タイピング競争
「さて、皆さんに起動してもらったのは『タイピングアプリ』つまり『キーボード』操作を練習するためのシーケンスです。今触って見てお分かりかと思いますが、これを自由自在に使うにはある程度訓練しなければなりません」
「ぼんよ、言葉では使えないのか? 魔導具の多くは言葉で使えるだろ?」
「使えないことはないのですが、使わせたくありません」
「なんじゃそら。意地悪って訳じゃ無いよな?」
「もちろん理由はあります。声で指示するとうるさいからです」
「なんじゃそりゃ」
「想像してください。ここにいる全員が、声で操作し始めたら」
「……うるさいな」
「まだここには九台しか有りませんが、これが五〇台一〇〇台と並んだら、大変なことになりますし、出来る事が多岐に渡りますので、用意されているキーワードも沢山あります。うっかりキーワードを言葉にすると意図しない動きをするかもしれません」
「なるほど。ぼんの言いたいことはわかった」
「なので『キーボード』にも音が小さくなるように、キーを受け止める板にスライムシートを貼り付けてあったりします」
「ほっほー、さすがぼん、よく考えられているな」
「ということなので、華麗に入力出来るようになるまで頑張りましょう」
「とはいうが、仕事もあるし、そんなに付き合ってられないぞ」
「大丈夫です。これを使いこなせれば、多少仕事が溜まっても、あっという間に解消出来ます」
「本当か?」
「慣れるまでは僕が手伝いますし」
「ぼんが手伝ってくれれば確かにあっという間に片付くがよ」
「なら問題は無いですよね?」
「まあ、デビュー前の子供を働かせているという外聞の悪さを除けばな」
基本、見習いとして仕事に着くのはデビュー後だ。
デビューというのは、公式の場に出てもいいというお墨付きを貰うことですから、仕事も公式の場扱いなので、デビュー前の子供は働けない。
「でも僕、結構手伝わさせられましたよね?」
「そりゃあ、ほとんどぼんのせいだろ。ぼんが変なこと言い出す度に仕事が増えるし、ぼんしかわからないことが山のようにあるから、呼び出さざるを得なかったんだ。今回忙しくなるのもやっぱりぼんのせいだ」
そう言えば昔は領地改革案とか、山のように出したっけ。
転生の自覚がなかったから、遠慮なしに思いついたことを書きなぐって、丸投げしたんたった。
いや、ちょっとは手伝ったから丸投げじゃ無い。ほとんど丸投げだ。あんまり変わらないか。
「何時も何時も申し訳ない。しかし今回は、ただお願いするだけだった今までの僕とは一味違います」
「一味って、何味だ?」
「よくぞ聞いてくれました。じゃじゃーん! エ~ル券ん~~!」
僕はポケットから紙束を取り出し掲げる。
「なんと、今回、頑張ってくれた人には、このエール券がその頑張りに応じてプレゼントされます」
今回パソコン八台分のシーケンス代が僕の収入として計上されたのである。
つまり僕のお小遣い。
自由に使えるお金である。
今回は皆のモチベーションを上げるためにエール券なるものを作ってみた。
結構凝ったデザインだが、パソコンがあるからこんなものを作るのだって、朝飯前だ。
面倒だったのは食堂のボス、料理長に話をつけるときだけだった。
僕が顔を出すと何故か嫌な顔をするんだよね。
昔、あっちの世界のお菓子が食べたくて、よく調理場に押しかけては、こんなの作ってとよく強請り(ゆすり)に行ったものだった。
だいたい却下されたけど。
あっちのお菓子といえば砂糖や卵にミルクたっぷりなのが多いからね。
こっちの世界じゃ砂糖も卵もミルクもクソ高い。
まだちょっと贅沢するには心もとないけど、もっと売れたら、お菓子の開発のためにお金をつぎ込んでもいいかもしれない。
「おー! って、エール券って、なんだ?」
「エール券とは、うちの食堂でエールと交換する事の出来る券です。つまりこの券一枚でエールが一杯ただで飲めます。もちろん料理長と食堂の給仕には話を通してしてあります」
「おおー」
「ご褒美付きか、燃えるぜ」
「それは一人だけなのか?」
その一言で、一瞬静まり返る。
「なんと今回はちゃんと全員分あります。頑張りによって与えられる枚数が変わってきます。最低一枚は参加賞として保証しますが、何枚得られるかはあなた達次第です。カイゼルさんと先生は多少慣れているでしょうから、後でハンデを設定します」
「おいおい、そりゃあねぇぜ」
「ハンデですか。それはどのようなもので?」
「まあそれは後で発表します。とりあえずは練習タイムということで、皆さん、練習一をいつものように反転させ、エンターを押してください。もう一度エンターを押すと始まりますので、まだ押さないようにしてください」
僕は皆の準備が整ったのを確認して、さらに説明を続けます。
「下に表示されているのはキーボードの図ですね。ここに押すべきキーの位置と押すべき指が表示されます」
「ちょっとまて。押すべき指って事は、押すときにどの指で押すか指定されるってことか?」
「そうです。将来的には、キーボードを見ないで打てるようになって貰いますので頑張って下さい」
こういうことは最初が肝心だ。
最初に変な癖がつくと矯正するのは大変なのだ。
「おいおい、無理だろそんなこと」
「大丈夫、僕だって出来ますから」
「いやいや、ぼんを基準にしたらダメだろ。みんなぼんみたいだったら、人類大変なことになるぞ」
いやいや、ならないから。
「人間の可能性は、無限大なのです。やる前から諦めてはなりません」
「そっかー。無限大か。俺でもぼんのようになれるのか?」
「いやいや無理」
「あきらめろ」
「ぼんは人間じゃ無いからな」
誰だ、人を化け物扱いした奴は!?
