閑話 侍女見習いアンジェリカ王都へ行く3
本日三話目です。お間違えなきよう願います。
子供たちがそれぞれ遊んでいる中、それはやってきました。
服装からして主人格がふたりとその従者が四人といったところでしょうか。
「この中にフラルーク公爵のご子息がいらっしゃるはずなのだがどなたであろうか」
お付きのひとりが誰何します。
なにか面倒が起こりそうなので、私はどうするのかとアルカイト様に視線で問いかけました。
ここに参加する際にも家名も父親の名前も名乗りませんでした。
公爵の息子であると知られたくなかったからでしょう。
面会依頼も参加申請もなしに子供会への乱入ですから、無視しても構わないのですが、アルカイト様は静かにうなずきました。
放置するほうが面倒と判じられたのでしょう。
「こちらに御座しますのがフラルーク公爵がご子息アルカイト様です。面会依頼もなく突然にご来訪されたのはどこのどなたでありましょうか?」
私は面会依頼も無しにいきなり来やがって、どこのすっとこどっこいだと問いかけたわけです。
「貴様、侍女見習いか? 無礼であろう」
「無礼はどちらです。デビュー前の子供を訪ねるのに保護者の許可も取らぬとか、そなたの主人が何者だろうと礼に反する行為であることに違いはありませぬ」
アルカイト様はうなずいたとき首を掻き切る仕草をしました。
つまり殺すつもりでやれということです。
子供だけの会に乱入した者にアルカイト様はたいそうお怒りのようです。
「この方をどなたと心得る。第一王子の四男、ベイクレフト様であらせられるぞ。控えおろう」
「控えるのはそちらであろう。アルカイト様は第三王子がご子息。現在は後宮にて第三王妃の庇護下にあります。王妃と王孫、どちらの地位が高いか一目瞭然でございましょう」
「お、王妃の…」
王孫同士ですから、通常なら地位は同じとみなされます。
しかし保護者が王妃となれば話は別です。
王妃の地位は王子より上です。少なくとも社交の場では。王子と王妃が相対したらひざまずくのは王子の方ですから。
ましてや王孫となれば話にならないくらい低い地位しかありません。
「理解できたのであれば出直して改めて面会依頼を出されることをおすすめいたします」
「ぐぬぬ」
話しかけてきた従者が悔しげにうなりますが、正義は我にありです。
「まあまあ、不躾は謝罪しよう。私は第二王子の息子でローザンダールだ。同じ王孫どうしで親交を深めようとこうして訪ねてきたのだよ」
「私も謝罪する。改めて名乗ろう。第一王子が息子ベイクレフトだ。突然の訪問、ゆるされよ」
ふたりの王孫が前に出て謝罪の言葉を述べます。
眩しいくらいの王子様スマイルです。
普通の侍女であれば、この笑顔にキュンとなってしまうかもしれませんが、訓練された侍女は違います。
アルカイト様は昔、私を洗脳して職業婦人に仕立て上げようとしたこともあり、その流れで色々教えていただきました。
その中の一つが、笑顔で近づいてくるものほど気をつけろということです。
喧嘩腰であからさまに敵対して来る者は、わかっているだけに対処もしやすいですが、笑顔で近づいてくる者はそれが本当の笑顔であるのかこちらを嘲笑するためのものかよくよく見ないとわからない。いえ、よくよく見てもわからないことも多いと。
自分の感情を隠し、笑顔で不利益を運んでくる者は、見分けにくい上に計算高く対処が難しいのです。
感情をそのままぶつけてくるような者は、思考も単純ですから行動が読みやすく対処がしやすいのですが。
その教訓をもってよくよく見るとその笑顔のなんとも嘘くさいこと。
こちらをはめる気満々の笑顔です。
それを見てアルカイト様も前に出てきました。
「第三王子が息子でアルカイトです。同じ王孫として仲良くしていただけると嬉しいです」
殺せと指示したことなどおくびにも出さず、朗らかに挨拶を返すアルカイト様。
うん。
二人の王孫に負けず劣らずの胡散臭い笑顔です。
