父上との会談
それから二週間ほど後、父上との会談の場が設けられた。
参加するのは僕と先生とカイゼルさんと、もちろん父上。
「父上、今日はお時間をいただきありがとうございます。かねてから作成しておりました精霊『コンピュータ』初号機、名付けて『パソコン』が完成しました」
僕の口上で会談は始まる。
僕は持ってきた箱を指し示して父上に見せる。
「……単なる粗末な箱にしか見えんな」
まあ、蓋を閉じれば本当にただの箱だしね。
まだ白木のままで塗装や装飾も施していないし、見栄え的に言えばまさに粗末な箱にしか見えない。
「蓋を開ければ、この部分が『ディスプレイ』になり、下には『キーボード』と魔石が、そして中には魔導板が収められています」
「前のと比べて『でぃすぷれい』は小さくなったな」
試作品は何度か見せたが、この形になってみせたのは初めてだ。
「これは取り外して前にお見せしたものに交換することも出来ますし、もっと大きなものにも換えられます。まあ、あまり大きくすると消費魔力が大きくなりすぎて、この程度の下級魔石では賄えなくなるかもしれませんが」
面積が増えれば、必要な光量も増えるからね。
使っている下級魔石も品質の低いものだし。
生物から産出される物なので、個体差だったり種族差だったりがあり、一口に下級魔石とはいっても、その能力にはばらつきがあった。
今回は試作機ということもあり、最低限のものを使っている。
品質が低いほど安くて、手に入りやすいからね。
「中級の魔石を使えば、巨大な『でぃすぷれい』でも表示出来るのだな?」
「はい。ただ魔導具としては、武器扱いになりますので、管理条項は厳しくなります。下級のそれなりに品質の高いものを使えば問題ない程度の魔力量かと思います」
下級の魔石なら平民でも使えるが、中級以上なら貴族だけにしか使用許可は出ないし、使用させることも出来ない。
勝手に使われないように、管理責任も問われる。
なら、下級魔石のほうが売りやすい。
「つまり武器にも出来るのだな?」
「出来ますがコストに見合わないかと。カイゼル、説明を」
「はっ」
彼は問答集にあった回答通りにコストを説明していく。
「この通り、武器として使うには高すぎますし、重くかさばり衝撃にも弱いので、武器には向かないと存じます」
「ふむ、そうであるな」
武器の魔導具は、中級の魔石と魔導板があれば事足りる。
ガラス板といった壊れやすいものを使っているだけで、武器としての信頼性に欠ける。
地雷程度にしか使えないのにその何倍もお金がかかるのであれば、コストに効果が見合わない。
地雷など安いから成り立つ武器であり、高かったら誰も使わない。
「現在出来るのは、シーケンスや文章の作成と簡単な事務計算ですが、いずれもっと色々な事が出来るようになると思います」
「どのように売っていくつもりだ」
「まずは父上に父上と文官の陪臣達用に買っていただきたいと思っています。父上や文官達は文章を作ったり計算することも多いですし、身内であれば多少、シーケンスに不備があって、データが消えても、許していただけるでしょう」
これだけの規模のシーケンスとなればこの世界で初めてだろう。
どこかにバグが潜んでいるはずだ。
それをまずは身内で使って潰したい。
直接指導出来るのも、身内ならではだからね。
情報統制もしやすいし。
「しばらくはそれでいいだろう。その後はどうするつもりだ?」
「まずはこの領内で、プログラムを作れる人を増やします」
「シーケンスは、貴族でなければ作れん。領内の貴族はせいぜい騎士しかおらぬし、シーケンスを組む暇はないぞ」
父上は公爵とはいえ代官だ。
直属の寄り子や直臣は基本いないことになっている。
一代で消える家だからね。
寄り親が先に消えてしまうと寄り子だって立ち行かない。
なので公爵家で働いている貴族は、基本的に王宮に所属する貴族や母親や嫁の実家の子供や孫、親類から借り受けているという形をとっている。
基本と言っているのは、ここで叙爵されなければ平民落ちしそうという貴族の子息が父の死亡や引退に合わせて引退するつもりで叙爵を願ったり、信頼できる者を重要な任務に付けたいという公爵側の希望もあるから最低限の直臣は王宮から引き連れてきていた。
