閑話 侍女見習いアンジェリカのお仕事4
「それにしても、なんでこんなに公爵領が貧乏なんですか。公爵領といえば、なんかこうすごく大きいというイメージがありますけど」
「ああ、それは簡単さ。選定の儀の最中であることも原因の一つだけど、元々若い公爵に任される領なんて、潰れても影響の少ない、今にも潰れそうな領地が選ばれるからね」
「潰れそうならもっと経験の有る方を領主にするべきなのでは?」
「普通ならそうなんだけど、赤字ってことは、得られるものより持ち出しのほうが多い。つまりお荷物だ。早々に潰れた方が嬉しい。破綻すれば、清算処理が行われるから、破綻の原因を徹底的に調べる口実になる。それでその原因が不当に貯め込んでいる商人となれば、財産を巻き上げられるし、他の原因でも是正措置をとるか、駄目なら撤退という方法も取れる。破綻しようがしまいが問題ないから、未来の王が経験を積めるように、あえて難しい領地を与えているんだよ」
「なるほど」
「国というのは、一領地が赤字でも、国全体で黒字になっていれば、やっていけるから、一部を切り取って見れば赤字の領地が結構有る。初めから安定している領地だと領主がなにもしなくても問題ないからね。それじゃあ何か問題が起こった時に困るというわけだ」
「結構公爵様も大変なんですね」
「しかも父上は第三王子だから、余計に厄介な領地をあてがわれているらしいし」
「第三王子だと余計になんですか?」
「最初の子供には、ちょうどいい難易度の領地を見繕えるだろうけど、三番目ともなると、そんな土地は残っていない。かといって優しい土地では経験にならないから、歳が下がるにつれ、段々難しくなっていくのは有る意味当然だね。援助してくれるはずの派閥も小さいし。第四王子の領地はすでに破綻し、完全に後継者争いから脱落している。第五王子は領地の受領を辞退したと聞いている」
「王家でも先に生まれた方が有利なのですね」
「それは仕方がない。人の能力なんて、ある程度訓練すればある程度のところまできてしまう。どうにもならないくらいの差ならともかく、わずかな差なら、先に生まれた方が有利になる」
「はあ、そうですね」
「しかも領地運営に失敗すれば、それを理由に跡継ぎ候補から遠ざける事ができるから、先に生まれた方が圧倒的に有利だ。出来るだけ難しい領地を与えるように裏工作だってし放題だし。しかしこれはある意味チャンスでもある。もし誰もがお手上げの領地を盛り上げる事が出来れば、その能力を見せつける事が出来る」
「そんなこと出来るのですか?」
「まあ、ほとんど不可能だね。生まれ順の差を覆すのは、並大抵のことではない。先に生まれた王子や王孫に多くの貴族が恭順するし、教育や予算も優遇される。不利なのは最初に与えられる領地だけじゃない。これだけの差を覆すのだから、並外れた傑物でもない限り、無理だよ」
並外れたねえ。
傑物かどうかはともかく並外れた幼児ならここにいるんですが。
「派閥が大きければ様々な援助も期待出来るし、助言だってしてもらえる。対するこちらは弱小派閥。さあこの状態で、君は生き残れるかい?」
「無理です。アルカイト様ならどうですか?」
彼ならどうするか、興味があります。
「僕ならか。『チート』でもしない限り無理だね」
「『ちーと』って何ですか?」
「ずるいことかな?」
「詐欺とかですか? さっきおっしゃられていた詐欺まがいの行為とか」
「そうだね。詐欺まがい、いや、詐欺そのものを使えば、他の王子を潰すだけなら簡単だ」
えっ!
簡単って言い切りやがりましたよ、この悪魔は。
「後先考えなければ、王子達を詐欺にかけて、資金繰りを悪化させるだけで潰せる。犯行がバレればこっちもただではすまないけどね」
「もっと穏便な手はないんですか?」
「無いことはないけど、やっぱり時間がかかるんだよね。『銀行』の創設、『国債』の発行で資金を調達し、様々な分野を改革する。ひとつやふたつ手を付けたって駄目だ。総合的にやっていかないと」
時間がかかるけど出来るんですね。
とんでもないことを言ってますよ、この幼児。
さっきひっくり返すのはほとんど不可能と言っていたくせに、ほとんどの中にあなたは入っていないのですね。
「では、本日はそれを纏めるという事でよろしいでしょうか?」
「纏める所までは無理だね。思いついたことを書き出して終わりかな」
一日かかるくらい思い付くことが有るんですね。
この小さな頭にどれだけの知識が詰まっているのでしょうか。
一度頭をかち割って確認した方がいいかもしれません。
頭の中が童話なんかによく出てくるマジックバッグみたいになっていて、割ったとたん部屋一面脳味噌だらけになったらイヤですからやりませんけど。
「では、紙と筆記具を準備いたしますね」
「あとハサミも用意して」
「ハサミですか?」
これは危ない行為に値するのであろうか?