私の背筋を冷や汗が流れていきます。
子供たちは何が起こっているかわからずキョトンとしていますし、親や従者たちは王孫同士の邂逅に何がおこるかと固唾を飲んで見つめています。
大事にしたくなかったアルカイト様としては、不本意であったのでしょう。
とてつもなく怒ってます。
周りからは全く気にしていないように見えるでしょうが私にはわかります。
惨劇の幕がいま開かれたのです。
「ああ、こちらこそよろしく」
「そうだね。こちらこそ仲良くして欲しい」
「ところで、本日は僕にどのような御用でわざわざ子供会にまでいらしたのでしょうか?」
「ああ、それなんだがね。君のお父上は今回陛下になにやらご献上されるようだけど、どういうものか聞き及んでいるかと思ってね」
「……父上のご献上品がなぜ第一第二王子の子息が気にされているのかわからないのですが?」
それに対して第一王子の息子が答えます。
「子供には難しい話しになるので説明してもわからぬであろうから、知っている事があれば教えて欲しいのだが」
うわー、神をも、いえ、悪魔をも恐れぬ所行。
わずか五歳の時に領地改革案を策定。
ここ一年は『ぱそこん』なる訳の分からない魔導具を作成。
今回御献上されるのも、彼が作った魔導具とのこと。
そんな化け物に難しい話しとか、知らぬ事とはいえ、まるで道化ですね。
「理由も分からずそのような事を話しては父上に叱られます」
「これはそなたの父上のためにもなることなのだ。理解できるか分からぬが、できるだけ簡単に説明するからよく聞くがよい」
彼は幼い子供に言い聞かせるように話し始めます。
アルカイト様は、女顔の上に体も小さいですからね。
彼らにはまだ四、五歳くらいに見えているのかもしれません。
恐るべし、年齢性別詐称詐欺悪魔。
本当の年齢を知っても幼いには変わりありませんけど、中身は悪魔です。
笑える。
笑っていいですか?
駄目ですか、そうですか。
彼の言うことには、アルカイト様の父君でいらっしゃる第三王子は、国王様によく似ていることもあり、ひどくお気に入りで、今回の御献上でそれに拍車がかかり、情勢を無視して第三王子を跡継ぎと指名しないようにする必要がある。
それには第三王子の御献上するものと同等以上の物をこちらも御献上しなくてはならない、とかいう、下らない用件でした。
王として権力を振るうには、後ろ盾となる貴族の力が必要で有ることは確かです。
しかしそれを覆して、後継者を指名する事は可能です。
王と言うのは絶対権力者なのですから。
これまでにも例がなかった訳では無いので彼らもそれを警戒しているのでしょう。
「お話は分かりました」
「では」
「僕も陛下とお話し致しましたが、私情で政をされる方には見えませんでした。心配のし過ぎではありませんか?」
子供に諭されて大恥ですね、王孫様。
「今はそうかもしれぬが、年老いてもそうであるとは限るまい」
「歳をとれば過去の思い出は美化されるものだ。そうならぬように、我らは王とは平等に接しなければならぬのだ。誰かが抜け駆けすればその秩序を乱す」
第二王子の息子も参戦です。恥曝しに。
幼い子供を丸め込んで、上手く聞き出そうとの魂胆でしょうが、相手の情報をろくに集めずに突っ込んでくるなど、愚か者としか言いようが有りませんね。
まあ、こんな愛らしい子供が悪魔だなんて誰も思わないでしょうから、アルカイト様が上を行ったということなのでしょう。
「平等ですか。……世の中に平等なんてものはありませんよ、お二方」
アルカイト様の声がひどく冷淡なものに変わります。
「なにを?」
「生まれ順、身分、等々、生まれた瞬間から人はすでに不平等なのです。それを自分達が不利にならぬよう、平等を盾に他者に不平等を押し付けるのですね、あなた方は」
「そのような事は言っておらん。王が政に私情を挟めば国が乱れる。それを我等は憂えただけのこと」