声がした方を見ると、皆目を反らしていた。
「今日中に出来るようにしろという訳ではありません。ただし、この『アプリ』は指定の指で押さないと反応しないようになっていますから、今のうち慣れておいて下さい」
ここが精霊コンピューターの便利なところだ。
精霊は押した指を認識出来る。
キー入力シーケンスに、入力指判断シーケンスを入れるだけで終了だ。
特別なハードなど必要ない。
「それは必要な事なのか?」
「僕は必要だと思ってます。なにしろ画面とキーボードを交互に見ながらでは効率が悪くなりますし、入力間違いがあっても気付きにくい。作業効率を上げる為の道具で、効率を下げては何の意味もないですから」
画面から一度目を離すと、また元の位置に戻すのにわずかながら時間が掛かるし、入力間違いに気がつくのも遅れる。すると訂正しなければならない文字数も増えてしまう。
マウスをよく使うのであれば、キーボードから手が離れる機会も多く、タッチタイプの優位性が小さくなってくるが、今はまだ、マウスは開発していない。
そのうちなんとかしたいが、まあグラフィック周りをなんとかしてからだな。
そんな訳で、マウスが無いのであれば、手が離れる機会は少ない。
これならタッチタイプが出来るか出来ないかで、結構な差が付くはずだ。
「確かに画面と『きーぼーど』を交互に見てると効率が悪そうだな」
「ご理解頂けたようなら、とりあえず練習一をやってみましょう。『エンター』を押せば文章が白文字で表示されます。一行下には、自分が入力した文字が、赤文字で表示されていきます。『キーボード』の図は、先ほど説明した通りです。理解出来た人は始めて下さい。よく分からなかった人は手を上げて下さい」
とりあえず手を上げた者はいなかった。
それぞれ打ち始める。
「おひょ」
「くぬ、くぬぬ」
「うぬー」
画面とキーボードを交互に見ながら、悪戦苦闘する姿は、なんか懐かしい。
僕も初めはこんなでしたねー。
初めてのお使いを見守る親の気持ちが、なんか分かる気がます。
親になったことはないですけど、ここにいるみんなより、精神年齢は上なんですよねー。
一番若いカイゼルさんは、まだ二十歳そこそこらしいので、孫でもおかしくないのか。
「なー、もうおわりかー」
最初に始めた人が十分たったようです。
「ふわー」
「むりー」
次々と終了していき、最後の一人となった所で、僕はみんなの得点を聞き取り表計算ソフトに入れていきます。
六人の陪臣は六人全員の平均をカイゼルさんと先生は、そのままの点数を基準点とします。そして同じことを一二回行った場合の最低基準点を出します。
この最低基準点を超えたらエール券を一枚追加、その後は、一〇パーセント毎に一枚追加でいいか。
いや、先生とカイゼルさんは、元々の点数が高いから、五パーセントにした方がいいかな。
さすがにここから、点数を伸ばすのは大変だろうし。
全く伸びが無かったら、参加賞のみということもありえる。
予想外に伸ばせば、陪臣達より多く貰えるかもしれないが、そこはまあ、予想外に頑張ったということで納得してもらおう。
「今回の目標点数を発表します」
僕はそれぞれの目標点数を読み上げた。
「目標点数に達すれば一枚追加。さらに上の目標点数に達すればさらに一枚追加。上限は有りませんので皆さん頑張ってください」
「上限無しだと!? さすがぼん。太っ腹だ」
「自分との闘いか。気に入った」
「ぼんを破産させても構わないのだろ」
僕がルールを説明すると、あちこちで、歓声が上がる。
一角を除いて。
「坊ちゃんよお、ちょっと俺らの点数高過ぎね?」
「年寄りには厳しい点数かもしれませんね」
「大丈夫です。先生とカイゼルさんなら、まだまだ伸びる余地があります。このくらいの点数なら、一枚も追加分が取れないということはないでしょう。駄目そうなら明日以降少しずつ調整していきますので、それなりに取れると思いますよ」
「坊ちゃんが、そう言うんなら信じるぜ。でかい事は言うが嘘は言わねえからな」
「納得がいった所で始めますよ。今日は、さっきやったのを五分休憩を挟んで一二回、やりますからね。では、始め!」
僕の掛け声と共に、皆がキーボードを叩き始める。
少しは慣れたのか、まばらだった音が、少しずつ、連続していく。
これなら、先へ進むのも早いかもしれない。
