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プレゼンは突然に

 唯一の家族団らんといっていいのか、夕食時は家にいる家族たちが集まる。

 といっても姉や兄たちはすでに独立しており、この家にはいない。

 第一第二婦人たちも、息子と共に王都で暮らしているためここへは来ない。

 子作りが終わり育てる子供がいなければ、公式行事のとき以外顔を合わせないのは、貴族社会では普通らしい。

 お互い好きで結婚したわけではないから、義務が終わればお互い好きに暮らすということか。

 これが跡取りや将来実家で叙爵予定であるなら、まだ家に子どもたちが残っているのだが、公爵家に跡取りはいないため、皆家を出て王都か母親の実家などの縁者に仕官したり出仕したり、他家と結婚したりしている。

 なのでこの場にいるのは僕と妹と母上、そして父上だ。


「マリエッタ、今日は何をしていたのだ」


 父上がそう尋ねる。

 食事の場は本日の報告の場でもある。


「んとね、マリーはね、お絵かきとダンスのおべんきょうしたのー」


 我が妹は元気いっぱい答える。

 うん、五才児だからこんなもんだよね。

 このときばかりはいかつい顔の父上も相好を崩し、その報告という名の今日嬉しかったことに耳を傾ける。


「おえかきはね、おにわにさいたおはなをかいたのー。とってもきれいだったー。ちょうちょもとんでたから、おえかきしたかったんだけど、とんでいっちゃってかけなかったの」


 ちょっとがっかりした風の妹ちゃんもかわいい。

 僕に子供か孫でもいたらこんな感じだったろうか?

