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閑話 侍女見習いアンジェリカ王都へ行く5

 本日五話目です。本日はこれで最後になります。


「そう言えば、子供会で見せていた魔法ですが、あれは何ですか? 魔導書も持たれていらっしゃらなかったようですし」

「ああ、これね」


 アルカイト様は、ポケットから、取り出してそれを見せて下さいました。


「これ、『ゆーえすびーめもり』ですよね?」


 『ぱそこん』に差し込む所を見ています。


「魔石とインクが無い以外、『パソコン』と変わりませんからね。魔石を入れればとりあえず魔導書としては使えますから」

「でもそれでは中身を見るためには、『ぱそこん』が必要ですよね?」

「無くても見れますよ。魔力は、まあ、この程度あれば大丈夫かな。『スクリーン起動』」


 彼がそういった途端、画面が表示されました。


「『ぱそこん』の画面ですね」

「確認するくらいならこれで十分です。シーケンスを全部『メモリ』常駐させておけば、参照だけはできると気がついたので『USBメモリ』の蓋に魔石をつけたものを急遽作ってもらったんですよ」


 画面の端をぽんぽん叩くと、どんどん画面が切り替わっていきます。


「基本的には普通の魔導書と同じで、すべてのシーケンスが魔導板に記載されています。新たに書き込むには、インクか『パソコン』が必要になりますが。インクがなければ『データ』を保存することもできませんし。今の所小さいだけのただの魔導書ですね」

「それも売られるのですか?」

「今の所魔石付きの『USBメモリ』は売るつもりはないですね。『パソコン』の値段の殆どがシーケンスと魔石代ですからねぇ。魔石付き『USBメモリ』にOSその他アプリを入れると、『パソコン』と値段がほとんど変わらなくなるんですよ。

 かといって自作のシーケンスだけを『USBメモリ』に入れられるようにすると、ほぼ魔石分の値段しかしませんから、僕の取り分がまったくないんで売るだけ損です。

 それに難しい機構でもありませんから『USBメモリ』をお抱えの魔導士爵に作ってもらったほうが多分安上がりですね。こっちで作ると、王都で魔石を買って領地に持ち込み加工して、再度王都に持ち込むとか運搬費が余計にかかりますからねぇ。『USBメモリ』を専売にしていただくので、とりあえずはそれで十分ですね。売るとしたらインクの問題を解決してからでしょうか。インク壺を持ち歩かないといけないとなると携帯性に疑問がありますし。携帯性を考えるなら小型の魔導書もないことはないですしね」


「そうですか。では、あの魔法は『ぱそこん』でなくても使えるってことですか?」

「そうですね。『DOS』の設定で『HDD』無効状態にして一緒に書き込んでいるだけですから、普通の魔導書でも実行可能ですよ。ただしあの幻影魔法はこれでないと処理速度が追いつかないかもしれませんね。そういう意味ではこれに魔石をつけた『USBパソコン』にも存在意義が有るのですが今のところあんな複雑なシーケンスを組むのは僕くらいしかいませんからね。小型の魔導書として売る意味はありませんが『パソコン』としてなら存在意義があります。インクの問題を解決したら売り出したいですね」


 シーケンスのことはわかりませんが、彼ほど複雑なシーケンスを組むものがいないとの発言に戦慄を覚えます。

 それはこの国の魔導士爵の頂点に立っていることに他ならないのではないでしょうか?

 あの見たこともないお花畑の魔法。

 それだけでも高度な魔法が使われているのがわかります。

 その上羽までつけて。

 周りで見ていた大人たちもひどく驚いているようでしたし、とてもシーケンスの勉強を初めて一年にも満たない子供のできることではありません。

 『ぱそこん』といい、一体彼の化物じみた能力はどこから来るのでしょうか?

