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初号機完成

「坊っちゃん。待たせたな」


 カイゼルさんが注文したものを持ってきてくれた。


「今組み立てちまうからちょっと待っててくれ」


 彼は持ってきてくれた部品と僕の試作品を手に作業を始める。

 試作品に使われている魔石と魔導板そしてキーボードの本体などは再利用だ。

 どれも金と手間がかかってるからね。

 彼が持ってきたのはそれらを収める筐体だ。

 カイゼルさんは手際よく魔石と魔導板を分離。魔導板を筐体の一番下に緩衝材で挟んで固定すると、魔石を筐体の上部に開けた穴に固定。穴の中にはもう一回り小さな穴があり、そこからすでに魔導線が配線してありそれを魔導板とつないだ。


 魔石を外に出したのは魔力を補給しやすくするためだ。

 人が近くにいれば勝手に魔石が魔力を吸い取ってくれるが、近ければ近いほうがいい。

 手元にあれば触ることにより急速に魔力を注入することもできる。

 これは魔法を使うときに距離に反比例して魔力の消費量が大きくなる現象と原理的には一緒だ。

 人から出た魔力も距離によって減少して魔石に届くため、人の近くにある方がいい。

 それもあって精霊パソコンはセパレート型ではなく一体型としたのだ。


 穴にはもう一本の魔導線が配線されているようで、これは筐体の左側面から背面を通り右側面全面から再び左側面へとぐるりと一周していた。

 これで筐体の左右前面背面計四箇所にあるUSBコネクタへ魔力が供給されることになる。

 当面は四個もあれば十分であろう。

 周辺機器は、今のところディスプレイとUSBメモリしかないのだ。

 二個は余るが、まあ用途によって使いやすい場所のコネクタを使えばいいだろう。

 いざとなればUSBハブも簡単に作れるしね。

 すべて手作りの今、筐体に余分な手間はかけられない。

 内部の配線を終えたところで、キーボードの取り付けかと思ったら、小さな部品を沢山取り出した。


「出来たんですか!?」


 それは紛れもないキートップであった。


「職人に木型を作ってもらって、石膏で型取りし、さらにそこにスライムの粘液や樹脂、薬剤を混ぜたものを流し込んで作った」

「ちゃんと文字も彫られているんですね」

「ああ。一度型を作っちまえば当分はそれを使わなきゃならないからな。半端なものを作って作り直しじゃ手間ばかりかかって仕方がない」

「まあそうですね。でも助かります。これで魔力が節約できる」


 今はキートップに光魔法で表示しているから、これがなくなる分魔力を他に回せる。


「それに形も注文通りですね。みんな形も揃っているし。腕のいい職人みたいですね」


 手触りはプラスチックに似ているか。

 ホーム位置のキーに出っ張りもあるし、これでキー入力も捗りそうだ。


「公爵様の専属職人を紹介して頂いたからな。形は問題ないはずだ」

「何か他に問題でも?」

「やはり強度がな。木に比べると削れやすいんで、使っているうちに外れるかもしれねえ」

「まあ、それは仕方がないでしょう。外れることを前提に時々メンテに出すよう注意しておけばいいかと。キーの隙間にはホコリが溜まりやすいんで、時々キートップを外して掃除する必要があります。外して掃除して戻す時に弱い接着剤でも入れておけばいいのではないでしょうか?」


