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閑話 侍女見習いアンジェリカのお仕事5

 閑話はこれで終了です。


 次回からは本編に戻ります。

 投稿時間も1日1回12時になります。


 三時のティータイムの後、再びアルカイト様のお部屋に戻って来ました。

 妹様は、奥様とお庭でお散歩だそうです。


「さて、マリー『エネルギー』を十分補給しましたので張り切っていきましょう」


 『えねるぎい』なるものが何かは存じませんが、アルカイト様は絶好調のようです。


「さて、ここに取り出したる八十枚の『カード』。ただの『カード』と思ったら大間違い」


 そうでしょうとも。

 公爵様を不幸のどん底に叩き落とす悪魔の『かぁど』なんですね。


「とりあえず思い付くままに書き散らしただけなので、このままだと、正にただの落書きにしか過ぎません。これを役にたつように、まずは分類分けしましょう」

「分類分けですか?」

「そう。同じ事を書いているもの、同じ様なこと、同じ分野の事などを『グループ』分けします」


 アルカイト様は机の上に散らばっていた紙を適当につかみ取ると、床に置きます。


「アルカイト様、ゴミを散らかすのは、感心しませんよ?」

「ゴミじゃないです。机の上には広げる場所が無いので、床に並べるだけです」


 机といっても幼児用ですからね。

 たいして広くありません。広かったら手が届きませんしね。

 彼は一枚一枚紙を床に並べていきます。


「どういう規則に基づいて分けているのですか?」


 書いている事さえロクに理解出来ないのですから、法則など読み取れるはずもありません。


「簡単に言えば、ここがお金関係、ここが農業関係、ここが人材関係、ここが領地関係、ここが商業関係、ここが産業関係、って感じかな。まあ、ざっくりだけど」

「ざっくりと言うのは?」

「はっきり分類するのが難しいものとか、複数にまたがって関係しているものとかあるからね。これからそれを整理します。分類の難しいものや複数の分野にまたがっているものは、分解出来ないかとか、関連性の有るものはどれかとか。さらに連想されるものはないかとか。あっ、ならもう少し『カード』が必要だね。また紙を切っておいて。また十枚分位」


 私は再びメイドに命じ『かぁど』を作らせます。

 アルカイト様は、新たな『かぁど』に書き込んだり、既存のかぁどに書き加えたりして、ついに一六〇枚の『かぁど』を使い切ってしまいました。


「うーん、こんなものかな」


 ようやくなっとくする物が出来たようです。


「これで終わりですか?」

「いやいや、まだまだ僕達の闘いはこれからだ」


 いったい何と闘っていらっしゃるのですか、アルカイト様。

 それに私まで巻き込まないで下さい。


「ここから重複しているものや似たようなものは整理し、抽象的なものは具体的にする。そして何をしたいのか何をすべきなのか列挙していく。そしてそれをするためには何が必要なのか、どうすればいいか、問題点はないかとか書いていく」

「先が長そうですね」


 これだけの量が有るのですから、相当な日数がかかるでしょう。

 しばらくは公爵様もゆっくり眠れそうですね。


「長いね。まあ、数日はかかるかな」


 それでも数日で済むのですか、そうですか。

 完全に殺しに来ています。

 公爵様のお命も、あと数日ということですね。

 公爵様、お逃げください。

 悪魔がここで爪を研いでいます。


「まとめは夕食後だね」



 それから彼の予言、いえ、予告通り、三日後には、まとめ終わってしまいました。

 公爵様、相変わらず顔色がお悪いです。

 落書き第一段の後始末がまだ落ち着いていないのですね。

 そこへ駄目押しの第二段とか、親不孝なのか親孝行なのかわかりませんね。


「これでだいたいの概要は出来ましたから、次は詳細ですね」

「はい? まだ終わっていなかったのですか?」


 えっと、いたずら書きが、すでに一〇〇枚くらい有るのですが。


「それはそうでしょう。まだ必要なものと問題点をまとめただけですよ? 具体的な解決策とか、スケジュールとか、『マイルストーン』とか、やらなければならないことが山のようにあります」

「それって終わりはあるのですか?」

「終わりはありません。『PDCAサイクル』です」

「はい?」

「えーと、計画、実行、評価、改善をぐるぐる回していくやり方です。計画したものを実行する。これはまあ普通ですよね?」

「はい」

「しかし実行しっぱなしではいけません。実行した結果を分析して、どの程度効果があったのか問題は無いのか評価し、その結果を見て、改善点がないか考え、改善することがあればまた計画を練ります。そうやって常に計画は見直され、実行に反映されなければなりません。一度決めたことを何も考えずにそのまま突き進んではいけないのです。官僚機構だとありがちですけどね。一度決まってしまうと変えるのは難しい。計画当初と実情が違ってくれば計画に見直しは必須なのですが、まずは誰の責任だとの追求が始まる。当時から無謀でずさんな計画だったというのもあるのでしょうが、情勢の変化で計画を変えていかなくてはいけないことというものもあります。特に長期の計画となれば見直しは絶対に必要なのです」

「はあ」


 言いたいことはわかりますが、五歳の子供が言うことでしょうか。

 見直しが必要なのはたぶん彼の頭の中です。

 そこへメイドが夕食の先触れに来ました。


 すぱこーん!


「いた! なんでぶつんですか?」

「あっ…」

「あっ、てなんですか、あっ、て」


 ここ数日食事の時間だとかレッスンの時間だとか就寝の時間だとかになると、これに夢中で声も届かない状態だったので、毎回すぱこーんとやっていたので癖になったみたいです。


「『パブロフ』の犬ですか、アンジェリカは」

「『ぱぶろふ』の犬?」

「犬に食事を与える時、手を叩くとか全く関係のないことを何時もしていると、終いには手をたたくだけで犬は食事の時間だと思いこんでよだれを流すらしいですよ。いやな条件反射を身に着けてしまいましたね。うっかり父上とかはたかないようにしてくださいね」

「誰のせいですか。アルカイト様が何事にも夢中になりすぎるのがいけないのです。自重なさいませ」

「自重? なにそれ美味しいの?」

「とても美味しゅうございます。召し上がりますか?」

「今は夕食の方にしておこう」


 自重する気はないということですね。


「そうですか。残念です」


 そのうち召し上がっていただきましょう。

 この神の鉄槌をもって。



 という訳で、私の仕事は、アルカイト様の話し相手と神の鉄槌と相成りました。

 何か想像していた侍女像とは幾分違いましたが、奥様と侍女仲間には大変有り難がられました。

 結婚しても辞めないでと引き留められるくらいです。

 というか、私の事を悪魔に捧げられる生け贄のように思っていませんか? 皆様。

 納得しかねる所も有りますが、人から求められると言うのは、いいことなのでしょう。

 いえ、やっぱり生け贄として求められるのは、有りがたくないですね。

 とりあえずアルカイト様について行けば、かなりの知識と経験が手に入るはずです。

 私の取り柄が神の鉄槌だけでは無いことを見せつけてやるのです。

 この決意が吉と出るか凶と出るか。

 その時の私にはわかるはずもありませんでした。


 PDCAサイクルはもう古いなんてことも言われているようですが、どんなに手法もちゃんと運用してこそ本領を発揮するものです。

 行政なんかだとサイクルを回すどころかPDで終わってしまって、CAはなにか問題が起こってからなんてこともしばし。

 やりっぱなしの事業がどれだけあるか。

 ちゃんとチェックしていないとそれすらもわからないという始末。

 古い手法すらちゃんと回せないのに、新しい手法をちゃんと回せるはずもありませんよね。


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