王都へ
ヒッキーの主人公がついに外出しますw
特に章立てはしませんが、ここからはしばらく王都編が続きます。
王都へ向かう馬車の中。
僕はなぜか父上と隣り合って座っている。
同行する文官は三人。
後ろの馬車でついてきているはずだ。
僕にとって剣術の訓練以外あまり馴染みのない騎士爵も今日は僕たちの馬車を護衛する形で騎乗している。
彼らの殆どは今回の行脚に派遣されてきた騎士で、公爵領の騎士ではない。
顔見知りの騎士は副団長を含め四人だけ。残りは今回のみの王都からの臨時派遣で一〇人ほどいる。
公爵領の騎士は基本王都や派閥領主からの派遣となる。
常駐している騎士もローテーションで、任期が終われば王都や派遣元の領地に帰還することになるはずだ。
父の直臣といえるのは騎士団長と副団長とあと隊長格の二人だけだけで、四人は父と同年代なので、父が引退する時に合わせて引退する覚悟で授爵したそうだ。まあそうでもしないと授爵できなかったそうだから忠誠心も高い。
父に何かあれば一蓮托生だからね。
こんなとりとめもないことを考えているのは、昨日まで僕は同行するつもりなどまったくなかったからだ。
父上だってそのつもりはなかったであろう。
しかし迎えの騎士たちが到着してびっくり。
王からの召喚状を携えていたのだ。
なぜか宛先は僕!
父上から聞かされたときは目が点になった。
マジかよ、と思わず口にしそうになったくらいだ。
かろうじて堪えたけどね。
「父上、僕が召喚される理由はご存知ですか?」
「……おそらく今回献上する魔導具を作ったお前に興味を示したのであろう」
「おじい様には僕が製作者だと伝えましたか?」
「隠すことでもないので伝えてある。うちの息子が面白いものを作ったので献上すると」
あんたのせいかよ。
「隠さなくてもよろしかったのですか?」
基本デビュー前の子供は公式の場には出られない。
場合によっては子供がいることさえ話さないこともある。
デビューしていない子供はいつ消えてもおかしくないからだ。
当主が貴族としてふさわしい行動を取れるようになったというお墨付きがデビューであり、公式行事に出れるようになる他、見習いとして仕事もできるし、跡を継ぐ資格も得ることもできる。
継げるかどうかは別として。
それどころかデビューしても貴族に成れない場合も多い。
経済的な理由や叙爵されなかったとか、なにか問題を起こしたとかで。
「問題ない。子供を無理やり働かせたわけではないからな。要は子供の書いた落書きをお見せするようなものだ。何を遠慮することがある」
そっかー。おじいちゃんに孫の書いた絵を見せに行くよーといったら、おじいちゃんが会いたいと言ってきたわけだ。
うんうん、ありえる。
って、んなわけねー。
普通のおじいちゃんと孫なら別におかしな話じゃないかもしれないけど、王とその孫では立場が違いすぎる。
子供である父上だって会おうと思えば面会依頼が必要だ。
ましてや王からとなれば特別な用事でもなければ召喚などされるはずもない。
「父上? 何か隠していません?」
なんかいつもの父上と違って歯切れが悪い。
僕がじっと見つめると父上がぽゆりと漏らす。
「……自慢した」
はい?
「うちの息子は天才です。世界を変えるすごい発明をしましたと、散々書きまくった」
おい、あんたのせいかよ。
「嘘は書いておらんぞ。すべて本当のことだけを。……まあ少しばかり大げさな表現はしたかもしれないが」
僕のジト目に耐えられなかったのか父上が白状した。
意外におちゃめだったよ、うちの父上は。
そういや、マリエッタにだって甘々だからな。
意外に子煩悩なのかもしれない。
「そういうわけで、そのすごい息子とやらを見せに来いとのお言葉であった」
こりゃ、王もけっこう父上に甘々なのかもしれない。
何でも貴族の結婚というのは第二夫人くらいまでは自分や跡継ぎを後見してくれる力ある貴族ということが第一で、第三夫人くらいからは好きあっている人を嫁にもらう事が多いらしい。
第一第二夫人が跡取りとその予備を産めば、後は産んでも産まなくても問題ないし、跡継ぎになる可能性が低いのであれば息子の後援をしてくれる貴族の力が低くても問題はない。
父上も第三夫人の息子だし僕もそうだ。
どちらも愛する人の子供だと思えば甘くもなろうというものだ。
しかも跡継ぎとはまずならないであろうからそんなに厳しく育てる必要もない。
公爵家は跡取りというものはいないが、王家の血を取り込みたい他の貴族からすれば、婿養子にと狙っている貴族家は多い。
第二子くらいまでなら、王や有力な貴族と縁戚関係になれるのだから、跡を継げない公爵の息子でも取り込もうとする。だからうかつに利用されないよう教育もそれなりに行われる。