 向こうのキーボードだって、結構キートップがユルユルになって、接着剤やゴムっぽい充填剤で固定したものである。


「どうにもならないくらいガバガバになったとか割れたとかなら交換すればいいんです。どうせキーボードなんか消耗品ですよ」


 向こうでも安いキーボードだと完全に消耗品であった。

 反発材のゴムが劣化して戻らないとかゴム接点がすり減って認識しなくなるとか、キートップが割れる外れる、文字が消えて読めなくなる等、ひどいものも多かったのだ。

 キートップが外れるくらい可愛いものだ。


「坊っちゃんがそれでいいならいいんだが」


 大量生産大量消費という時代を経験していないこちらの人は、丈夫で長持ちが当たり前だから、壊れたら交換すればいいという考え方には面を喰らうのであろう。

 しかし僕はその時代に生きていたわけだし、今回大量生産のめどが立ったのだから、必要なら交換すればいいと単純にそう考えただけだ。

 まだその辺こちらの人とは感覚の違いがあるな。

 気をつけねば。

 そうこう言っているうちにキートップがすべて交換された。

 カイゼルさんは完成したキーボードを筐体にはめ込み、蓋を閉める。

 見た目は完全にラップトップだな。

 最後にUSBケーブルで本体と上蓋をつないだ。


「……完成です」

「ようやくできたよ初号機」


 これまで魔導板や魔導線がむき出しだった試作機に比べ、きちんと箱に収められているその姿は、市販品として恥ずかしくない出来だ。

 なんの装飾もないただの白木の箱だが、なんだかオーラが感じられる。

 僕はパソコンの蓋を上げて中を確認する。

 木製の筐体にオフィスホワイトっぽいキートップ。

 文字が彫られていて、そこにインクを流したのか黒く少し盛り上がっている。


「このスイッチを押せば起動するぞ」


 魔力の節約のために、使用時のみスイッチを入れられるようにしてあるのだ。


「ぽちっとなっと」


 お約束の掛け声とともに、僕はスイッチを入れた。


「おお」


 なんだかそれっぽい。

 魔石がパイロットランプのように淡く光り、電源(魔源?)が入ったことを示す。

 すぐに蓋の表示部に起動画面が表示された。

 画面が少し小さい。

 これまで二〇インチ超の外部ディスプレイを使ってたからな。

 表示文字数も少なくなっている。

 これは画面の大きさに対して文字の大きさが一定になるようにしているからだ。

 やろうと思えばあとから調整もできるが。


「とりあえず設定画面を開いてっと」


 僕はキーに指を滑らす。


「うん、打ちやすい」


 平面キーボードに比べると格段の打ちやすさだ。


「テンション上がってきたー」


 僕はその場で設定画面からキートップ表示をOFFにした。

 これでキートップに重なるように表示されていた文字が消えて見やすくなった。

 ちなみに設定画面はGUIっぽい設定選択型だ。

 ここで画面の解像度なんかも設定できる。

 MS-DOSのようにコマンドで設定する事もできるが、マニュアルやヘルプでも見ながらでなければ使えない機能なんてノーセンキューだ。

 設定画面なんてそうそう使うもんじゃないからね。

 使うときにはコマンドなんて絶対に忘れてる。


 キーボード設定を行ったあとは画面設定だ。

 一五インチだと外付けに比べて表示文字数が少ないからね。

 少しずつ解像度を上げて、見えやすくそれでいて十分な表示文字数となるところに調整していく。

 一文字単位で縦横の文字数を決められるのが精霊コンピュータのいいところだな。

 向こうのだと特定のパターンからしか選べなかった。


「まあこんなもんだろう」


 まだ老眼じゃないし近眼でもないから結構小さい字も見える。

 転生バンザイだな。


「『USBメモリ』は持ってきてくれましたか」

「ちゃんとあるぞ」


 バッグからUSBメモリを取り出し僕に渡してくれる。

 向こうの世界で売られているUSBメモリより少し大きい。

 今の最大倍率と容量、大きさのバランスを考えてこの大きさにした。


「キートップと同じ材質を型に流し込んで作った。上下半分ずつ作って中にガラスの魔導板と魔導線をはめ込んで接着剤で閉じただけだから、生産効率はいいはずだ」

「それは助かります」


 キートップほどの数ではなかろうが、USBメモリも複数必要になる。