判断に困り、筆頭侍女の方を見ると首を振っている。
「何に使うのですか? 危ないことはさせられませんよ」
「僕じゃなくてもできるから大丈夫。紙をこのくらいの大きさに切って欲しいだけだから」
普通の大きさの紙ならとりあえず八分割くらいで良さそうです。
私はメイドを呼び、紙と筆記具、ハサミを持って来させます。
「とりあえず十枚くらい切ってね」
「十枚もですか?」
何に使うか分かりませんがいきなり十枚も紙を切り刻むとは。無駄遣いにしか思えません。
「切ったら揃えて、こっちに持って来て」
私は言われた通り、出来上がった紙片を持ってアルカイト様に差し出します。
「さて、さっきも言った『銀行』『国債』、その関連だと『株式』、『先物』。なら『取引所』が必要かな。資金が有れば『農業改革』『ノーフォーク農法』、『千歯こぎ』『家畜の利用』、特産品の作成、流通関係も何とかしたいな。街道整備。ああ、忘れてた。水路も整備しないと。水車なんかも増設したい」
紙片にとんでもない勢いで書き始めるアルカイト様。
ひとつひとつが金策に関わることなのでしょうか?
私が思いつく金策といえば、手持ちのものを売るとか、出仕するとか、そのくらいです。
「あれ? もう『カード』がなくなってしまいましたか」
さすがに紙がなくなっては怒涛の勢いも切れるのですね。
「どういたします? 追加いたしますか?」
「いえ、とりあえずここまでにしておきましょう。さすがに疲れました。それにもうすぐお昼でしょ?」
時計を確認すると、そろそろお昼時。
いつ先触れが来てもいい頃です。
「そうですね。書き散らかした紙を纏めておきますか?」
「いや、いいよ。どうせまた広げるから」
「ではそのように」
私は机の上のものを勝手に片付けないようにメイドに命じます。
そうこうしているうちに先触れが来て、昼食となりました。
私もこの時間を利用して別室で侍女仲間と食事を摂り、しばしの休息の後、アルカイト様を迎えにあがります。
「お迎えが来たようですね。名残惜しいですが、次はお茶の時間ですね」
「えー、おにいたま、いっちゃやだー」
アルカイト様の妹のマリエッタ様です。
お兄ちゃんと離れがたいのか、しがみついて彼を離しません。
可愛いです。天使です。
見た目だけなら天使二人がじゃれあっているようにしか見えませんが、片方は悪魔です。
騙されてはなりません妹様。
「僕も離れがたいのですが、マリーはお昼寝の時間でしょ。ちゃんと寝ないと大きくなれませんよ」
アルカイト様が大きくなれなかったのはちゃんとお昼寝しなかったからなのですね。わかります。
「じゃあ、おにいたまとおねむするー」
「それは魅力的な提案ですね。財政改革と妹のどちらかを選べと言われたら、もちろん妹をとるに決まっています。財政など破綻したって僕が養ってあげればいいですし」
妹様に甘々ですね。この悪魔は。
「よし、じゃあ一緒におねむしましょう」
「やったー。おにいたまだいすき!」
「お兄ちゃんも大好きですよ」
「あらあら、お母さんは、好きじゃないのかしら」
「おかあたまもすきー、じゃあねじゃあね、おかあたまもいっしょにおねむがいいー」
「そうね、たまにはお兄ちゃんとお昼寝しましょう」
「えー、僕はもう、母上とお昼寝する歳では無いのですが」
「だめなのー?」
「駄目じゃないとも。母上、行きましょう」
妹様が悲しそうにすると、あっさり手のひら返しましたよ。どれだけ好きなんですか。
まあ、分からないでも無いですけど。
こんな天使みたいな妹がいたら私だって可愛がります。
私の下には残念ながら小生意気な弟しかいません。
その弟が、ようやく生まれた次男ですから、もう打ち止めでしょう。
いくら予備とはいえ三男が必要になることはまずないでしょうし。
これ以上女の子が生まれたら、教会以外行き場が有りませんから。
「という訳でアンジェリカ、お昼寝の準備を」
「かしこまりました」
まともに寝れなかった公爵様の代わりにお昼寝するのですね。
ひどい息子です。
いえ、彼が頑張れば余計寝れなくなるので、彼なりの親孝行なのでしょうか?
起きてても寝てても親不孝とは、なんとも彼らしいと言えるでしょう。
私はメイドに命じアルカイト様の寝間着を持ってこさせて、着替えさせて、奥様の寝室に放り込みます。
恥ずかしがりながらも妹様を奥様と囲んでベッドに入ったのを確認して、部屋付きの侍女以外退室しました。
これで私も少しお休みです。
お母様はお元気でしょうか。
不採算部門を切り離して売り払う、あるいは整理するなんてことは企業ではよくやることですが、国でやるのはなかなか難しい。
日本だと地方交付税交付金をもらっている自治体がほとんど。
これを切り捨てるってことは日本の殆どを切り捨てるってことですから、まあやろうと思っても無理ですね。