それに対して第三夫人の子供となれば、有力な後ろ盾もないし、それを取り込んでも早々旨味があるわけでもないから、すり寄ってくる者もいない。
わりかし自由に育てられるのが第三夫人以降の子供となり、親の方も子育てに慣れて余裕が出てくる頃となる。
甘やかしたくなるというのもいたしかたあるまい。
「……もしかして僕が召喚されたのは親ばかじじばかのせいですか?」
「そうとも言う」
そうとしかいいません。父上。
「まあ、どうせ公式の場には出られん。父上の私室で少しばかり話をするだけだ」
「本当にそれですむんですよね?」
「抱擁されたりとか多少のスキンシップはあるかもしれぬ。あと母上も会いたいと言っていたらしいから、同席される可能性がある」
ばーちゃんも一緒か。
ならあんまり気を使わなくていいかもね。
貴族の子供は母親とその実家が育てるといっても過言ではない。
父上の後見をしているのがばーちゃんでありその実家である。
王であるじーちゃんよりよっぽど繋がりが深い。
今でも手紙のやり取りをしたり、王都で流行っているものを送ってくれたりなどしている。
王にしてみれば父上など、何人もいる子供の一人に過ぎないが、第三王妃にしてみれば自分のお腹を痛めて生んだ唯一の子供だからね。
万が一父上が王となれば、ばーちゃんの実家も王の直接の血族となるわけだから、縁が切れないように最低限のつながりは維持している。
たとえ王になれなくても直轄地の代官と成れれば、交易や金銭面での融通などメリットも多い。
「おばあ様がいらっしゃるのであれば気が楽ですね」
「うむ。母上は少し愛情過多なところがあって、感極まるともみくちゃにされることがあるから、気をつけろ」
「どう気をつければいいのですか?」
「いきなり抱きつかれたり撫で回されたりもみくちゃにされたりしても耐えろ。天井のシミでも数えていればそのうち落ち着く」
おい、不安にしかならないんですが。
だいたい天井のシミって。犯される女の子じゃないんですから。第一王宮の天井にシミなんかあるはずありませんよ。
やはりここはドナドナを歌うべきなのだろうか?
ドナドナ以外の歌詞は出てこないけど。
馬車の旅は一週間ほど続いた。
田舎道だから路面が荒れていたのと、子供の僕が乗っていたので比較的短い時間で休憩をとったからだ。
普通なら五日程度とのことだった。
馬車酔いはひどかった。
父上が風を送ってくれたり揺れを抑えたり体調を整える魔法を使えたので、それほど大事にならないうちに対処してくれた。
さすがに豪華な馬車の中でマーライオンは嫌でござる。
揺れも大きかったし子供の三半規管は鍛えられていない分酔いやすいようだ。
そのへんは知識でどうなるものでもないからね。
治療系の魔法は大した効果がないくせに中級の魔力量が必要だから、僕にはまだ使えないのだ。
ここは父の愛に感謝しておこう。
ゆっくりした旅程とはいえ、王都に着いたときにはヘロヘロだった。
やはり体力は普通の子供並み、いや、それ以下なのだろう。
僕の場合ほとんど引きこもりだからな。
時々マリエッタとお散歩に行くか剣術の稽古でちょっとだけ運動するくらいだから、はっきり言って体力はないに等しい。
ヤバイ状態にならなかったとはいえ、揺れに対抗するだけでも体力を使う。
王都に入ったときのことは覚えていない。
完全にダウンしていて、周りを気にする余裕はなかったし。
気がついたときには王宮の一室で朝を迎えていた、らしい。
「あれ、ここは」
「あらあら、起きちゃったのね。もう少し寝ててもいいのよ」
「!」
隣から女の人の声が聞こえたので、思わずやっちまったかとか言わなくてよかった。
隣に寝ていたのは品のいいおばあちゃんだ。
おばあちゃんと言っては失礼だろう。
まだ肌のハリもそこそこあるし、髪も染めてあるのか白髪は見当たらない。
なんというかちょっと美魔女っぽい。
「えっと、もしかしておばあ様ですか?」
「あら、よくわかったわね。向こうに私の絵姿とかあったかしら?」
「いえ、ありませんでしたが、目元が父上とそっくりですし、第一身内でもない人が添い寝しているのは不自然ですから」
「まあ、あの子の自慢話もそう誇張ではないのかしら? 七歳の子供とは思えないほど聡明だし」
「もうすぐ八歳になります」
「七歳も八歳もおばあちゃんにしてみればそう変わらないわ」
確かおばあ様はまだ五〇代のはず。
それに比べたら一歳の差なんてそう違いはないだろうが、子供の一年は大きく違うのである。
一年前といえばまだ魔導を教えてもらっていなかった。
それが今、パソコンとしてそれなりに使えるレベルまで来ている。