「なるほど、ものは言いようですね。さしずめあなた方は憂国の志士というわけですか」
「我等を愚弄するか。幼子とはいえただではすまんぞ」
「ただではすまないのは貴方方では? 現保護者である王妃様の許可を得ず子供会に乱入したあげく、御献上の品の情報を子供を騙して得ようとか。浅はかにもほどがあります」
「我等が、浅はかだと!?」
「言わせておけば!」
「どうなさるおつもりですか? この大勢見ている前で王妃様の非保護者である僕を害するとでも?」
アルカイト様は、静かに微笑み問いかけます。
そこには気負いは無く、ただ憐れんでいるかのようなそんな微笑みです。
「くっ!」
ようやく自分達の状況を把握したのか、周りを見回して、彼らは唸ります。
子供会と言ってもそのメンバーはアルカイト様の母君と祖母の実家の派閥から選抜された子どもたちとその親や従者、そして護衛の騎士たちが付添です。
いわばここは二人の王孫にとっては敵地。
自陣の子供相手に声を荒げる二人を見つめる大人たちの視線は冷たい。
王孫とはいえまだ成人前の二人では、対抗する術はありません。
「覚えておきなさい」
「この借りは、きっと返します」
二人は従者を引き連れ去っていきました。
「アルカイト様、よろしかったのですか? あんなに怒らせて」
「思わずムキになってしまいました。ちょっと大人気なかったですかね?」
ぶはっ!
子供に、大人げなかったとか言われてますよ、あの王孫たち。
自分から見て、大人げないのはあっちの方でしたが、アルカイト様からすればあっちが子供に見えていたのでしょう。
見た感じふたりはデビューはしているものの叙爵されていないのでしょう。
官位を示すものを身に着けていませんでした。
つまり私と同じ見習いです。
大人でもあり子供でも有るのですが、私をも子供扱いするのですからいわんやをやです。
「最初から不躾でしたからちょっと躾けなければと思っただけでしたが、あんなにも愚かだったとは。大丈夫なんですかね、彼らは」
「何が大丈夫なのですか? 彼らを心配するより、こっちを心配したほうが良いのではないでしょうか? あの様子では恥をかかされたことを相当恨みに思っていてもおかしくはありませんよ」
「彼らには何もできませんよ。王都ではおばあ様の庇護下から開放されることはなさそうですし、領地に戻ればどうすることもできません。ましてあのような子供の言うことを父親がまともに取り上げるとは思えませんし」
「そうでしょうか? 親馬鹿で、子供のためなら何でもしでかす親かもしれませんよ」
「僕が親なら、徹底的に躾け直すか、貴族社会から抹殺しますが。そういう親もいるのですね」
抹殺とか、さすが悪魔です。
「どうなんでしょうかね? 私も他の貴族、ましてや王族となるとフラルーク公爵様しか存じませんからね。貴族としての利益を取るか親としての情をとるか、判断が付きません」
「ふむ。貴族、それも上級貴族であれば情を抑えてしかるべきと教え込まれるはずですが、それも緩み始めているのでしょうか? あのような考えなしの子供が無事にデビューできているところを見るとそうなのかもしれませんね。あれが自分の独断ではなく親や親族の命で来たのであれば、結構まずいかもしれませんね」
社交上の地位という面で言えば王妃は王子の上ですけど、権力という意味では王子に軍配が上がります。
親も愚か者だとすると、ちょっとまずい事態です。
「これはもしかして喧嘩を売った、あるいは買ってしまったということでしょうか?」
「言い値で買ってましたし、思いっきり押し売りしていましたよ。自覚がお有りにならないのですか?」
「言い値に押し売りかー。まいりましたね」
全く困ったという顔ではありませんよ、アルカイト様。
魔獣が舌なめずりしているようにしか見えません。
「うん、やってしまったものは仕方がありません。善後策を父上と相談しましょう。あの様子では後継者争いは最終段階に入っていますね。蚊帳の外かと思っていたのですが、おもいっきり当事者になっているようです」