他の家の寄り子は基本スパイだと思ったほうがいい。
寄り親の利益のために働くのが寄り子の役割だからね。
王宮に所属する貴族だって実家の影響からは逃れられない。
実家から少なからぬ援助を受けていたりするからだ。
まあ、それで出向先の利益を損なえば実家に迷惑がかかるから、うかつなことはしないだろうが双方の利益になると思えば、情報くらい漏らすのは寄り子の義務に近い。
なので先生やカイゼルさんも所属は王宮であるが実家の影響がないとは言えない。
先生は王の直臣で、おばあ様の係累だし、カイゼルさんは第二夫人の連なりらしい。
「陪臣の中から有望な者を育てます」
「陪臣は精霊語もシーケンスも使えないぞ」
陪臣とは叙爵していないが身分を当主に認められた者のことだ。
准貴族とも言う。
この変ちょっとめんどくさいのだが、基本的に貴族は王の直臣だ。
王より爵位をいただくので、爵位を落つものはすべからく王の直臣と言える。
ただし、叙爵の権利は報奨などで他の貴族に与えられたり、男爵以上の領地持ちには士爵までなら自由に叙爵する権利が有り、場合によっては男爵や子爵等――自身の爵位による――の爵位も与えることが出来る。
こうした王以外が叙爵した臣下も直臣と呼び、爵位を授けず臣下とした場合、自身の直臣ではあるが、王の直臣ではないということで陪臣と呼ぶ。
僕や母上も准貴族ではあるが陪臣とは呼ばず、陪臣は平民落ちすることになった貴族家の者がなる。
代々陪臣として仕えている家もあるようだが、公爵家にはもちろんそんな家はないので、叙爵されなかった王族に連なる貴族家の者を引っ張ってきて陪臣にしていた。
陪臣の親は貴族であるし、その子供なら、ある程度の教育はされている。
だから厳密に言えば陪臣でも精霊語はある程度わかるしシーケンスも組める。
しかし貴族となれなかった者には魔導書が与えられないから、数年もすれば記憶はあやふやになる。
日本人が英語を使えないのは当たり前だ。
日常で使う機会がないのでは忘れてしまって当然なのだから。
だから貴族になれなかったといっても落ちこぼれではない。
貴族になるには優秀さも大事だが金とコネがないとどうしようもないことが多い。
金が無いと魔導書も買えないし、いくら優秀でも敵対派閥の者は取り込めない。基本寄り親やその関係で叙爵するのであるが、叙爵させれば当然貴族にふさわしい給金を払わなければならないから、人数は限られるし関係の薄いものは使いにくい。
金と信頼関係がないと叙爵には踏み切れないのが普通の貴族だ。
しかし王家は違う。
基本敵対関係にある貴族はいないことになっているし、実際にいたら潰しにかかる。
敵対者は力の弱いうちに潰すに限るからね。
潰すから敵対者はいない、そういう理屈だ。
金だってそれなりにある。
そんな状況なので実家で叙爵されなかった者は王家に叙爵してもらうか陪臣となる道しかない。
そして王家の者に仕えるのには並ならぬ忠誠心と能力が必要になる。
そんなわけで精霊語はおぼつかなくなっていても公爵家の陪臣なら優秀な人材であることは間違いない。
しかも公爵家の陪臣となれば下手な下級貴族より給金はよかったりもする。
位こそ低いが、実際の権力能力は下級貴族よりも上である。
寄らば大樹の陰とはよく言ったものだね。
虎の威を借る狐のほうがあっているかな?
公爵家としても信頼性に今ひとつ欠ける他家の人材より陪臣のほうがよほど重宝している面もある。
安い給料でもよく働くからね。
貴族にしか許されない魔導関係を除けば実に優秀な人達が公爵家にはいるのだ。
これを使わない手はない。
「大丈夫です。精霊語を知らなくてもシーケンスを作れる仕組みを作っていますので」
「精霊語を使わないだと」
「はい。自国語をベースとした文章を精霊語のシーケンスに変換するシーケンスを作っておりますので。文法が少し特殊ですが、精霊語より簡単ですので使いこなせる人はそれなりに出てくると思われます」
C言語コンパイラを使えば英語もマシン語も知らなくて組める。
それと同じようにC言語風コンパイラがあれば自国語も精霊語も知らなくたって組めるだろう。
「そんなものまで作っていたとは」
父上はちょっと呆れたように僕を見る。
僕何かやっちゃいました?
単にコンパイラ作っただけたよね?
