魔導具職人
「召喚によりまかり越しました、カイゼル魔導士爵にございます」
先生の紹介で父上に呼んでもらった、魔導具職人だ。
といっても、魔導具や魔導書の作成は、貴族のみにしか許されていないので、れっきとした貴族である。
「わざわざ来てもらったのは、息子の手伝いをしてもらうためだ。ラクセン先生と息子の話しを聞き、君の可能な範囲で構わないので、手を貸してやって欲しい」
父上が跪く若い男にそう告げる。
「今日はわざわざありがとうございます。あなたの召喚をお願いしたフラルーク公爵が子息アルカイトです」
「はっ、お初にお目にかかります。若輩者ゆえ不調法ありましたらお目こぼしいただければ幸いです」
「早速ですが、あなたに手伝っていただきたいことがあります。父上、下がらせて頂いてよろしいでしょうか?」
「うむ、許す」
「では、退室させていただきます」
僕は先生とカイゼルを促し父上の執務室より退室した。
「はあ、先生よお、なんで俺なんか公爵殿下に紹介したんだよ」
「っ!」
なんかいきなり砕けた態度にびっくりだ。
「これ、御子息の前だぞ」
「俺に礼儀作法を求めるなよ」
先生がたしなめるが、改める気は無いようだ。
「挨拶だけでいっぱいいっぱいだ。あんな口調じゃろくにしゃべれんよ」
「アルカイト様、申し訳ございません。お聴き苦しいかとは思いますが、ご容赦願います」
「ちょっとびっくりしましたけど、大丈夫です」
予め先生から言葉使いや態度は、大目に見てくれるようお願いされていたから、そこに否はない。
何でも下級貴族は平民に毛が生えたようなものらしい。
先生も士爵であるが、役職や寄り親などの地位で、同じ士爵でもあからさまな身分の差が出る。
身分の差は資産の差であり、教育の差でもある。
爵位はぽんぽん与えられないので、様々な位で差別するのだ。
「とりあえず詳しいことは中で話しましょう」
ぼくは本宮に頂いた執務室へ二人をいざなう。
僕の勉強部屋とか後宮に有るからね。
男の人は入れられないので、こちらに部屋をもらったのだ。
「本当に普通にしていいんだな? 不敬罪とかで物理的に首とかないよな?」
「それはお約束します。ただし最低限、父上がいる前では格好はつけてくださいね」
流石に父上の前で無礼を働いたらかばえないからね。
父上は公爵であり王族でもあり王子でもある。
兄弟も多いし第一王子に子供もいるから父上が王になることはまずないだろうけど、万が一があれば王として立たねばならない立場だ。
なにせ第三王子だからな。
兄たちになにかあれば王にだってなれる。粗相などあろうものならまじで首が飛ぶ。
「もちろんです。公爵ご子息。私めもまだこの首には用がありますので」
急に改まってそう答える。
意外とちゃっかりものかもしれない。
「くれぐれも頼みますよ。下手なことをすれば、紹介した私の首まで飛びかねませんからね」
貴族の世界で紹介者の責任は重い。
なにせ紹介した者が暗殺者だったということもあるのが貴族社会だ。
安易にそんな輩を紹介すれば、当然紹介者も重い罪に問われる。
「先生は恩人だ。顔を潰すような真似はしませんて」
「恩人ですか。カイゼル士爵は先生の教え子だったりするのですか?」
「まさか。そんな金も伝もありませんよ。先生が俺に仕事を回してくれているおかげで生きていけてるようなもんてだけで」
「彼は魔導具づくりに関してはちょっとしたものなので、重宝しております」
「先生も魔導具づくりを依頼しているのですか?」
「ええ、魔導士爵の仕事の主なものが、精霊語の研究、シーケンスの改造や新しいシーケンスの作成、そして魔導具の作成です。教師というのはどちらかと言えば副業のようなものです」
先生は魔導士爵というものについて簡単に説明してくれた。
それによると魔導士爵というのは独立採算制らしい。
要は俸給やらをもらうのではなく、自分で稼がないといけないらしい。
そう言えば僕の授業はそんな頻繁にはないが、それ以外は何しているかと思ったら、本業に勤しんでいたというわけだ。