 それこそ神か悪魔か。


「御献上の儀は明日ですよね? アルカイト様はどうなさるのですか?」

「僕はデビュー前ですからね。恐らくここでお留守番でしょう。おばあ様も今回の献上は息子からですので、公務として出られるとのことでしたので」

「では公爵様との面会は明日以降ですか?」

「このぶんではそうなりそうですね。夜に子供が出歩くのはあまり好ましいことではありませんし、今から面会依頼を出しても、準備が整うころには夜になっています」

「王妃様がいらっしゃらなかったのは計算外ということですか?」

「ですね。考えてみれば、ここ数日つきっきりでしたからね。おばあ様の予定もあったでしょうから、僕が子供会に出ている間に用事を済ませてしまうおつもりだったのでしょう」

「アルカイト様でも計算違いということが有るのですね」

「それはありますよ。僕をなんだと思っているのですか?」


 魔王です。


 もちろんそんな事は言いませんけど。


「いつもそつなくおこなしになられるので、なにもかも計算づくで行動されているのかと」

「そんな事あるわけないじゃないですか。今日の出来事だってほんと予想外ですよ。派閥の争いがあんなに激化しているとは思いませんでしたし」

「激化しているとおっしゃられていますが何を持ってそう思われましたか?」


 私からすれば愚かな王孫が勝手に自爆したようにしか見えません。


「あんな子供が御献上による影響なんて考えるわけないじゃないですか。派閥の誰かが吹き込んだんですよ。僕だってそんな影響があるなんて考えたこともないですからね。王宮の情勢に詳しいものでなければそんなこと思いつきもしないでしょう」


 自分より幼い子供に子供と言われてますよ、王孫のお二方。


「彼らは親のいないうちに吹き込まれたんでしょうね。跡継ぎはあなたの父上がふさわしい。父上が跡を継ぐためにはあなたの協力が必要だとかなんとか。そう言われればいたいけな子供などころっと騙されてしまいますよ」


 さすが悪魔ですね。人の心理をよく理解しています。

 もちろん知っているだけに彼はそんな甘言に引っかかるはずもありません。

 逆襲を食らったというわけですね。

 さすがいたいけでない子供です。


「親が領地にいる以上、それを吹き込めるのは王都に居る彼らの派閥の中心的人物でしょう。公爵の息子であるなら厳しく慎重に育てられるものですが四男で気が緩んだんでしょうかね。貴族として必要な慎重さ疑り深さがが十分育たないうちにデビューさせてしまったため、派閥の者たちにちやほやされて身につけたものが剥がれ落ちてしまったのでしょう」


 デビューすれば公式の場に限定的とはいえ参加できる。

 逆に言えば大人たちが接触できるというわけです。

 デビュー前だと当主の許可が必要ですけど、デビュー後だと必ずしも必要というわけではありません。

 見習い先の上司などが保護者代わりになりますから、その上司の許可があれば接触できます。

 そして上司というのは派閥の者のところに行くのが普通ですから、派閥の者なら誰だって自由に面会できたはずです。


「権力を持てばそれに群がってくる者がいます。甘い蜜に群がるアリのように。そして蜜が奪われそうになると必死に抵抗するものです。もしかしたらもうそこまで来ているかもしれませんね。暗殺者とか」

「あ、暗殺者ですか?」

「あの二人の失態を有耶無耶にするために、僕を排除しようとする輩が出ないとも限りませんからね。あの場でのやり取りを詳しく知るものはいません。周りに大勢がいましたけど遠巻きにしていましたから会話の内容は聞き取れなかったでしょう。何が起こったのか知るものは僕とアンジェリカ、そして彼らしかいないわけですから、おばあ様に報告する前に消してしまえば失態は帳消しになります」

「まさかそんな……」

「その意味ではさっさと後宮に引っ込んで良かったかもね。あのまま子供会にいたら周りの子供ごと消されたかもしれません」

「そうですね。ここなら安心ですね」


 ここは後宮。不審なものは出入りできません。


「アンジェリカ、そんな甘い考えでは後宮で生きていけませんよ」

「えっ?」

「さっきも言ったではありませんか。ネズミがいると」

「あっ。……でも後宮でそんなことできるんですか?」

「やろうと思えばなんだってできます。一番簡単なのは毒殺かな? 毒なら小さな香水の瓶にでも入れておけば簡単に持ち込めますし、粉末なら紙に包めばどこにだって隠せます。持ち込めさえすればあとは人の目を盗んでお茶でも食べ物にでも入れるだけ。これは暫くの間毒味を厳しくしたほうがいいかもしれませんね」


