ハードウエアを語ろう
「で、どんなものを作ればいいんだ?」
僕はこれまでまとめて来た構想を話しだす。
「まずは、カイゼルさん。ガラスの魔導書は作れますか?」
「ガラスの魔導書とは、シャレたものを。ふむ、出来るかと言われたら出来る」
「出来るんですか!?」
あっさり言われてこっちがびっくりだよ。
「ただし作った事は無いから、要望にそったものが出来るかわからんぞ」
「作ったことが無いのに作れるかわかるんですか?」
「魔導書じゃないが、魔導具はだいたい木の板や金属板を使う。魔導具の方はめくりやすさより丈夫さが重要だからな」
「なるほど」
「だから原理的には出来るはずだ」
「作ることは出来るけど、その特性が、使用方法と合っているかはわからないということですね?」
「そうだ。普通、依頼者の要望を聞いた上で、素材とか構造を決めていくんだ」
「いやぁ、少し先走り過ぎましたか。言われて見ればその通りですね。では、仕切り直して僕の要望というか、希望を述べていきますね」
僕は魔導書や魔導具の作り方なんて知らないから、出来る出来ない関係なく、話していく。
「ツルツルでまっ平らで伸び縮みしづらく、錆びたり変質せず、軽くて壊れにくいものかー。うん、無いな」
「無いのかよ!」
「一番近いのはやはりガラスだな」
「一周回って元に戻ったね」
「まあそういうなって。ガラスでも要望に近づけていけばいいんだよ。例えば、軽さを犠牲にして厚くすればガラスだって丈夫になるし、緩衝材で覆えば多少は壊れにくくなる。要望を聞かなきゃどれを犠牲にしてどれを優先するかわからんからな」
「そういうことであれば、ツルツルまっ平らが最優先で、次は、伸び縮みしない、その次は錆びたり変質しない、最後は軽さ壊れ難さかな?」
文字を小さく書ければそれだけ速度が上がる。
元の世界でのコンピュータの発展具合を考えるに、プログラムはどんどん巨大化していくのは間違いない。
処理速度が面積に依存する以上、これは最優先だろう。
可能な限り小さな文字を書くには表面の凸凹は少ないほうがいい。
次に伸び縮みしないを上げたのは、エラー率を下げるためだ。
一応HDD領域などはガイドビットを付けて多少の変形は影響ないようにしているけど、大きく歪むとそれでは対応しきれなくなるかもしれない。
錆びたり変質しないもエラー対策のためだね。
最後、軽くて壊れにくかったら持ち運びしやすい。
今は無理だがモバイル機器を作るとしたら軽さ丈夫さは欠かせない。
「そういうことであればやはり、ガラスを壊れにくく保護するような感じが良さそうだな」
「あとは、複写の魔法を使う時にインクを使いますが、液体ではなく固体の塗料のようなものを使いたいのですが、そんなもの有りますか?」
HDDエリアは、常に読み書きするからね。
インク瓶を蓋を開けたまま常に横に置いておくとか怖すぎる。ひっくり返したら、データ全損だよ。
「固体か。ちょっと難しいかもな。そもそも粘着力が無ければ、くっ付かないだろ? 上に乗せただけだと、すぐに剥がれるぞ」
「確かに」
個体ですぐにくっ付くものか。
何かあったな?
