーク』ですかね」

「インクと『ねっとわーく』? ですか」

「現在のインクは粘性の高いものを使っていますが、それでも、漏れ出ないようにするための機構が必要で、ある程度の大きさが必要です。なので小型化は難しい」

「ああ、あの『ゆーえすびーめもり』型の『ぱそこん』を作るっていう話ですよね?」

「それにインクは瓶から移動させたり乾くまで時間がかかりますから、書き込み速度が限られます」


 密度が高くなり書く面積が減った分、前に比べれば書き込み速度は早くなったが、それでも向こうのHDDやSSDに比べれば亀のように遅い。

 今は良いが動画などを録画しようと思えば全然速度が追いつかない。

 携帯性がよく書き込み速度の早い仕組みを考える必要がある。


「『ねっとわーく』というのは?」

「今はそれぞれの『パソコン』が独立していて、データの受け渡しは『USBメモリ』が必要になる。それじゃ不便だから、離れたところにある『パソコン』同士でデータのやり取りをしたいんだ」

「そんな事ができるんですか?」

「できるはずだ。いや、短い距離なら今でもできる。僕が実現したいのは国中、いや世界中を『パソコン』でつなぐことだ」


 インターネット。


 それは世界を結ぶ情報網だ。

 それがあれば世界の裏側からでも瞬時にアクセスすることができる。

 だけど通信系はあんまり覚えていないんだよな。

 IPアドレスやサブネットマスク、TCP/IP、DNSだとか大体の概念はわかるがそれをどうやって実現すればいいかわからない。

 それを使うことは有っても、作ることはないからね。

 P2Pのような一対一の接続なら適当なプロトコルをでっちあげて、データ交換すれば良いのだけど、多対多とかだとどういった制御をすれば良いのか。

 ハブやルーター、そういった機械で実現していた機能を魔導具だけで実現しなければならないのだ。

 ひとりでどうにかなるものではない。


「アルカイト様、準備ができました」


 考え込んでいる間にカードができたようだ。


「まずは『ネットワーク』から行こうか」


 インクの問題は完全にハードウエアの問題だから、カイゼルさんと相談したり実験したりする必要がある。今はどうこうできない。

 なら考えられるのはネットワークの問題だ。


「まずは簡単なネットワークから考えてみよう」


 一対一ならRSー232Cなどを使ったデータ転送プログラムを作ったことが有る。

 昔の八ビットパソコンにはネットワーク機能なんかなかったからね。

 パソコン通信が始まった頃だってRSー232Cとモデム、モジュラージャックで電話線経由のネットワークが主流だった。

 ADSLや光回線とかになってからだ。イーサネットといった現代のネットワークが普及し始めたのは。

 まあ、最初だから隣のパソコンとデータをやり取りする方法を考えよう。


 今は垂れ流しでデータの送受信を行っている。

 万が一でもデータエラーが起こらないよう、転送速度はとてつもなく遅い。

 一応チェックサムや転送バイト数などをヘッダやフッタにつけているが、エラー訂正機能はない。

 最後にエラーしたかどうかがわかるだけの単純なファイル転送プログラムだ。

 再送も手動だね。

 しかしこれでは使い勝手が悪いので、なんとかしたいところである。


「データは適当な長さの『パケット』に分けて送受信する。パケットにはエラー訂正ビットを入れて訂正できるようにする。データとしてはこれが基本だ」


 『パケット』というのは今でも使われているデータ単位だ。

 データを特定の長さに分割し、それにエラー訂正用のデータや、送り先のデータなど必要なデータをパッケージングして送る方法だ。

 一対一で通信する分には今の方式でも――多少の改良は必要だろうが――問題ないとは言える。

 しかしこの方法ではエラーが有っても訂正されないし、将来的に多対一、多対多といったデータ通信しようとすると待ち時間が多くなってしまう。

 一人が一ファイルダウンロードし始めると、それが終わらない限り次の通信ができないからね。

 将来インターネットに発展させるためには今からパケットという考え方を広めたい。

 僕は『パケット』や『データ訂正』などといったカードを置く。


「一対一なら必要ないが多対多の場合、送信元アドレスと送信先アドレスが必要になる」


 インターネットを見据えたヘッダ情報としたい。

 場合によってはヘッダを拡張できるようにしておけば、柔軟な対応ができるだろう。

 昔はIPv4といって三二ビットのアドレスしか用意していなかったため、今ではアドレスが枯渇して固定IPを割り振ることができなくなりつつ有る。

 代替手段としてIPv6という方式が提唱されたが、普及しているとは言い難い。

 インフラというのは一度普及してしまうとそれを訂正するのはものすごく大変なのだ。

 そのため、僕のPCには一二八ビットのIDがつけられている。

 これをIPアドレスあるいはMACアドレスといったものの代わりにするつもりだ。


「決めるのは『パケット』のフォーマットだね。送信元アドレスと送信先アドレス、データ長、エラー訂正データ、ヘッダのバージョンデータなんかも入れておくかな」