 その時ノックの音が聞こえました。


「お茶の準備ができました」


 メイドがお茶を持ってきたようです。

 私達はあまりのタイミングの良さに顔を見合わせます。


「おや、誰か来たようだ」

「誰かって、メイドですよね?」

「本当にそう思っている?」

「……」


 あることに思い当たった私は黙るしかありませんでした。


「賭けるかい? お茶に毒が入っているか」


 悪魔と賭けごとをするほど私は愚かではありません。


「賭けません。賭けるとしたらアルカイト様と同じ方に」

「それじゃ賭けは成立しないな。ところでアンジェリカは武術に自信があるかい?」

「いえ。アルカイト様は当然ありませんよね?」

「知っているだろ。武術系は全滅だよ。お茶を持ってきたメイドはどこの派閥だ?」

「この区画は第三王妃の居住区ですから、その派閥の者のはずです」

「声に聞き覚えは?」

「さすがに覚えていませんよ」

「ですよねー。仕方がない。大事になるが近衛女官を呼びましょう。さすがにそこまでは手が及んでいないでしょう。手が及んでいたらどうあがいてもどうにもなりませんし」

「そうですね」


 周り中敵だらけで武力が当てにできない幼児と成人前の女一人でどうにかできるはずもありません。

 私は部屋に備え付けの魔導具を操作します。


 びー! びー!


 途端になりだす警報。

 各部屋に設置されている警報の魔導具。

 それを操作すれば近衛女官が駆けつけてくれるはずです。

 しばし後。


「いかがされました!」


 女官が二人、外で控えていたメイドを押しのけ入ってきました。


「そこのメイドを拘束して、不審物を持っていないか確認してください。あとお茶に毒が入っていないかも確認して」


 私が近衛女官に命じます。


「はっ!」

「な、なにを!」


 理由も問わず、彼女らは動きます。

 さすが近衛に選ばれる者たちです。

 拘束されたメイドが抗議の声を上げますが、そんなのお構いなしに命じられたことをこなします。

 きちんと訓練された動きです。


「何事ですか!」


 更に近衛女官が数人集まってきます。


「頼んでもいないお茶を持ってきた者がいます。不審に付き取り調べを」


 私は新たに集まってきた女官に命じます。

 そう。思いあたったこととは私もアルカイト様もお茶の準備を命じていなかったことです。気を利かせてお茶の準備をするメイドがいないとは言いませんが、普通一言断ってから準備するはずです。お茶の用意は必要ありませんかと。

 時間的に丁度いいのでアルカイト様の言葉がなければ不審に思わない可能性がありました。

 これが普通の子供と訓練されていない侍女見習いだけでは疑問に思わず飲んでしまった可能性を否定できません。


「ところで、この中に第三王妃付きでない女官はいますか?」


 アルカイト様が問いかけます。

 女官たちが周りを見回し、ひとりの女官を指さします。


「ずいぶん早い到着ですね? 第三王妃の区画外から来たにしては」


 周りの近衛女官たちがハッとし、持っていた棍を構えます。

 囲まれていた女官はとっさに抵抗する仕草を見せますが、囲まれていたのではそれも無駄なあがき。

 あっという間に取り押さえられました。

 第三王妃とはいえそのための区画はかなりの広さになります。

 他の区画から駆けつけるにはあまりに素早すぎたのが彼女の敗因。いえ、ここにアルカイト様がいたのが最大の敗因でしょう。


「よくわかりましたね。集まった女官の中に曲者がいると」

「僕なら実行犯のメイドを始末するなり、暗殺が成功したか確認するなり、失敗した場合の後詰めくらいは用意しますからね」


 類友ですか。


 常日頃から同じことを考えていないと思いつきませんよ。

 近衛女官がひとり報告に戻ってきました。


「アルカイト様、お茶の中に毒が入っているのが確認されました」

「メイドの方はどうです?」

「お茶を準備するように言われただけだそうです」

「それは誰に?」

「女官と思われますが、命じてすぐに立ち去ったので、誰だったか確認できなかったそうです。本当のことを言っているかどうかはわかりませんが」

「お茶に毒を入れたのはそのメイドですか?」

「彼女が言うにはお茶の壺を渡されて、これを使うようにと命じられたようです。その壺も押収し、毒入りであることが確認されています」


「女官の方はどうです?」

「黙秘しています。毒などは持っていないようですが、後宮では禁止されている刃物を持っておりました」

「捕まった女官はどの王妃の派閥ですか?」

「第二王妃です」

「そうですか。さらなる取り調べを。お茶の準備を命じた女官が捕まった者なのかそれとも他にいたのか。更に不審者がいないか、毒や刃物など持ち込み禁止のものを所持するものがいないか徹底的な捜索を。これを第三王妃と陛下、それと父上にも報告を。ただしそれ以外、後宮外の者にはさとられぬように」