「アルカイト様はよく分かっておられないようですが、自国語でシーケンスが組めるということは、平民でもシーケンスが組めるということです。貴族の特権を揺るがしかねません」
先生がそう指摘するが、僕は意に介さない。
「でも、貴族が大量のシーケンスを組む暇はありませんよね?」
「それはそうですが」
十分な教育を受けられる人は少ない。
高度な仕事をこなせるのは貴族であるたった一パーセントにも満たない人間だけなのだ。
もっと教育をすればいいと思うかもしれないが、教育は本当に金と時間がかかるのだ。
王都にも学園のようなものはない。
学園編はないと聞いてどれだけがっかりしたか。
しかし実際生徒を集めて、先生をはじめ、校舎を用意するとなると、ものすごい金がかかる。
特に先生を用意するのが大変なのだ。
先生を用意するには先生を育てないといけないという、ある意味矛盾した状態にあるからだ。
発展途上国が、いつまでも発展しないのは、教師不足によるところも多いと思う。
人を育てるのは人も金も時間もかかるのだ。
産業革命でも起こって、金と余裕ができなければ、なかなか教育まで手が回らないのが現実だ。
その産業を育てるためにも人と金と時間が必要とくるから、文明っぽいものが発生してから産業革命が起こるまで何千年とかかかるのもやむなしか。
「使える魔法は制限しますし、制限を超える魔法は使えません。しかし制限が多いからこそ、覚えなければならない単語や機能も少なく、文法も単純です。精霊『コンピュータ』に計算をさせ表示するだけならその単純な言葉だけで十分なのです。精霊語辞典のような分厚いものは必要ありません」
「これを使うだけなら習得が容易であるということか」
「はい。前にもお見せした『エディタ』はキー入力判定のために位置判定魔法と表示のための光魔法程度しか使いませんし、そのすべてが予め中に組み込まれているシーケンスが担当していますので『エディタ』のシーケンス自体は魔法を発することなく動いています。自国語『コンパイラ』も同じように予め用意された魔法シーケンスを呼び出すだけの機能しかありません。新たな魔法は組めないのです」
なにせ自国語だからね。
精霊はそれを言語として認識できない。
「陪臣の中で使えるものがいるのであれば使わせるのもよかろう」
「はい、ありがとうございます」
「それで、我等や陪臣に与えた後はどうするつもりだ」
「まずは文官に売っていきたいですね」
「文官にだと? 魔導士爵とかではなくか?」
シーケンスを多く組むのは確かに魔導士爵なのだが、魔導士爵というのは文官や騎士に比べて数が少ない。
「人数と需要の問題です。これは今の所文章作成と簡単な計算くらいしか出来ません。そして文章も計算も文官以上にやっている人はいないでしょう」
魔導士爵も上に行けばシーケンスの作成が主要業務になっていくが、カイゼルさんくらいであれば魔導具の作成が中心で、シーケンスを書くことは少ないらしい。
「なるほど。文章の推敲や修正には時間がかかる。これならばもっと楽にできるということだな」
「まあ、ある程度の訓練は必要でしょうが、それさえ済ませれば後は楽になるはずです。あと、今文章を簡単ではありますが整形するシーケンスを作っていますので、見栄えのいい書類を作るのにも役立つでしょう」
文章にちょっとしたコマンドを埋め込んで、文字の大きさを変えたり、フォントを変えたり、太字にしたりアンダーラインを引く程度だが、手書きよりは見栄えがよくきれいな文書を作れるようになるだろう。
埋め込むコマンドはhtmlを参考にした。
画面上で出来栄えを確認できる他、印刷も可能である。
まだGUIでは編集できないが、そのうちなんとかしたい。
ちなみに表示はグラフィック画面を使用していない。
精霊コンピュータにハード的制限は少ないから、いくつもの仮想画面を重ねて好きな大きさの文字を好きなところに表示できるのだ。
向こうのコンピュータなら不可能だが精霊コンピュータなら半ドットずれた位置にだって表示できるし、やろうと思えば画面からはみ出して表示もできる。
魔力の消費は大きくなるけどね。
グラフィック画面はドットで表示しなくていいと気づいたためできたことだが。
昔の常識にとらわれて難しく考えてたよ。
グラフィック画面がなくてもここからここに線を表示しろという命令で精霊は線を表示できるのだ。
しかも一命令で。
向こうのコンピュータなら一ドットずつ書き換えていく必要があるし、重ね合わせして半透明で表示するにも自分で計算しなければならない。
しかし精霊コンピュータなら同じドットに違うドットを重ね書きできる。