 バージョンデータがあれば上位互換下位互換も取りやすい。

 僕は『データ形式』『ヘッダ』等のカードを置く。


「データ形式は実際にやりながら考えるとして、実際のデータのやり取りをどうするかだな」


 一応原始的な電波信号でやり取りするツールは作ったがあまりにも非効率すぎる。

 その他直接複写の魔法でコピーする方法もあるが、複写の魔法は距離制限があるしインクも必要になる。

 距離が長くなれば長くなるほど魔法は魔力を消耗するからね。

 離れたところに物理的影響を与えるにはものすごい魔力を使うのだ。

 それを解決するの方法としては、魔導線を張り巡らすことでネットワークを実現する方法が考えられる。


 魔導線があれば魔石の延長と捉えられるから、魔力の消耗は最小限で抑えられる。

 向こうの世界だって室内であればイーサネットケーブルを張り巡らせてネットワークに繋いでいたわけだから、できないことはない。

 しかしこれはできれば避けたい。

 今どきのオフィスはネットワークや電源を通すため床が開けられるようになっていたり、天井や壁に埋め込めるようになっていたりするが、この世界はそんな事を考えられて作られていない。

 貴族の館の壁や床をケーブルが這い回るのは全く美しくない。

 それに魔導線が結構高いのだ。

 手作りだしそれは仕方がないところなのだが、それを長距離つなぎ合わせるとなればお金もそうだが強度の問題もある。

 また、魔導線と他の魔石が接続されたとき干渉しないかという問題も有る。

 うっかり魔導線で他の魔導板につながると一個の『パソコン』になってしまう。

 物理的に接続はできないので、離した状態で魔導線に魔力を流しそこで何らかの方法で情報を交換するしかない。


「データ面は実際に確かめながらやるとして、問題は『ハード』面ですね」

「『はーど』面ですか?」

「実際にどうやって『パソコン』同士で情報を交換するか。例えば人間同士なら声を掛け合って情報を交換します。僕がアンジェリカ、と呼びかけ、君がハイと答える。これと同じことを『パソコン』同士でやる」

「そのまま音声でじゃ駄目なんですか?」

「できないことはないが、相当うるさいだろうね」

「そうですね」


 まあ、途中を電線で繋げばうるさいということもないだろうが。

 電話回線とモデムを使った通信は正にその方法だ。

 しかし電線を張り巡らすのは、魔導線を張り巡らすのと同じ問題がある。

 金属も高いし、邪魔だし、美しくないし。

 電線なら平民でも作れるから工賃という意味なら安く抑えることはできるだろうけど。

 ただ、シールド線のようなものは作れるであろうか?

 適当な電線だと、信号が減衰したり外の自然発生する電磁波と干渉するような気がする。

 ADSLだって局からの距離が離れると信号レベルが減衰して、通信速度が落ちるわけだし。

 ちゃんとした線でもそんな感じなのだから適当な電線でどこまで使い物になるかわからない。


「まあ、人間には聞こえない音を使う方法もあるけど」

「人間には聞こえない音? そんなのあるんですか?」


 ああそうか。

 音が空気の振動とか振動によって聞こえない音があるとか、そういう研究はされていなかったっけ。


「あるんだよ。まあ、聞こえなくても感じられることもあるから、あんまり使いたくはないし。第一到達距離が短い」

「まあ、部屋の中でお話していると外にはほとんど聞こえませんからね」

「できれば離宮の内部なら情報交換ができるようにしたいから、流石に音を使うのはない」


 雑音も多いしね。


「じゃあ、どうするんですか?」

「『電波』を使う」

「『でんぱ』?」

「光の一種だね」

「でも光だってドアの外では見えませんよね? 明かりならドアの隙間から多少は見えるかもしれませんが」

「光の中にはその隙間から漏れ出やすい光とかものすごく反射しやすい光ってのが有って、そういう光を使えば、離宮内部全部は無理かもしれないけどかなりの範囲をカバーできるはずです」


 光魔法はディスプレイでも使用しているが、光というのは電波の一種であるから、電波も発生できる。

 HDD部はインクの色でデータを判別しているから、色が判別できる。つまり特定の周波数を検知できるというわけだ。

 僕は紙に『電波による送受信』と書いたカードを置いていく。


「でも、『パソコン』が二台しかなければ問題ないが、もっと多かったらどうなると思う?」

「いわゆるパーティーの時とかですよね? 近くの人となら問題ないですけど遠くの人と話すときは大変ですね」

「そのとおり。沢山の人がいると『混信』する」


 僕は『混信』のカードを置く。


「そういう場合は、高い声で話す人、低い声で話す人に分けて、その声だけに注視すればある程度聞き分けられる」


 『周波数による分離』のカード。


「でも、最初から『周波数』を決めてとなると特定の人としか話せなくなる。なのでその場で、まずこの周波数で話しましょうと双方で決めてからその周波数に移動すればいい。ただし最初に話し合うところは共通にしないといけないから、混信の問題は解決しない」


 こまった。

 WIFIとかどうしているんだろうな?