 いや、ないない。

 妹ちゃんは金髪くるくる天然パーマで、まるで天使だ。

 この父上が親だとはちょっと信じがたい。

 母上似で良かったな、妹よ。

 そういう僕も金髪でちょい天パの母親似。

 顔立ちは可愛らしいが可愛げがないことで定評がある。

 すまぬ。父上よ。こんなかわいくない息子で。


「おえかきのあとはね、おにーたまとダンスしたのー。くるくるってしてたのしかったー」

「そうか、楽しそうで何よりだな」


 顔が緩みまくりですよ、父上。


「うっ、ごほっ」


 僕がじっと見つめていたのに気づいたのか、父上は照れ隠しに咳払いをして、そのニヤケ顔を消す。


「アルカイトは、なにやらおかしなことをしているらしいな」


 さっそく先生から報告が行ったらしい。

 そりゃ、気が付かれるよね。

 授業で使っている魔導書に日々大量のちっちゃすぎて読めないシーケンスが増えていけば。

 一六分の一の縮小率で一〇ページほどが埋まった魔導書。後ろ一ページはHDDエリアで何やら点が並んでいるだけの不思議ページ。

 BIOSとOSだけで一〇×一六ページ。つまり実寸大にすれば一六〇ページにもなる基本ソフトがそこには書かれていた。

 それにエディタを読み込ませるとプラス五×一六ページで八〇ページ分だ。

 とても子供が書けるシーケンスサイズではない。


 いや、大人でもこのサイズのシーケンスとなれば、相当な年月がかかるはずだ。

 何しろ手書きだから、書くにも修正にも手間がかかる。

 気楽に書き直したりできないから、トライアンドエラーといったこともできない。

 それなのに縮小化されて読めないシーケンスがびっしり一〇ページ以上にも書き込まれていれば先生でなくとも気になるよね。


「これはページを縮小して複写したのですか? ここに何が書かれているか見たいので、ちょっと原本を見せてください」


 と、先生に尋ねられても、データはすべてHDDエリアの中だ。


「えっと、紙の原本は手元にないのですが」

「どこにあるのですか? アルカイト様の寝室ですか?」

「いえ、原本はこの中に入っているのだけなので、複写するかエディタで見ないと」

「これは縮小ではなく自筆なのですか?」

「いえいえ違いますよ。さすがに僕でもこんな小さな文字は書けません」


 世の中には米粒に文字を書く人がいるらしいが、僕には無理だ。


「ではどうやってこんな小さな文字でシーケンスを書いたのですか? まさか原本を破棄したのですか?」


 魔導書にシーケンスを書く際は普通原本から複写か直接手書きするかのどちらかだ。

 テキストエディタなるものはこの世に存在していない。


「それは、これを使いました」


 まだプレゼンの準備は終わっていないが、見つかってしまったからには仕方がない。

 先生は魔導書を安全に使っているか確認する義務があるのだから。

 僕は魔導書と二つの板をセットして起動キーワードを唱えた。


「……なんですかこれは?」


 出てきたのはOSの初期化メッセージと起動画面。

 コマンドプロンプトが出てコマンド入力待ちになったところで僕は問いかけた。


「えっと、どこから見ていきますか?」

「その前にこれはなんですか?」


 見たことのない画面とキーボード。

 異世界の人物が見たはじめてのコンピュータだ。


「精霊『コンピュータ』です。」

「精霊『こんぴゅーた』?」

「いわば精霊に計算をさせたり、文章を修正させたりする魔導具『パソコン』になる予定です」

「精霊に計算ですか?」

「はい」

「しかし、精霊は四則演算すらできませんよ。少なくともそのような単語や記号は発見されていないはずです」

「四則演算ができなくても計算はできます」


 僕は、自分自身が前に悩んだところを説明していった。


「なるほど、そんな方法があったとは」


 今までは、計算のための単語を探すことはされていたが、変換テーブルを使って計算するような試みはされていなかったようだ。


「まあ、そんなこんなで、作ってみたのがこれです」


 僕は簡単な表計算プログラムを起動させた。


「ここの欄に数値を入れていけば、縦横で自動的に計算がされます」


 オフィスのキラーアプリ、表計算だ。

 まあ、スクロールができないから、固定の表に数字を入れていけば、一番下の行と、右端に合計値が表示される簡単なものだが。

 実用的であることより、どういった事ができるかを見せるために作ったものだから、表計算とも言えぬしょぼい出来だ。


「な、なんと!」


 しかし先生の反応は劇的だった。


「精霊が計算を。しかもこんな早く」


 数字を入れ替えるたびに瞬時に計算がされていく。

 それは人間でも、慣れた者でないと難しい。


「今は足し算しかできませんが、そのうちもっと複雑な計算もできるようになると思います」

「うむむ……」


 先生は画面を見つめて、うなり始めました。


「これはいったいどうやっているのでしょうか?」


 どうも使われているシーケンスのことを考えているようです。


「アルカイト様、原本を見せてください」

「何がみたいですか?」

「今の計算するシーケンスを」

「わかりました」


 僕は、表計算もどきを終了させ、エディタを起動し、表計算もどきのソースコードを読み込ませた。


「これが表計算のメインシーケンスです」


 表示させた画面を先生に見せる。


「……ここに文章も表示できるのですか?」

「はい、これは『エディタ』と言いまして、主に文章を編集するためのものです」

「『えでぃた』……」

「後ろのページを見たいときはこのキーを前のページを見たいときはこのキーを押します」


 僕は簡単な使い方を教えて表示を切り替えて見せます。


「こっちの板に表示しているのはなんですか?」

「これは『キーボード』と言いまして、文章や数字を入力したり、精霊『コンピュータ』に指示を与えるものです」

「指で操作するのですか? 言葉で操作したほうが早くはないですか?」

「慣れればこっちのほうが早いですし楽ですよ」


 僕は編集画面で文章を入力してみせる。

 押した感触がないので、タッチタイプはできないが、まあまあの早さだ。


「ずいぶん慣れていますね。かなり練習したのですか」

「そうでもないですね。すぐに慣れますよ」

「そうですか? それにしてもなぜこんなに文字をバラバラに並べているのですか? 順番にすればもう少し探しやすいのでは?」

「文字によって使用頻度が違いますので、順番に並べてしまうと、左手の小指周りとか押しにくいところによく使う文字が来てしまいますので」


 実際には前の世界のキー配置に似せただけだが。

 表音文字だと文字の形は違えど、発音は似た感じになるからね。


「ほほう、そういうことですか。アルカイト様のように両手を余すところなく使うのであれば、確かにそのほうがいいかもしれませんね」


 先生は僕の手元を見ながらそんな感想を漏らす。


「もっと良い配置があるかもしれませんが、これに慣れてしまったのでもう変えられませんね」


 困るのは自分だけなのだが、染み付いたものを変えるのは結構面倒くさい。

 大きな問題がなければこのまま押し通すつもりだ。


「それでここに表示されている文字をさわれば、その文字がこちらにも表示されるという仕組みなのですね」

「そうです。実際には文字ではなくシーケンスの起動キーとなってるものもありますが」


 ページアップやダウン、カーソルなどの特殊キーだ。


「このキーで、画面に表示されている『カーソル』を動かし、修正したい場所へ持ってきたら入れたい文字を触ります。するとこちらにも表示され、元の文字がこの文字に変更されます。新しい行を追加したい場合はこの行『コマンド』を使います。あとは保存すれば文章が修正されます」

「こんなに簡単に変更ができるとは……」


 手書きの文章を変更するのは本当に手間がかかるのだ。

 特に長文ともなれば、消すのは消去魔法でも行けるが挿入は難しい。


「計算はここのシーケンスで修正されたこととエンターキーが押されたことを起動キーとして計算を始めます」

「足し算のシーケンスはどこに?」

「それはよく使うので、こっちの『BIOS』へまとめてあります」


 僕はBIOSのソースを開き、先生に見せます。


「なるほど。ここのテーブルと比較しながらひと桁ずつ計算しているのですね」

「はい、算盤とやっていることは同じですね」

「これだけ複雑で大量のシーケンスをよく数ヶ月のうちに作れましたね」


 先生はソースコードを見ながら感心したようにいいます。


「この『エディタ』のおかげですね。これがあれば文章を消す挿入する、複製して少しだけ変更するなど簡単にできます」


 僕はエディタでシーケンスを修正してみせる。


「これは……」


 先生はしばし考え込む。


「アルカイト様。これは少々危険なものかもしれません」

「はい?」


 パソコンが危険?

 そんなバカな。


「これは私が預かり、ご当主様に渡します。今日の内容も伝えておきますので、次はご当主様を交えてお話を伺いたいと思います」


 今日の授業はこれで終わりますといって僕の魔導書を持って出ていってしまった。


「取り上げられてしまった……」


 僕は魔導書を失った両手を見て唖然とする。

 魔導書を失うとは貴族として失格の烙印を押されたに等しい。

 預かると言っていたが、先生や父上の考えによってはこのままということもあり得る。


「一体何が危険なんだ?」


 僕はわけが分からずただ呆然としていた。


 自分が趣味でプログラムを組む時は、C++Builderという統合環境を使っているのですが、これにはTStringGridというExcelの表のようなものを表示したりセルに入力したりするコンポーネントが標準でついていました。

 これを使えばExcelっぽいことが簡単にできるんですが、さすがにExcelと同等のことはできません。

 やろうと思うと結構めんどくさいことをしないといけないので、結局自分で一から作ってしまいました。

 まあこちらもExcelと同じとは行きませんでしたが、自作のコンポーネントでしたので、必要な機能を必要な時に追加できるので、結構愛用していました。

 C++Builderのデフォルト文字コードがAnsi/Shift-JisからUnicodeに変更されたため、かなり手を入れなくてはならなくなり現在放置中。

 必要に迫られないとなかなか手を出せませんね。


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