献上品の完成と新たなる課題
パソコン教室が一通りの成果を見せ始めた頃、父上の専用機と王に献上するための特別機が仕上がってきた。
「いかにも高そうな筐体だな。これ、指紋着けたら不敬罪で首が飛びそう」
人間国宝が作ったような蒔絵風の装飾で、金粉をふんだんに使っているのに落ち着いた嫌味のない図柄は素人の僕が見ても見事というほかない。
マジ触るの怖いんですけど。
「アルカイト、『いんすとーる』というのを頼む」
「はい、父上」
僕は恐る恐るパソコンの蓋を開ける。
「うわぁ」
箱は外だけではなかった。
中まできれいに仕上げられており、キートップも手彫りで美しい曲線を描いている。
僕らが使っているキートップの型を掘った人の仕事だろう。
一個一個、手彫りであるにもかかわらず寸分の違いもない。
僕はUSBメモリを差し込みパソコンを起動させる。
この二台に入れるのは陪臣達に使わせて使い心地をヒアリングし、ブラッシュアップを重ねた、いわば市販最初のバージョンと言える代物だ。
陪臣や先生たちのは社内版で、多少動作が怪しくても許されるものであったが、王への献上品となれば致命的な欠陥など許されない。
慎重にデバッグを繰り返した結果、ほぼ問題ないレベルに仕上がっていると自負する。
それでもまだバグは残されているだろうが、よほど変な使い方をしない限り顕在化しないはずだ。
僕は外箱を傷つけないよう慎重にUSBメモリを差し込み、インストール作業を開始した。
すごく緊張していたから二台のインストールと動作確認が終わったときにはもうクタクタだった。
「終わりました、父上」
「うむ、やはりかなり複雑な機構になっているようだな。使いこなすためにはかなりの熟練が必要か?」
「最初に比べればだいぶ使いやすくなっているのですが、機能が増えた分複雑さは増しましたね。普段よく使う機能だけに絞って訓練すれば、それほどの熟練は必要ないかと。文官たちもだいぶ使いこなし始めていますし」
「報告は受けている。仕事の効率が格段に上がったそうだな」
手作業でやっていた計算が一瞬で終わる。
並べ替えも一瞬だ。
更に一度入力すればそのデータは何度でも使い回せる。
まだまだぎこちないが、作業効率とすれば二倍以上に上がっているであろう。
「はい、彼らの努力もありましょうが、一週間ほどの訓練で普段必要とされる機能はほぼ使いこなせるようになっているかと」
「そうか。献上するにあたって、説明のための人員を連れていかねばならないが、お前はまだデビュー前だからな。公式の場には出せない」
陛下は僕のおじいちゃんだから非公式にお目通りするくらいのことはできるが、他の貴族のいる前とかには出られない。
今回の品は献上品であるが、王が文官みたいにバリバリ使うというわけではないらしい。
そりゃ、王が文官みたいに書類仕事をするわけじゃないからな。
必要性は薄い。
おそらく文官の誰かに量産品を下賜されて、データだけ受け取るような形になるはずだ。その人に使い方をレクチャーすることになるのであろうから、僕が直接説明に行くわけにはいかないのだ。
本来ならここでも駄目なのであるが、ここは田舎だし、ほぼ身内しかいないから見逃されているようなものだ。
「来週王都に出発する。それまでに一通り説明できる人員を用意せよ」
「かしこまりました」
僕はそれを拝命し、部屋を出る。
さて、これからどうするか。
期間は一週間しかない。
作業効率は二倍に上がっているから、半分の三人は引き抜いても仕事は回るはずだ。
更に教育が進めば効率も上がっていくだろうから、二人いればなんとかなるか?