昔アルカイト様がおっしゃられていました。第三王子以降が跡継ぎとなることはほぼないと。
あくまでほぼであって絶対ではありません。
子供は病気等で死にやすいですし、できの悪い子供はデビューすらできません。
デビューできても問題を起こせば叙爵されません。
三番目といえどチャンスがないわけではないのです。
しかしそんな子供時代は当に過ぎ、フラルーク公爵様の上のご兄弟は頑健ですし、大きな問題も起こしていません。
今に及んで排除されるということはありえません。
事故か暗殺でもない限り。
チャンスが有るとすれば彼らが憂慮したように王の指名があった場合ですが、そういう王政は長く続かないのが普通のようです。
貴族たちが王の言うことを聞いてくれないのですからうまくいくはずがありません。
命じられても、何やら理由をつけてのらりくらりとかわして、時間を稼ぎつつ王を追い詰めていきます。
最後には譲位するしかなくなるほど追い詰められるか、傀儡の王と化してしまうのです。
それはどちらにとっても不幸であるため、力のあるものが王となる、それは王となるものの常識として叩き込まれます。
とはいってもある程度王の意向に左右されるのも事実です。
実力差がわずかばかりだった場合、王の一言で情勢が変わる可能性があるからです。
貴族の多くは第一王子や第二王子に恭順していますが、全部の貴族がどちらかに恭順しているわけではありません。
第三王子や第四王子の母方の実家や、その寄り子は恭順しませんし、日和見で優勢な方につこうという貴族、あるいはどちらの貴族とも敵対していて恭順するのが難しいもの。
そういったものが、王の一言で態度を変える場合があるのです。
なびく貴族が多ければ多少の実力差など簡単にひっくり返ってしまいます。
さすがに第三王子がひっくり返すのは不可能でしょうが、ある程度均衡するまで実力差が縮まる可能性は否定できません。
彼らはそれを心配したのでしょう。
恭順する貴族が最低限いれば政はなんとかこなせますからね。
アルカイト様と長く過ごしたせいで、こんなこともよく分かるようになりました。
侍女見習いが知っているべきことではないのでしょうが。
「名残おしいいですが一旦後宮に戻って、おばあ様に報告と父上に面会依頼を出さないといけませんね」
「えー、もういっちゃうの?」
「なんだ、帰るのか?」
「また来るんだよな?」
「もっといろいろおしえてー」
幼女やら男児やらがアルカイト様の帰る発言で引き止めにかかっています。
わずかな時間ここにいただけで子供達に大人気です。
さすが悪魔。
人を虜にする手腕は見事なものです。
「また来るから、みんな風邪なんか引かないように、大人の言うことはよく聞くんだよ? よい子のみんなは出来るよね?」
「「「できるー!」」」
みんな揃って返事を返します。
可愛いです。
でもその対象が悪魔だと思うと、まるで扇動しているようにしか見えません。
「じゃあ次の子供会まで、いい子にしているんだよ」
「「「はーい」」」
アルカイト様は、手を振りながら退出していきました。
行き過ぎた平等といえば運動会での並んで一斉ゴールなんてのがありましたが、そこまでするのであれば、成績だって順位をつけず、全員を同じ点数にすべきだし、給料や待遇も同じにすべきです。
それなんて共産主義w
実際のところ社会主義共産主義はすでに失敗していることが明らかです。
たくさんあった社会主義共産主義国はほぼ消滅し、わずかに残るだけ。
その残った国も、市場経済をある程度自由化するなど、自由市場化が進みました。
より平等で公正な社会を目指していたはずなのに、どこよりも差別や格差が広がり、単なる独裁国家に成り果ててしまいました。
人が人を平等に扱うのってとてつもなく難しいというより、不可能ってことなんでしょうね。