今後普及していけばもっと進化していくだろう。
それこそ向こうの世界のように。
まだまだ課題は多いが、ジョブズだって死ぬ間際には初代appleからiPhoneまで達したのだ。
前例があるし、ある程度進化の方向をコントロールできるだろう。
なにより車輪の再発明をしなくていいのが助かる。
新たなるものを作り出すのは至難の業だが、真似するだけなら頑張ればなんとかなる。
「それより体調はどうかしら。昨日はずいぶんとぐったりしていたから、一人で寝かせるのは心配でこうして私の寝室に運ばせたのだけど」
「問題なさそうです。一晩寝てスッキリしました」
「じゃあ、遠慮はいらないわね?」
「はい?」
疑問に思う間もなくおばあ様に押し倒された。
「きゃー。かわいい! うちの息子からこんなかわいい孫が生まれるなんて! 神の奇跡だわ。嫁の地位は低いけど容姿はずば抜けていましたからね。もっと早く呼べばよかったわ。それなのに子供に長旅はつらいとか、だから私が行くといえば、大事になるからとか、これまで機会がなかったけど、押し切っても会いに行くんだった」
うわー。おかされるー。
じゃない。もみくちゃにされるー。
撫で回されてちゅーされて、天井のシミはないけど、天蓋の花模様でも数えていればそのうち終わるであろうか。
父の忠告は役に立ったような立たないような、微妙な忠告であった。
「なになに、このサラサラふわふわの髪、ぷにぷにほっぺ。これほんとに男の子? まさか性別を偽っているなんてことないわよね? 偽っているにしてもかわいい。可愛すぎる! ねえ、おばあちゃまの小さい頃の服着てみない? きっと似合うわよ」
おばあ様の小さい頃って、そりゃあ女児服ですよね?
そんなの着ませんからね。
「そうだ! 一緒にお風呂入りましょう! まだ七歳だからぎりぎり大丈夫よね? それからお着替えして写真撮りましょう」
いや、大丈夫じゃありません。
この世界に来てこれほどヤバい事態は初めてだ。
このままだと、お風呂を一緒して女児服を着せられて、写真まで撮られてしまう。
黒歴史間違いなしだ。誰か助けて!
「イライザ、少し落ち着きなさい。そこの幼子が目を回しているぞ」
祈りが天に通じたのか、助けが現れたようだ。
「アレク様! あらあら私としたことが。すこし興奮しすぎたみたいですね」
おばあ様が僕の上からどいて、優しく頭をなでてくれる。
「ふにゃー」
なんか変な声が出た。
驚きすぎて呼吸も出来なかったから、溜まっていた息を吐きだしたらこうなった。
「まあ、ほんとに大丈夫かしら?」
「らいじょうぶです」
大丈夫じゃなかった。
酸欠とショックで口が回らない。
「あんまり大丈夫じゃないな。ほら、ゆっくり息をして、まずは落ち着こうか。お前もな」
「ええ、大丈夫です。もう落ち着きました。ごめんなさいね。私可愛いものを見るとつい興奮しちゃって」
「いえ、大丈夫です。僕も落ち着きました」
深呼吸を繰り返すうちに、僕の方も落ち着いてきた。
お風呂&女装のピンチに死線が見えたからな。
落ち着いたところで、部屋に入ってきたおじいさんを見る。
歳は六〇歳過ぎか。
この世界なら老人と言って差し障りのない年齢だが、精悍な顔つきは、ただの老人という印象を覆す。
どこかで見たことのある容貌。
考えるまでもない。
第三王妃の寝室に先触れも無くやってこれるのは一人しかいない。
「えっと、陛下?」
「まだ、自己紹介していなかったか。我がアレクサンドロ・ユーシーズ。国王にしてお前のおじいちゃんだ」
「こ、へいかにあらせられましては…」
「よいよい。ここは公的な場ではない。ただのおじいちゃんでかまわんよ」
「はあ、では、おじい様。お初にお目にかかります。フラルーク公爵が三男、アルカイトに御座います。何というかこんな格好で失礼いたします」
寝転んだままで国王に挨拶とか、想定していなかったよ。
「かまわん、かまわん。デビュー前の幼子に礼儀など無用よ。それよりもっと顔をよく見せておくれ」
「はい」
僕はベッドから起き上がり、国王の側による。
「ほんとうに可愛いのう。これがアレの息子だとは信じられん」
「あの子は生まれた当初から目つきが悪かったですからねぇ。まあ見慣れると愛嬌があるのですが」
父上。
生まれた当初からあのようなお顔でしたか。
というか父上は国王様似。
陛下もあんな感じだったのだろうと思うと、なんだか微笑ましい。
「うちはみんな母親似で妹のマリエッタはもっと可愛いですよ」
「まあ、なんてこと!」
「これは一度視察にいかねば」
えー。
マリーのこと言ったら二人共いきなり目の色変えたよ。
言ったらまずかったか?