「なんで固体の塗料なんかが必要なんだ?」
「常に複写と消去を繰り返すので、インクを出しっぱなしにする必要があるんです」
「なら完全に固体でなくてもよくないか? 例えば、すごくドロドロしたやつとか」
「机に置いておくとかならそれてもいいと思いますが、持ち歩くとなると厳しいですね」
今はともかく、将来は持ち歩くことも考えておかないとモバイルに対応できないからな。
「ちょこっと移動させるだけなら、羅針盤みたいなのに、粘性の高いインクを入れておけば、それなりにはなると思うが」
「それだとけっこうかさばりませんか?」
「かさばるだろうな」
「まあ、そこら辺りはあとで考えましょう」
今作るのはデスクトップ機だから、羅針盤方式でも問題無い。
これでも縦置き横置き程度なら対応できるだろうし。
「そうだな。後は何か希望はあるのか?」
「魔導具ではないのですが、指で押すと数ミリ引っ込んで離したら戻る小さな箱のようなものを作れませんか? 幅は僕の指先くらいなんですけどそれを一〇〇個ほど」
「それは木工とか細工師の仕事だな」
「やっぱりそうですか」
「出来ないことは無いがな」
「出来るんかい!」
「ずいぶん砕けてきたな。その方がこっちもやりやすい。なに、基本的に試作品をこっちで作って、商品になる際は、職人にそれを見せながら説明するから、簡単なものなら作れる。職人は数字とか図面くらいなら読めるが、注意書きまで読める奴は少ないんだ」
貴族でも下級の騎士爵になるとけっこうあやしいらしい。
ここの文字はほぼローマ字のような感じなのだが、一部例外があって、それが同音異義語の扱いだ。
言葉とは勝手に増えたり減ったりしていくので、時に同音異義語が出る。
なので文字にしたとき区別しやすいように補助文字を入れるのだ。
どれにどの補助文字を入れるか理解していないと意味をとり違うことがある。
特に補助文字が入れられるのは使用頻度の高い言葉だから、ローマ字ぽいといっても読み書きは簡単とはならない。
「そんな感じだから、試作品は俺が作っている」
「それで私も重宝しているのですよ。カイゼルくんのように試作品まで作ってくれる魔導士爵は少ないですから。彼以外だと時に職人や商人を呼び出したり実際に出向いたりして、直接説明しないといけないのです」
なるほど。
お抱え商人の召喚ならともかく、職人の呼び出しとなれば結構面倒なことになる。
貴族街に入れるには、それなりの格好と礼儀作法を仕込まなけばならない。
挙動不審な輩が薄汚れた格好で貴族街をうろついていたら、たちまち兵士に捕まって牢獄行きだ。
どうしても必要とあれば自分で出向くしかない。
「そうですか。ならさっき僕の言ったものを作るとしたらどれくらいかかりますか?」
「まあ待て。お前の指先くらいとなると、一センチかそこらだろ? そんな細かい細工物作るにしても相当な時間がかかるぞ」
「時間ってどのくらいかかりそうですか?」
「押すと凹むという仕掛けが多少ガタついてもいいのであれば、そんなに手間はかからんと思うが、ガタつきをなるべく抑えてということになれば、職人が作業に慣れるまででも、数ヶ月はかかる。その後作成だから完成まで半年はかかるぞ。俺なら魔法を使えば正確に木片を切り出せるが、大量に生産しようと思えば魔力が足りない」
忘れてた。
この世界は何か作ろうと思えば、全部手作りだ。貴族なら魔法を補助に使えるが庶民ではそれもできない。基本殺傷能力のある魔導具は平民には使わせないことになっているからだ。
なので普通の職人がメカニカルキーボードのような精密部品を作るのは多分不可能だ。
構造こそ覚えていないが結構細かな機構だった気がする。
なにせ基準となる定規でさえ結構な誤差があるらしいからな。
慣れた職人ならそこそこのものは作れるだろうが、定規自体が狂っているのであれば、完全に同じ物を大量に作るなんて出来るはずがない。
今後ずっとあの絵に描いたキーボードを使うしかないのか。
詰んだ。
「ガタつきは出来るだけ抑えて欲しいのですよ」
僕はがっくりうなだれたまま答える。
ガタつくキーボードなど使いたくない。
コストダウンしようとすると、性能にあまり関わらないキーボードなんかにしわ寄せがいく。
一流メーカー製でも、ひどいキーボードが付属していることが多い。
キーボードだけで一万もするような物を付属するわけにはいかないのはわかるが、もう少し何とかならなかったのかと何度思ったものか。
そんなキーボードを異世界に来てまで使いたくはない。
がっかりだよ異世界。
キーボード作りは、産業革命を待つしか無いのか?
僕が、生きているうちは無理かな。
「なあ、坊ちゃんよお。それは箱じゃなければ駄目なのか? 指先くらいの板が押せば引っ込む離せば戻るってだけなら、大きな板に穴を開けて、軸を通してバネをはめて、上に指先くらいの板を被せればいいんじゃないか?」
えっ?