「はっ!」


 アルカイト様はさらなる命令を下します。

 それはまるで王者のように。


「アルカイト様はまだ仲間がいると?」

「ネズミは一匹見たら三〇匹は居ると思ったほうが良いです。尻尾を出すかどうかはわかりませんが。だいぶ時間がたってしまいましたから、毒や証拠となるものは処分されてしまっているでしょう。見つけるのはちょっと難しいかもしれませんね。まあ、牽制くらいにはなるでしょう」


 メイドは利用されただけかもしれませんが、捕まった女官は間違いなく関係者です。

 それだけでも上出来でしょう。

 アルカイト様が気が付かなければ、捕まえるどころか、ふたりとも死んでいたところですからね。


「それにしても第二王妃の女官ですか。これからどうなるんでしょうか」

「それを決定するのはおじい様ですから僕からはなんとも。まあ、監督責任は問われるでしょうから第二王子とその派閥はだいぶ苦しい立場に追い込まれるのは間違いないですね。第三王妃の企んだ陰謀だと逆ギレしてくるかもしれませんが」

「それ、大丈夫なんですか?」

「言い逃れはできませんよ。これまでの出来事は魔導具に記録されていますからね」


 そうでした。

 警報を鳴らした時点で魔導具に部屋の中で起こったことはすべて記録されます。


「逆恨みでまたこんな騒ぎがあるかもしれませんが」

「全然大丈夫じゃないですよ、それ」

「今度来るときはこんな杜撰な方法は取らないでしょうし、次を阻止するのは難しいかもしれませんね」

「全然だめじゃないですか!」

「まあ、気をつけたって駄目なときは駄目だから。こういうのは攻撃側が断然有利ですからね。こちらはいつ来るかどんな方法で来るかわからないのに、向こうはどんな方法も選び放題ですから。すべての可能性に対応するのは不可能です」

「ならどうするのですか?」

「完璧に守るのが不可能なら、逆にこちらから攻撃するんですよ」

「暗殺は駄目ですよ、アルカイト様」

「そんなことはしませんよ。公然と破滅させれば良いのです。さっきも言ったように経済戦争です。戦いではありますが非難されるいわれはまったくありません。ただ、経済的な競争を仕掛けそれに正々堂々勝利する。それだけのことです。まあ、そのまえに政治的な攻勢もかけますけど。今回のことはいいネタになりました」


 自分の暗殺未遂さえ政争の種にするとか。

 この歳でそこまで考えが及ぶものでしょうか。

 さすが魔王です。


「今回の失敗で世間の目が厳しくなりますから、僕やその周りで不審な行動をすれば敵対勢力が疑われます。暫くはおとなしくしているしかありません。その間に経済的に追い詰めていきます。僕をどうにかしてもどうにもならないくらいまで」


 聞けば聞くほど恐ろしくなってきます。

 相手がまるで自ら地獄に突っ込んでいくように誘導する手腕に。


「他に方法はないのですか? 例えばアルカイト様のほうが引くとか」

「ここで引いたら、相手は力をつけて徹底的に攻勢をかけてくるでしょう。相手が引かない限り引くという選択肢は取れません。今を逃せば、手遅れになるだけです。やると決めたら徹底的にやらないと、足元を救われますよ」


 理屈はわかりますが、それを迷わず実行できる人は少ないでしょう。

 負ければどうなるかわからない人が大量に出るのですから。


「アルカイト様、国王様と第三王妃様がお戻りになられました。私室に来ていただきたいとのことです」

「わかりました。ここは移動しましょう」

「はい」


 私はアルカイト様を伴い女官の後についていきました。

 私達の戦いはこれからです。


 「おや、誰か来たようだ」の元ネタについてははっきりとしたものはわかっていないようですが、小松左京の「牛の首」や2ちゃんねるの鮫島事件あたりから広く知られるようになったようです。

 言語学者なんかが語源を調べる研究なんかをしているようですが、昔からある言葉ではなく流行り言葉なんかの語源を調べている方もいるようで、その様子をテレビで放送してたのを覚えています。

 方法としては、その言葉を誰から聞いたとか、追跡していくものですが、歴史の浅い流行り言葉ならではですよね。

 今ではインターネットの発言をAIで解析して発信源を突き止めるとかなんてことも行われているようで、こちらは流行語よりデマの発信源とかを突き止めるために使われているケースを最近はよく見かけますね。

 例の戦争のせいでデマ情報が一気に増えたせいなんでしょうけど。


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