 そういった仕組みは勉強してこなかったから、どうやって混信を避けているかわからないぞ。

 WIFIって確かいくつかチャンネルがあって、それで混信を避けているんだっけ?

 でも、周りに沢山のWIFIがある場合はどうするのかとかさっぱりだ。


「考えられるとすれば『時分割』か?」


 『時分割』のカード。

 周波数を決めるネゴシエーションするだけなら、データは送受信で一パケットずつもあれば十分だ。

 たとえばチャンネル0で指定IDの機器を呼び出す。そのIDを持った機器が空いているチャンネルを指定して、パケットを送ってきた機器に返す。

 あとはそのチャンネルに移動して、通信すればいい。

 一パケットはとりあえず1kバイトかその程度とするつもりだから、通信速度が一メガバイト秒でも千パケット程がやり取りできる。

 二パケット使うのであれば五〇〇パケット分のデータがやり取りできるわけで、全部がかち合わなければ五百台のパソコンがネゴシエーションできることになる。


「実際には同時にネゴり始めるやつが出てくるから、そこら編の余裕を考えると、五十台位か? 実用的なのは」


 通信距離が短いWIFIならその程度でいいが、離宮全体をカバーするとなるとちょっと厳しいか。

 まあ、通信速度がどの程度確保できるかにもよるけど。

 今回ルーターなどは考えない。

 パソコン同士での直接通信なので、通信距離は長くしたい。

 中継機も結局はパソコンだから、今のままだととてつもなく高くなるからね。

 パソコンがハードウェアを兼任しているとこういう弊害が出る。

 パソコンほどの機能が必要なくても、結局同じものが必要になるのだ。

 これも通信距離がどうなるかわからないから、短めなら中継機が必須になるわけだけど。

 僕はそういったことをカードに記載してテーブルに置いていく。


「だいぶできましたね。これで終わりですか」

「まあ、とりあえずこんなものだろう」


 数少ない通信関係の知識を絞り出して書いたカードの数々。

 勘違いや思い違いもあるだろうが、この世界で通信規格など知っている人はいないから間違えていても恥ずかしくないもん。


「大きく分類すると『ハード』系と『ソフト』系か」


 ハード系は通信速度の確保や混信対策とネゴシエーションの解決が大きな問題だ。

 ソフト系はパケットやヘッダ情報のフォーマットの策定か。できればインターネットのような中継システムが欲しい。

 通信距離が短かった場合、ルーターや他のパソコンを中継して目的のパソコンに繋ぐ仕組みが有ったほうが良いしね。

 あとは多対多の接続だ。

 サーバに対してクライアントをつなぐ、サーバクライアント方式をできれば実現したい。

 ファイルサーバ機能が実現すれば、セキュリティも実現しやすいし。


 一対一の接続だと、設定ミスで自分のデータが全部丸見えになる可能性があるし、データがどのパソコンのどこに有るか把握していなければならない。

 サーバにデータが有れば、アクセスできるファイルが制限できるし、そこにアクセスするだけで良いわけだから、データを探さなくていい。

 セキュリティもちゃんとした管理者がいるサーバなら事故も起こりにくい。

 個人のパソコンだとファイルのアクセス権や置き場等、適当になりがちだからね。


「中央にサーバを置いといてそれと通信する方法も考えないとな」


 『クライアント』と『サーバ』のカードを追加する。

 そうなると通信だけで結構処理速度を食われることになりそうだな。

 光を点滅させるためには、点滅のシーケンスをいちいち動かさないといけないからね。

 一秒間に一メガビットの転送をするためには一メガ×制御シーケンス分のステップが必要となる。

 現在の処理速度が、毎秒一メガステップほどだとすれば、一ビット送信するのに一ステップしかかからなくても一メガビット/秒しか通信速度が出ないことになる。

 しかも通信だけでCPU能力を使い果たしてだ。


 以前ざっと計算したとき、精霊コンピュータは二〇メガヘルツの三二ビットマシンくらいの速度はありそうだったから、二〇ステップで収まれば一メガビット/秒は出るか?