「騎士爵は民や国、そして王を守ります。一般の士爵は基本文官で行政を担います。しかし魔導士爵は基本研究が主な仕事ですが、研究だけして、発表もせず何か役に立つ発見や発明をするわけでもない魔導士爵が巷に溢れ財政を圧迫したことがあったのです」
「まあそのせいで、自分の食い扶持は自分で稼げとなって、魔導具や便利なシーケンスを売ったり、先生のように教師になったりするわけだ」
「なるほど、魔導士爵というのはけっこう大変なのですね」
「大変なんてもんじゃねぇよ。成人したてだと稼ぐ術がないからな。基本実家や寄り親のところなんかで数年世話になりながら金を稼ぐ手段を身につけていくわけだ。で、この間の生活費は借金だ。返せる見込みが無いと実家や寄り親が見放せば、容赦なく廃爵だ」
「魔導士爵の位は収入で決まると言っても過言ではありませんからな」
「過言じゃないんだ」
まあ、研究なんて他の人から見たら何やってるかもわからないし、役に立つかもわからないし、成果が上がらないのでは、遊んでいると思われてしまうのであろう。
事実そんな輩もいないとは言い難いし。
そうなれば成果主義が台頭してくるのは必然と言えよう。
「アルカイト様もおそらくこのまま行けば魔導士爵を選ばれる可能性が高いと存じます。そのときに今から備えるのも大切なことですぞ」
確かに体育会系という質ではないし、母上に似て体は小さく華奢だから騎士には向かないであろう。
かといって、文官、いわゆるお役所仕事ができるかと言われれば疑問だ。
もともと事務作業が苦手で管理職も目指さず、生涯技術職だった。
元SEな僕なら論理的な精霊語を扱う魔導士爵はもってこいの職業と言える。
ジョブズになるためにも魔導士爵として叙爵されるのが理想的だ。
ならばできるだけ早い段階で稼げるようにしておくに越したことはない。
「では、これから僕たちが行うことは理にかなっているということですね」
「はい、おそらく画期的で、誰も見たことのない魔導具です。きっとたくさん売れるでしょう」
「何を作るか知らねぇが、俺もそのオコボレに預かれるんだろうな?」
「それはあなたの協力次第ですよ。使えると判断すれば重用しますし、使えなければ切るだけです」
「おいおい、物理的に切るとか言うんじゃないよな?」
「さあ、どうでしょう?」
「ちっ、さすがは公爵家のお坊ちゃまだ。本心が読めねぇ」
「無駄口はここまでにしておきましょう。でないと本当に切られかねませんからね」
「えっ、マジで切るの? このお坊ちゃま」
「さあ、どうでしょうね。ただ七歳の子供と侮っていると大変な目に合うことは確かですね」
先生はどこか遠い目をしてそう言います。
僕、先生を大変な目に合わせたことないですよね?
解せぬ。
「おーこわ。切られねぇうちに仕事するか。で、俺は何をすればいいんで?」
僕はやってほしいことの説明を始めた。
基礎研究というのは本来重要な研究なのですが、すぐにはお金にならない、あるいは全くお金にならないからと、無視していいわけではないのですが、異世界でもこのへんはシビアです。
すぐに結果の見えない研究はおろそかにされ、その結果便利な魔導具、便利なシーケンスの開発は進みましたが、精霊自身の基礎研究や科学的な研究はほとんど進んでいないという設定にしたため魔導士爵の独立採算制という状況になっています。
余裕が無いと無駄になるかもしれない研究にお金をかけられないのはわかりますが、逆にそれが発展の芽をつんでしまい、余裕がなくなってしまうという皮肉な結果。
お金儲けに走り基礎研究を怠った結果、技術力で差がついてしまったり、有用な特許を押さえられてしまったりして、それ以上発展するどころか衰退している会社がたくさんありますね。
日本の場合お金儲けのためというより、バブル崩壊からの自己保存要求が強すぎて、基礎研究や投資が控えられそのせいでさらに生存が危うくなっている感じがしますが。