まあ、文官の仕事というのは書類仕事ばかりじゃないから、前に僕がやったみたいに一二倍とかは無理だ。
面会の仕事や視察の仕事などはどうしたって一人、あるいは二人が拘束され、相手がいるだけに効率を上げるのも限界がある。
見た感じ、全体で三倍まで効率が上がれば御の字と行ったところだろう。
とりあえず三人引き抜いて、集中的に特訓するか。
献上品の他に一般販売する分も何台か仕上がってきているので、こちらのセットアップもお願いして、慣れさせておくのも必要だな。
一般販売分は僕のと同じ白木のまま納品なので、献上品とは比べ物にならないくらい早く出来上がる。
中身はちょっと配線を外すだけで簡単に取り外せるように作っているので、化粧が必要なら自分のところでやってもらうことになっている。
化粧した板を貼り付けるだけなら、取り外しも必要ない。不要ならそのまま使ってもらってもいいし。
陛下に献上して専売の許可が出れば、そのまま王都で販売してくると伺っているので、売れ行きによっては説明するのに二人あるいは三人必要となるかもしれない。
「うん、やはり三人引き抜こう」
四人引き抜いたら何かあったら回らなくなるからな。
それで半端に呼び出されて、調教もとい教育に邪魔が入ってもつまらない。
三人残っていれば不測の事態にもある程度対応可能であろう。
僕は部屋に戻り教育スケジュールを立てるとともに、簡単で見栄えのいいアプリを設計する。
表計算とエディタはそれなりに有用性はわかるだろうが、文官や魔導士爵以外にはあまり興味を持たれないかもしれないし、見た目が地味すぎる。
また、表計算にしろエディタにしろ既存にあるものを置き換えただけとも言える。
手作業で出来ないわけではないのだ。
表計算だって人手をかければ同じことができる。
王都は貴族の数も多いし陪臣だって多い。
計算専門の陪臣とか暗算でとてつもなく早く計算するとか。
そろばんに電卓が全くかなわないのと一緒で、読上算なら計算の達人に軍配が上がる。
よくネット小説の転生ものなんかで計算が早くて驚かれることがあるが、あくまでそれは平民や文官以外の場合であって、日常的に計算をたくさん行っている商人や文官の計算速度が遅いわけない。
僕の仕事が速いと言われているのも計算速度よりその効率性にある。
屋号ごとの仕分け棚を作らせたのも僕だし、書式を統一してわかりやすくもした。
その他財務諸表の作り方を教え、財政を正確に把握できるようにしたし。
計算もこの数年のお手伝いでものすごく早くなった。
子供の脳は成長が早くていいね。
事務処理はパソコンの導入によってある程度変化していく、変化せざるを得ないだろうから、一時的に効率が落ちることも考えておかなければならない。
新しいことを始めれば、誰だって最初は戸惑うからね。
三人引き抜けば仕事のローテーションだって変わってくるし、その人しか知らないような事象があれば引き継ぎも行わなければならない。
三人が王都に行ってしまえば。その三人はしばらく文官活動から離れるわけで、帰ったらまた留守中の引き継ぎもしなければならない。
引き継いでいる間も仕事は待ってくれないから、引き継ぎに専念できるわけでもないしね。
「これは、スケジューリングと人員配置が大変だ」
誰を残し誰を連れて行くのかだけでも悩ましい。
最終的な判断は父上がするかもしれないし。
そうなると誰を連れて行っても大丈夫なように全員に教育を施さなければならない可能性もある。
「うーん。とりあえず、三人に集中講義するケースと六人全員を教育するケース。あとカイゼルさんや先生を交えて教育するケースなどを考えてみよう」
計画書を提出して、後は父上の判断を仰ごう。
どのケースにしてもメリット・デメリットがあるからね。
僕は父上に与えられた課題をこなすため、パソコンを立ち上げたのだった。
そろばんの達人と電卓の達人。
読上算のような単純な計算なら、そろばんの達人に軍配が上がるようですが、それこそ関数電卓が必要な複雑な計算だと、やはり電卓のほうが早いようです。
コンピュータは入力データさえあれば、何度でも再計算できるところが最も優れている点でしょうか。
入力自体は電卓なんかより時間がかかるかもしれませんが、計算は一瞬ですし再計算などお手のもの。
そのため入力済みのデータが多くなり、それらの再計算が増えれば増えるほど、コンピュータの優位性は上がっていきます。
そろばんや電卓は、計算のたびに再入力が必要ですからね。
まあ、その場限りの単純な計算なら、暗算や電卓を使ったほうがExcel立ち上げて~とかやるより断然早いので、適材適所で使うのがいいのでしょうね。