 アプリと通信で使えるCPU比率を考えると、実用的な速度は精々一〇kビット~一〇〇kビット/秒くらいだろうか。

 これでは電話回線をつかったパソコン通信並みの速度だ。


「今はシングルタスクだから、通信に百%CPUを割り振ってもいいのか? いや、データの読み書きとかも必要だから百%は無理か。せいぜい半分かな」


 それでも五百kビット/秒程度。


「これは通信だけで専用装置が必要か?」


 コストが二倍ってありえないから。


「なんかいい方法はないかな?」


 現在のところパソコンの速度は上げられない。

 クリーンルームができれば多少は上げられるだろう、それでも二~四倍程度と見ている。

 うまくいっても一〇倍位が限界か。

 それ以上となると検査装置とか、自動化とか別の技術が必要だ。

 人が作業すれば、どうしたって服や皮膚などからホコリが出るからね。

 いくら洗浄しても限界がある。

 一〇倍速にできたとしても五メガビット/秒程度とか。

 動画を見るにはちょっと厳しいか。


「パソコンの処理速度に限りがある以上、高速化するにはデータ転送量を上げるしかないか」


 データをビットで送るから遅くなるのであってバイトやワード、ロングワードでまとめて送るか。

 精霊は一メガヘルツの電磁波をわずかの狂いもなく発することができるし、それを検知できる。

 つまり一ヘルツでも違えばそれを別のものとして捉えることがきるのだ。

 これが向こうの世界なら、一メガヘルツの電波と言ってもその前後に僅かなゆらぎができる。


 しかし精霊は1メガヘルツきっちりの電磁波を出せるのだ。

 一メガヘルツ~+二五五ヘルツまでの帯域を使えば、一バイトのデータを一度に送れる。これの欠点は同時送信ビットが増えれば増えるほど帯域を消費するということだな。

 一バイトでも二五六へルツ。二バイトなら六五五三六ヘルツ、四バイトなら四Gヘルツとかだから実用的には二バイトまでか。

 一六倍にはなるから、八メガビット/秒か。


 昔は10BASE-Tとかの一〇メガビットイーサネットを使ってたわけだから、使い物にならないというほどではないがまだ遅い。

 まあ、実際に計測してみないと正確なところはわからないけどね。


「せめて一〇〇Mビット/秒くらいは欲しいのだけど」


 この方法だと処理速度を上げられない限り送信回数は増やせない。


「二五六バイトの帯域を二五六個使って一度に六五五三六バイト送れる方法はないかな」


 並列処理ができないわけでもないが、それは結局処理速度を分割しているだけだから、全く意味がない。

 電波を使う方法ではこれ以上はちょっと難しいかもしれない。

 多くのビットを送ろうと思うと処理が増える。

 電波だと周波数によって性質が変わってしまうから、使用できる帯域に限界があり、一度に送れるデータに限界がある。


「電磁波以外の方法を考えるか」


 魔法の世界だからな。

 魔力そのものを送受信できないだろうか?

 魔力は検知できる。

 魔力に情報を載せられないだろうか?

 魔力で離れたところに影響を与えるのは難しいが、魔力そのものを検知するだけならできるはずだ。

 しかし魔力に周波数はあるのか? あるとしてもそれを検知する言葉がない。

 どうやってそれにデータを乗せるか。

 やるとしたら魔力のオンオフだが、周波数がなければどこからのデータか識別できない。


「魔力を直接使うのは無理だな。仕方がない、ちょっと遅いが昔のイーサネットくらいの速度は出そうだからとりあえずこれで考えてみるか」


 パソコン通信も最初は三〇〇ボーとかの音響カプラを使っていたし、ISDNだって六四kbpsや一二八kbpsだ。

 八MbpsとかなるとADSL程度の速度は出ていることになる。

 十分とは言えないが、最低限の速度は出ているとは言えよう。


「今はデータも大きくないし、とりあえずファイル転送くらいならなんとかなるか」


 あとは実験してみて、実際の速度を計測する必要があるな。

 僕はカードに、やること、確認することなどを書き加えていく。


「意外と確認すべきことが多いですねぇ。確認しないとできないのに確認するための『パソコン』がないとは。これ以上は机上の空論になりますから、取りえず今日はここまでですね」

「では、ここからまた『暇』ですか?」

「『暇』ですね」

「仕方がない。『あやとり』の練習でもするかな。約束してしまいましたし」

「では、毛糸が必要ですね? 持ってきます」


 それからお呼びがかかるまで『あやとり』で時間を潰す僕らだった。


 IPアドレスやサブネットマスク、DNS。

 ネットの設定を一度でもやれば聞かずにはいられないこの言葉。

 だけどどんなものと聞かれてもすぐに答えられる人は少ないでしょう。

 何となくこんなものとは思っていても、その規格までとなると資料を参照しない限り早々答えられるものではありません。

 何しろ通信というやつは、見ず知らずのそれこそ外国人とも間違いなく意思のやり取りをするためのものですので、様々な決まり事があります。

 いくら知識チートとは言え、それを規格書もなしに再現するのは不可能なので、主人公は通信関係で結構グダグダ悩みますが、本筋とはあまり関係ないので、読み飛ばしちゃってください。


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