僕はその形を想像してみる。
天板となる板に穴を開ける時は、一回釘を打ちその釘を何度か抜き差しして、ある程度スムーズに上下できるように調整すればいいだろう。
中に通す軸はそのままその釘が使える。
丸い釘だとくるくる回っちゃうけど、この世界の釘は鋼線を使わず、ハンマーで叩いて作るか鋳型に入れて作るので和釘のように四角だ。
天板に穴が開いたら下から釘を挿して釘の頭に引っ掛けるようにスプリングを入れ、キーのストロークに合わせ底板を貼る。
そして天板の上から飛び出た釘の先端にキートップを打ち込めば、キーボードっぽいものは出来る。
これはどちらかと言えばメンブレンキーボードに近いな。
スプリングの代わりにゴムっぽい反発材を使えば、まさにメンブレン。
メンブレンというのは、基盤やスイッチが一体化したキーボードで、よく安価なキーボードで使われる。
安価に作れるということは、それだけ部品点数が少なく、簡単に作れるということだ。
手工業の世界にはぴったりな方法ではないか?
でもなぜ僕がこの方法を思いつかなかったかといえば、メンブレンキーボードにはあまりいい思い出が無いからだ。
安価に作れるということは、ぶっちゃけ安物ということでもある。
それこそ初期不良対応期間までもてばいいとばかりの安物が巷にあふれて辟易したものだ。
何しろ会社で購入するパソコンではキーボードを別に買ってなどくれない。
我慢して使うかマイキーボードを持ち込んで使うかしかない。
僕はマイキーボードを持ち込むタイプだった。
何しろ安物のキーボードなんて、ちょっと斜めに押すだけでキーが引っかかったり、ガタついたり、ひどいのになれば、押したキーが戻らないとか平気であったのだ。
そのほとんどがメンブレンキーボードで、僕の意識にのぼらないのも当然か。
特にメンブレン+ラバードームの安物キーボードは最悪だった。
ラバードームとはゴムの板をたこ焼き器みたいに凸凹にしたやつか、タコの吸盤を逆向きに並べたもので、ゴムの反発力を利用してキーを押し返すのだが、ゴムだからグニぽこグニという感触が気持ち悪いし、ゴムが劣化してくると、反発力が弱まって、戻るのに三秒くらいかかるようになり、最後には戻ってこなくなる。
使用頻度の高いキーほどそうなりやすいから、致命的といっていい。
初期のこのタイプのキーボードは素材が悪いのか構造や工作精度の問題か、上記問題が多発。
近年はだいぶマシになったがそれでもメカニカルなどスプリングを使うタイプに比べれば打ちにくい。
また、キー入力検知が、基盤、スペーサー、ゴム接点と重ねて板状にしたものを使用しているから、キーを最後まで押し切らないと反応しなかった。
検知部が一番下にあるからね。
これがメカニカルや静電容量無接点方式キーボードならストロークとは別に反応点を設けているのが普通で、最後まで押し切らなくても入力可能だ。
動かし辛い小指なんかだと、よく押し切れないことがあるし、ラバードームメンブレンは斜めから押すとひっかかりやすかったりするから、余計入力ミスしやすい。
しかし今回の場合、反発材にスプリングを使用するし、反応点はシーケンスで好きに決められる。
指定位置より下にキートップがきたら反応するようにすればいいだけだ。
機構としてはメンブレンっぽいが、入力方式は静電容量無接点方式に近いか。
この方式ならメンブレンと静電容量無接点式のいいとこ取りが出来るかもしれない。
「それはいいかもしれません。配置と個数、サイズなどを記載したものがありますので、こちらも試作品の作成をお願いします」
僕は、あらかじめ考えていたキーボードの構想を書いた紙を渡す。
キートップの形やサイズ、並べ方を書き込んであるだけの簡単なものだ。
キーの押し下げ機構は覚えていないので書いていない。
「あとは、角度や高さを調整できるこのくらいの板を作って欲しいのですが」
「なんでそんな物が必要かわからんが、調整部分に穴を開けて棒を差し込んでロックするような感じのやつなら作るのは簡単だ」
そんな頻繁に動かすようなものでもないから、その程度でも今は十分か。