 特にアプリの配布にもこれを使うのであるから、毎回新しいUSBに入れて送らなければならない。

 手間がかかればそれだけ高価になり、CDのように手軽に配布するということができなくなる。

 それでは毎回USBメモリを持ち込み書き換えるという仕組みを作る必要が出てくる。

 そういや昔、ファミコンにディスクシステムとか言うものがあったな。

 街の家電量販店やゲームショップなどに置いてある機械に自分のディスクをセットして好きなゲームソフトを買う事のできる機械だ。

 これを真似するのもいいかもしれない。


 宮殿などの何処かに、書き換えするだけの機能を持った精霊コンピュータを置いておき、自分でアプリを選んで書き込んでもらうのだ。

 USBメモリにはシリアルナンバーを付ける予定だから、それを売る時に控えておけば誰に売ったかがわかる。

 パソコンもUSBメモリも登録制にしておくのだ。

 そうすれば後から購入状況を確認し請求書を送ることができる。

 僕は新しいソフトが出来たらその書き換え機のソフトをアップデートするだけで済む。


 これは検討の余地があるな。

 まあそれは実際にたくさん売れたら考えればいい。

 少人数なら直接書き換えに行ったほうが楽かもしれないしね。


「今度はHDDの設定画面だな」


 僕はUSBメモリを右側のコネクタに差し込む前にHDD設定メニューを開く。

 メニューからHDDの設定画面を開くと、今使えるページ情報が表示される。

 魔導線でつなぐと精霊はそれを認識できるからな。

 今表示されているのは、本体に格納してあるガラス板が上下両面。

 これは使用中の表示になっている。

 魔導板の特定領域に使用状況を記録する管理領域を設けてページのどこからどこを何に使うか分けられるようになっている。

 新しいデバイスはこの管理領域がないから、『NO DATA』の領域が一つ。


 これはディスプレイだ。


 ディスプレイも魔導板だから記憶領域として使えるが、木の板にコーティング剤を塗っただけだから記憶領域は少ない。

 せいぜい一六倍の記録密度で三六ページ分、一〇〇メガバイト程度か。

 USBメモリの方は小さいながらガラス面の滑らかさゆえ記憶領域は大きい。

 大きさは百分の一程度だが。記憶密度は四〇九六倍。

 比率から言ってディスプレイの二五六倍の密度があり記憶領域は二五六メガバイト取れる。

 僕はまずディスプレイをフォーマットする。

 別にディスプレイを記憶領域にするわけではない。

 管理情報を書き込んで、未使用領域にするだけだ。

 この時にシリアルナンバーも書き加えられ、機器の管理も行えるようになる。

 これでディスプレイは書き込み禁止領域として管理されるようになった。

 そうしておけば新たな機器をつないでもどれがどれかわからなくなるということはなくなる。

 管理領域を書き込むだけだからこちらはすぐに終わる。

 僕は次にUSBメモリを差し込んだ。

 意外にしっかりした差し心地で、ほとんどぐらつきもない。

 いい仕事してますねぇ。


「こっちもフォーマットと」


 こっちは少し時間がかかった。

 管理領域の他、HDD領域のためのガイドドットを書き込む必要があるためだ。


「うん、予定通り二五六メガバイト分の領域が確保できましたね」


 実際にはあと五〇メガバイト少々の領域が取れるのだが、余った領域はバッドセクタが出たときの代替領域となる。

 全部を使ってしまうと、ホコリやゴミなどでエラーが出て代替セクタが確保できない場合容量が減ってしまうから、余裕を持った容量にしてある。


「うん、問題なさそうですね」


 フォーマット時にメディアチェックもされて、エラーとなり代替セクタが使われたのは数十個程度と報告された。

 この程度のエラー率なら数キロバイト失われた程度だから、大した問題ではない。

 今の時点ではきっちり二百五十六メガバイト使えればそれでいいのだ。


「そりゃあよかった。こっちじゃ確認できないからな」


 魔導書にシーケンスをコピーしてやればある程度は使えるが、フォーマットはデータ量が多いだけに相当時間がかかるのだ。

 記録密度からして約四〇九六倍。

 僕のマシンで一分しかかからなくても普通の魔導書だと四〇九六分もかかることになる。

 そんな時間をかけられるほど貴族は暇じゃない。

 平民だってヒマじゃないけどね。

 まあ、フォーマットの場合は処理速度より、インクの移動速度のほうが遅いんだけど。