あまり長い間タイプの練習じゃあきちゃうしね。
昼少し前に一二回分が終わり、得点を発表すると共に、エール券を配っていく。
陪臣の最高は参加賞含めて七枚を持っていった。カイゼルさんと先生は、仲良く五枚ずつだ。
最低の人でも四枚だから、まあ、そこそこ頑張ったのではないだろうか。
「皆さん頑張りましたね。この調子で明日も頑張りましょう」
「やったー。今日は呑むぞ!」
「ちなみに一日二杯までしか出さないように言ってありますので、明日二日酔いになることはないかと思いますが、酔いやすい人は、節制してくださいね」
「そんな殺生な」
「これは二日酔いで、仕事にならなくなって、父上にドヤされないようにとの、親心です」
「ぼんに心配されただと……」
「親心って、ぼんから見れば俺ら子供並みってこと?」
「いくらぼんが普通じゃないといっても流石に七歳の子供だぞ。まさかそんな風には思ってない……」
「そういや、俺らがさっきぽちぽちやってたとこ見て、ぼんがよちよち歩きの幼児でも見守ってるような、そんな表情してたぞ」
どうやら、一生懸命頑張って微笑ましいと思っていたところを見る余裕のあるやつがいたらしい。
明日はもっと厳しくていいな。
「こんな子供に心配される俺たちって……」
陪臣たちがお互いの顔を見回し、いきなり立ち上がった。
「アルカイト様。我らは節度をもって楽しみたいと思います」
「何もご心配することはございません。我ら一同アルカイト様のお心を無下にするようなことはいたしません」
「ご安心めされよ」
口々にそう言って臣下の礼を取る。
よくわからないが節度を持って楽しむのであればそれでいい。
「まあ、皆さんがそういうのであれば大丈夫でしょう。午後は皆さん、仕事に戻ってください。僕も手伝いに行きますので、遅れを取り戻しましょう」
「ぼんが来てくれれば一〇〇人力だ。一日分の仕事を半日で片付けるぞ」
「終わったら宴会だ!」
「おー!」
陪臣たちが威勢よく部屋を出ていく。
「先生とカイゼルさんは午後どうされるのですか?」
「俺は『クリーンルーム』作りだ」
「では私も手伝いましょう」
「先生、そりゃ助かるぜ。今のシーケンスと構造だとどうも効率が良くなくてな。魔力を使いすぎて下級の魔石じゃ間に合いそうもないんだよ。なにか消費を抑える方法を考えてくれると嬉しい」
「わかりました。考えてみましょう」
先生とカイゼルさんも部屋を出る。
パソコンはこの部屋に置きっぱなしだ。
一体型とはいえ、それなりに大きさや重量があるからね。
「アンジェリカ。施錠をお願い。終わったら食堂に行くから」
「かしこまりました」
アンジェリカの指示で、雨戸も窓も閉ざされ、最後は部屋の鍵もかけられ、その鍵はアンジェリカが持つ。
「おまたせいたしました」
アンジェリカの先導で食堂に向かう。
今日のご飯はなにかな?
主人公には偉そうなこと言わせていますが、実は自分タッチタイピングができません。
昔から自己流でやってきて、なんとか打ててるからまあいいかとw
反省と実体験を交えて、タッチタイピングのおすすめをしてみました。
早い人はほんとに早いですからね。
まあ、打つ速度より考えている時間の方がずっと長かったりするので、早く打てたからって完成までの時間が短縮されるかわからないってのも矯正する気にならない原因の一つですね。
何も考えないでできるパンチャー(偏見w)とかなら効果を実感できたかもしれませんが、プログラミングと小説書きメインだと、早く打ててもあまり効果が感じられない気がします。
プログラミングの場合定義の確認やら実装の確認やらでよくマウスを使うので、ホーム位置から右手が離れることも多いですし。
そして習得のモチベーションを下げているのが、ながら作業。
資料を開きながらとかおやつを食べながらとか、寝転がりながらとかw で、片手打ちすることがけっこう多いので、タッチタイピングの必要なシーンが少ない。
昔はキー配列が機種ごとメーカーごと、タイプごとにけっこう違ったりして、家と会社でそれぞれ複数の機種を使っていてそれぞれが微妙にキー配置が違い、それもタッチタイプに移行できなかった原因かもしれません。
中にはきっちりABC順に並んでるキーボードとか、MZ80Kとかのキーボードは完全に四角に並んでいましたからねぇ。
四角配列はゲームの十字キーとしては使いやすかったのですがw