そして見える色は光の三原色に従った色になるから自分で合成する必要がないのだ。
上書きしたい場合は逆に重なったところを消す必要があるけど。
「また新しいシーケンスの配布はこの『USBメモリ』で行います。これは中に魔導板と同じものを入れられるようになっていまして、ここにシーケンスやその他の情報を書き込むことが出来ます。新たなアプリが出来たらこれも別途売ることが出来ます」
結局の所ディスクシステムのような書き換えシステムを作るより、直接USBメモリを売ったほうがコスト的に安いことがわかった。
USBメモリの筐体がキートップのように大量生産できるようになったからね。
ガラスは高いが、小さい分コストは抑えられる。
USBメモリがたくさん家に転がることになるわけだが、向こうの世界だって雑誌の付録だ何だでCDとか大量に転がっているのだからUSBメモリではなくCDだと思えばいい。
自販機としてのディスクシステムが廃れたのもわかるというものだ。
配布メディアが十分に安ければ、書き換えの手間よりコスト面で有利になるのだから。
「精霊コンピュータと配布用USBメモリは登録制にして、登録したコンピュータ上でしかUSBメモリが使えないようにしてあります。これで買った人以外に使うことを当面は防げるはずです」
「当面とは?」
「暗号化はしていますが解読するシーケンスが中にはいっていますからね。一応簡単には見えないようにはしていますが、絶対に覗き見られない保証はありませんし、そうなればシーケンスを解読し、暗号を解除して平文に戻すことができるでしょう。平文にしてしまえばコピーし放題です」
一応BIOSと暗号キー保存領域は見られないようにしているが、隠されれば見たくなるのが人間というもの。
どんな手を使ってくるかわかったものではない。
「解除を防ぐ方法はないのだな?」
「はい。今の所思いつきません。できるのはそれをできるだけ遅延させることですね。数年の時間を確保すれば解除したときには時代遅れになっているでしょうから」
向こうだって不正コピーが蔓延している。
これを防ぐにはインターネットによるアクティベートなど何か画期的な方法が必要であろう。
しかしそれがなくとも、こちらがもう売っていないような古いアプリがコピーされただけなら被害は少ない。
「誰かに盗まれた場合は?」
「一応使用者登録をしておけば、本人以外起動できません」
精霊は人間を認識できるからね。
登録している人の命令以外では起動できないようにシーケンスを組むことができる。
これは魔導書や魔導具を悪用されないための仕組みと同じだ。
まあ、魔石を交換されればそれまでだが、一応正規の手順で外さないと、パスワードロックされるようにはなっている。
どこまで通用するかは未知数だけど。
「登録前に盗まれたらどうなる?」
「一応販売する人にしか知らせないパスワードを設定しておきます。これを入力して使用者登録しないと使えないようにするんです」
「販売者がパスワードを漏らしたら?」
「それはもう防ぎようがありませんね。魔導書と一緒です」
魔導書だって登録前に盗まれればどうしようもない。
「これは使うのに少々訓練が必要なのだろう。どのくらいでそれなりに使えるようになる?」
これは作った本人にはわからない。
だって全部を知っているからね。
「先生、使ってみてどうでしたか?」
先生には魔導書版の精霊コンピュータシーケンスを渡してある。
後はマーカーを付けた板が二枚あれば使えるのだから先生に試してもらっていた。
「そうですなぁ。文字を打つのは最初なれませんでしたが、『たいぴんぐそふと』なるものをいただきまして練習したところ、数時間で一通り打てるようにはなりましたな」
タイピングソフトはキーボードの画面と文字が出てくる単純なものだ。
文字を打つべきところが赤く表示されるのでどこにキーが有るか一目瞭然となる。
「ソフトの方も困ったときは『へるぷきー』を押せば簡単ながら説明が出てきますので、時間がかかっても使うのに困ったことはありませんな。まあ最初に数時間程度、主な使い方を教えて貰う必要がありますが。何しろこれまで経験がないものですからな。最初は何をどうすればいいのかすらわかりませんでしたよ。しかしアルカイト様に使っているところを見せていただきましたら理解は容易でした。文章を作るくらいでしたらそれほど時間をかけずに覚えられるでしょう」
パソコン教室でも開くべきか。
教室とまではいかないが実演販売は必要かもしれない。マニュアルだけで使うのはむずかしいかな?