「えっと、うちに視察ですか? 行って帰ってくるだけでも一〇日はかかりますよ? その間王都を開けて大丈夫ですか?」
「その程度王が不在でどうにかなるような国など、滅びたほうが世のためだ」
まあそうなんだろうけど。それ王様が言っていいセリフ?
官僚機構がしっかりしていれば王などいなくても国は動く。
日本だって天皇陛下の権力がことごとく奪いさられようとも、総理大臣が毎年変わろうともそれなりに運営されている。
王が国の中心にいる限り、滅ぶことのない国。
それは一つの理想の形ではないであろうか。
「まあ、それなりに準備が必要であろうが、近いうちに視察に行こうとは思っていたからちょうどいい」
「公爵領に視察とか、よくされるのですか?」
「よくはないな。基本、跡継ぎとなるものがきちんと治めているか確認するため、引退が近づくと見に行くくらいか」
いきなり爆弾発言きたー。
「えっ! 引退されるのですか?」
「今日明日の話ではない。だがこの歳だからあと五、六年といったところか、長くても一〇年後には引退しておろう」
現国王は現在六三歳。七年後には七〇歳になるからな。
日本だって六〇歳で定年で、そのうち六五歳が定年となるかもしれないという年齢だ。
政治家など偉い人ならもう少し長く働くがそれでも七〇代までか?
そう考えればそうおかしな話ではない。
「体が動くうちとなればここ二、三年で済ましておかねばならん」
異世界には新幹線も飛行機もないからね。
しかも跡継ぎとなる者の公爵領は辺境だ。道の整備も遅れている。
僕だってヘロヘロだったのだ。
体力の落ちた老人ではかなりきついだろう。
ましてや病気にでもかかれば、あっという間に動けなくなる可能性もある。
「それに、あの領地は近いうちに潰れると踏んでいたのだが、いつの間にやら盛り返してきているからな。実際に行ってみれば報告書だけでは見えぬものも見えてくるであろう」
昔の僕が領地改革案とか適当に書きなぐって父上に丸投げしたせいか?
いや、殆どが却下されたので、大して貢献していないはずだ。その後父上が頑張ったのだろう。
「そうなんですか。父上も頑張っているのですね」
「……そうだな。父として、王として、その頑張りを確認せねばならん」
「はい、ぜひ見にいらしてください。歓迎いたします」
「私も一緒に行きますからね」
「はい、おばあ様。家族一同でお迎えいたします。あっ、でもマリエッタには無茶苦茶しないでくださいね? まだ小さいので」
一応おばあ様には釘を差しておく。
いざとなったら身を挺してもお前のことを守るからな?
「嫌だわ、もうそんなことはしません」
僕がジト目で見ると、おばあ様が冷や汗を垂らす。
「……そういう表情は息子に似ているわね」
「心配するな。万が一のときは我が止めてみせよう」
「頼りにしています、おじい様」
「うむ。任せなさい」
そう請け負ってくれたところで先触れが来た。
もうすぐ朝食の時間なので準備をとのことだった。
「まだ休んでいていいのよ? 朝食ならこちらに運ばせるし」
「大丈夫です。父上にも顔を見せないと心配されますしね」
「そう? なら、この子の準備をお願い。私達も準備しましょう」
僕をおつきの人に任せ、二人も寝室を出ていく。
僕も朝の準備だ。
昨日は王都の様子を見られなかったが今日見られるのであろうか。
後で父上に確認してみよう。
マリエッタへのお土産も見繕わないとだし。
僕はちゃっちゃと準備し食堂へと向かった。
本文中では特に描写しませんが、舞台となる国は位置的地形的に言えばドイツからフランスにかけての海岸沿いに伸びる形を想像していただければと思います。
主人公のいる離宮は、内陸側にあり、基本的に内陸は未開の地で、開拓の最前線になります。
そのため交通は沿岸沿いがメインとなり、内陸側への街道は櫛の歯のようになっていて、領地は用事のない人以外立ち寄らない辺境になっていますが、王都からの距離というとそれほど離れてはいません。
どん詰まりで、特産品もないし、街道の整備も遅れているため人の行き来は稀で、辺境と呼ばれています。
パラレルワールド的な世界を想定しているため気候風土なども、それを参考にしています。
多少異世界として都合がいいように改変していますが。
詳しい地形や領地や他国との境界などの位置関係は特に気にしなくても大丈夫です。
ほとんど他領は出てきませんし、他国は全く出てきませんので。
基本、引きこもりw なので、ネット小説によくあるように、世界を見て回りたいとは言い出しません。