この世界の工作技術じゃ蝶番を適当な角度に開いた上その角度を保持できるような機構は無理だろうから。
「なら、それの表面に光魔法で色々な幻影を映し出した時に見やすい色を塗ったものを作ってください」
「幻影が見やすい色?」
「はい。単なる木目だと、光魔法の向こう側に木目が見えてしまうんですよ。黒の塗料を塗れば見やすくなると思うんですが」
「そうだな。光は白を始め様々な色は表現できても黒は表現できないからな。背景が黒なら幻影もはっきり見えるはずだ」
ディスプレイなんかも電源を落とせば真っ黒になるからね。
映画のスクリーンは白だけど館内の照明を落とすことで黒を表現している。
だけどパソコンを真っ暗な部屋で使うわけにはいかないからね。
「じゃあ、とりあえずこんな感じで、まずはガラスの魔導書の試作品を作ってきてくださいませんか?」
「わかった。試作品だから中身だけでいいよな?」
「はい、それで構いません。その魔導書が期待通りに動くか確認したいだけですから」
まずはどの程度の縮小率で書けるかがわからなければガラスの枚数や大きさを決められない。
思ったより、表面が凸凹していたら、それなりの枚数と大きさが必要であるし、性能もあげられない。
そうなれば素材を変えるか凸凹を滑らかにする方法を考えなければならない。
思ったよりも滑らかであれば、小型化薄型化も可能となる。
「使う部材はとりあえず量産出来るもの使ってください。将来的にはたくさん作る予定なので」
「わかった。できるだけ入手しやすい部材を使って、平民の職人でも簡単に作れるものを考えてみよう。とりあえず三日後にできてもできなくても報告に来る」
「はい、お願いします」
カイゼルさんを侍女に見送りさせて、ぼくは先生に向き直る。
「先生、試作品ができるまで、授業はどうしますか?」
「実際のところ、授業する意味があるのかと考えているところです」
「えっ?」
「すでにアルカイト様は私なんかより遥かに高度に精霊語を使いこなしておられます。これ以上となるとあまり使われない、それこそ研究者でもないと使わない語や、マイナーな魔法を発動させるパラメータなどの勉強となります。普通の貴族では一生使わないような語ですから、私のような研究者でもないと無意味な勉強なのですよ」
「先生、勉強に無意味なんてありませんよ。どんな勉強でもそれに意味を持たせるのは自分次第ではないでしょうか」
「確かにそうですね。……アルカイト様と話していると時々私より年上の経験者と話している気分になりますね」
どきりとする。
確かに前世を合わせると先生より遥かに年上だ。
その分経験を積んでいるかどうかは知らないが、年寄りくさい事は確かだろう。
とても小学一年生が言うことじゃないかもね。
「やだなぁ先生。ぼくはまだ七歳ですよ。先生より年上って言ったらもうおじいさんじゃないですか。僕ってそんなに年寄りくさいですか?」
「そうですよね。ちょっと大人びていますが、まだまだ子供ですし可能性の塊です。将来何になっても困らないように私が教えられるすべてを教えましょう」
「ありがとうございます、先生」
先生との授業は、こうしてより専門的なものになっていった。
何かパソコンに応用できるものがあればいいのだけれど。
皆さん、キーボードは何を使っていますでしょうか?
自分は、メンブレン、パンタグラフ、メカニカル、静電容量無接点、各方式のキーボードを使ってきましたが、メンブレンやはり反発剤の問題で押し心地が良くないし、パンタグラフはストロークが浅すぎてどうもしっくりこない。
メカニカルはチャタリングし易いという問題があり、前に買ったやつも数ヶ月でEnterキーがチャタリングするようになり、結局静電容量無接点方式のREALFORCEに落ち着きました。
今のREALFORCEってキーストロークや反応点を自分で調整できるんで便利です。昔買ったPS/2接続のやつにはそんな機能なかったのですが。
ストローク調整するには全部のキートップをはずなさいといけないので、流石にそこまではしていませんが。