パソコン売り場だってデモ画面を表示して何ができるかアピールしているからね。
周りで使っている人がいれば自然と拒絶反応はなくなっていくはずだ。
向こうじゃ小学生だって使っているしスマホやタブレットなんかは幼稚園児だって使う。
設定画面でもやったようにできるだけコマンド選択式にするとか工夫すればもっと使いやすくなるはずだ。
「なるほど。わかった。ではとりあえず一〇台納品するように。『あぷり』配布用の『ゆーえすびーめもり』もいくつか用意しておけ。納期と値段を見積もって持ってくるように」
「カイゼルさんお願いしますね」
「はっ、かしこまりました」
「あと、この木肌丸出しなのはなんとかならないのか? これではあまりに質素すぎる」
「単なる木箱ですので、買った人がそれぞれの専属に化粧を施して貰えばよろしいかと。好みもありますし。魔導板を傷つけない限り問題ありません。作業する際には魔導板の収められているブラックボックスやインク瓶などを外せばいいだけですので」
基本的には注文販売の形をとるから、どのようにでもできる。
「わかった。とりあえず八台は我が家で使うのに恥ずかしくない程度に化粧を施せ。蓋と側面には我が家の家紋を描いてもらえ。後の二台は私の専属で化粧を施すので筐体が出来たら一度納品するように」
「わかりましたが、なぜ二台も?」
「一つは私が使う。もう一つは献上するのだ」
「っ!」
皆が息を呑む。
献上というからには王に渡すのであろう。
それでは手を抜けない。
公爵の専属職人が手がけるのも納得というものだ。
「かしこまりましてございます」
カイゼルさんが慌てて返答する。
自分の作ったものが王に献上されるというのだ。
緊張もするというものだ。
王への献上品とは厳選されたものに決まっているからね。
下手なものを献上すれば不敬罪で首が飛ぶ。
そこまでいかずともこの程度の物を献上するとはとか言われて、笑いものになる。
「献上し専売のお墨付きをいただくつもりだ。これならば勝手に複製されることを相当強力に防げるであろう」
権力によって保証されたらそれはほぼ絶対だ。
誰でも簡単に作れるような物だって専売のお墨付きを頂いたところ以外では売れない。
たまたま同じものが出来てしまうこともあるから作ること自体は禁じられない。
あくまで専売権だからね。売るための権利だ。
「お心遣いありがとうございます、父上。ただし専売は本体とこちらで作ったシーケンスだけにしてください。これで実行できる『アプリ』は自分で作ったものなら自由に誰でも販売できるようにしたいのです。必要になる『アプリ』はきっと膨大になるはずです。僕たちだけではまかないきれないほどに」
僕は感謝の言葉と、要望を述べる。
お墨付きを得るためにはそれなりの貢献が必要になる。
具体的にはお金だね。
売上からの上納金はもちろんのこと、お願いするだけでも審査料という名の付け届けが必要になる。
これはたとえ子供からの依頼でも減額はされないし審査も厳しい。
いや、かえってもっと厳しくなるかもしれない。
親族からの依頼を甘くすれば、国政に影響が出る。そう僕らは教えを受けている。
情に溺れれば判断を誤るからだ。
特に身分の高いものほどこれを言い聞かされるはずだ。
王ならなおさらであろう。
「では早急に見積もりを持ってくるように。本日の会談はこれにて終了とする」
「父上、本日はありがとうございました」
僕たちは父上の執務室を出る。
パソコンは侍女に命じて部屋に戻させる。
「カイゼルさん、早急に、納期と予算の見積もりをお願いしますね」
「鬼だなお前。一息入れさせてくれよ。緊張でくたくただよ」
「僕は優しいですよ? あまり遅くなると大変なことになるから念を押しているんです。主にカイゼルさんが」
「俺かよ!」
「それはそうでしょう。コストを把握しているのも納期を調べられるのも、ここにはカイゼルさんしかいませんから。二台は特別仕様なので、最高級の木を使って筐体だけでも早めに仕上げてください。残りの八台は初号機と同等でいいですけど、納期と予算はきっちり細目まで記載して漏れのないようにお願いしますね。不備があればマジに首が飛びますから」
今回は王への献上品も作らなければならない。
そこで不備が見つかればちょっと大変なことになる。
カイゼルさんが。
「献上とかマジかよ。胃が痛くなってきた」
「マジですから早めにお願いしますね」
「くそう、こうなりゃヤケだ。やってやろうじゃないか。最高のものを作ってやるぜ」
カイゼルさんは鼻息荒く帰っていった。
「大丈夫かなぁ」
