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さて、これからどうしたものか。
新しいアプリを作るか、エディタを拡張するか、父上と先生に話して、本格的な精霊コンピュータの開発に移るか。
「アプリはエディタだけだが、これでもオーバースペックなんですよねぇ」
発展の先を知っているから、しょぼく見えるが、一気にこれだけのものを作り上げるのは本来有り得ない。
最初の汎用コンピュータは本当に動くだけという、ほとんど使いものにならない代物なのだから、使えるというだけで優位性がある。
とはいえ、ほとんど使いものにならないコンピュータがもてはやされたのは、これまでなかったものというところが大きいと思う。
これまでにないもので、将来性があるものなら注目を集めるし、なければ消えていく。
精霊コンピュータはどうだろうか?
新しいものであるのは間違いないが、将来性を感じてくれるであろうか。
実際自分がやったことって小学生の自由研究ととらえられてもおかしくない。
うちの子賢い、で終わってしまう可能性はないとは言えない。
先生にメッセージを表示するだけのプログラムを見せたが、興味深いで終わってしまった。
おそらく光魔法系の魔導具としてはあまりにしょぼい出来だったからであろう。
光魔法系は花火みたいなのとか、割と派手な魔法が開発されているから、あれがしょぼく見えるのは仕方がない。
文字がてらてら表示されるだけだからな。
となると、次に見せられる機能と言えばOSか?
しかしOSの機能はdir、type、copy、del、renameくらいしか見せられるものが無い。
これを見て理解出来るだろうか。
となると、今見せられるのはエディタくらいしか無いことになる。
「エディタを見せるかそれとも他のアプリを作るか」
実際先生や父上に見せたときの反応が予想出来ない。
こっちの思惑通りに進めばいいが、そうでないとき困る。
あの父上のことだから、うちの子賢い、はないと思うが。
あるとすれば、理解出来ないので放置、あるいはさらなる説明を求めてくるか。
逆に有用性を認めて、全面的あるいは部分的な協力を申し出るか。
気味が悪いと遠ざけるか。
これはありそうだな。
僕だって気味悪いぞ。
中身はともかく外見はピカピカの小学一年生だ。
向こうの世界なら友達百人出来るかなとワクワクしている頃だ。
それが世界初の精霊コンピュータだぞ。
いくらなんでもありえない。
「こっちの常識ははっきり言って乏しいし、みんなの反応が読めない」
なにせ転生を自覚したのが数ヶ月前だ。
それまで、こまっしゃくれた幼児をやってたんだ。
それがいきなりこれだぞ。
精霊に子供を取り替えられたと思われてもおかしくない。
「だが話さなければこれ以上の発展も無い」
すでに精霊コンピュータは限界に来ている。
プログラムが大きくなりすぎて、速度が遅くなって来ているのだ。
「もっと簡単なプログラムから公開していくのはどうだろう」
エディタは、さすがにまずい気がする。
ラインエディタを通り越して疑似スクリーンエディタだからね。
先にラインエディタを開発すれば良かったかもしれない。
あとは簡単な計算アプリとかどうだろう?
電卓程度ならありか?
そんなに難しくなさそうだが、エディタと比べて、どちらが無難か判断がつかない。
「このまま封印して成人後に改めて開発する手もある」
結局のところ、人を頼るからリスクが生まれる。
頼ればその人の思惑に左右されるわけだし。
頼らなければ、自分と外的要因以外のリスクはなくなる。
「無難に生きるなら、何もしないのが賢いやり方だ」
このままいけば、僕は士爵にはなれるだろうし、公爵の子息という地位があれば、高い役職だって得られるはずだ。
士爵にも序列があるし、役付か平かで大きく違う。
高い序列高い役職を得られれば、下手な子爵や男爵の収入より高い俸給がもらえたりする。
ちなみに爵位としては公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、士爵がある。
あくまで僕がそう認識したほうがわかりやすいからそう呼んるだけだけどね。
ただ、爵位のあり方は少し違う。
例えばすべての爵位に叙爵や廃爵、陞爵はあっても降爵は一部爵位にしかない。
これは爵位の取得時の状況次第で爵位が決まるからだ。
たとえば父上のような公爵は、王の正妻の子息でかつ、小さな領地の代官をつとめる【選定の儀】に参加した者に与えられる爵位だ。
同じ直系男子でも妾腹だったり、代官を務めたことのない王子は公爵にはなれない。
侯爵は元公爵で領地を賜り、臣下として独立を認められた者、あるいはその子孫ということになる。
降爵はこのケースのみで、ペナルティではなく慶事として捉えられているので、向こうとはだいぶイメージが違うけどね。
公爵は一代限りの代官だが、侯爵は永代貴族で、自分の領地を持つ。
昔は急速に治める土地が増えたため、王の統治が困難になり、王族としての権利を放棄し臣下に落ちることと引き換えに、土地を賜り独立したのが侯爵の始まりとのことだ。
侯爵は永代貴族で土地持ちなので、公爵より地位や収入は下がっても、侯爵として独立したいと思う者も少なくないようだ。
まあ、近年は開拓の速度が落ちてきているので、割譲できるだけの土地がなかったり、購入に必要な金額や功績が跳ね上がっているために、侯爵になった者はいないのだけど。
そしてその侯爵が自分の子などに土地を割譲した場合、そこの領主に与えられる爵位が子爵。
伯爵は別の国が恭順して王国に併合された時にその国の首長に与えられる爵位で、男爵は同じようにそこから割譲された土地の領主の呼び方になる。
ここまではいわゆる土地持ち貴族で、公爵以外は自領持ちで代官ではないので、永代貴族で転封はない。
士爵は基本的に土地持ち貴族の子弟が叙爵された時に与えられる爵位で、実家から与えられる場合と王に与えられる場合がある。
どちらにしろ実家の力が強く金銭および人的援助が大きい程士爵の地位は上がり、役職も高くなる傾向にある。
僕の実家は代官とは言え公爵だし、現在の【選定の儀】と言われるお試し期間が終われば、正式な領地に転封され、その財力は今とは比べ物にならないくらい大きくなる。
当然僕もその恩恵に預かれるはずだ。
何もせずともそれなりの地位につけるのだから今無理する必要はない。
「だが、僕は異世界のジョブズになると決めたんだ」
リスクを怖がってたら、手なんか届くはずがない。
あのジョブズだって自ら作ったアップルコンピュータ社を追い出されたこともあるんだ。
失敗を怖れていたら何も出来ない。
「やるなら全力でやる」
ハンパにやって後悔するよりマシだ。
僕はこれまで作り上げてきたもののさらなるブラッシュアップと、新たなアプリの開発、プレゼンの準備を始めた。
なかなか波乱万丈な人生を送ったスティーブ・ジョブズですが、Apple IIで地盤を固めたものの、その独善的な性格も相まって、様々なところで軋轢を引き起こします。
意見が対立して喧嘩別れしたり、アップルコンピュータ社を追い出されたり、自ら立ち上げたNeXT社の販売不振と、逆風吹き荒れながらも、NeXT社がアップル社に買収された後から、大躍進が始まりました。
NeXT社時代に開発したNeXTSTEPは現在のMac OS XやiOSへと引き継がれ、iMac、iPhoneへと発展していったのは皆さんもご存知のとおりです。
失敗を恐れていたらここまでできなかったと思うと同時に、失敗から復活できる人が数少ないから偉業と讃えられるとも言えるので、同じことをしろと言っても無理なんですが。