 これを父上に見せて、どうやって売っていくか相談しょう。


「なあ、それには俺も行かなきゃならないのか?」

「当然でしょ? 改良点とか納期とか原価とか聞かれても僕には答えられませんよ?」


 カイゼルさんは絶望したとばかりに天を仰ぐ。

 下級貴族にとって王族は天上人だからな。

 僕は厳密に言えば一応王族ではない事になっているしデビュー前だから、割と気軽に話してくれるが、流石に父上と話すときは緊張するらしい。

 彼のように下級貴族で位階も低いとなれば、教育水準もそれなりだ。

 ここの手伝いを始めて、父と話す機会があるだろうとのことで、先生に言葉遣いについて指導を受けているらしいが、まだまだ完璧どころか、かなり怪しい。

 僕にだってまだ敬語をろくに使えないからね。

 こればっかりは長い訓練と経験がないと使いこなすのは難しい。


 そして経験を積むにはそういった環境が必要なのだ。

 普段同じ下級貴族や平民に囲まれて暮らしていては絶対に身につかない。

 生活習慣というのは得てしてそんなものだ。

 努力でなんとかなるのは表面的なものだけであり、ちょっとした動揺で剥がれ落ちてしまう仮面のようなものだ。

 ほんとうの意味で身につけるには考えずとも出るまで体に叩き込むしかない。


「父上は理不尽なことを言う方ではありませんから、気軽にとはいいませんけど、丁寧に受け答えすれば問題ありませんよ。王族ではありますが家では妹のマリエッタに甘々なお父さんでしかありませんから」


 父の秘密を暴露しつつ、カイゼルさんの緊張を解しにかかる。

 変に緊張して失敗されたらそれこそやばい。


「ほう、あのいかつい顔でね」

「使用人とかで物理的に首が飛んだとかの話も聞きませんし、下級貴族の実態も知っているはずですからその点も考慮してくれますよ」

「だといいんだがな」


 最初のときは挨拶だけだったので、それなりに練習できたが、今回は問いに対して受け答えせねばならない。


「では、とりあえず想定問答集を作って受け答えの練習でもしますか」


 どうやって作っている、納期はどのくらいか、コストは、販売方法はなど、考えられそうな質問を僕はエディタで書き込んでいく。

 ここらへんは僕も疑問に思っているので、まとめておいてくれると嬉しい。

 あとは先生にでも聞きたいことがあればまとめてもらって、問答集を充実させていけばいいだろう。


「とりあえずこんな感じで問答集とその答えをまとめておいてどう答えるか練習しておけばいきなり聞かれてあたふたすることもないでしょう」

「坊っちゃん、よくこんなこと思いつくよなぁ。普通上司に報告ったってそこまでしないぞ」

「今回は粗相があっては大変ですからね。答えることが予め決まっていれば、考えながら喋らなくてもすみます。その分心に余裕が出ますから思わぬ問が出ない限りあたふたすることも少なくなるでしょう」


 流石に予想外の問を発せられると困るだろうが、間に答えやすい問が挟まればひと息つける。その間に落ち着けばいいのだ。

 答えに窮する質問ばかり投げつけられることでもない限り。


「まだ、ソフトウエア上の修正もありますから、その間練習しておいてください」


 僕は問答集を紙に複写すると、それをカイゼルさんへ渡した。


「ああ、時間がある限り頑張ってみる」

「あ、クリーンルームの作成も忘れないでくださいね」

「お前鬼だな」


 とっさにそう返すカイゼルさんに、先はまだまだ長そうだと思った。

 同じ調子で父上に返したらマジで首が飛ぶぞ。

 カイゼルさんの首を気にしつつ、僕はプログラムの修正に取り掛かった。


 初号機完成しましたが、お話はまだまだ続きます。

 現在、話数としては全体の五分の一くらいでしょうか。

 今後はパソコンやアプリのさらなる開発と共に内政方面のお話が出てきます。

 お楽しみに。


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― 新着の感想 ―
[一言] 初めて自分で購入したMac Performa 5210を思い出しました、何してたんだろ覚えてないですが無意味に興奮していた気がしますw 会社ではWindows95でExcelと一太郎、あと…
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