「まあ、大丈夫でしょう。彼は若い割に、魔導具に関してはちょっとしたものですし、見積もりのチェックくらいなら私も手伝えるでしょう」
「いいんですか先生。ありがとうございます」
「ところで、身内に渡すという八台の中で、私の分はあるのでしょうか?」
先生が茶目っ気たっぷりに僕に聞いてきた。
「多分あると思いますよ。今いる陪臣は六人なので二台余ります。一台は先生。もう一台はカイゼルさんのだと思います」
「それだといいのですが。まあ、貰えなかったら自分で注文しますか。ちょっと予算的に厳しいのですが」
「あれ、先生が買えないほど高くはならないと思いますよ? カイゼルさんにこれまでかかった経費を見せてもらったことがありますが、手間のかかるキーボード部分がだいぶ安くなったので下級貴族でも多分買える値段になると思うのですが」
「そのコストにアルカイト様の報酬が入っていませんね」
「僕の報酬ですか? 一応上乗せして考えていますけど」
「たぶんそれでは足りませんよ。シーケンスは普通文字数やページ数、そしてその機能や採算性で単価を決めて売ります。今回の場合再販権を保持したまま売りますのでだいぶ安くはなりますが、書いたシーケンスが膨大ですからね。上乗せ分だけで本体の原価を軽く上回るでしょう」
「えっ? それってかならず貰わなければならないものなのですか? 僕は本体原価に一~二割程度上乗せしようかと考えていたのですが」
「貰わなければだめです。私達魔導士爵はシーケンスを書いて生活しています。それなのにアルカイト様が破格の安値で仕事をしたらどうなりますか? 私達にも減額の要求が来るでしょう。彼ができるんだからお前たちだって出来ないはずはないとね。パソコンが有れば大量のシーケンスを書くことができるかもしれませんが、それはまだまだ先のことです。いきなり減額されたら生活が成り立ちません」
「なるほど。相場のことは考えていませんでした」
一人だけ大安売りをすれば自分はいいかもしれないが周りが立ち行かなくなる。
中国や韓国などが安い製品を売りまくって日本の家電メーカーを駆逐してしまったのと同じことをしようとしていた。
確かにシェアを確保するにはいい手ではあるが、独占状態になってしまえば逆に弊害も大きい。
魔導士爵の生活が成り立たなくなれば魔導士爵で叙爵されようという人はいなくなってしまう。
なっても生活できないからね。
魔導士爵がいなくなれば魔導具も作れないし、新たなシーケンスを書いてくれる人もいなくなる。
他を駆逐してしまえば後は全部自分で供給してやらなければならないということでもあるのだ。
またライバルがいなければそこで技術は停滞してしまう。競争する必要がないからだ。
ジョブズのようになりたいが決して市場を独占したいわけじゃない。
他の魔導士爵がプログラムを作ってくれないといつまでたっても僕一人が書かないといけなくなる。
魔導士爵の生活を守ることはコンピュータの健全な発展を守ることにもつながる。
「適切な相場がわからないのでカイゼルさんと相談して見積もりを作っていただけますか?」
「わかりました。それにはアルカイト様が作ったシーケンスの文字数かページ数が必要なので概算でいいので調べておいてください」
「わかりました。『OS』と『アプリ』で別々で調べておきます!」
OSは必須だけどアプリは個別に売るつもりだ。
コンパイラはまだ売るつもりはないし、表計算もどきとかいらない人もいるだろうしね。
大変なことになるのはカイゼルさんだけじゃなかったみたいだ。
僕は急いで部屋に戻り、パソコンを立ち上げた。
htmlといえばWebページを構成する言語ですが、これの登場によりインターネットの普及が加速したのは紛れもない事実でしょう。
それまでインターネットと言えば、ネットニュースや電子メールの使用が主で、基本文字ベースのやり取りでした。
しかしWebサーバーの普及に伴い、誰もが手軽にグラフィカルなインターフェイスでインターネットを使うことができるようになりました。
その代わりネットニュースの方はすっかり閑古鳥が鳴き、今ではニュースサーバーを見つけるのが困難なほど。
電子メールはかろうじて生き残っていますが、それもSNSの存在により使用頻度は少なくなっているのではないでしょうか?
自分も個人の連絡はほとんどがSNSで、電子メールで来るのは、会員になっているサイトの通知やスパムくらい。
新しい技術やサービスが発展すれば古いもの、使い勝手の悪いものが淘汰されていくのは仕方がないとは言え、ちょっと寂しさを感じます。
※誤字修正しました。